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当日夕方

ランドルフはひとまず胸を撫で下ろした。

暴徒達の攻勢が止まったという知らせが入ったのだ。

とはいえ、禁書館が包囲されている状況に変わりはない。

また再び暴徒達の攻撃が始まる前に、崇高賢人会議として暴徒鎮圧の決定を下させなければいけない。

恐らくこれが、暴徒を鎮圧できる最後のチャンスだろう。

「議長閣下。ともかく、一刻も早く事態の収拾を図るべきです!」

ランドルフは、もう何度目になるか思い出せないほど繰返した台詞で、再度迫った。

スペンサーも同感であったが、閣僚である崇高賢者達は皆、最大勢力の炎の剣との対立を恐れて、静観の構えに徹している。

ケンジントンの治安に責任を負っている筈のケネスすら、全く発言しようとせず、状況報告も保安局長に丸投げしている有り様である。

誰だって猫の頸に鈴を着ける役はやりたくないのだ。

その為、もし仮にスペンサーが鎮圧を主張しても閣僚達は誰も支持を表明しないであろうし、そうなれば、もし事態が炎の剣の望む様な形で終結した時に、スペンサーはもう最高賢者では居られなくなるだろう。

悪くすると、炎の剣が暴徒をこちらへ差し向けて来る恐れすらある。

結局、議長としては全く身動きが取れない状況であった。

スペンサーは、最高賢者として連邦政府の最高権威を勤めて来たが、建前上はその1構成団体に過ぎない炎の剣の、それも代表ですらない支部長風情に閣議で良いようにあしらわれている現状に、すっかり自信喪失していた。

最早、炎の剣の自発的な抑制を期待するしかない状況であり、内心の情けない想いを圧し殺して、これも何度目になるか思い出せない台詞を繰返すしかなかった。

「グロムイコ君、今すぐ戦いを止めなさい。」


グロムイコの許にも、状況報告が入っていた。

ケルブが負傷し、総力攻勢が頓挫したという。

しかし、多数の死者・負傷者・逃亡者(何という不心得者!)を出したとはいえ、未だに1300人以上の兵力が残っており、禁書館を包囲している状況に変わりはない。

幸いケルブは重傷ではあるが命に別状はなく、意識もはっきりしており、現在支部で手当を受けている。

もう少し経ってケルブが落ち着けば再度督戦に立つはずだから、今度こそ禁書館攻略ができるだろう。

いずれにしても最早後戻りはできないのだから、残り兵力を全て磨り潰してでも禁書館を叩き潰す以外に選択肢はない。

現時点でも最高賢者以外の閣僚達は、炎の剣と対立する事を恐れて洞ヶ峠を決め込んでいる。

このまま、強気で推して行くのが正解であろう。

そのためには、ともかくケルブが冷静さを取り戻すまで時間を稼ぐ必要がある。

とにかく、今非を認めてはならないのだ。


グロムイコは平然と答える。

「我々は、何も指示してはおりません。」

「では、彼らは何故あんな行動に出たのだ。」

「彼らは呪われた施設の存在が許せないという正義の思いに忠実に従っている誠実な若者達であり、蜂起自体は全く偶発的な物です。彼らは何も間違った事はしておりませんし、炎の剣もこの事態に対して何ら責任を負う物ではありません。そもそも、あのような邪悪な物がこのケンジントンにあること自体が間違っておるのです。」

「偶発的な行動にしては、随分と手回しが良いようだが?」

「武器は全て彼ら自身が勝手に持ち込んだものですし、梯子も舟も、偶々そこにあったものを利用しているだけでございます。」

「ほう。破城槌も偶々そこに転がっていたと言うのか?」

「そのようなものが使われているとは聞いておりません。なにかの間違いでございましょう。」

よくもまあぬけぬけと言えた物だ、とスペンサーは内心呆れていた。

その時、それまで自発的発言を控えていたサリバンが、右手を上げた。

「議長閣下、発言して宜しいですか。」

スペンサーは、もしかしたらこの手詰まりな状況に何か変化を起こしてくれるかもしれないという微かな期待を込めて、無言で頷く。

「グロムイコ殿にお尋ねします。本件に関する炎の剣としての見解は、『彼らは、教団の指示に従っているのではなく全く自発的に行動しており、従って教団は彼らの行動に対して責任を負う義務もこれを掣肘する必要も認めない』と言う事で宜しいですか?」

グロムイコは、何を当然の事を言っているのかと言わんばかりの態度で、胸を反らして答えた。

「無論その通りです。」

スペンサーは、サリバンがその答えに満足した様子で出席者を見回すのを見て、内心失望を覚えた。

炎の剣が有利と見て勝馬に乗る気か、とスペンサーが悲しげな表情で首を振るのに気付かない振りをして、サリバンは続けた。

「他の皆様も、今のお答えに関して、異議はございませんか?」

誰も、敢えて異議を唱えようとはしなかった。

「大変結構です。有難うございました。これで、彼らはその行動の正当性を担保するものは何も無いただの暴徒であるという点については、炎の剣の代表を含めた我々全員の共通認識であることが確認できました。」

その場の全員が、発言の意味を咄嗟に飲み込めず、黙り込んだ。

ややあって、意味を理解したグロムイコは狼狽した。

「貴様、一体何を言ってるんだ!彼らの行動は正義の・・・」

抗議を無視して、サリバンは殊更に事務的な口調で話し続けた。

「彼らはケンジントン中央地区において正当な根拠無く武装し、かつ連邦資産を破壊しようとしております。本来なら、巡礼団はその教団の責任において治外法権に置かれると規定されておりますが、先程グロムイコ殿ご自身がお認めになりましたように、炎の剣は教団として彼らに指示しておらず、また責任も持たないとの事ですので、彼らは単なる暴徒である事は明白です。 従って、保安局はその責務に従い彼らを鎮圧いたします。」

「そんな事はさせんぞ!」

激昂するグロムイコに向かって、サリバンは冷ややかに応える。

「その事について、あなた方の許可を得る必要はありません。」

グロムイコは非難する様にケネスを睨み付けたが、ケネスは怯えた表情で黙ったまま首を横に振り、自分の預かり知らぬ事であると視線で訴えていた。


サリバンは、頭の中で昨日深夜のやり取りを反芻していた。

---

オコーナーは、部屋へ入るなり前置きも無しに言った。

「局長、お話があります。」

サリバンは、その表情があまりにも真剣なので不審を覚えた。

「何だ?」

オコーナーは、部屋を見回して言った。

「ここではちょっと・・・」

他の局員達には聞かせたくない様である。

本来なら、そんな内密の話はきちんとアポを取ってから話すべきだし、この緊迫した状況では割く時間が無いので後に回させるべきなのだが、オコーナーはそんな事は言わないでも判っている男である。

そのオコーナーが今話したいと言うのであれば、それはどうしても今話す必要があるという事だ。

「判った。」

サリバンは短く言って立ち上がり、二人は事務室を出た。

「おい、どこに行くんだ。」

オコーナーは、控室とは逆方向に歩き出したので、サリバンは呼び止めた。

オコーナーは振り返ると、言った。

「ヴィジフォン・ブースです。」

サリバンは、益々意味が分からなくなったが、オコーナーについて行く事にした。

もう深夜に近く、ブースは全く無人であった。

手近のボックスに入ると、オコーナーは、鍵を掛けた。

手早く呼び出し番号を押すと、コンソールが明るくなる。

向こう側では、もう待っている人物がいた。

「ケイ、連れて来たぞ。」

その言葉にサリバンは驚いたが、オコーナーの真剣な表情を再確認して、話して見ることにした。

「何の用だ?私と話をしている暇は無いんじゃないのか?」

とはいえ、この緊迫した事態の中でぐだぐだと話している暇はない事は表明しておく事にする。

相手に心理的な借りを作らせる事で、対話を有利に運ぶためのちょっとしたテクニックである。

「まあそう言わずに聞いて下さい。炎の剣の目的はご存知なんでしょう?」

ケイもその辺は判っているので、敢えて頭を下げる事でそれに乗って見せた。

「それが、どうした?」

「ケンジントンの、それも中央地区が戦場になる事は、保安局にとっても大問題じゃありませんか。」

「それが君に何の関係がある?」

ケイのペースに乗せられない様に、早く本題に入らせようと急かしてみる。

「我々にできるのは、禁書館を守る事だけです。」

「だから何だと言うんだ。保安局にとっては禁書館がどうなろうと知った事では無いぞ。」

「勿論その点は判っています。とりあえず、もし我々が禁書館を守り抜いたとしても、事態が手詰まりになるだけで事態の解決には繋がりません。」

「それが判っているなら、諦めて出てきたらどうだ?」

「しかしこのまま禁書館が破壊されたら、炎の剣を掣肘する手段はなくなり、連邦はその支配下に置かれる事になりますよ。」

「今だって、実質的にはそうだろう。」

ケイは苦笑いして続ける。

「まあ確かにそんなもんですが、これは保安局にとっては、炎の剣から主導権を取り戻す大きなチャンスです。」

「と言うと?」

ようやく本題に入る気になった様だ。

「ここが戦場になれば、保安局には、炎の剣を制圧する立派な理由ができます。」

「だからと言って、我々は炎の剣と戦う気は無いぞ。」

乗せられて安請け合いをするわけにはいかないので、予防線を張る。

「手詰まりになったところで保安局が介入すれば、戦闘しなくても済む可能性が高いでしょう。」

「そうかもしれんが、そうならない可能性もある。介入に失敗した時に、そっちはこれ以上失うものは無いだろうが、こっちはそうはいかん。只で危険を犯させようというのは、虫が良すぎるんじゃないかな?」

交渉材料を引き出すために、カマを掛けてみた。

「勿論、只とは言いません。」

よし、出て来た。

サリバンは期待を隠して、素っ気なく聞いた。

「何が出せる?」

「ケンジントン支局でどうです?」

随分と張り込んだな、とサリバンは軽い驚きを覚えた。

「その件は、ランドルフも承知しているのか?」

「いえ。まだ話していませんが、今の支局はSI局にとっては重荷でしかありませんから、同意して貰えるでしょう。」

この辺を正直に言って来るなら、取り合えず騙す気は無さそうだ。

どのみち、何もせずに禁書館落城を傍観していたら、保安局の面子は丸潰れである。

何かはしなければならないのだから、その過程で多少の危険が生じるのは止むを得ない。

それで利益が出るなら、拒む理由は無いのだ。

「ランドルフが同意しても、スペンサー師が認めるかな?」

確約できる話ではないのは十分理解しているが、それでもそう簡単に言質を与えるわけにはいかない。

「SI局から自発的に提案すれば、同意は取り付けられるでしょう。それにそちらが介入して事態を解決すれば、保安局はスペンサー師に大きな恩を売る事になります。スペンサー師は、恩を忘れるような人物ではありません。」

サリバンはそれだけでは保証としては不十分だと感じたが、ケイがこれだけ自信たっぷりに言うからには、何かスペンサーを説得する手段があるのだろうと踏んだ。

「何か、同意を取り付ける当てがあるのか?」

「ええ、そう考えて頂いて良いでしょう。」

ぜひともその『当て』について聞きたかったが、どう考えても今ここで手の内を晒すとは思えない。

しかし、ただのハッタリにしては自信が有りすぎる。

それに、オコーナーは局を裏切る様な男ではないし、そう簡単に騙される男でもない。

話に乗っても良さそうな気になってきた。

「良いだろう。君達が事態を手詰まりになる状況まで持ち込めたら、鎮圧に乗り出しても良い。」

サリバンがその気になったのを見てとったケイは、続けて言った。

「それから、ついでと言っては何ですが、後二つお願いがあるんですが。」

「何だ?こっちとしては聞ける事と聞けない事があるぞ。」

一応釘は刺しておく。

「そんなに難しい事じゃありません。明日の午前中に重力の使命の巡礼団がやって来ます。彼等を黙って通して欲しいんです。」

増援の手配はしてあったのか、やはりアマギは油断のならない男だ、とサリバンは思ったが、この上少々人数が増えても大した違いは無いだろうと思ったので、願いを聞いてやる事にした。

それに、禁書館が陥落すれば、ケンジントン支局は手に入らない。

「良かろう。で、後一つは何だ?」

「そっちは本当に大した話じゃありません。伝言を一つお願いしたいだけです。」

---

ケイとの約束は、詰まるところ保安局が戦闘に参加しないでも鎮圧できる状況に持ち込めば事態の収拾に乗り出してやる、という事であった。

保安局として、暴動を静観するのは忸怩たる物があるが、だからと言って、ここで犠牲を出してまで禁書館を助けてやる義理はない。

攻勢が頓挫して攻撃軍が行動を停止している今こそ、乗り出すべき時である。


サリバンの自信に満ちた姿勢をはったりと踏んだグロムイコは、大きく息をすると多少平静を取り戻して、せせら笑う様に言った。

「崇高賢人会議が、我々の意図に逆らってそのような許可を出すことができると思うか。」


そもそも理はこちらにあるし、第一そっちは閣僚全員の反感を買っているから、ここであえてそちらの弁護を買って出る閣僚はいない、お前さんは無用な挑発をやり過ぎたのさ、と腹の中で呟いたサリバンは、物分かりの悪い生徒を諭す様な口調で応える。

「現在の事態が『ケンジントンで暴徒が連邦資産を破壊している』という状況である事については、先程グロムイコ殿ご自身がお認めになりました。従って、ケンジントンの治安に対して全面的責任を負う我々保安局にはこれを速やかに鎮圧する『義務』がある、と言うだけの事です。」

グロムイコは、事態の変化が飲み込めず絶句している。

「繰返しになりますが、保安局本来の職務を遂行する上に於いて、我々は誰であれ許可を得る必要はありません。」

サリバンは一気に畳み込むと、事態の急転が理解できないケネスを無視してスペンサーに向き直り、退出許可を求めた。

「議長閣下。緊急を要する事態ですので、これで失礼致したいと存じますが。」

ようやく事態の変化を把握して自信を取り戻したスペンサーは、重々しく頷いた。

「宜しい。直ぐに鎮圧に向かいたまえ。」

サリバンはそのまま閣議室を出て行った。

ケネスは慌ててその後を追うと、廊下でサリバンに追い付いた。

「待て、サリバン。どういう事だ。」

「別にどうという程の事ではありません。先程申し上げた通りです。」

「何で勝手な真似を・・・」

そう言いかけるケネスを掌で遮って、

「これは保安局本来の職務ですから、局長である私の判断で行う事に問題があるとは思いません。」

と言い放つと、絶句するケネスを穏やかに諭した。

「それより、閣議にお戻りになった方が宜しいのでは?」

事態を理解した時点で訳知り顔で黙って座っていれば、後で自分の手柄にできたろうに、わざわざ追いかけて、閣僚全体に事態を掌握していない事を知らせるとはな、保安局があんたの破滅に付き合わされるのは真っ平だ、そう思いつつサリバンは、この血の巡りの悪い上司に見切りを付けるべきだと判断した。

ケネスは、とぼとぼと閣議室に戻って行った。


漸く反撃の目処が立ったスペンサーは、冷ややかな調子で尋ねた。

「グロムイコ君。炎の剣の意志が崇高賢人会議の決定を左右する、という今の発言は、炎の剣の公式な見解だと考えて良いのだな。」

グロムイコは今更ながら失言を犯した事に気付いたが、もうどうしようもなかった。

スペンサーは立ち上がると、宣言した。

「明朝、大賢人会議を召集する。」

そして、余裕の笑みで告げた。

「グロムイコ君、もう帰っても良いぞ。ケルブ師に、閣議には出席するに及ばぬからゆっくりと怪我の手当をしなさい、と伝えよ。」


サリバンは保安局に戻った。

「御苦労様。君の適切な報告のおかげで、上手く片付けられたよ。」

副局長の労をねぎらい、続けて待機中の機動警備課長に確認する。

「配備中以外の要員は、全て出る準備が出来ているか?」

「はい、庁舎前に整列させてあります。」

サリバンは頷くと、副局長に振り返り指示を出した。

「それでは、私は予定通り広場へ行くので、ケルブ師の方は任せるぞ。」

「承知しました。」

副局長は立ち上がると、一礼して局長を見送ってから庁舎警備課長に指示を出した。

「打ち合わせ通りお願いします。」


「痛い!もっと丁寧にやらぬか。儂を殺す気か!」

ケルブは、当たり散らしながら手当を受けていた。

隊長達は直ぐにでもケルブに広場に戻って再度督戦して貰いたかったが、セジウィックが死んだ今、誰も言い出し兼ねてお互いに腹を探りあっていた。

そこへ、秘書が飛び込んで来た。

「尊師、大変です!」

「うるさい!大声をだすな。傷に響く!」

痛みに顔を歪めながら、負けずに大声を上げる。

秘書は、慌てて声のトーンを抑えて告げた。

「ガーディアンが押し掛けて来ました。」

「何用か知らぬが、儂は具合が悪いと言って追い返せ!」

「それが・・・」

戸口に立ったまま返事をしようとした秘書を押し退けて、ガーディアン達がぞろぞろと入ってきた。

「何をしておる!入って良いと言っては居らぬぞ!」

ケルブは声を張り上げ、肩の痛みに顔をしかめた。

先頭のガーディアンは、事務的に告げた。

「緊急事態ですので、無礼の段はご容赦願います。崇高賢者様が重傷を負われたとの連絡が入りましたので、緊急警備態勢を取らせて頂きます。只今より、この部屋はケルブ様の安全確保のために封鎖致します。今後、保安局長から緊急警備態勢解除の宣言があるまで、出入りは一切禁止となります。」

それを聞いた隊長達は慌ててドアに向かおうとしたが、ガーディアン達はそれを遮って、一斉に拳銃のホルスターに手を掛けて、

「ケルブ様の安全確保のために、封鎖にご協力願います。」

と、冷たく繰返した。


暴徒達は途方に暮れていた。

ケルブが隊長達によって引きずる様に連れて行かれた後、何の指示もなく、隊長達自身も戻ってこない。

攻撃を再開しても良いかどうか判断できる人間が、広場に全くいないのだ。

城壁の中からも、銃声は途絶えたままである。

互いに顔を見合せながら、誰か命令してくれるのをひたすら待っていた。

その時、演壇に上がる人影があった。

広場全体の視線が集中する。

期待に満ちたざわめきは、直ぐに失望の呻きに変わった。

スピーカーから、鋼鉄を思わせる程に硬く冷やかな声が響き渡った。

「連邦政府保安局長のアルバート・サリバンです。皆さんは連邦保安規則に違反して武装し、連邦資産に対する破壊行為を行っています。戦闘行為の停止および、即時かつ無条件での武装解除を命じます。ガーディアンの指示に従って、武器を引渡しなさい。武装解除に応じない場合、保安規則に基づいて拘束されます。また、抵抗した場合は、無警告での発砲も有り得ます。」

言葉使いこそ丁寧だが全く妥協の余地を感じさせない宣言を聞いて、暴徒達は愕然として周りを見回すと、ガーディアンが銃を片手に次々と武装解除を始めている。

ほぼ全員が士気を喪失しており抵抗が起こる気配が無さそうなのを確認したウェイギャンは、目立たない様にゆっくりとセンター地区を外部と隔てるフェンスに向かって移動を始めた。

何とかして、武装解除を受けるまでに脱出しなければならない。

今逃げ出せば戦闘に伴う撤退だが、武装解除を受け入れてしまえば捕虜だから、それから逃げれば逃亡罪に問われる恐れがあるのだ。

ガーディアンに比べて人数的には暴徒達の方が多かったので、武装解除は遅々として進まず、かなりの余裕を持ってフェンスにたどり着く事が出来た。

さりげなくフェンスに手を掛けて辺りを見回すと、同じ様な行動を取っている数人の男達がいた。

それは、全てサンタ・ホルヘ傭兵団の士官であった。

この商売には浮き沈みが付き物であるから、希望が失われた時点で見切りを付けて早々に撤退する(要するにずらかるという事だ)事を、セジウィックに散々叩き込まれている。

姿の見えない他の士官達も、どこか別の所で同じ様に逃げ出そうとしているのだろう。

ウェイギャンはフェンスに両手を掛けると、一気に跳び上がってフェンスを乗り越えた。

少し走ってから追跡者が居ないかと振り返ると、怒濤の様にフェンスを乗り越えて飛び出してくる人波が迫っていた。

どうやら、ウェイギャン達が逃げ出すのを見てパニックを起こした様である。

ウェイギャン達はこの後一路メキシコ国境を目指し、サンタ・ホルヘに向かうのだが、炎の剣の信徒達は世界中から集められているだけに、歩いて行ける先に寄る辺が存在しない者も多数いるであろう。

恐らく恐怖に駆られて走り出してしまっただけで、何の宛も無いであろう彼等が、この後どうなるのかを考えると可哀想な気がしないでもないが、取り合えず今はその大群衆の存在自体がありがたかった。

ウェイギャン達は、わざと走るペースを落として、逃亡者の波に呑み込まれた。


「局長!」

突然の推移に呆然としていた機動警備課長は、逃亡者達を見送った所で我に返り、サリバンの方に振り返った。

「構わん、放っておけ。」

「しかし・・・」

更に良い募ろうとする課長を制して、サリバンが言う。

「どうせ、全員を捕まえるには人数が足らん。変に全員制圧に拘って、あのパニックの勢いでこっちに迫ってこられたら、本当の暴動になるぞ。」

課長は止むを得ず、武装解除済の人間の確保だけに専念する様に指示した。


サーリムは、暴徒達が散り散りに逃げて行くのを見て、一気に緊張が解け、そのまま座り込んでしまった。

「良く頑張りました。我々の勝利です。」

背後から、プロメターが言う。

サーリムはしばらく座ったまま何もできないでいたが、突然勢い良く立ち上がった。

「ケイに報告しないと。」

プロメターは、少年の肩を抱き抱えるように支えながら言った。

「それでは、一緒に行きましょう。」


大会議室は、怪我人とその手当をする人間でごった返していた。

ざっと見回したが、ケイの姿は無かった。

負傷者を励ましながら、かいがいしく包帯を当てているマーガレットを見つけると尋ねた。

「ケイは?」

マーガレットは表情を曇らせ、無言で部屋の隅視線をやった。

そこには、顔に白布を掛けられた者達が並んで横たわっていた。

その列の中に、誰一人動く者はいなかった。

見覚えのある服装の人物に駆け寄ると、何かの間違いであることを祈りつつ、震える手でそっと布を持ち上げた。

サーリムの期待した奇跡は起こらなかった。

「エピメターさんが連れて来たときには、もう冷たくなっていたわ。」

背後に立つマーガレットの言葉は、まるで別の世界から聞こえてくる様に、遠く感じられた。

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