二日前
ケイはサーリムを連れて、9時前に大会議室に入った。
部屋は、既に予想より多くの人間が集まって、ごった返していた。
最悪の場合は館長・マイケル・ジョーンズの3人だけかも知れないと覚悟していたので、一先ず安心した。
顔ぶれを確認しようと部屋を見回すと、いたずらっぽく笑うプロメターと目が合った。
ケイは、驚いて駆け寄る。
「なんで、ここに居るんだ?」
「たまたま禁書館を覗いたら、この会合の話が耳に入ったのさ。」
プロメターは、気軽な口調で答えた。
「いや、そういう事を言ってる訳じゃ・・・」
そう言いかけるケイを遮って、続ける。
「だから昨日、『借りは個人の物』だと言ったろう。」
そして、プロメターはさりげなく付け加えた。
「話は変わるが、今度うちの教団からケンジントン巡礼団が来る事になった。50人程度の少人数だが、あさってに到着する予定だ。」
そう言いながら、プロメターは、昨日のエピメターとのやり取りを思い出していた。
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「というわけなんだが、どうだろう、ダグ。」
プロメターはヴィジフォン・ブ ースでディスプレイと向き合っていた。
「どう、というと?」
画面の向こうで、エピメターが問い返す。
プロメターは思いつめた表情で告げた。
「私は禁書館に行く。多分帰って来ないだろうから、教主と大賢者は君が継いでくれ。」
エピメターは、その言葉を事も無げに笑い飛ばした。
「何をバカな事を言ってるんですか、ネッド。炎の剣は2000人動員しているんですよ。貴方一人が行った所で、何も変わりゃしません。」
「だが、ケイを見棄てるのは嫌なんだ。」
そういい募るプロメターに、まるで聞き分けの無い子供に言い聞かせる様な調子で答えた。
「 いいですか、あっちにいた頃の貴方なら、友情の為に自分一人の命を犠牲にするという選択もありだったでしょうが、今の貴方は重力の使命の信徒10万人の指導者なんです。『自分一人』で死にに行くなんて贅沢は許されていないんですよ。」
それでもプロメターは食い下がろうとした。
「しかし、ケイ達は・・・」
エピメターは遮って
「判っています。50人くらいなら明日中に出発できます。しあさってにはケンジントンに着くでしょう。」
この回答は、プロメターにとっては意外であった。
「この件に信徒たちを巻き込むのは、気が進まないんだがな。」
エピメターは、やれやれと言う表情で首を振った。
「貴方が必要だと思うのなら、それは重力の使命にとって必要な事なんです。第一、我々の本当の使命を考えれば、いずれは炎の剣と衝突せざるを得ないのは明らかでしょう。いずれにしても、武器を調達して人数を送り込むまで時間稼ぎも必要ですから、先行で禁書館に入って受け入れ準備をして下さい 。とにかく我々は必ず救援に駆けつけますから、くれぐれも早まった行動に出ない様にお願いします。」
それを聞いてプロメターは驚いた。
「ダグ、君が来るのか?」
「いけませんか ?」
何を言っているんだ、と言わんばかりの表情で問い返す。
「君までが危険を冒す事は無いじゃないか。」
そう言われたエピメター は色をなして答えた。
「いいですか?教主である貴方が命を懸け、さらに若い信徒達を戦場に送り出さなければならないんですよ。私が信徒達の先頭に立たなくてどうしますか!」
「しかし、君までこういう形で危険に巻き込むのは…」
そう言いかけた プロメターを遮るように告げた。
「お忘れですか?私の名はエピメターですよ 。」
エピメターの毅然とした答に、プロメターは納得せざるを得なかった。
「分かった、頼りにしている。」
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ケイは驚いて、無言でプロメターの目を見詰めていたが、プロメターの両手を握り、ようやく一言言った。
「ありがとう。」
そうして、再度辺りを見回すと、もう一つ予想外の顔を見つけた。
「スミスさん。」
スミスは、ケイの声に笑みを浮かべて雑踏をかき分け、歩み寄って来た。
「貴方も参加して下さるんですか?」
スミスは、穏やかに笑いながら答えた。
「私が言い出しっぺみたいな物ですからね。微力ながら、力添えさせて頂きます。」
そう言って、二人は固い握手を交わした。
予定時刻が過ぎたので、館長が開会を宣言した。
総勢47人、但しそのうち7人は女だった。
ほぼ全員が揃った事に、ケイは内心驚いていた。
館長が訊ねた。
「ケイ、何か考えがあるのか?」
「取り敢えず、人員の配置と指揮体制を決めましょう。」
そう言って、黒板に禁書館を含む島の概略図を描いた。
禁書館は、中央地区を西北西から東南東へ流れるハドソン川の中州のほぼ中央に建っている。
川の両岸を繋ぐ橋は、中州の上端より20メートル程上流に掛けられていて、その中央部から中州への橋が分岐して、T字型をなしている。
その分岐点には、コンクリート製のアーチが建てられており、ブリッジゲートと呼ばれている。
主橋中央で川下に折れ、ブリッジゲートをくぐり、支橋を渡ると護岸工事を施された中州の上端に入る。
ここまで来ると、かつてはそのまま広い前庭が望め、その先に図書館が見えたのだが、今は中央部でも幅10メートル程しかない三日月型のスペースを残して、その先は城壁と呼ぶのが相応しい石造りの壁で遮られ、門が閉ざされている時は禁書館の鐘楼が辛うじて見えるだけである。
そしてその中央には、分厚い木材の板にがっしりとした金具が拳ほどもある鋲頭を持つ釘で打ち付けられた、厳めしい正門が設けられている。
禁書館を囲むこの城壁は、細長い中洲を分断する形で築かれている。
かつてここが図書館だった頃には、こんな壁は存在しなかった。
図書館とは、本来は万人に開かれた施設なのである。
大賢人会議がこの施設の名前を禁書館と改めた時、まるで中世の城塞を思わせる仰々しい城壁を築いたのだ。
その名目は呪われた知識を隔離するためであるが、実際の意図は、その中身が呪われた物である事を一目で解らせるための、デモンストレーションであった。
そのため、城壁は必要以上に大袈裟で閉鎖的な物になった。
門外の三日月型のスペースを区切る川上側の壁は長さ30メートル程の弧をなして、その先は護岸工事された岸と一体化している。
中州の川下側六分の一は護岸工事されておらず、水面に向かって緩やかに傾斜している。
城壁はこの境界部で中州の岸から離れ、裏庭を囲む様に切り取っている。
「全員を4班に分けます。総指揮官が一人、その下に各班のリーダーがいて指揮を取ります。」
館長は訊ねる。
「誰が指揮を取るんだ?」
「その前に配置を決めましょう。私の案では、女性は全員医療・伝令班として、館内に待機します。」
男達は当然という表情で頷き、女達は不満げではあったが異議は唱えなかった。
「残りを前庭班・裏庭班・ブリッジゲート班の三班に分けます。前庭班が防衛の主力となります。」
マイケルは訊ねる。
「ブリッジゲート班は何をするんだ?」
「今ウチの局長が衝突を回避するべく折衝している。今回の籠城戦の目標は、折衝が間に合わず戦闘が始まってしまった場合に、崇高賢人会議が仲裁に入るまでの時間を稼ぐ事だ。だから、ここに」
そう言いながら、橋の中央広場側のブリッジゲートを丸で囲んだ。
「バリケードを作って最初の攻撃を食い止める。縦深防御の真似事をするのさ。」
マイケルの目が一瞬光った。
「つまり、そこが一番危険な部署なんだな。」
「そういう事だ。だから、ブリッジゲート班はあまり欲張ってはいけない。あくまで時間稼ぎの第一段だから、危険と判断したらすぐに持ち場を放棄して撤退し、前庭班に合流する。」
マイケルは質問を続ける。
「裏庭班ってのは、何をするんだ?」
「裏庭班は要するに保険だ。もし敵が舟を使って裏庭側に上陸を試みた場合に対処する。川下側は高岸になっていないんで舟を乗り上げる事が可能だし、裏庭側は城壁が低いから上陸されたら直ぐに対処できなければ食い止める事はできない。だから、大人数はいらないとしても常に人員を張り付けておく必要がある。」
防壁を築く事で島の川下側に回る事が出来なくなったため、威圧する相手のいない川下側では、防壁はおざなりにされ、川上側より低く薄い物となっているのだ。
「で、残りは全て前庭班なんだな。」
ケイは頷いた。
「そういう事だ。但し総指揮官だけはここの」
そう言いながら概略図の禁書館中央に丸を描いた。
「鐘楼にいる必要がある。正門を閉ざせば、ここ以外に外を監視できる場所はない。」
その言葉に納得したマイケルは次の課題に移った。
「人数はそれぞれどれくらいだ?」
「ブリッジゲート班は、まあ五人だな。裏庭班は・・・最大でも十人だろう。」
「すると、前庭班は25人か、少ないな。」
マイケルが親指を顎に当て難しい顔になった時、プロメターが手を挙げた。
「今、それぞれ支度中なのでここには居ませんが、ウチのケンジントン支部の人間が5人志願しています。」
マイケルの表情が一気に明るくなった。
「良いのか?」
ケイの反問に、プロメターが黙って頷く。
「それじゃ、その5人は裏庭班に入ってもらおう。」
「これで、前庭班が30人になる。大分ましになったな。」
マイケルが明るい声で言う。
「配置は判った。次はそれぞれの指揮官を決めよう。」
館長は続けて
「まず、総指揮官だが・・・」
そう言いかけた所へケイが応じる。
「それは館長でしょう。」
すると館長は、笑いながら両手を振った。
「私にはこう言う事に関する心得は全くない。それに他にやりたい役もある。とにかく私じゃ務まらんよ。」
「何がやりたいんです?」
「その話は後で良い。それより私の見るところでは、総指揮官にはケイが就くべきだと思うんだが、皆はどう思う?」
館長が見回すと、全員が無言で頷いた。
ケイは軽く狼狽しつつ反論した。
「ちょっと待って下さい。私はブリッジゲート班の指揮を取らなきゃならないんです。総指揮は取れません。」
その言葉に館長は、振り向いてジョーンズを見た。
「ああ言っているが、君はどう思うね。ケイが駄目なら後は君しかいないわけだが?」
「私には総指揮官は務まりません。この中で全体状況を把握しているのはケイだけですよ。それにブリッジゲート班の指揮官は突出して危険な役割ではありますが、他の班と比べて特に高い能力が要求される訳ではありません。ケイをブリッジゲートに廻すのは能力の無駄遣いです。」
その言葉に再び全員が頷いたのを確かめて、館長は言った。
「こういう事だ。君に総指揮を預けるのは、参加者の総意と判断して良かろう。我々に生命を賭ける事を求める以上、君に選択権はないと思う。」
ケイは同意せざるを得なかった。
館長は更に続ける。
「さて、次は各部署の指揮官だが、私の意見としては、主戦場となる前庭班の班長は、ジョーンズ君が適任だと考える。」
「私は、ブリッジゲートに行くべきかと・・・」
「ケイの次にこういう荒事の知識のある君を前庭班以外に置くのは、それこそ能力の無駄遣いだろう。」
ジョーンズも引き下がらざるを得なかった。
「そして裏庭班は、重力の使命の方々が多数御参加頂く事でもあり、プロメター師に御願いできませんか?」
プロメターはあっさりと頷いた。
「非力ながら、努めさせて頂きます。」
「さて最後にブリッジゲート班だが、班長には私が就く。」
この発言に一斉にどよめきが起こり、全員が口々に思い止まらせようとした。
館長は掌で混乱を制し、続ける。
「さっきジョーンズ君が言ったように、ブリッジゲート班の班長は、特に高い指揮能力を必要としないんで、私でも何とか務まるだろう。その一方で戦闘直前まで相手側と直接接触する位置だから、禁書館を代表して最後の交渉を行う可能性もある。これができるのは私だけだ。第一、禁書館メンバーのほとんど総力を挙げて戦う状況で、館長たる私が先頭に立つのは当然の事だ。」
全員が無言のまま、説得すべき言葉を探していた。
沈黙の中でマイケルは館長の目をじっと見詰めていたが、感情を抑えた声で語りかけた。
「父さん、どうしてもやるのか?」
マイケルの鋭い視線にたじろぐ事なく、それでもごく気軽な口調で答えた。
「今言った通りさ。私が最適任者だよ。」
「判った。じゃあ、俺がその下に就く。」
そう言うと、掌を大きく打合せ、明るい表情で言った。
「さあ、これで各班のリーダーは決まった。具体的なメンバーの割り振りに入ろう。」
ブリッジゲート班の参加希望者を募ると、7人が挙手したので、くじ引きで残り三人を選んだ。
裏庭班については、誰も希望しなかったので、これもくじ引きで五人選び、さらに、総指揮官に伝令係を一人着ける事になり、この場で最年少のサーリムが宛てられ、残りは全員前庭班となった。
「ここには何か武器はあるのか?」
プロメターが尋ねると、 ケイは肩を竦めて答えた。
「ケンジントン支局に言って、ピストルとライフルくらいは人数分用意させる。後はここの収蔵物を漁って見るつもりだが、あまり期待は出来そうに無いな。」
「うーん、とにかくしあさってには50人の応援が着く。何とかそれまで持ちこたえる様に準備しよう。まずは武器を作ろう。」
「作る?」
プロメターは、訊ねた。
「ここでアルミは手に入るか?」
「どのくらい必要なんだ?」
ケイは、意図を図りかねて反問する。
「10キロでも20キロでも、とにかく多いほど良い。」
「館内にアルミの手すりがあるからそれぐらいなら何とかなるが、それでどうするんだ?」
プロメターは、答えず話を続ける。
「ではその手すりを引っ剥がして、ヤスリで粉にしよう。それから有るだけの鉄から錆を、いいか、錆びだけだぞ、同じく粉末にするんだ。量は、有れば有るほど良い。」
ケイは、ようやく意図を察した。
「なるほど、テルミット反応か。」
「そうだ。それから、ガソリンと粉石鹸も入手したいな。」
それを聞いて、ケイの表情は険しくなった。
「粉石鹸なら直ぐ手に入るだろうが、ガソリンとなると・・・」
「お互い命が掛かってるんだ。何とかしようぜ。」
そう畳み掛けられたケイはしばらく考え込んでいたが、心当たりが無いでもないといった表情になった。
ケイの表情の変化に希望を見出だしたプロメターは、続けた。
「実際の作り方は、材料が集まってから説明するから、とにかく少しでも多く材料を集めておこう。」
「判った。」
プロメターは、てきぱきと作業の分担を決めた。
「こっちは粉石鹸を集める。アルミと鉄錆の粉末は、人数が必要だから館長に頼もう。お前達はガソリンを何とかしろ。」
ケイは、サーリムを連れて政府庁舎の地下ガレージに向かった。
ベントレーやブガッティといった昔の高級車が並んでいる。
かつては、大賢者全員に専用車が与えられていたが、部品の供給がなくなって徐々に動かない車が部品取りに回された結果、今や辛うじて崇高賢者の人数分が動いている状況である。
年内には、馬車での移動を余儀無くされる崇高賢者も出るだろう。
そして、ここには原始的な乾留装置が備え付けられており、近くの小さな油井から運ばれてくる原油から、細々とガソリンが精製されている。
これらは全て、崇高賢者警護の一環として、ケンジントン支局の手で運用されている。
幸い、顔見知りのジェイムズ・マクロードが居た。
「よう、ジム。」
「どうした、ケイ。」
「ガソリンを貰いに来た。」
マクロードは困った様な顔で答えた。
「出せん。先月の大規模な式典の所為で 、もう1缶しか残ってない。」
ケイは強気で推す。
「支局長は、武器は提供する、と約束したはずだぞ。」
その言葉に、マクロードはケイの足許にある赤い缶に目をやり、答えた。
「ガソリンが武器か?まぁいい、10リットルだけ出してやる。」
ケイは、その赤ペンキの剥がれかけた缶を持ち上げた。
「この缶か、これで何リットルだ?」
「20リットル入っている。今の手持ちはそれで全部だ。」
「じゃぁ、貰っていくぜ。」
そう言いながらケイは、サーリムに缶を渡した。
「まて、全部持って行くんじゃない。」
狼狽するマクロードに、わざとらしく敬礼して言った。
「ケンジントン支局のご協力感謝する。」
しばし絶句していたが、苦笑いして言った。
「・・・仕方がねぇなぁ。」
二人で缶をぶら下げて出て行こうとすると、後ろから声を掛けられた。
「待て、ケイ」
ケイは、振り向きながらニヤリとして言った。
「もう返さんぜ。」
マクロードは、急に真面目な表情を見せた。
「いや、違う。その・・・何だ、支局長が認めんから、そっちに行く事が出来ん。すまない。」
ケイは意外そうな表情で返した。
「なに、人には立場ってものがある。別に謝るような事じゃないさ。」
「ケイ・・・死ぬなよ 。」
ケイは、ごく気楽そうな口振りで答えた。
「まぁ、努力はしてみるよ。」
ケイ・サーリム・プロメターの三人は、禁書館の物品収蔵庫にいた。
ケイを先頭に一列になって、蜘蛛の巣を払い除けながら、身を捩るようにして、積み上げられた正体不明のガラクタの山と山の間をすり抜けながら、奥に向かって行く。
「たしか、この辺が武器関係なんだが・・・」
そう言いながらケイは、目の前の山を手探りする。
見たところ、山を構成しているのは機械というよりはその部品が主であり、その大半は壊れたりちぎれたりしている。
正体不明の機械、というよりはガラクタを掻き分けて行くと。プラスチックのグリップが突き出ているのが目に入った。
「お、こいつはひょっとしたら」
ケイが、そのグリップを引っ張り出そうと手を掛けたので、プロメターとサーリムが、周りのガラクタを取り除ける。
ようやく引っ張り出して見ると、プラスチックと鋼鉄でできた近代的なフォルムの自動小銃であった。
レバー掴んでボルトを操作しようとしたが、貼り付いた様に固まっている。
「こりゃ、中が錆び付いてるな。ばらして錆を落として油をさせば・・・」
ケイが言いかけると、プロメターが言う。
「この手の銃は高速の連続作動を前提に精密に設計されているから、調整が難しい。多分専用に調合された潤滑剤を使わんと、まともに動作しないぞ。それに、そもそも弾はあるのか?」
三人はしばらく周りの山を探ってみたが、弾は見つからなかった。
ケイは諦めて、銃を山に戻した。
その時サーリムは、目の前の山から、ライフルらしき木製の銃床が覗いているのに気付いた。
サーリムは銃床を掴み、引き抜こうとしたが、銃床が少し手前に出てきたところで、引っ掛かって動かなくなった。
上下左右に揺すってみたが、相当しっかりと引っ掛かっているようで、全く外れる様子がない。
こうなると、どうしても引っ張り出してみたくなったので、上に積み重ねられているガラクタを除けて行った。
見かねたプロメターが、一緒になって周りのガラクタを掻き分けると、ようやく姿が見えてきた。
正体を見たプロメターが笑い出す。
それは古いクロスボウであった。
「これだけ頑丈な弓が張りだしていれば、引っ掛かって出てこないのは当然だね。こいつはまた、何でこんな原始的な、いや『中世的な』だな、代物がここにあるんだ?」
プロメターの声に、ケイが苦笑しながら、答える。
「大いなる再構築の混乱の時に、手当たり次第に放り込んだんだろうな。」
サーリムは失望して銃床から手を離し、プロメターは自分の発掘作業に戻ろうとしたが、今度はケイがクロスボウを掘り出し始めた。
それを見てプロメターも手を休め、面白そうに見守っている。
ようやく取り出したクロスボウを眺めて、ケイが言った。
「これなら、少し手を入れたら使えそうだ。」
プロメターが気乗り薄な様子で言う。
「まあ、弾と違って矢なら作れない事は無いだろうが、そんな手間を掛ける値打ちがあるのか?」
「いいや、こいつはカタパルトになる。」
その言葉に、プロメターの目が光る。
「成る程、テルミットを撃つのか。」
「手で投げても射程距離は知れてるからな。こいつを使えば、鐘楼から城壁の外部を攻撃できるだろう。」
サーリムはこの掘り出し物をまじまじと眺めた。
左右に大きく張り出した分厚い鋼鉄製の弓は、手ではとてもたわめる事はできそうもない。
その両端は前方にぴんと反り返り、その間に張られた弦は、何でできているのかわからないが、針金の様に固かった。
先端には、何に使うのか分からない四角い鉄製の枠がついている。
その枠の形は、強いて言えば馬の鞍に着ける鐙に似ていた。
試しに両手で弦を引いてみたが、鋼の弓に張られた弦は、びくともしない。
ケイが笑いながら、クロスボウを取り上げて言った。
「手で簡単に引けるような弱い弓では、クロスボウの意味がない。こいつはな、」
そう言って辺りを見回す。
「そこの、ごつい鉤の着いたベルトを締めてから、こうやって、」
と言いながら銃床を上にして縦に持つ。
「弦をその鉤に掛けるんだ。で、この先端の鐙に足を掛けて、勢いよく踏み込むのさ。」
そう言って、ベルトを引っ張り出して、並べて置いた。
この発見に気を良くした三人は、さらに次の掘り出し物を探しにかかった。
それきり使えそうな物は出てこず、未整理の山はどんどん低くなり、ガラクタの山が高くなって行った。
サーリムが失望しかけたとき、目の前の山に、小さなトランクの側面が覗いているのを見つけた。
何か使える物が入っていないかと、山から引っ張り出そうとすると、靴箱程の大きさだと思っていたトランクが、思いの外長い事に気付いた。
手前のガラクタの山に突き当たる程引き出しても、まだ先がある。
1メートルは軽く越えている。
何とか引っ張り出そうとサーリムが悪戦苦闘しているのを見て、ケイが笑いながらガラクタの山を崩してスペースを作ってやった。
「これは、随分と長いですね。ひょっとしたら・・・」
そう言いながら、プロメターは引き出された恐ろしく横長のトランクを眺めた。
奥行きは30センチ程しかないのに、横幅は1メートル半近い。
「中は空ではありませんか?」
そう言われ、サーリムはずっしりとしたトランクを揺すってみた。
「かなり重いですが、音はしませんね。」
「私の想像通りの中身なら、振っても音はしないでしょう。これは期待して良いかもしれません。」
そう言ってトランクを受け取ると、丹念に調べ始めた。
蓋にはアルミ製の銘板がついており、そこには大きく『M700』と刻印されている。
その他にも小さな字で沢山の刻印があるが、多分メーカー名なのであろう。
プロメターは、蓋と本体の合わせ目を詳細に調べる。
パッキンには劣化の跡は見られず、しっかりと密封が保たれているようだ。
プロメターは、期待に満ちた表情でラッチに手を掛けた。
しかし、錠がかかっていた。
「その辺に鍵はありませんか?」
三人はしばらく周りを探して見たが、それらしい物はなかった。
ケイは、手近にあった鉄棒の先をラッチの下に捩じ込んで、トランクを強く踏みながら梃子の要領で錠を引きちぎった。
蓋を開けて見ると、トランクの中一杯に嵌め込まれた濃いグレーのスポンジに細長い窪みが抉られており、その中に、透明なフィルムでパックされたライフルが納められていた。
「期待通りだな。」
喜びを隠せない声でプロメターは言いながら、パックの密封に敗れ目がないかを確認した。
「これは良い状態だ。これなら、いけるかも知れん。」
そう言ってフィルムを剥がした。
さっきの自動小銃とは違い、サーリムも本の挿絵で見た事があるごく普通の猟銃の形をしていた。
プロメターが銃のボルトを引くと鋭い金属音が響き、軽々とボルトが動いた。
「ボルトアクション銃か。」
そうケイが言う。
「動かない自動小銃よりは、遥かにましさ。」
「だが、弾が無けりゃ同じ事だろう。」
プロメターは別の窪みに入っていた、紙箱を取り出した。
「こいつがお望みの弾だよ。ありがたい事にこれも密封してある。」
そう言いながらフィルムを剥がして蓋を開ける。
鈍い金色の弾丸が並んでいるのを確かめて、ざっと数える。
「20発ある。これだけあれば何とかなるだろう。ここが片付いたら試し撃ちしよう。」
「いいのか?それだけしか無いんだろ。」
「使えるかどうかをぶっつけ本番で試したくはあるまい。それに」
そう言って、さらに別の窪みから黒い筒状の部品を引っ張り出した。
「スコープの調整も必要だしな。調整を兼ねて練習しよう。最悪でも1発残れば用は足りるだろう。」
ケイはその言葉の意味を一瞬考えてから、やがて言った。
「確かにそうだな。」
三人は、残り少なくなった武器関係の山を掘り返す作業に戻った。
黙々と、取り上げて眺めてはガラクタの山に移して行ったが、もう使えそうな物はなかった。
武器関係の山が消えた時、ケイは他の処も掘り返して見る事を提案した。
「そう言っても、端から端までひっくり返して見る時間は無いぞ。どの辺を見るんだ?」
プロメターが訊ねると、ケイは予め目をつけていた山を指した。
「あっちの通信機器関係の山を探って見よう。」
「トランシーバーか。」
「それと電池だな。」
山を掘り返すと 六台のハンディ型トランシーバーが見つかったが、使用可能な電池は四台分しか無かった。
「まあ、四台あれば、当座の用は足りるだろう。」
他にも探したい物は色々あったが、やらなければならない事が山積しているので、探索を打ち切って収蔵庫を後にした。
三人はライフルのトランクを抱え、前庭に出た。
ケイが辺りを見回すと、1メートル程の長さの板が落ちていた。
それを拾い上げるとチョークで三重の同心円を書き、手近の木に立て掛けた。
その間にプロメターは、ライフルにスコープを装着して弾丸を装填した。
ケイは銃を受け取ると、退がってターゲットとの距離を取ろうとした。
「どれくらい狂っているか分からない。最初は近くで撃つんだ。」
プロメターの指摘で退がるのをやめ、ターゲットとの距離を目測する。
およそ5メートル、ピストルでも余裕で真ん中を撃ち抜ける距離だ。
ケイは銃を構え、スコープを覗き込みながら言った。
「二人とも退がるんだ。」
指示の意味が理解できないサーリムを制して、プロメターは大きく後ろに下がって言った。
「暴発するかもしれません。何発か撃って安全が確認できるまで、距離を取るべきです。それと、安全な発砲が確認できるまで、銃口より前に出てはいけません。」
二人が固唾を飲んで注視する中でケイはじっくりと狙いを定め、慎重に引き金を引く。
拍子抜けするほど軽い銃声が響き、銃口が跳ね上がった。
ひと安心して的に駆け寄ると、一番外側の円のさらに右下に穴が開いていた。
5メートルでこれだけ逸れるなら、大きく距離を取れば、板に掠りもしなかっただろう。
プロメターはトランクから、メンテナンスキットと書かれたパッケージを取り出してフィルムを剥がして箱を開け、コイン程の金属片を取り出した。
ケイから銃を受け取ると、それをスコープに当てる。
「上下の調整はこのダイアル、左右はこっちだ。」
そう言いながら、その金属片で手早くダイアルを回す。
「これで、もう一度撃って見ろ。」
ケイはライフルを受け取ると、再び慎重に構えて引き金を引いた。
今度は、二番目の円の左上に穴が開いた。
プロメターは再度銃を受け取り、今度は慎重にダイアルを回す。
三発目は、中心円の縁ぎりぎりに当たった。
「よし、じゃあ距離を大きく取って、本格的に調整しよう。」
そう言って、ケイとプロメターは歩きだした。
サーリムは、慌て追いかけながら訊ねる。
「大いなる再構築以前の技術で作られた銃なのに、何でこんなに精度が低いの?」
ケイが答える。
「銃とスコープは単体でどれだけ精度が高くても、装着してから同じ所を狙う様に調整しないと意味がないのさ。」
すると、プロメターはトランクを開けて見せる。
「ほら、銃の入っていた窪みを見てください。スコープを着けたままで格納できる形になっているでしょう。銃とスコープをしっかりと固定した状態で調整を行って、そのまま格納するのが前提なんです。スコープを一度外したら、次に装着する時はまた調整をやり直す必要があります。」
そうして距離を取りながら試射・調整を繰り返し、前庭の端から端まで離れて真ん中の円に当たる様に調整できた頃には、弾の残りは5発になっていた。
「鐘楼から中央広場の演壇までの距離は、おおよそこの五倍だから、何とか人間に当たる程度の精度は出せるんじゃないか。」
ケイの問いに、プロメターは答えた。
「弾の残りを考えれば、この辺で満足するしかあるまい。ところで、サーリム君に練習させなくていいのか?」
ケイは、しばらく考えてから言った。
「よし、サーリム。お前も撃って見ろ。ただし二発だけだぞ。」
ケイはサーリムにライフルを渡し、簡単なレクチャーをした。
サーリムはケイの姿勢を思い出しながら構えた。
「足が開きすぎだ。右肘をもう少し落として、肩の力を抜け。」
そう言いながらケイは、悪いところを次々と直して行く。
「よし良いぞ。ゆっくり引き金を引くんだ。」
サーリムが人指し指に力を込めると、衝撃が加わり銃口が天を向くと同時に的の手前の地面に土煙が上がった。
「がく引きになってるぞ。」
ケイの言葉の意味が分からず立ちすくむサーリムに、プロメターが説明する。
「引き金を勢いよく引いたせいで、銃口が下にぶれたんですよ。」
「これじゃダメだ。」
そう言って、ライフルを取り上げると、弾を全て抜いた。
「ほら、これで空撃ちしてみろ。」
サーリムは、本当にそんな事が起こっているのかと訝りながら、的の中心円をスコープの中央に捉えて、一気に人指し指に力を加えた。
その途端に的の中心がスコープの上に逃げ、次の瞬間にライフルが乾いた音を立てた。
「どうだ、下にぶれただろう。」
これでは納得せざるを得ない
「余分な力が入ると引き金を速く引いてしまう。速く引くって事は強く引く事とほぼ同じだ。そして引き金を強く引くと、銃口は引っ張られて下を向く。何となく、ゆっくり引くとちゃんと撃発出来ない様な気がするが、実際には引き金はゆっくり引いても速く引いても撃発機構の動作速度に影響を与える事は無いから、それで不発が起こる事は無い。だから、できるだけ銃口が動かない様に、引き金をゆっくり引くんだ。昔の軍隊では、冬の夜に霜が降りる様にそっと引け、と教えたそうだ。」
ケイの言葉にサーリムは頷くと、ボルトを引いて再び構えた。
「いいか、引き金を引いても狙いが動かなくなるまで、練習するんだ。」
サーリムは、それから小一時間も、空撃ちの練習を続けた。
ようやく引き金を引いても照準が動かなくなった時、ケイが弾丸を一発だけ渡した。
弾丸を装填して慎重に狙いを定め、そっと引き金を引いた。
銃口が跳ね上がり、的の二番目の円の右上ぎりぎりに着弾する。
「まあ、取り敢えずこんなもんだろう。」
そう言って、練習を終わりにした。