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四日前

マーガレットは夜明けと共に起き上がると、今日の支度をはじめた。

もう何年も監査官見習の少年達と幼いながら恋の駆け引きらしき事を続けて来たのだが、いい加減に切り上げるべき時期だと思っていた。

何人もの優秀な少年達にちやほやされるのは勿論楽しくないわけではないが、彼女は本来は誠実な少女なのである。

ただ、物心ついた頃からずっと沢山の少年達と友達として楽しくやっていたので、思春期になっても切り替えるタイミングが掴めなかったのだ。

しかし、さすがにもう気付かない振りを続けるわけにもいかない。

全員に良い顔をして傷付けない様に振る舞う事自体に厭気がさして来ており、ベッドの中でその日の行動を振り返って自己嫌悪に陥る夜が続いていた。

幸い、今は少年達が一人を除いて全員出払っており(つまりそれぞれの師匠が監査に出ているのでそれに同行している)、決着をつける絶好の機会だと思えた。

だから、彼の師匠の方には既に根回しを済ませている。

朝食後のいつもにも増して入念な支度を終えたマーガレットは、気合いを入れて立ち上がった。

いよいよ決戦だ。


サーリムは、ノックで目覚めた。

ケイは、今日一日つまらない書類仕事しか無いのでついて来なくても良いと言っていたので、昼まで眠るつもりだった。

「そろそろ起きなさい。もうお天道様は高いのよ。」

マーガレットの声である。

「ちょっと待って。今開けるから。」

起き抜けのボンヤリした頭で返事を返し、ベッドから這い出すと、首を振って眠気を払い、着替えた。

ドアを開くと、マーガレットは腰に手を当てて小首を傾げ、呆れた風で立っている。

「何の用?」

「今日は良い天気よ。ちょっと買い物に付き合いなさい。」

「何でだよ。」

サーリムは迷惑そうに答えたが、マーガレットは意にも介さず言った。

「ケイから、貴方はほっとくと一日中寝てるから引っ張り出して外の風に当ててやってくれって頼まれてるの。さあ、行くわよ。」

どうやら、サーリムの意思は関係ないようであった。


保安局長ジョージ・サリバンは、申請書の束を前に腕組みして考え込んでいた。

書類の大半は、ケンジントン中央地区への団体入場申請であり、入場目的は巡礼のため、となっている。

そして、ケンジントンでの身元引き受け先団体は、全て炎の剣である。

勿論、ほとんどの団体のトップは大賢者や崇高賢者として、ケンジントンに駐在している訳だから、その御機嫌伺いのために信徒団が巡礼としてやって来るのは特に珍しい事ではなく、同じ束の中にある中央広場占有申請もその際の拝謁儀式のための物で、特に問題は無い筈である。

ただし、炎の剣の各地方支部から提出された入場申請書を全て合計するとその総数が2000人に迫るという点を除けば、であるが。

特に何かのイベントがあるというわけでもない今、ケンジントンにこれだけの人数を送り込む意図が何なのかは、考えて見る必要がある。

炎の剣の教義は、明確に呪われた科学技術の根絶を謳っており、その象徴たる禁書館は、占有申請を出している中央広場の目の前に有るのだ。

各地の地方政府(勿論、炎の剣への依存関係が比較的薄い政府を選んでいる)に内密に依頼し、その地を発つ巡礼団をそれとなく監視させて見たところ、判で押したように巡礼団は引率者以外は20代の若者、それも男だけで構成されている、という報告が上がって来た。

これで別の意図を疑うなという方が無理がある。

しかも、この書類に記載されている巡礼団総代の名前には、見覚えがあった。

アルバート・セジウィック、紛争を抱える教団を渡り歩いて戦争を請け負う傭兵団の中でも、特にその精強さで知られるサンタ・ホルヘ傭兵団を率いる傭兵隊長である。

勿論、それを理由に申請を却下する事はできない。

傭兵隊長が巡礼をしてはいけない、という法律はない。

それが判っているから、わざとセジウィックを代表者にしているのだろう。

要するに、足許を見られているのだ。

他の口実を設けて却下するしか無いが、炎の剣の猛反発を招く事は必至である。

申請書の提出元住所欄を見ると、相当に遠方からも集まっている事が判る。

期日に間に合わせるために、ほとんどの巡礼団はもう出発済みだろう。

移動中の大人数を引き返させるとなれば、教団の体面にも関わって来る。

どういう口実で却下したとしても、間違いなく崇高賢人会議で保安局に対して轟々たる非難の声を上げる筈だ。

そうなると、少なくとも保安局担当崇高賢者のケネスの内諾は得ておかなければならない。

そうしなければ、後で崇高賢人会議で弾劾された時に弁明する事ができない。

閣僚でない保安局長には、崇高賢人会議での発言権は無いのだ。

サリバンは、書類の束を手に、立ち上がった。


「ちょうど、ご馳走横丁が近いし、ちょっと早いけど、お昼にしましょうか。」

その言葉にサーリムは、心の中で感謝した。

朝食も取らずに、既に二時間以上も引きずり回されて、空腹は耐え難い程だし、夏の日射しに炙られて喉の乾きも限界に近かった。

二人は手近のタヴァーンに入った。

昼前で店内はまだ空いており、奥側の半分程を団体客が占拠している他は、誰もいなかった。

ただし、その団体客の大半はまだ昼前だと言うのにすっかりできあがっており、ビールジョッキ片手に高歌放吟の真っ最中であった。

「ここは、BBQオープンサンドが美味しいの。飲み物はどうする?」

「君はどうするのさ?」

「こんな暑い日は、冷たいレモネードが一番ね。」

「じゃあ、僕もそれで。」

マーガレットは二人前を注文する。

「おーい、そこのかわいいねーちゃん、こっちで一緒に飲ろうぜ。」

野卑な声が響くが、マーガレットは聞こえないふりをする。

「ケンジントンには、殆どの団体の教祖様だの主教様だのが集まってるから、巡礼と言ってご機嫌伺いをしに来る団体が多いの。で、地元ではみんなしかつめらしくしなきゃいけない立場の人たちだから、その反動で、こっちで破目を外す事が良くあるのよ。相手にしちゃダメよ。」

そう言って、ちらりと視線を投げる。

世話人らしき素面の男が何かを説明している。

「あの世話係の人は見たことがあるわ。確か炎の剣の人よ。」

大きな肉とレタスが載ったパンの皿とレモネードのグラスが運ばれてきた。

井戸水で冷したレモネードの冷たい喉ごしに、サーリムは生き返る思いがした。

二人は大きなオープンサンドを取り上げると、手づかみでそのままかぶり付いた。

マーガレットが勧めるだけあって、確かに旨い。

そこに、先程大声を上げた酔っ払いが、世話人の制止を振り切ってよろめきながら近づいて来る。

男は覚束無い足取りでマーガレットに手を伸ばしながら、呂律の廻らない口調で呼び掛ける。

「あんた、禁書館の娘なんだってな。どうせもうすぐ身の振り方を考えなきゃならなくなるんだから、今のうちに俺達と仲良くしようぜ。」

サーリムは立ち上がると男の前に割って入り、その手が少女の肩にかかる前に宥めつつ抱き留めた。

その様子を見た世話人が、慌てて飛んできて二人のテーブルから男を引き剥がす。

「すいません。ちょっと飲み過ぎた様で。」

そう言って頭を下げるのを見て、マーガレットは慣れた調子でにこやかに会釈を返す。

世話人はなおも大声を上げる酔っ払いを抱き抱え、引きずるようにして席に戻った。

二人が早々に食事を終えて、サーリムが財布を出そうとするのをマーガレットが押し留める。

「私が誘ったんだから、私が出すわ。」

「こういう物は、男が出すもんだろ?」

監査官見習のサーリムには給料は出ないが、十分な小遣いがケイのポケットから出ているし、それ以外にも、何が起こっても当座は困らない程度の現金を持たされている。

旅先で師匠が突然負傷したり、場合によっては死亡する事もあり得るので、監査官なら誰でも弟子にある程度纏まった現金を持たせておくのである。

「子供が生意気言うんじゃないの。」

笑いながらマーガレットはサーリムの財布を押し返す。

「子供ったって2つしか違わないじゃないか。」

「そうよ。あたしは17で貴方は15。判ってるんなら歳上の言う事は黙って聞きなさい。」

ぴしゃりとサーリムの抗議を撥ね付けて手を挙げる。

ところが、やって来たウェイトレスは意外な事を言った。

「お代でしたら、もうあちらのお客様から頂いてます。」

驚いた二人が団体のテーブルに目をやると、実直そうな苦労人の笑顔を見せる世話人と視線が合った。

マーガレットは、恐縮しながら声を掛ける。

「お気遣いをさせてしまって、申し訳ありません。」

男は穏やかに笑いながら会釈を返す。

「こちらこそ不快な思いをさせてしまいまして、申し訳ありませんでした。」

二人は礼を言うと、タヴァーンを出た。

「さて、次はどこへ行きましょうか?」

するとサーリムは、不意に真顔になって答えた。

「ちょっと、ケイに会いに行った方が良さそうだ。」


「ケイ、お客さんだぞ。」

監査官のポール・ジョーンズが声を掛けた。

ケイは書類が散乱するデスクから顔を上げた。

来客予定の心当りは無いが、出張報告書と長期出張で溜まった書類の山をやっつけるために、ひたすらデスクに向かってペンを走らせ続けてうんざり気味のケイにしてみれば、気分転換ができる事はありがたかった。

立ち上がると、軽く背伸びをしてから入口のカウンターに向かう。

いつでも大半の監査官は出張中で空席の多い監査官室だが、今回は特に酷くケイとジョーンズの二人しか居ないのであった。

カウンターの向こうには、特にこれといった特徴の無い実直そうな中年の男が立っていた。

「初めまして。リチャード・スミスと申します。」

そう言って、男は手を差し出した。

「監査官のケイ・アマギです。」

握手をしながら、ケイは訊ねた。

「本日は、どのようなご用件ですか?」

「ここでは、ちょっと・・・」

スミスはちらりとジョーンズに目をやり、口籠った。

ケイは無言で頷くと、スミスを隣の応接室へ案内した。

くたびれたソファに腰を下ろすと、スミスは話し始めた。

「私はキャピタル運輸で働いています。最近炎の剣のケンジントン支部宛に、立て続けに大量の荷物を運びました。」

キャピタル運輸は、ケンジントンでも三指に入る大手の輸送会社であるが、そんな事よりも、炎の剣という単語がケイの注意を引いた。

「それで?」

「その中にたまたま梱包の甘い物がありまして、破れ目から中が見えたんです。」

ケイは『たまたま』ではあるまい、と思った。

輸送中の荷物が紛失したり梱包が破損して中身が減っていたり、というのは日常茶飯事である。

恐らく社会全体の倫理レベルが低下している事の、一つの現れなのであろう。

「その中身が、本日のご用件という訳ですか?」

スミスは頷いた。

「ええ。中身はライフルでした。」

その言葉にケイは、思わず身を乗り出す。

「何丁くらいありました?」

スミスは思い出す様に視線を宙に投げる。

「その荷物だけで五丁。その時運んでいた同じ梱包の荷物は10個口でした。」

ケイは宙を見上げて嘆息した。

「ライフル50丁ですか。それはちょっとした代物ですな。」

スミスは更に続ける。

「それ以前にも、同じような荷物を何度か運んでいましたし、他にも武器と思われる荷物を運びました。」

ケイは疑問点を訊ねた。

「そんな物騒な荷物を搬入すれば、保安局が黙っていないでしょう。」

「荷物の宛先は、全てケルブ師です。」

スミスは冷静に指摘した。

保安局には、崇高賢者宛の荷物を臨検する権限は無いのだ。

話を聞く限りでは炎の剣が何か重大な陰謀を企んでいる事はほぼ間違いなさそうだが、さてその目標はと言えばこの材料だけでは何とも判断が着きかねる。

「アマギさん?」

スミスの問い掛けで、我に返ったケイは、頭を下げた。

「これは失礼しました。ところで他に何かご存じの事はありませんか?」

スミスは心から残念だという様子で答えた。

「申し訳ありませんが、私が存じている事はこれだけです。お役に立てなくて済みません。」

スミスが頭を下げようとするのを慌てて制して、ケイは言った。

「とんでもありません。本当に貴重な情報をありがとうございます。生憎本日は局長は外出しておりますが、明朝一番に情報提供の報奨金が出る様に取り計らいましょう。」

スミスは、掌を上げてきっぱりと言った。

「いえいえ、私は皆さまに危険が迫っている事をお伝えしたかっただけですから、報奨金は結構です。」

一呼吸置いて、気遣うような表情でスミスは続ける。

「ともかく、万一の事がありませんように、充分にお備え下さい。」

そう言って、スミスは立ち上がった。

「承知しました。」

ケイも頷いて、立ち上がる。

「本日は、貴重な情報をご提供頂きまして、SI局を代表してお礼申し上げます。」

そう言って、ケイが右手を差し出すと、スミスはその手を握り返しながらにこやかに言った。

「少しでもお役に立てれば幸いです。」

そしてケイに背を向けて、スミスはSI局を後にした。

その顔は、満足げな表情だった。

ケイ・アマギの様な用心深い人物に取り入るためなら、多少は危ない橋も渡らねばならない。

使命を達成するためなら、命を懸ける事にも躊躇いは感じなかった。


ケイが席に戻ると、サーリムとマーガレットが待っていた。

「今日は千客万来だな。」

ジョーンズが笑う。

「どうした?デートの最中じゃないのか?」

ケイがからかう様な調子で言うと、マーガレットは顔を赤らめてそっぽを向いたが、サーリムは真顔で言った。

「ちょっと気になる事を聞いたんだよ。」

その声の調子に、ケイも表情を引き締めた。

サーリムは二人に、タヴァーンでの顛末を語った。

「成る程、身の振り方を考えないと、か。まるで禁書館がもうすぐ無くなりそうな口振りだな。何か企んでいると感じた訳だ。」

「うん、多分酒で口が滑ったんじゃないかと思うんだけど。」

ケイは少し考え込んだ。

ややあって顔を上げると言った。

「ありがとう。良く言いに来てくれた。少し調べて見る。」

そう言って、いたずらっぽい表情になった。

「とりあえず、デートに戻って良いぞ。」

「そんなんじゃないよ。」

今度はサーリムが赤くなった。

二人は再びショッピングに戻ったが、サーリムは終始上の空であった。

結局マーガレットは、本当の用件を切り出す事が出来なかった。


崇高賢者ロバート・ケネスは、サリバンの言い様に苛立ちを覚えていた。

曰く「自分の判断で却下する、迷惑は掛けない。」、とんでもない話だ。

保安局が面目を潰す様な対応を取って炎の剣を激怒させないわけがないし、そうなった時に保安局担当崇高賢者である自分に非難の矢が向かわない筈がない。

そもそも、本当に『局長判断で却下し、迷惑を掛けない』事ができるなら、わざわざやって来て事前報告をする必要は無いではないか。

それが不可能だと判っているからこそ、こうして自分を煩わせているのである。

正直に窮状を説明した上で協力を乞うのなら考えて見る余地も無いではないが、頭を下げるでもなく形式的な報告だけでこちらを捲き込もうとは虫が良すぎる。

この態度では、報告した以外にもまだ隠している事があるのだろう。

その点を問い詰めて見ようかとも考えたが、言う必要が無いと思った事はどれ程追求されても白状する事はあるまい、と思い直した。

サリバンは、そういう男なのだ。


ケイは、スミスの用件を含めて一連の情報をジョーンズに説明したあと、

留守を頼んで外出した。

行先は保安局だ。

カウンターの向こうで忙しそうに立ち働く事務方職員の中に、知った顔を探す。

ケイが声を掛ける前に、向こうが気付いて立ち上がった。

オコーナーは歩み寄ると、カウンター越しに気さくに話し掛ける。

「久しぶりだな。いつ帰って来たんだ?」

ケイも笑顔で答える。

「一昨日帰って来たばかりだ。」

「そりゃご苦労様なこった。ゆっくりしてるか?」

ケイは首を振る。

「報告書だの溜まってた書類だので、それどころじゃないな。」

オコーナーは皮肉な笑みを浮かべる。

「そいつは大変だな。」

保安局とSI局がケンジントン支局を挟んで対立しているのは衆知の事実だが、二人が親しげに会話している事に奇異の目を向ける者は居ない。

組織の対立なんぞは詰まるところ上つ方の事情に過ぎないのであって、管理職以外は適当に馴れ合って情報交換や便宜を図り合うのが、下っぱの処世術なのである。

「ところで、何の用だ?」

「別に大した用じゃない。久しぶりに、お前さんと話がしたかっただけだ。」

わざと気楽そうに言った言葉のニュアンスを読み取ったオコーナーは、ケイの肩を叩いて言った。

「珈琲でも飲もうか。」

そして、連れ立って休憩室に行った。

幸い先客は居なかった。

オコーナーはカップを二つ取ると、炭火のおこっているコンロに載ったポットを取り上げ、熱い珈琲を注ぎながら聞いた。

「相変わらずブラックで飲ってるのか?」

「ああ。」

「胃に悪いぜ。」

苦笑いしながら片方のカップだけに砂糖とミルクを入れると、湯気の立つ二つのカップをテーブルに置き、真顔で言った。

「さて、話を聞こうか。」

ケイも真顔になり、切り出した。

「最近ケルブ師宛に、大量の荷物が届いているのは知ってるか?」

「ああ。」

「その中身について、何か情報は入っているか?」

オコーナーは首を振った。

「崇高賢者宛の荷物は調べられんよ。そっちは何か情報があるのか。」

ケイは、まず自分の方から手の内を明かす事にした。

「情報源は言えないが、中身はライフルやなんかの武器だそうだ。ライフルだけでも100丁は越えるだろう。」

薄々懸念はしていたようで、オコーナーはさほど驚く様子は見せなかった。

「そいつは確かなのか?」

「少なくとも、俺は信じられると思っている。」

「すると・・・不味い事に成りそうだ。」

そう言って、オコーナーは宙を仰いだ。

ケイは、向こうもカードを開いて見せる気になったという手応えを感じた。

「そっちにも何かあるのか。」

二人は身を乗り出して、声を潜める。

「炎の剣が巡礼団をここに送り込もうとしている。それも2000人規模だ。」

ケイは慄然とした。

「その顔だと、目標の見当が着いてる様だな。」

オコーナーの声に、ケイは保安局と情報を共有する必要があると判断した。

「禁書館が危ない。」

「やはりそうか。今ウチの大将が申請を却下しようと、ケネス師の所へ談判に行ってる。」

お互いにそれ以上の情報は無さそうだと判ったので、珈琲を飲み干して立ち上がった。

「今の話だが、ウチの大将に伝えても言いか?勿論、SI局からの情報だって事は言わん。」

「構わんよ。それから・・・」

「判ってる。談判の結果は、そっちに伝える。」

「済まないが、よろしく頼む。」

二人は手を振って別れた。


「だから、なぜ駄目なんだ。」

ケネスはうんざりした表情で繰り返す。

「ですから、この件は私の判断で却下します。」

サリバンは頑なに答えた。

保安局の手持ちのカードを全て晒してしまえば、ケネスが炎の剣にご注進に走らないとも限らない。

それに、知らなければ後でどうとでも言い逃れができるだろうから、貴方のために黙っているんです、と言ってしまいたい欲求に駆られたが、辛うじてその言葉を呑み込んだ。

「巡礼団なんて、別に珍しい物じゃ無いだろう。」

「2000人の巡礼団は、普通ではありません!」

サリバンは、自制を保ってできるだけ穏やかに指摘しようとしたが、うまくいかなかった。

「それがどうした。『巡礼団は1000人を越えるべからず』なんて決まりは、聞いた事がないぞ!」

ケネスが感情的になっているのを感じたサリバンは、失敗したことを覚ったが、それでももう一押しだけしてみる事にした。

「ケンジントンの治安を預かる立場として、この申請は却下せざるを得ません。」

ケネスは、こうやってサリバンが時折見せる、全て自分に任せておけば良いのだ、と言わんばかりの訳知り顔が嫌いだった。

この機会に、誰が本当の主人か教えるべきだと思った。

「ケンジントンの治安の総責任者はこの私だ!保安局担当崇高賢者として、この申請を受理する事を命じる!」

サリバンは、この上司の石頭ぶりに嫌気が差し始めていた。

こうなれば何が起こっても貴方の責任だから好きなようにするが良い、と心中で毒づいて、感情を圧し殺しながら言った。

「承知しました。」

そのまま一礼して背を向けると苦々しげな表情で部屋を後にしたが、ケネスは横を向いたまま何も言おうとはしなかった。


保安局に戻ったオコーナーは、物資搬入ゲートの監視記録簿をめくってみた。

この1ヶ月でケルブ宛に搬入された荷物の記録を探す。

中身を見る事が出来ないので、個数と凡その寸法を記録してある。

寸法からライフルであろうと見当を着けた荷物の個数に、これまた寸法から見当を着けた内容量を乗ずると、その答は200丁と出た。

その他の荷物の中身は想像するしかないが、ピストル、長剣、短剣といったところだろう。

ライフルが200丁なら、他の武器がそれ以下と言うことはあるまい。

恐らく、合計すれば巡礼団の人数になるのであろう。

オコーナーは、頤に親指を当てて考え込んだ。


「首尾はどうでした?」

帰って来たサリバンに、副局長が問い掛ける。

サリバンは首を振った。

その声に顔を上げたオコーナーは、立ち上がる。

「局長、不味い事になりそうです。」

勘弁してくれ、これ以上不味い事があるのか?そう心中で嘆きながらも、表情には顕さずに訊ねる。

「何だ?」

オコーナーは、ケイから聞いた内容と自分の見積を簡単に説明した。

それを聞いたサリバンは、激しく後悔した。

オコーナーは、単なる噂や憶測で騒ぎ立てる様な男ではない。

彼が報告する必要があると考えたなら、それだけの根拠があるのだろう。

これは、本物の危機だ。

これ程切迫している事が判っていれば、全てぶちまけてでもケネスを巻き込むべきであった。

「残念だが少し遅かったよ。ついさっき、受理するように命令されてしまった。」

「これは間違いなく緊急事態です。今すぐケネス師に命令の再考を申し入れましょう。」

副局長が促す。

サリバンはどうにも気が進まなかったが、好き嫌いを言っている場合ではない。

憂鬱な気分で立ち上がった。


「ほう、そりゃ大変だな。」

ケネスの声には、明らかに揶揄の響きがあった。

「はい、ですから・・・」

言い募るサリバンを遮って、ケネスが言う。

「それが本当なら、今すぐに申請を却下しなきゃならんな。」

「ええ、その通りです。」

ケネスは、ニヤリとして続ける。

「で、なんで君がケルブ師宛の荷物の中身を知ってるんだ?」

虚を突かれたサリバンは、返答に窮する。

「君もご存じの通り、私は保安局の職務に関しては『素人』だからもし間違っていれば訂正願いたいんだが、私の記憶では、崇高賢者宛の荷物に関しては臨検する権限は保安局には無かったんじゃないかな?」

サリバンは絶句した。

この緊急事態が理解できないのか。

その絶望的な表情前に、ケネスはわざとらしく追い討ちを掛けた。

「ああ成る程。炎の剣から、大量の武器を搬入したという通告があったんだな。そうでなければ、君がそんな事を知っている筈がないからな。」

ケネスは、サリバンが自分の命令を聞きたくないがために、話を大袈裟に膨らませて撤回させようとしているのだと思い込んでいる。

彼は、サリバンが容易に上司の言う事を聞かない頑固な男であることは理解していたが、物事を大袈裟に言い立てる様な軽薄な男ではない事を理解していなかった。

「ん?どうなんだ?」

サリバンは答えようが無く、黙って立ち竦んでいる。

「返事はどうした?通告は有ったのか無かったのか!」

「ありませんでした。」

しぶしぶそう答える他は無かった。

「そうだろうな。それでは何故そんな事を知っているんだ?」

サリバンは答えない。

「返事が無いようだな。こう見えて私も色々忙しくてな。用が無いなら帰ってくれるか?」

ケネスが上機嫌で引導を渡すと、サリバンは沈黙したまま暗澹たる面持ちで踵を返した。


オコーナーが、SI局にやって来た。

ケイはオコーナーを見ると走り寄った。

「悪いニュースと最悪のニュースがある。どっちから聞きたい?」

オコーナーの陰鬱な表情で、もう内容は想像が付いたが、一応聞いてみる事にした。

「最悪な方から頼む。」

「談判は決裂した。ケネス師は、炎の剣に好きにさせる気だ。」

「駄目だったか。」

「ああ、ケルブ師の機嫌を損ねたくは無いらしい。」

二人は沈黙した。

ややあって、ケイが訊ねる。

「で、悪いニュースってのは?」

「ケルブ師宛に搬入された他の荷物が、ピストルと長剣、短剣だとしたら、恐らく巡礼団全員に行き渡るだけの数がある。そして、巡礼団は三日後の朝くらいから順次入場を始めて、全部揃うのは四日後の午前だ。全員揃ったら、ケルブ師の拝謁式が始まる予定だ。」

ケイは、その言葉の意味を頭の中で反芻して、答えた。

「判った。こっちはそれまでに戦争の準備を始めよう。」

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