救いの君
皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾六日 金曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 文芸部部室
「――で?
説明してもらおうか、土岐彼方。
――なぜ貴様は日も差し込まぬこのような薄暗い部室に篭り、
美少女ゲームのアレなシーンを絶賛鑑賞しつつ、
大東亜でも数人といまい国民的アイドル級の美少女を連れ込んでいる?
――なにをしていた?
――なにをするつもりだった?
――何故この娘は泣いている!?
――返答と事の如何次第では貴様――
……わかっているな!?」
……どうしてこうなった。
マウントポジションにてオレの首を今にも圧し折ろうと試みるツインテールがいるんだ。
その大きな目の目尻に溢れんばかりの涙を湛えてオレの首根っこを掴み、前後にブンブンしてくれていた。
その身も小柄な見紛うことなく完璧なツインテールにして、鬼の形相で目を釣り上げている、この少女。
こいつが琉璃夏だ。
毛利琉璃夏。
オレの唯一の文芸部の同志なんだ。
今朝、オレが八千代と出会うまでは、
何かと仲間外れにされがちなオレが対等に話せる唯一の相手であり――。
良き遊び相手でもあった幼馴染。
この琉璃夏、
垂れ目がちの大きな目を持つ愛くるしい美少女然とした容姿を持つ小柄な少女なんだけど。
その言動を聞いてもらっても判る通り――彼女はその趣向がちょっと普通じゃない。
彼女はこの四百年の長きにわたり太平の世を謳歌する日本帝国においても珍しく、
今世のヒゲ伍長衝撃隊隊長を自称するほどの枢軸マニアであり、
かつサバゲー大好き少女でもあった。
また、普段の学校生活では泣く子も黙る風紀委員会に所属する恐怖の代名詞として恐れられてもいる。
「何故貴様は答えない!?
そんなにこの少女が気に入ったのか!
そんなにこの少女に惚れたのか!
そうまでしてこの少女が欲しいのか!!
貴様はなにが不満なのだ!
吐け!
このノンポリめ!
唾棄すべき無神論者め!
この私を差し置いて、
不順異性交遊など断じて認めん!!
絶対にだ!!」
「あの……」
思うところがあったのか、八千代が口を挟んでくれた。
だけど。
そう……だけど。
救いの女神は、、、そう……。
――遠かったんだ。
「黙れ貴様! 今はこやつと大事な話をしておるのだ!」
ほらね?
でも、そろそろオレも限界かも……。
本気で苦しいからさ?
そろそろ放してくれよ琉璃夏……?
「ふ、ふはは、ふはははは!!
そうか、そうなのだな!?
貴様、彼方――。
この一連の出来事は、
この私をこの大江戸特芸高専風紀委員と知った上での嫌がらせなのだな!?
頼むからそうと言え!
この少女に気があるからではなく、この私に嫌がらせをしているだけなのだと!!
そうでなければ、貴様がこの私にわざわざ菓子を買いに行かせる理由がない!
私がここに来るとわかっているのに、他の女と仲良くしてみせる道理がない!
そうであろう!
そうと言え!
言うんだ彼方ァ!!」
……。
「あの、そなた……」
――ああっ!
またしても女神の、女神の慈悲の形が見えるんだ!
どうか今度こそ見捨てないで下さい神様!?
「黙れと言っている!
――そうか、貴様から修正されたいのだな!?」
――ぉ、おぅ。
女神様の影が消える……?
そうさ?
正しき声は、いつも弱者には届かないんだ。
「カナタが口から泡を吹いておる――先程から様子がおかしいのではないか?」
「!?」
――女神様が戻って来たし!?
早く気づけ、琉璃夏。
お前のそういうところが残念なのか、どうなのか。
――だけど、まぁ?
とにかくオレは、この後すぐに意識を失ってしまったらしいんだ。
<登場人物紹介>
土岐彼方。本作の主人公。国立大江戸特別芸能高等専門学校創作文芸科の三年生。男の娘。
徳田八千代。本作のヒロイン。国立大江戸特別芸能高等専門学校創作文芸科の三年生。黒髪の君。
毛利琉璃夏。主人公の幼馴染にしてクラスメイト。なんちゃって国家社会主義者。