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軍靴と君と

 ――大高専祭二日目。そう。オレたち文芸部の勝負の日が、ついにやって来た。


皇紀弐千六百八拾年 拾壱月 参日 火曜日 

国立大江戸特別芸能高等専門学校 グラウンド 野外特設シアター


 グラウンドの外れに設置された特設シアターのステージ周囲に人が集まり始めていた。今、その隅からマイクを通じて琉璃夏(るりか)の堂々たる声が響き渡る――。




「今、ここに集いし同胞よ。ここに集いし選民たちよ! 良くぞ我らが呼びかけにこたえてくれた! 諸君等は非常に運が良い。何故ならば、この場に居合わせたからだ! 諸君等はこの幸運を家族に誇って良い。 何故ならば、これより諸君は新たなる日本帝国の歴史を目撃することになるからだ! 聴け! そして泣け! 感動に打ちひしがれよ! 今まさに、人類の新たなる道標の目撃者たれ!」




 白を基調とした映える色彩、軍の礼服をさらに先鋭的に洗練させたデザイン――と言えばお分かりいただけるであろうか? 日本帝国将軍親衛隊、通称SSの制服――本人に言わせるとこの制服は映像広報部門の制服――に身を包み、SS将校のコスプレをした琉璃夏(るりか)――本人曰く毛利少佐――は赤く光るレーザーポインターを片手に野外に設置された仮設特設シアターの大スクリーンを前で色々とアジな演説を繰り広げていた。その大時代的な言い回しとマイクから拡散されるアニメ声とのギャップが、一体全体、ここで何事が起こっているのかと人々の興味を誘い、徐々に群集を集め始めていた。




「諸君らは、今から私が示す我が国の輝ける文化遺産、我が国の誇るべき不朽の名作の数々を覚えているだろうか。あの『どきどきメモリアル』に始まり、古くは『東より来る鳩』、『クノン』に代表される、我ら人類が生み出した燦然と光り輝く至玉の数々を! 恋愛こそ至宝、人類が人類であるための証、生の輝きを実感させるため神々が我ら人類に与えたもうた最高の愛の形! それら至高の神の恩寵を我ら衆愚に判りやすく示した恋愛シミュレーションこそ、今まさに我が日本帝国が最高の自信と渾身の真心をもち、世界に向けて発信すべきコンテンツであると私は確信している!

 かつて、今を遡ること十余年。この恋愛シミュレーション市場に打って出た異色の作品があった。未完成よ、バカゲーよと蔑み罵られ、有志からなる全国クソゲー大賞においても段凸で大賞に輝いた愛すべきミリオン! 善良なる帝国国民たる諸君らも覚えているはずだ。あの迷作『恋は遥かに綺羅星のごとく』! 愛すべきは『コイハル』の名で今も親しまれている作品群の第一弾の事を!」




 集まり始めた大半の人は留まらずに帰ってしまっていたが、それでも一部の興味は引いたようで、まだ聴き続けている決して少なくない数の人々は残っている。掴みとしてはオーケーのはずだ。少なくとも観客動員数ゼロと言う事態は避けられる。




「『恋は遥かに綺羅星のごとく』は、諸君もよくご存知の通り、そのメインヒロインの攻略ルートにおいてハッピーエンドが存在しない。この一点により、未完成のそしりを免れなかった。諸君等は疑問には感じなかったか? そんな事はあり得ないと。当然我々もそう思った。しかしながら、未完成だと言う噂は事実であった。そこで今回、関係者ならびに関係各所の多大なる協力を得て、我らが国立大江戸特別芸能高等専門学校文芸部、すなわち大江戸特芸高専文芸部は『恋は遥かに綺羅星のごとく』のメインヒロインルートにトゥルーエンドを作成した!

 ――諸君、なんだ同人かよ、と思ったであろう。――断じて違う! この度、我が文芸部は本作『恋は遥かに綺羅星のごとく』の版権のことごとくを入手した。しかも我ら文芸部は、原作シリーズのメインシナリオライターである『オロシ味ポン』氏の全面監修の元、本シナリオを作成した。すなわち、今回発表するシナリオは正真正銘、正規品として製作された追加コンテンツなのだ!! ――繰り返す。これは同人ではない! 正規品である!」




 同人ではく正規品である――この言葉に足を止めた者達がいた。目を向けた者達がいた。聞き捨てなら無い言葉。いつか世界に羽ばたこう、文化の担い手となろうと志す者達にとって、この言葉の意味はあまりにも大きかった。高専祭の会場が、一瞬静まり返ったほどだ。 ――やがて、それはやってきた。『いつの日か我こそは本物足らん』と気負う高専の学生たちが足を向け始めたのだ。




「世界人類の文化の担い手であり、誇りある我が日本帝国の文化の作り手の尖兵として、我々大江戸特芸高専文芸部はここに確信を持って宣言する! 本日行う完成披露会が我が日本帝国の更なる発展の嚆矢とならんことを!」


「それでは諸君、遥か十余年の時を越えて今もなお燦然と光り輝く名作中の名作、『恋は遥かに綺羅星のごとく』の新エピソードを心行くまで楽しまれよ!」




 琉璃夏は靴の音も高らかに帝国式敬礼を完璧にこなし、マイクを置いた。



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