偶像の君
「あ? 私はなんと言ってもツンデレ幼馴染のルートだな。あれは最高だ。幼馴染はああでなくてはいかん。と言うか、どうしてあれがメインシナリオではないのだ。納得がいかない! あんなに可愛いキャラはメインを張るべきなのだ! あの主人公のことが好きで好きでたまらないのに肝心のところで果てしなく高いプライドが邪魔をして全く素直じゃないあのギャップ、これこそが古典にして王道、貴様もそう思うだろう? ああ、そうだろうとも。 ん? なんだと貴様? あのキャラの電波で突き抜けたバカさ加減がまた良いのではないか。あの良さがわからないとは。私は悲しいぞ。あれは最高だ。これこそ最高の形だろう。空気を読まず突っ走り、我が道を走り続ける。これもまた王道ではないか。突き抜けすぎたゆえに起こる、あのキャラの衆愚に対する罵り具合、これも胸がスカッとする。そうだとも。あの表現こそあのキャラの肝だろう? はぁ? ───な、なんだと! だ、だだだだだだれが似ているだ、この髪型? 喋り方? 雰囲気……って貴様、相手は二次元だぞ!? 天使? 女神? あはは、降臨してくれただと!? なかなか面白いことを言うな、貴様は。あははは。 !?」
琉璃夏の奴、派手に持論を垂れ流しているな。やけに楽しそうだ。って、ん?
「はぁ? な、なななな何を言う! き、貴様は狂っている! 正気か貴様! 貴様なんかお断りだ! 当たり前だ、貴様などだれが相手にするものか! 止めろ、近づくな! そ、それ以上来るんじゃない! 冗談? 私は冗談など言っていない! お、お断りだ! 当たり前だろうが! 普通に考えろ、普通に! そんな目で私を見るな、け、汚らわしい、寄るなと言っている! !? ……、だ、だだだだだ、だれが貴様の嫁だ、ふざけるな! 恐ろしいことを言うのは止めろ!! ひっ……た、助け、助けろカナタ! い、嫌、嫌! おいカナタ! どこだ、速く来てくれ!! どこにいるのだ貴様は! カナタ!! ───き、ひっ!! 嫌───!!」
あ。なにかまずいらしい。聞き間違いでなければ琉璃夏の物凄い悲鳴が聞こえたのだけれど。
その琉璃夏はオレを見つけたらしく、人込みを掻き込み掻き分け、オレのほうに猛ダッシュで駆けて来る! 琉璃夏とオレの目が合う。琉璃夏のやつ、半泣きだった。
「カナタ! カナタ! 助けろ、頼む、助けて! 助けてってば!!」
オレの首に両手を回して真正面から飛びつく琉璃夏。力の限り抱きついているようで、オレはその柔らかい体を、なんとか抱きかかえはしたもののかなり厳しい。琉璃夏の奴、ガタガタと震えているし。 ───本当に怖かったらしいんだ。オレは琉璃夏を追って来た野獣どもを見る。
「なんだお前?」
野獣の一人は一応日本語が話せたようだ。うー、どうしよう。
「オレの友達を泣かせるな。特に何も言わないから、追い掛け回すのを止めてやってくれないかな」
口に出してから後悔。ダメだろ、オレ。こんな言葉じゃ全然圧力にもなってないし。
「お、オレっ娘!?」「イイ!」「すっげぇ!」
オレの頭を絶望がよぎった。───むしろコイツら喜んでるし……泣くぞ。
「頼むよ。お願いだからコイツを怖がらせないでやってくれないか。ほら、こんなに震えてるんだ、。女の子を泣かせるなんて、君たちはどういう神経をしてるんだよ。こういうのって、最低だろ?」
ギュ。琉璃夏がオレを一層締め付けた。
「カナタ、カナタぁ……」
感極まったらしい。そしてオレの胸で激しく泣き始めた。
「……たまらねぇ……いま、キュンって来た」「オレも……」「うん……」
だ、ダメだコイツら。全くの逆効果だ。そろいも揃って正気とは思えない。ああ、畜生、どうしたら良いんだ。オレがこんな姿で何か言っても、ボーイッシュな女友達がさえずっているだけと思われている。いや、むしろ餌をやっているも同然だ。───でも。それでも、オレは琉璃夏を守らなきゃだめだろ!? 琉璃夏は今、オレを信じて助けを求めに来たのだから。くそ、このまま正攻法で行くか。それしかない。
「何を言ってるんだ。話しすらまともに出来ないのか、君たちは」
野獣たちはへらへらと笑っている。ダメだ。オレじゃ決定的に何かが足りていない。って、八千代? その手にはモップ? そんなもの一体どこから? って、今はそれどころじゃない、こっちに来るな、お前だけでも逃げてろよ!
「八千代! 来るな、逃げてろ!」
「カナタ。何を言う。───ここは自分に任せてくれないか。琉璃夏の仇は自分が取ろう。友達を愚弄されて黙っていられるものか。これでも自分は武門に連なる端くれだ。ここで背を向けては武士の名折れ、ご先祖様に申し訳が立たぬ。───下がれ下郎。か弱い婦女子を追い回すは日本男児の風上にも置けぬ奴。これ以上恥をかきたくなければ消えるが良い」
八千代が怒っていた。
「誰だ!?」
「自分は徳田八千代だ。見知りおけ」
「なんだ、また女かよ。戦うメイドさん、って奴かい?」「これもまた良い女……」
野獣どもが懲りた気配は微塵もない。
「自分の名前は印籠代わり。されど迷わず地獄に落ちよとも、この場で切って捨てるとも言わぬ故、今すぐ自分の視界から消えるがよい。遠慮する事はない。早く致せ」
八千代の顔は無表情で、その目は琉璃夏が時々見せるそれよりも冷え切っていた。でも。野獣どもは動かない。脅しとも取れる言葉に効果はなかったのかもしれない。琉璃夏は珍しくオレにしがみ付いて震えているし。千代は一歩も引かずにあんなこと言ってるけど、きっとハッタリに違いないんだ。
「そなたたち。聞く耳は持たぬようだな───良かろう、是非もなし。自分も覚悟を決めよう」
え? 八千代のその言葉とともに、空気が張り詰めてゆく。
八千代がモップを中段に構えなおして───。
ピーーーー! ピーピーピー!
時ならぬホイッスルが鳴る。床を踏みしめ、こちらへ走り来る足音がする。そしてそれは直ぐにやって来た。
「そこ! 何を騒いでいる!?」
アホ毛で有名な鎧コスの女騎士さんと長大な青いツインテールを流した二次元バーチャアイドルコスの二人組みが野次馬を掻き分けて入って来た。あ、この人たち知ってるよ、二人とも風紀委員の子だ。助かったかも。
「貴様たちは何をしている! この場は風紀委員の王たる私が預かった! 双方、武器を引けい!」
騎士王が舞台がかった台詞を大声で言い放った。
「ねーねー、アルトリア。こいつら武器なんて持ってないんだけど」
「葱娘、お前は武人ではないから見えないのであろうが、この連中は武器を持っている。そうでなければ我が同胞であるメイドさんがあのように怯える筈がない。そうとも。間違いなくこの連中は武器を所持している」
アルトリアさんと葱娘さんがオレにしがみ付いて震えている琉璃夏を見た。
「それもそうね。───え? 琉璃夏なの? 可哀相な琉璃夏。こんな姿、始めてみるかも。一体なにがあったのかしら」
「なにがあったのかはこの際全く重要ではない。この不埒な男どもが我ら大江戸特芸高専風紀委員会に、しかも我が敬愛する毛利女史に喧嘩を売った、そう認識できる現状の事実のみに意味がある。───わかるな? 葱娘」
「あ、相変わらずイイコト言うわね、あんた。あんただけは敵にしちゃ駄目なんだって強く思うの」
葱娘さんが呆れていた。ぶ、ぶっ飛んでいる……さすが琉璃夏の知り合い、論理も判断基準も、そのどちらも世紀末的だった。アルトリアさん……恐らく風紀委員長なのだろう。きっとどのような世界に生まれ変わっても、こいつら風紀委員会の連中は生き延びるに違いない。とにもかくにもアルトリアさんはそう言うと、無慈悲にも野獣たちに聖剣の切っ先をむけた。木を削りだして作ったと思われる見事な造りのそれを。
「己の運命の行く末を知ったか? 理解できたのであれば、王たるこの我の大いなる慈悲をもって我が剣にかかる栄誉を与える。許す。貴様たちはおとなしくここで散れ」
は? あ、アルトリアさんが木刀を大上段に構えて……。迸る殺気。あ、確かこの人は剣道部で全国大会に出場経験が……!? どう見てもアルトリアさんの目は普通じゃなくて。その立ち上るオーラの錯覚に、まぁ、あまりにもアブナイと思ったのだろう。野獣どもは逃げ出したよ。
「あ、待て貴様ら! 王である私を前にして、逃げられると思うなよ!? ───こい、葱娘! 追うぞ!!」
◇ ◇ ◇
『……現在、即売会メイン会場におきまして、服飾美術科の学生の扮したコスプレイヤーによるアトラクションが行われています。ご来場の皆様におきましては節度ある観覧をお願い致します。───現在、即売会メイン会場におきまして───』