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臥薪嘗胆と君

皇紀弐千六百八拾年 拾壱月 弐日 月曜日

国立大江戸特別芸能高等専門学校 売店前広場


 ああ、至高の美味。これがあの伝説のフルーツサンドか。隔日入荷の上、普段なら入荷の十分後には既に陳列棚に乗っていないとさえ言われるこの至宝! 当然、講義など受けていては購入できないのだ! 入手のためには講義を自主休講とするしかない。もちろんオレにはその勇気はない。だが、今日はこうしてこの噂の品を手に入れることが出来た。まぁ、当然だ。朝一番で買ったからね。そう、今日オレが手に入れたこの品は陳列棚にさえ乗っていない。トラックから降ろされた直後に購入したのだ。実に生クリームが美味そうだ。よーし、じっくり味わって食べよう。

 見れば、八千代(やちよ)琉璃夏(るりか)の二人も幸せそうな顔をして頬張っていた。


───って、八千代?




「カナタ! ちょっとそのまま動くな」




 言うが早いか、八千代(やちよ)の端正な顔が近づいてきて───あ、ちょ、ちょっとストップ! 口が、その唇が、あの、その! って!?


 ペロ。


 八千代にほっぺを舐められた。や、やや八千代、お、おおおおおま何てことを!? 皆見てる、見てるって!! さらにオレは今朝のこともあって胸のドキドキが留まらない。ああ、絶対オレ、脂汗かいているよ。




「生クリーム美味いな。このサンドイッチ、お菓子みたいだけど、この生クリームとっても美味いぞ。考えた者はきっと天才だな。国民栄誉賞の候補に上げておかねば。ただこうして、食べるときあちらこちらに生クリームがくっ付いて回るのは勘弁だがな」




 ───ん??




「カナタ」




 琉璃夏(るりか)がオレを呼んでいる。見れば、ホッペに生クリームつけてた琉璃夏がいる。何をしているんだ?




「カナタ」




 琉璃夏が執拗にオレを呼ぶ。なんだというんだ?




「ん?」




 オレは首を捻って見せた。あ。琉璃夏が小刻みに震えだした。って拙いだろこれは。切れる前兆だ。どうしてだよ!? 何かオレ拙いことでもやったのか!? いや、この反応は間違いな───。




「あ! 琉璃夏さん!」




 八千代?




「あ、八千代、何をする───!?」




 八千代はオレが止めるまもなく、琉璃夏に飛びついて顔を舐め回していた。




「生クリーム美味いな! ああ、唇にも付いているぞ、琉璃夏」

「八千代、止め、あ、 ───ん、んん───!?」




 高専祭初日の朝。人通りも多い朝の売店前。他人の視線も何のその。抱き合ってキスしている見目麗しい女の子が二人いる。身を捩り何とか逃れようとする琉璃夏と、逃がすまいと追いすがる八千代。その姿はあまりにも悩ましく刺激的で───。あ。誰かの嬌声が上がった。

 それが合図となったかどうかはわからないけれど、雲ひとつない秋空に花火が上がる。大高専祭の開始の合図。今年の高専祭も派手な幕開けだとなったのは言うまでもない。───だが、オレにとっては暗澹たる開始ともなった。




「見た? 見た見た?」

「え、ええ。見たわ。凄いもの見た!」


「あのメイド服の女の子たち三人、朝からキスし合ってたの───!」




 ───三人だと!?


 女学生の黄色い声が胸に深く突き刺さるが、そんな事で気を落としてどうする! そうとも! 今日のオレはこれから修羅に入るんだ! 闘いは始まったばかりだ! ああ、……悲し。




 ◇ ◇ ◇




皇紀弐千六百八拾年 拾壱月 弐日 月曜日

国立大江戸特別芸能高等専門学校 一般棟第一学年教室 喫茶MAX TAX


 部屋の中をやたらと可愛らしいメイド服が舞っていた。




「はぁい、只今参りますぅ、ご主人様ぁ(ハート)」




 琉璃夏のやつ、やたらと騒いでいたくせに、ノリノリじゃないか。完璧にこなしてるよ。危ないバイトでも隠れてやってるんじゃないだろうな!?




「早く注文をするがよい……。そ、そなたたちは何を見ておるのだ……。ぶ、無礼な!? そのような目をするでない!」




 八千代。あいつはダメだ。でも、あの恥ずかしがり方じゃ余計に人気が出るぞ。現に、琉璃夏と八千代は人気があった。いや、お客は彼女等が接客するとあからさまに安心した。まぁ当然だ。だって、他の面子は───。




「あぁら、いらっしゃい───って、逃げんじゃねぇよ!?」




 琉璃夏たちと同じ服───サイズは違うが───を身にまとっている柔道部主将が、市内の女子高の生徒らしき一団に凄んでいた。……彼の名誉のために言っておく。彼は人一倍男らしい男だ。




 「あら。私じゃダメだって言うの? 失礼しちゃうわね!」




 琉璃夏たちと同じ服を身にまとっているサッカー部主将が家族連れに喚いている。まあ、しなを作って身を捩るこいつを見たらそう言いたくなるのも理解できなくもない。

 そう、今の時間は琉璃夏と八千代以外のウェイトレスは全員男。お約束のように女装させられていた。もっとも、多くの客は「恐ろしく可愛いウェイトレスが三人もいる」と話しているのだが。客たちの言う三人目とは……やっぱりオレの事に違いない……涙。

 ことは数時間前にさかのぼる。琉璃夏は朝一番に開店前の挨拶でこう言っていた───。




 黒いゴスロリ衣装にレースのエプロンをつけた琉璃夏がクラスのみんなの前に現れると、居並ぶ皆からため息が漏れた。それに続いて同じ服装の八千代と、琉璃夏から徹底的に改造指導を受けたオレが続く。皆からどよめきと驚嘆の声が漏れた。そして男子の熱い視線が呪わしくもオレにまで集中する。中には───この娘だれだ?───などと気づいていない奴までいる。オレにとっては、悲惨な青春の一コマと言えるだろう。

 琉璃夏が即席レジの前にしつらえた、これまた即席の演台であるミカン箱の上に立つ。そして大きく息を吸い込むと、裂帛の気合と共に言い放った。




「傾注! 諸君、我々は勝利する!」




 琉璃夏のバカは皆が集まったのを見計らって、拳を振り上げつつ何を思ったのかいきなりそうぶち上げた。




「今日、ここに集いし創作文芸科第三学年の勇士達よ! 己を誇るがいい! 己を至高の存在であると確信せよ! 貴様等にはその権利がある! 貴様等はその一人一人が今まさに実践せんと歩む英雄なのだ! 聞け! 大江戸特芸高専一期生たる我々の前に進むべき道はない! 我々の進んだ後に伝統と言う名の道が出来るだけだ! そうとも! 我々の軌跡こそが多くの後輩たちが歩む道となる! それは我々一期生が作り出す幸福の形であり、我々が母校に捧げる愛であるのだ! そうとも! 我々の造る道は我ら高専健児の輝ける希望の道であり、後に続く者たちに約束された確かなる栄光の姿なのだ!

 後輩たちに我々一期生の生き様を示せ! 外部の者たちに我々の命の炎を見せ付けるのだ! 良いか貴様等、高専生たるもの今日という日に輝けずしてなんとする! 今日というハレの日に貴様等の持てる全てを出しつくせ! 燃えて萌えて燃え上がれ!

 我らが創作文芸科第三学年の勇士達よ! 今こそ立て! 今こそ勇気を振り絞れ! 躊躇や羞恥は己に対する背信と知れ! 大江戸特芸高専の未来は常に我らと共にある!

 我々は勝利する! どのような困難が待ち受けていようと、そのような苦難が襲い掛かろうと、今、一丸となった我らに恐れるものはなにもない! 勝て! 仲間と共に、己との戦いに勝利せよ! 勝って勝って、勝ち続け、我々自らの手で勝利の栄冠を掴みとるのだ!

 高専健児、意気あるか!! 我々一期生が本校の誇るべき伝統を作るのだ!! 我らの勝利は後輩たちの歩むべき道の礎となる!! 私の愛して止まない貴様等なら必ず出来る! 私はそう、確信している。大江戸特芸高専万歳! 大江戸特芸高専創作文芸科の前途に祝福あれ!! ───以上だ」




 ノリの良いクラスメイトから雄たけびが聞こえた。そうでない者も、嫌な顔はしていなかった。

 それにしても、実にメイド服に似合わない大演説だった。うん。あんなもの挨拶とは言わない。そして何故感動できたのか良くわからないけれど、感極まったバカがいたんだよ。そう。八千代だ。あいつ、ボロボロと涙を流してた。 




「素晴らしい! 琉璃夏! 琉璃夏! 本当に良かった! 自分は私が転入を決めたこと、本当にその決断は正しかったのだと改めて思い知らされた! 私は今、猛烈に感動している!」




 琉璃夏の手を取りぶんぶんと握手。そして自分もみかん箱に飛び乗ると皆の方へ向き直ってまたコイツもとんでもないことを言い出した。





「そなたたち、琉璃夏の言うとおりだ! がんばろう! 命の限り己と戦い、勝利しよう! そしてたとえ志半ばにて果てるとも、必ずや伝説となりてこの学び舎に想い出を、いや、帝国の歴史に名を刻もうではないか! 自分たちには無限の可能性がある。栄光へと続く可能性だ! そうとも! 自らの手で掴み取ろう! 自分はそれを実現するぞ! そなたたちと共に歩めることをこの上ない喜びに思う! 自分たち三人が率先して頑張るぞ! だから、だから皆も協力して欲しい! 自分たちと共に歩もう! 共に戦い、より良い未来を勝ち取ろうではないか! 手を貸してくれ! 宜しく頼む!」




 琉璃夏の時と違って雄たけびはない。でも、皆、真摯に耳を傾けてくれていた。って!? え!? 八千代がオレの手を取ってミカン箱に引っ張って……えええ? オレも何か言うのかよ!? 聞いてない、いや、勘弁してよ!? ほ、本当に!?




「う、あ、あの、ボク、頑張ります! 一所懸命頑張りますから、皆さんも頑張ってくれると嬉しいです……」




 顔を真っ赤にして、消え去りそうな声で口にするのが精一杯。オレの精一杯だったよ。

 ミカン箱から下りると、琉璃夏と八千代が笑顔で迎えてくれた。クラスのみんなも笑っている。いつもの嘲笑の笑みじゃない。裏表のない、どこか優しい笑顔だったように思う。

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