いとをかし
皇紀弐千六百八拾年 拾壱月 弐日 月曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 文芸部部室
先ほどから聞こえる変な声でオレは目が覚めた。
「あん……」
これだ。
「ん……?」
(むにゅむにゅ)
ついでに変な感触もある。
「ハァ、ハァ……」
まただ。
「んん?」
(むにゅむにゅ)
?
「ん!? ここは───部室? なのか?」
さっきから気になるこのふわふわした感触は何なんだ? オレは目を擦りつつ、窓から差し込む朝の光に照らされていることに気づく。ん? 毛布までかけてある。ここで寝ていたらしい……だれか世話してくれたようだ。
(むにゅ)
だからなんなんだ、この感触は。うう、まだかなり眠い。確か昨日の夜は───き、昨日と言うか夜は、あいつらに挟まれてオレはそのまま……ま……まさか……。オレはまさかあのまま───、考えたくはない。考えたくはないが、今オレの手の内にある微妙な感触。
(むにゅ)
それは夢の中で夢想することはあっても、決して一線を越える勇気など持てなかった代物だった。ああ、オレの予想は恐らく当たっている。オレは終わったかもしれない。父さん、母さん、ごめんなさい。
「……ば、バカな。こんなことが……オレは……何てこと……」
「う……はぁ、はぁ、お願い、続けて、途中で止めないで……カナタ……」
それが、口を開いた。 る、琉璃、琉璃夏!? ど、どうしてオレの手はコイツの胸の上にあるのだ……ああ、オレは息をのんだ。その掌から伝わる感触に。払いのけた毛布の隙間から見えるそれ。こ、コイツは───。掌から見事に零れ落ちている凶悪なほどたわわに実った大きな肉の塊の感触を薄いシャツ越しに感じるのだけどそれがまた柔らかくてあったかくてオレはもうどうしたら良いのか全くわからなくて頭のなかなんてもう真っ白けっけの真っ白けでどうしよどうしよ、ああ、手を離したいのに放したくない、むしろこのままずっとああ、オレはオレはなんてこと考えてるんだコイツは琉璃夏だぞわかってるのかオレうううどうして良いのかもうワケがわからない───。
「お願い、はぁ、はぁ、鎮めて……。熱いの……お願い……」
って!? る、るるる琉璃、夏……。オレは息を呑んだ。そして湧き上がるどす黒い感情。濡れた赤い唇の動きが寝ぼけたオレの頭を綺麗さっぱり洗い流してくれた。密着する体温、乱れた胸元、白いうなじ。目が釘付けになって離れない!
だ、だだだダメだ、それだけはダメだ! ブンブンと左右に頭を振るオレ。オレはギリギリのところで踏みとどまれた。底知れぬ恐怖を感じ後ずさる。が。
(むにゅ)
!! ……。何故だ……。またもこれだ。まさか。まさかとは思うが……。オレは、オレは静かに後ろを振り向いた。そう、もう一つの可能性───。
「……」
(むにゅむにゅ)
そして、それはそこにあった。見事に予想が的中し、無防備すぎる八千代がオレの至近距離に体を横たえていたのだ。
「……八、千代……。あり得ない……」
(むにゅむにゅ)
こ、殺される……でも、そんな気持ちとは裏腹に、オレの手は八千代の───胸だよ、な? そう、オレの掌は丘の形をなぞっていて───うう、コイツのもデカイ……。こ、これは……張りが合ってそのくせ押すと潰れて……こ、こう寄せてみたりすると……うう、す、凄すぎる……あ、こ、この尖った引っかかりはもしやとは思うがそのあの伝説の勇者が言っていたそのアレなんじゃ……でもさらに奥地に足を踏み入れた勇者の話では尖っているってそ、それはあの、あの、もしやもしや……ついにオレはその境地へ足を踏み入れてしまうのか……あ、ああ、触っても良いよね……。
「……うっ……はうっ、あ、はっ……カナタ? そなた……ああ。好きにしても───良いのだぞ……」
!! こ、コイツも起きて……。オレは電光石火の速さで手を戻す。そしてオレは生唾を飲み込んだ。薄っすらと開いた八千代の蕩けた目、優しく、それでいてどこか縋る様な八千代の小さな囁き声。まさに危険すぎた。これを危険物と言わずして何をそう呼ぶのか。
「ああ、こうされていると、おかしくなりそうだ……はぁ、でも、嬉しい、カナタが、カナタが喜んでくれている───。信じられない。これは夢ではないのだな───母上、八千代は果報者です───」
オレは、背後に凄まじい殺気を感じた。背後に揺らめく白い炎を感じる。
「貴様、カナタ……人をバカにしているのか……。よくもよくもこの私に恥を……。貴様は、貴様は八千代のほうが良いというのだな? 八千代にはそんなに優しく……くっ!」
オレは本能的な衝動を覚えつつも原始的な恐怖と共に振り返る。
「これほどの屈辱を受けたのは生まれて初めてだ。貴様、この私はそこまで魅力がないか! 貴様はそこまで私が嫌いか! ここまで言っても私を蔑ろにするとは貴様良い度胸だ! ……死ねぇ! この節操無しが! 死んで詫び晒せ! カァナタァ!!」




