いつもの君
「良かった……カナタ……生き延びることが出来たな……自分たち……」
「え?」
琉璃夏が大人しく作業に戻ったのを見た八千代がオレの背中にしな垂れかかる。八千代……。彼女も張っていた気が抜けたのだろう。そうか。八千代もギリギリのところだったんだな。
「大丈夫だ、八千代。もう心配ない。君が琉璃夏を正常に戻したんだよ」
「そうか。自分は役に立てたのだな……あのまま琉璃夏が壊れていくのかと思うと、とても怖かった。そんなのは絶対に嫌だった。琉璃夏は自分のことを友達と言ってくれたのだ。自分にもできることをやりたいと、必死だったんだ」
───手と手が重なる。
オレは背中に八千代の温もりを感じつつ、その優しい台詞を聞いていた。
「うん、わかるかも」
「カナタは優しいな」
「そんなことないよ」
「謙遜する事はない。自分はカナタを信頼している。信じているのだ。そして同じように、琉璃夏もカナタのことを信じていると思う」
「うん」
「カナタ?」
「自分は本当にそなたの役に立てているか?」
「当たり前じゃないか」
「そうか。これからもここにいていいのだな? 自分は。そなたたちの邪魔ではないのだな?」
───え? どういう意味? そう、僅かな沈黙があったかもしれない。でも、オレは当然のことを言ったよ。
「当たり前じゃないか。オレたちは友達だって言ったばかりだろう?」
「そうだな。───友達だ」
気のせいか。八千代がオレに回していた両手に力を込めたような、そんな気がした。
◇ ◇ ◇
皇紀弐千六百八拾年 拾壱月 弐日 月曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 文芸部部室
それは草木も眠る丑三時───。近所迷惑にも歓声が轟いた。
「出来たぞ! デバッグ終了だ!! もう、もう文句は言わせん、言わせんぞ!! 何度実行しても止まらない! デバッグ終了だ! 完成だ!!」
『好きです。ああ、あなたの事、この場所であなたが私を助けてくれたあの日から、ずっとずっと信じてた! あなたなら、なにがあっても、どんなに辛くても、負けないって! 私を助けてくれるって! 私、私ね、この島から連れ出してくれる人をずっとずっと待ってた! ───この日が来るのを、本当に待ってたの! そして、それはトバリ。それはあなたなんだって。確信出来たの! だから……私、あなたを愛してる。愛してるわ。……私をあなたの傍に置いて欲しいの』
「くぅ、このユリの台詞。これを聴くまでどんなに長かったか! ───アーカイプには使われていない声優の台詞が山ほど入っていたからな。加工・合成しても違和感が無いな。この台詞も」
「やったな! カナタ!」
「!?」
琉璃夏かオレに飛びついた。琉璃夏のその、あからさまに目に毒な胸が思いっきり顔に押し付けられて───。
「なにをボーっと眺めている、八千代! 貴様もこっちに来ないか! こういうときに羽目を外さないで何時は羽目を外すんだ?」
琉璃夏が言うが早いか、背中に衝撃があった。
「!?」
そして後頭部に信じられないくらい柔らかいものがあたり、弾力を持って潰れる感触が。八千代がオレに飛びついたらしいのだけど。
「そななたちは最高だ。───ああ、自分はここに来て、そなたたちに出会えて、本当の本当に幸せだ! このような体験、自分には一生縁の無いものと諦めかけていた。そなたたちには本当に、本当に感謝の言葉もない───! 本当に素晴らしい! 自分たちはやったのだ!」
「なにを言っている。今日だけではない。この程度の体験、もう一度、いや、未来永劫に体験させてやる! この私たちが貴様にな!」
「ありがとう! ありがとう!!」
オレは、色々な意味での奇跡と幸福の中、夢のような二対の双丘に挟まれつつ意識を飛ばしていたのだった───。




