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闘魂の君

皇紀弐千六百八拾年 拾月 弐拾四日 土曜日

国立大江戸特別芸能高等専門学校 文芸部部室




 八千代(やちよ)の叱責の声と琉璃夏(るりか)のアニメ声が聞こえる。




「だめだ。もっとそこは情感を出して頼む。3・2・1」

「『ううん。トバリは信じられる。信じるよ。だって私を助けてくれたもの───二度も!』」

琉璃夏(るりか)。そなたらしくもない。全然ダメ。やり直し! 3・2・1」

「『ううん。トバリは信じられる。信じるよ。だって私を助けてくれたもの───二度も!』」

「はぁ。頼む! もっと真摯に透明感を出して乙女チックに! 3・2・1」




 お、乙女チック……琉璃夏、泣いていいぞ。




「『ううん。トバリは信じられる。信じるよ。だって私を助けてくれたもの───二度も!』」

「琉璃夏。そなたは元々アニメ声としか言いようのない美声なのだから、その尖ったアクセントを何とかしてくれ。では、3・2・1」

「『ううん。トバリは信じられる。信じるよ。だって私を助けてくれたもの───二度も!』」

「話にならん! もっと萌え萌えにだ!!」




 ブチ。あ。なにか聞こえた。




「無理言うなぁ! 泣くぞ、マジ泣きするぞ!!」




 琉璃夏は涙目になったが、八千代(やちよ)は琉璃夏を決して解放しなかった。当時の部誌によると、日が沈んでも収録は続いたと言う。




 ◇ ◇ ◇




皇紀弐千六百八拾年 拾月 弐拾六日 月曜日

国立大江戸特別芸能高等専門学校 文芸部部室


「改行、改行、ここも改行。んでもって、ここにエフェクト。───エフェクトはこの場所で構わないよな、八千代?」

「ああ、その位置が最良だろう。時間はコンマ八秒だ」

「了解だ。───改行、改行、またまた改行。ここは紛らわしいからコメを入れて、っと」




 ───ががががががが、だだだだだだだだ、ガチガチガチガチ!

 キーボードが古いのか。それとも琉璃夏がただの怪力女であるだけなのか。琉璃夏の打ち込みはいつ見ても鬼気迫るものがあった。




「琉璃夏は凄まじいな。自分は今までこれほどの者に出合った事がない」

「そうだと思うよ? 琉璃夏は、いつだってなんだって本気、しかも全力だからね。だから、ほら───」




 ガタン! 凄い音がした。琉璃夏が椅子ごと背後に倒れたのだ。




「疲れたぞ。いや、疲れた。と、言うわけでカナタ。買って来たドリンクを寄越せ」」

「はいはい。いつものでだったよね?」

「今日は蜂蜜五パーセント。───そんな気分だ」

「無いって! 琉璃夏、そういう細かな注文は朝言えよ!」

「気の利かない奴だな、貴様は。まぁ仕方がない。あるものを寄越せ」




 オレはバッグから缶を取り出すと、琉璃夏に投げようとする。




「待て。貴様は一口毒見をしてから寄越せ」

「なんだよそれ! 信じてないな───!」




 オレは言われるまま、一口飲んでから琉璃夏に渡した。───琉璃夏は即座にそれを体に流し込む───。で、空き缶を僕に投げつけた!




「な、なにするんだよ! 毒なんかは入ってなかっただろ!?」

「フン、喜べ、カナタ。この私が貴様と間接キスしてやったぞ」

「!?」

「カナタ……そ、そなた、始めからその思惑を持ってであのような所業を……」




 八千代の体がワナワナと震えていた。……と、違う、違うんだ八千代!!




「八千代、昨日の貸しはこれでチャラにしておいてやる」

「う、琉璃夏、そなた汚いぞ!」

「貴様は事あるごとに『好きだ』『愛している』とカナタに言っているではないか! 貴様とカナタは『千代の絆』とやらで結ばれた仲なのであろう? こんなくだらない間接キスごときで揺るぐ絆ではあるまいに。ま、なんだ。悔しかったら貴様も策を練ることだ」

「むむむ……一理ある。むむむ……そなたも外様の雄、毛利の者であったな……先祖の謀略の教えをよくよく学んでおると見える……失念しておった……」




 八千代はなにやら考え込んでしまった。

 琉璃夏は再び打ち込みを再開していて。───オレはとりあえず、助かったらしい。




 ◇ ◇ ◇




 ───ががががががが、だだだだだだだだ、ガチガチガチガチ!




「ああ、イライラする、何度同じ単純作業を繰り返せば良いのだ! ええい! カナタ! ポテチだ、薄塩ポテチを持って来い! ───く! なんだこれは! おのれ、ここもまた繰り替えしなのか? また一行目から!? やってられぬわ! って、ふ、フリーズ、だと?! これだからこの屑OSは! ぶち殺すぞゲイツ!!」




 琉璃夏が机を何度も何度も拳で殴っている。

 オレと八千代は顔を見合わせ震えていた。怖い。怖いよ琉璃夏───。怖いんだけど───。




「カナタ……あれは、あの存在は何なのだ……」

「わからない、わからないよ八千代……」




 !? 琉璃夏が突如振り返る。その目は気のせいか赤く輝いて見えた。




「ひっ!?」

「うっ!?」




 オレと八千代は再び震えだす。

 完全に据わっている琉璃夏の目。




「ポテチは───どうした?」




 琉璃夏の凍てついた言葉。どす黒いオーラが見える。




「は、はい! ここに、ここにありますです!」

「ご苦労」

「はい!」




 バリボリ、バリボリ……。無言で受け取るなり鷲掴みで食い始める琉璃夏。




「セーブ~セーブ~どこでもセーブ……♪」




 琉璃夏が変な歌を歌い始めたんだが……。怖い。怖いよ琉璃夏───。ホントホント怖いんだけど───。



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