涙の君
皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾八日 日曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 文芸部部室
今日も頑張った。既に時刻は薄闇が迫る時間。
───もう、そんな時間だった。
あ。
八千代のやつ、またゲームで泣いてるな?
おいおい、今日も『コイハル』?
今何周目なんだよ……。
「カナタ、そろそろ帰ろう。……帰るぞ? 八千代、貴様も帰りの支度をそろそろ───!?」
琉璃夏も飽きたんだな。
まあ、オレもその意見には賛成だ。
でももうちょっと待ってくれ。
「もう少しで書き終わる。ホントにもう少しなんだ。今エンディングの感動シーンだから。もうちょっと待って───」
オレは琉璃夏を呼び止めておく。
もう直ぐ終わるんだ。
だから、ここで一気に書き上げておきたい。
オレが書き上げておけば、八千代に不足しているスチル絵を書き足してもらえるはずなんだ。
……だよね?
八千代?
───そういや、八千代の画力って、どの位あるんだろう?
床に散らばる下絵と思われる紙束。
う゛。
……凄まじく『コイハル』の作画に似てる……いや、むしろ断然上手い……。
「何だと? やけに早かったな。
───先日の活が効いたのか、それともカエルの子はカエルということなのか。
───さすがサラブレッドだな。やはり、この私が見込んだ男だ。特別なんだよ、貴様は」
琉璃夏がまたなにか言っている。
まぁいいや。
オレが詰られているわけでもなさそうだし?
……むしろ、褒めてくれているのかな?
◇ ◇ ◇
「───終わった! セーブセーブっと。みんな、待たせてごめんね」
「いや、構わない。明日は読ませてくれるのだろう?」
「当たり前じゃないか、八千代。と、言うか読んでよね?」
「読むとも! ああ、楽しみだ。今日は寝付けないかもしれないな! うんうん、実に楽しみだ───! ありがとう、カナタ!」
「どう致しまして。八千代」
◇ ◇ ◇
皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾八日 日曜日
土岐邸
オレはまた父さんの書斎を訪れていた。
「ほう? 早いな。さすが我が息子───とでも言っておこうか。見せてくれないか?」
父さんのデスクトップにデータを送信する。
───父さんがオレの文章を読んでくれる。
今までそんな事は無かった。
なのに、今日は目を通してくれているんだ。
しばらく画面に目を落としていた父さんは、オレに向き直ると言葉をくれた。
「なぁ、彼方。
───よく出来てる。よく出来てはいるが、もう一押し欲しくないか? ───お前が最も相手に伝えたい事は何だ? そういうことだ。───あとは、わかるな? 父さんは、それが言えなかった───」
───?
なんだろう。
父さん、少し寂しそうだったな。
でも、とてもあったかい言葉だよ。
「あと一押し? 伝えたいこと?」
「そうだ。頑張れ。完成品を楽しみにしている」
「ありがとう! 父さん!」
あの父さんがオレにアドバイスをしてくれる!
オレは嬉しかった。
そうさ。必ず完成させるんだ!
オレたち三人の手で!




