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赤くなった君


皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾七日 土曜日

国立大江戸特別芸能高等専門学校 文芸部部室


「カナタ、開発資料はこれで全部なのか? なぁ、八千代、他にはないのか?」


 先ほどから琉璃夏が資料の山をひっくり返しては慌てている。


「どうしたのだ? 琉璃夏。なにを探している」

「ああ、八千代。仕様書がないんだ。プログラムのソースコードも最終版───製品のモノしか見つからない」

「え? ……ま、まさか、それでは……無理なのか? 創れないのか? ああ、自分が、自分の考えが甘かったのであろうか……」


 琉璃夏の焦った声に八千代が傍目にもオロオロしだす。今にも泣き出しそうだ。


「琉璃夏。なくて当然だよ。当時の開発環境じゃ無理もない。父さんの会社、まだ零細だったときだよ? 仕様書もソースコードも、きっとプログラマの頭の中だけにあったんじゃないかな?」

「なんだと? じゃあ何か? 私が一からソースを解析してスプリクトを書けと言うのか!? いや、貴様はそう言うのだろうな……幸いスプリクトエンジンだけは現行のものと大差ないようだ。ククク、面白い。この私が天才である理由を教えてやる、この愚民どもめ」


 こ、怖い───琉璃夏は虚空を見詰めて笑っていたんだ。

 

「八千代、心配要らないよ。琉璃夏のことだもの。仕様書なんか無くったって何とかするってさ。だから大丈夫!」

「で、では作品は……トゥルーエンドは……?」

「大丈夫。満足できるものを仕上げて見せる。みんなや八千代だけじゃない。原作者であるボクの父さんも認める内容にして見せるよ! 心配要らないって!」

「カナタ!」


 心配が消し飛んだに違いない。一転して喜びの表情を浮かべた八千代がボクの首に飛びついて来た。それを見た琉璃夏が歯軋りしたかと思うと突然怒り出して――。


 ◇ ◇ ◇


 カタカタカタ……タタタタ……。キーボードを打つ音だけが響く。そんな中、たまに聞こえてくる琉璃夏の暴言。

 

「し、信じがたい───なんと冒涜的なコードなのだ! いまどき幼稚園児でも分かるはずなのに……誰が書いたのだ、この酷いスプリクトは。まさに俺ルール、コードと言うものは他人が見ても分かるように書けと───ええい、衆愚には所詮無理な注文か。全く、忌々しい!」


 琉璃夏の苛立った声が聞こえてくる。


「なんなのだこのYuriという変数とyuriと言う変数は! 好感度パラメータらしいのは分かるが……紛らわしいにも程がある。しかもyuriの方は途中から使っていないではないか! 笑わせてくれる。まったく、この私に喧嘩を売っているのか? この屑が、屑は屑らしくコメントぐらい残しておけ!」


 琉璃夏の大きな舌打ちが聞こえた。


「カナタ! 八千代! ブレイクだ! ブラックを用意しろ! ブラックだぞ? 豆でドロドロの奴だ! まったく、あの屑コード、やってられるか!!」

「琉璃夏、作業の進み具合はどう?」

「まぁまぁだ。当時はあのソフトハウスも零細企業だったろうから、ソースコードなどあんなものだろう。まだマシなほうかも知れないな」

「琉璃夏、コーヒーだ」


 八千代が琉璃夏にマグカップを渡す。琉璃夏はそれを無造作に口に――。

 ぶーーー! 琉璃夏は派手に噴出した。


「うわ、汚いよ琉璃夏」

「こ、この粘性の高い液体……いや、コーヒーの香りを放つこのゴム状の物体は何だ?」

「これだ!」


 八千代は今日買ってきたばかりのインスタントコーヒーの瓶を手に取り、笑顔で答えた。中身が三分の一に減っているそれを。


「まさかとは思うが、そのまさかなのか?」


 間違いないだろう。きっと、インスタントの粉の上にスズメの涙ほどのお湯を垂らしたに違いない。

 それこそ、粉全体が湿る程度に。

 琉璃夏がボクを見て目配せする。

 ───はぁ、次からボクが入れろ、そう言われているのですね、わかります。





 ◇ ◇ ◇





 根を詰めた作業をやると、さすがに流れる時間も早く感じた。八千代がお茶を汲んでくれたとき、いつもの玄米茶が遠く感じられ、万感の思いを感じた。八千代が入れるお茶は至高の味だった。コーヒーは劇物だったけど。そして手早く作業を終えてしまったらしい琉璃夏が、どういう風の吹き回しかボクの肩を揉んでくれた。すごく気持ちよくていつまでもそうして欲しい気分になったよ。――そんなこんなで昼間の時間は流れ往き――。薄闇が迫る時間。――もう、そんな時間か。


「カナタ、そろそろ帰ろう。……帰るぞ? 八千代、貴様も帰りの支度をそろそろ――」


 八千代は相変わらず『コイハル』をプレイしていた。今、どのルートなのかな? まあ、楽しんでいるようで良かったよ。ボクも今日はここまでにするか。


「――とりあえず今日はここでセーブセーブっと。みんな、今日のところは帰ろう? 待たせてごめんね」




 ◇ ◇ ◇





皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾七日 土曜日

お台場 船の科学館

 今日も船の科学館でボクらは八千代と別れた。


「八千代、この近くらしいね」

「何もないぞ? ここは」


 琉璃夏が辺りを見回して答える。


「案外、船の科学館に住んでたりして」

「華族様が?」

「ほら、昔から貴族って、妙な人多かったんだよね?」

「そういう問題か?」

「違うの?」

「私が聞いているんだ」

「あはは!」

「あはははは!!」


 だれもいない埠頭に、ボクらの笑い声が木霊した。


 ◇ ◇ ◇


皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾八日 日曜日 


 二人並んで歩く歩道。休みである今日は人通りも少なく、天気は今日も快晴だった。


「ねぇ、琉璃夏、昨日の『真キシーンV』見た? 主人公の甲造もかっこよかったよね。でも、いまどき必殺技叫びながらロケットパンチ、ってありなの? あれ、狙ってやってるんだとしたら、シナリオライターの人って相当勇気あるよねー」


 オレは昨日のテレビを思い返して思う。


「ああ、見たぞ。録画もした。やっぱりお約束とは大事なのだな。カナタ、あのシーンはロケットパンチで正解だ。もしあれがキシーンVの胸部荷電粒子砲だったりたら、貴様は納得したか?」


 そういわれてみれば、瑠璃夏の言うとおりだ。


「そっか。瑠璃夏の言うとおりだ。そう言われてみると、あのシーンはロケットパンチ以外にはないよね。納得したよ。さすが琉璃夏、目の付け所が違うよね」


 琉璃夏は、その豪華な胸を大きく張って大きく頷いている。


「そうだろう、そうだろう。他に選択肢はないからな」

「あのさ、琉璃夏。あの主人公の鎧って奴、どうしようもなく熱血でバカだよね? 琉璃夏もそうは思わない?」

「そうだな。あんなに熱い男は見たことがない。憧れるが、所詮マンガの中のみの存在なのだろうな」

「え!? 琉璃夏ってあんな汗臭くて熱血な男の子が好みなの!?」

 !? 琉璃夏か目を大きく見開いて慌てている。どうしたんだ?

「ば、バカなことを言うな! 誰があんな厳つい男など。そ、そうだとも、誤解するな? 本当だからな? 私の好みは、そうだ、もっと線が細くて色白で、声をかけただけでビクッと驚いてくれるような小心者で、あんな男などより数万倍も数千倍も愛らしい顔立ちで小動物のような可愛げのある――」

「そんなの男っているの? お姫様の間違いなんじゃ?」


 !?


「いるに決まっている! 現に――」


 おかしい。琉璃夏がおかしい。顔を真っ赤にして――。ん? もしやコイツ、熱でもあったりするのかな?


「琉璃夏?」


 オレはさっと瑠璃夏のおでこに手を当てた。熱は無いみたいだ。

 ボン! 気のせいか瑠璃夏の方からそんな音が聞こえた。


「は、はわわ、はううう……」


 相変わらず瑠璃夏の顔は真っ赤なままだ。


「どうしたの? 琉璃夏。さっきからおかしいよ? 気分でも悪いの?」

「貴様は、貴様と言うやつは自分の存在の犯罪性を全く持って理解していない!」

「琉璃夏、引き返そう? やっぱり琉璃夏変だよ。八千代には明日話して謝ろうよ。うん、それが良いよね。うん、看病してあげるよ。お粥が良いよね。卵を入れた塩味で良いかな? シンプルなのが好きだったよね、琉璃夏――」


 オレは瑠璃夏の答えを聞こうと、その瞳を見た。


「あ、あうあうあう……そ、そのような潤んだ瞳で、私を見詰めるなぁ!?」


 変だ。琉璃夏、変すぎる。


「先に行っているぞ! カナタ!!」


 突然、学校の方へ走り出す琉璃夏。


「え? 一度家に帰らないで大丈夫なの!? ちょ、ちょっと琉璃夏ぁ!」


 瞬く間に走って行ってしまった。ああ、よくわからないけど、後で部室でお粥作ってあげよう。家で休んでなくて大丈夫かな。……変な病気でなきゃ良いけど。

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