血と君と
皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾七日 土曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校近傍 食事処『大竹うどん』
ここは昭和の香りがする老舗の手打ちうどん屋、『大竹うどん』。
今日もオレは座敷に上がってうどんを食べた。
琉璃夏は狐、八千代は釜揚げを食べたかな。
「あら。綺麗どころが一人増えたのかい? 琉璃夏ちゃん!」
うどん屋のおばちゃんが声をかけてきたんだ。――まぁ、ボクらは常連です。でも、ボクの事は完全に女の子だと思ってるらしいのが悲しいよ。
「ああ、類は友を呼ぶとは本当らしい。私も罪作りな女だと思う」
───傷害・暴行・恐喝・示威行為───そういう方向の罪だよな? 琉璃夏。
「八千代。徳田八千代だ。今後、この店にもよく顔を見せることになると思う。――宜しく見知りおいて欲しい」
八千代は深々とおばちゃんに礼をした。
「あはは! 琉璃夏ちゃん、やっぱりあんたの友達だねぇ。よく、こんな子見つけてきたね。――華族のおヒイさまだろ? この子」
───え!? ボクを含めて、一同は目を丸くしていた。
「なに驚いてるんだい。その物腰、言葉遣い。アンタのご両親はさぞ立派な方なんだろうね。あたしも客商売は長いんだ。直ぐわかったよ」
「――済まない、隠しておくつもりは無かった。――許して欲しい」
「別も許すも何も」
「うん」
「じゃ、また来ておくれよ? あんたたちが来るの、待ってるからさ!」
◇ ◇ ◇
うどん屋を出て───正直、ちょっと気まずかった。でも。八千代はボクらに言ったんだ。
「四民平等とは嘘だ。建前に過ぎない。そんな事はみんなわかっている。でも、自分は、平民と友達になれると。恋仲になれると――。信じている。信じているんだ」
「当然だ。八千代、貴様は貴様自信が今更『嫌だ』と言ったとしても、もう遅い。貴様は私が認めた『友達一号』なのだからな」
琉璃夏はそう言った。――って、友達少なっ! っていうか、ぼっち?
「琉璃夏、ボクは?」
凄い目で睨まれた。
「あぁ!? 貴様は下僕に決まっているだろう!?」
───そうですか。そうですよね。
「ボクも八千代の事、既に友達だと思ってるよ? 当たり前じゃないか。身分なんて、関係ないよ」
ボクらの───ボクの言葉に、八千代は泣いた。大泣きしていた。八千代は今までにも何だかとても寂しい思いをしてきたのかもしれないな。おそらくそうなんだろう。せっかく仲良くなっても、いつの日かさっきと同じような場面と出会い――。皆と気まずくなって、結局いつも一人だったのではなかろうか。いままで恐らくその繰り返しだったに違いない。鈍いボクでも、そう感じ取れた。
「ボクらは友達だ。いついつまでも、時果てる時まで」
「さすが創作文芸科、言うことが違うな」
「茶化すなよ、真面目なのに」
「すまん」
琉璃夏が素直だ。――実に珍しい。
八千代が泣きながら笑って頷いている。そして、こう言ったんだ
「――そなたたちに感謝を。そなたたちが今日のことを忘れても、自分は絶対に覚えている。必ず、必ずそなたたちの思いに報いる」
「なにを大げさな」
なにを言い出すかと思えば。
「そうだぞ。八千代。友達とは契約関係ではないのだ。報いるとか報いないとか、そんなものではない。無私のなせる業だろう?」
「だから、自分が勝手に二人に報いるのだ。それは無私とは言わぬのか? ダメか?」
「ダメじゃない。嬉しいよ」
「ああ。そういうことなら。――でも、それさえ要らぬがな」
「ありがとう!!」
あーあ。
八千代がまた派手に泣き出しちゃった……。
「……母上、母上。八千代は幸せです。本当に幸せです。優しい人々に囲まれて日々が過ごせています。そして二人はこんな自分を『友達だ』と言ってくれたのです。こんなことがあっていいのでしょうか。こんなことが自分に許されるのでしょうか。ああ───願わくば、永久にこの約束が果たされんことを───最良の時が続きますように――」
八千代……。オーバーな言い方だけど、八千代の本気が伝わってくるのは間違いない。ボクもうれしいよ。ボクの感じるこの『嬉しさ』が、八千代の言う『幸せ』と同じものだったら、それはきっと素晴らしいと思うんだ。
ボクは八千代の手を取った。
「部室に戻ろう? 早速作業を始めようか。君とボクで物語を紡いでいくんだろ? 泣いてる暇はないと思うよ?」
八千代は泣き止んで僕を見る。そして直ぐに微笑んだ。
「あ……」
期待と喜びに満ち満ちた、涙交じりの八千代の顔。ボクはこのとき八千代が見せた微笑を、この作品に刻み込もうと密かに誓った。