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憂いの君


「八千代、あの作品自体は未完成品じゃないみたい。

 世間で言われてるような未完成のまま出荷して、ギガパッチ宛てておしまい、と言った好い加減な理由じゃなかったのは確かだよ」

「アレは未完成品だ! 必ず、必ず幸せになる終わり方があるに違いない! だからそれを形にするのだ!」


 オレは資料をめくりながらプログラム───スクリプトとも言う───を読み進めてゆく。

 

「そんなこと言っても───え? 企画段階ではいや、プログラムにもいつでも追加できるようになって───もしかて。――あったあった。『恋は遥かに綺羅星のごとく』幻のメインルートトルゥーエンド!

 まぁ、当然途中までか。ともかく書き掛けのシナリオデータ発見だ!」


「おお!」

「当時の製作資料と書き掛けのシナリオまで、全部あったよ。やってやれない事は無いかも。八千代」


「良かった……本当に良かった……昨日の話しは夢でも幻でもなく、本当の本当にそなたと物語を紡いで行けるのだな? 大丈夫なのだな!?」

「そうだよ、八千代」


「カナタ……ああ、母上、八千代は幸せです。今日という日が来ることをどれだけ待ち望み、恋焦がれていたか……愛する人と愛すべき人に囲まれつつ、幸せに包まれて日々を過ごせる……夢のようだ。今の今までこんな生活があることなど知らなかった。こんな喜びがこの世にあるなんて今でも信じられない。ああ、これが青春……これが恋……そんな幸せの日々が今始まろうとしている……この感動は忘れまい」


 見れば、八千代の目が少し潤んでいた。泣くようなことかな? コレ。


「ただ、父さんはこの先を書けなかったってさ。シナリオが未完成なんだよ。だから結果的に『コイハル』全体の仕様が変更になって、メインヒロインなのにユリルートにトゥルールートが存在しないような作りになったみたいなんだ」


 ん? 今、オレの左肩に優しく掌が乗せられた。───琉璃夏?

 

「カナタ。そこまでわかっているのなら、これから貴様が担うべき仕事も当然わかっているのだろうな?」

 琉璃夏がニッコリと微笑んでいる。

「う、琉璃夏……」


「どうした、言ってみろカナタ」

「オレがそのメインヒロインのハッピーエンドに連なるシナリオを書けば良いんだろ? ───わかったよ」


「『オレ』? だれだそいつは?」


 琉璃夏がオレを睨む。───そう。琉璃夏はオレが自分自身を指して『オレ』と呼ぶことを酷く嫌っているみたいなんだ。

 

「ぼ、ボクが書けば良いんだろ!?」

「なんだ? その投げやりな態度は」

「ボクが書かせて頂きます。いえ、書いてもよろしいでしょうか」


 琉璃夏は大きく息を吐いた。

 

「そこまで言うのなら仕方がないな。八千代、カナタがどうしても今回のシナリオ書きの仕事は自分に回してほしいと言っている。───任せても構わないか?」


 八千代は目の前で起こった余りの事について来れないでいた。

 いや失礼、自分の世界にドップリ漬かって向こうの世界を垣間見ていたようだった。


「───構わないか? 八千代?」


 琉璃夏が念を押す。


「───あ、ああ」

 生返事。目の焦点が合っていなかった。八千代の返事は琉璃夏に誘導されたもの以外の何物でもないようだ。それでも琉璃夏は満足したらしい。――ゆっくりと頷く琉璃夏。


「――だ、そうだ。聞いたな、カナタ。――どうした。もっと喜ばないか」

「結局ボクにさせるんだろ!? だったら、どうしてこんな事をするんだよ!」


「あ!? なにか言ったか!?」


 琉璃夏がオレを───ボクを酷く睨むんだ。

 く、畜生、ボクの負けだ……。逆らえないよ。


「こんなボクに仕事を回してくれてありがとう。まさか、父さんの仕事の続きを出来るだなんて、ボクは夢にも思わなかったよ。――それもこれも二人のおかげだよ。あはは、ボク、今とっても嬉しいんだ。――二人とも、喜んでくれているよね?」


 つ、辛い。――こんな台詞を吐かねばならぬ、人生が辛い。


「当然だ。貴様の喜びは私の喜びと同義であるのだからな」


 ───琉璃夏、良くもまぁこうも抜け抜けと。

 

「カナタ……! そなたもそう思ったのだな!? そうなのだな!? うう、泣けてきた。感動だ。この嬉しさと感謝の心の揺らめき、これを感動と言わずしてなんと呼ぼう! 自分も嬉しい。とても嬉しいぞ! 困難な作業を自発的に受けもってくれる、そなたに感謝を。本当に、本当にありがとう……」


 あ、八千代が泣き出した。───八千代、きっと君はボクの事を酷く勘違いしてるから。


「で、だ。いつまでにシナリオを提出してくれるんだ? もちろん優秀な貴様のことだ。――月曜には出来ているものと確信するが」

 は? 月曜!? 正味一日ちょっとしかないじゃないか!

 ───ムリだ! 絶対にムリに決まっている!!


「そ、そんなに早くできるのか? カナタ! ……く、楽しみだ。楽しみに待っている! 早くそのシナリオが読みたいものだ……ああ、それは心揺さぶられるほどに感動的な物語に違いない。恋人たちが本心で語り合い、囁き、お互いを思いあう。これぞ真実の愛の形! 二人の確かなる想いの絆! 甘く切なく、そしてそれが形となって成就するとき、そこに奇跡が生まれるのだ――。カナタが筆を持ったことこそ天の采配、豊葦原におわす八百万の神々よ、今ここに照覧あれ。御身らの寵愛の果てに世界の真実の形が今ここに生まれるのです……願わくは、お力をお貸しください・……」


 八千代が、八千代が何か言っている。目を輝かせ、両手の掌を胸の前で組んで何か呟いている!

 そんな八千代を見ていたのだろう。勢いを削がれた琉璃夏が一時、言葉を失っていたが、なんとか声を絞り出していた。


「……だ、そうだ。月曜だ。可能だな? カナタ」

「待てよ、そんなに早く書けるわけ無いだろ!?」


「貴様、後から作業する者の身にもなれ! 納期的に、今言ったスケジュールのみが貴様には残されている。貴様に選択肢などあろうはずもない。───死んでも書け。良いな!?」

「酷いよ、何だよそれ琉璃夏、いくらなんでも無茶苦茶だ───」


 ボクにだって我慢できないことはあるんだ! いくら琉璃夏の言うことだからって!




 パァーン!




 あ。――い、痛い……。

 琉璃夏がボクの右の頬を思いっきり引っ叩いたんだ。

 そして、床に崩れ落ちたボクに、こんな『指導』をしてくれた。


「黙れクソ虫。貴様はどんな経緯があれ、一度仕事を引き受けた。死んでもそれを実行するのが真の男というものだ。貴様は『男』なのだろう? それとも何か? 見た目どうりのオカマ野郎だったとでも? 都合の良いときだけ『男』を気取るんじゃない! 良いか、我々───私は貴様の『手腕』を、そして八千代は貴様の『男』を見込んで話を持ちかけたのだ。貴様も八千代の期待のほどを眼にしただろう!? 我々を失望させるな。貴様ならできる! 貴様が真の『男』だと言うのならな!!」


 ───そんな酷い。でも、でも、ボクは男だよ!

 やってやる! やってやるさ!! 

 

 ───よーし、早速書くぞ!! 

 ボクは机に向かい、早速キーボードと格闘を始めた――。


 ◇ ◇ ◇


「お。やっとヤル気になったようだぞ。ちょっと時間をロスしたな───まぁ、これでよかったか? 八千代」

「あ、ああ。ありがとう、琉璃夏……カナタがヤル気になったのは、まさしくそなたのおかげだ」


「ん。まぁ、今見たようにカナタの誘導なら任せておけ」

「世話になる。琉璃夏」


「構わんよ」

「そなたに感謝を。カナタはきっと成し遂げるだろう。理想の恋人たちの物語を書き上げてくれるのだ。自分はそう信じている」


 二人はジュースを片手にポテチを摘み始めたのだった。


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