司書殿は今日も拳を突き上げる
「 何しとんじゃ貴様らぁあああああっ!! 」
皆様、読書はお好き?
私は読書好きが高じて現在の職に就いた、王立図書館上級司書のレベッカ・ハートルと申します。
冒頭からごめんなさいね?
「あああっ!?見つかった!悪魔に見つかったぞ撤退しろ!!!」
「逃がすと思っとんのか馬鹿共がぁぁあっ!!」
何で私が声を荒げて、細身の剣片手に暴れているかっていうと、職場のせいでございます。
決して私の本性じゃあないのよ?
お願いだから信じてね?!
職務を全うする余り、婚期が遅れたのよ私!!
さて、どうして私が今、如何にも侵入者ですって格好の者達を取っ捕まえているかと言うと、職場が“王立図書館”なせいなのよ。
“王立”なだけあって、ある区域には禁書がゴロゴロしてる訳。
上級司書のお仕事は、それの流出を防ぐ事。
王家や貴族の表に出せない歴史やら、ちょっと洒落にならない魔導書まで揃っているのだから、守護役は必須。
この職業、求められるスキルは多種多様。
しかも戦闘能力は最低近衛の新人レベルが必須。無いとすぐ天に召されるからね。冗談抜きで。
「最近チョロチョロしてたのアンタラでしょう!おかげで私の読書タイムは大幅に削られたのよ愚か者!!そこに首揃えて並びなさい頭斬り飛ばしてやるからっ!!!」
「お前ら逃げろぉおお!!!!!」
侵入者達は、最近王都に顔を出し始めた盗賊連中。
禁書を一冊でも売れれば、当分働かなくて済むものね。
だけど、狙った場所が悪すぎるわ。
此処はどこよりも警備が厳重な図書館。
なぁんか他の閲覧者と比べると動きが変だと、同僚達と監視を開始し、早1ヶ月。
全員の名前、誕生日に出身地、スリーサイズに性癖、他人に知られたら生きていけない恥ずかしい過去まで私達は知っている。
言っておくけど、情報収集担当は私じゃないから、勘違いしないでね?
私、結構派手な外見してるから隠密行動苦手なのよ。
キラッキラな銀髪に青紫の瞳。しかも長身の女なのよ?目立つでしょ?どうやって隠密行動しろと?
気配消すのは得意だけど、遮蔽物なきゃあ無理よ?
侵入者の足目掛けて弱い魔法を放ち、体勢が崩れたところを一気に仕留める。
一人、また一人と意識を刈り取っていけば、同僚がそれは手際良く簀巻きにして、引き摺って回収していく。
侵入者を簀巻きにする速さは、彼女の右に出る者は居ない。コツを訊ねたら「そんなもの慣れしかないわよ」と返ってきた。
残りの一人も側頭部を峰打ちで強打し、ガクンと地面に膝をついた瞬間、別の同僚がこれまた手際良く回収していった。
視界の端に入った折り重なる人間なんて、気にしちゃダメよ私。
ああ、取り敢えず漸くゆっくり読書が出来る……。
私が安堵の息を吐くと、良く知った気配が背後に。
「……ご苦労だった。ハートル上一級司書殿」
「……あぁら?これはこれは。今頃なんの御用かしらぁ?クリフトル隊長殿?」
振り返れば頭の固そうな美丈夫が立っている。
その後ろには数人の部下。
王都の犯罪を取り締まる、騎士団の小隊と私達は頗る仲が悪い。
簡単な話よね?
だって私達は本を護るのがお仕事。彼等に頼むとその図書館で戦闘しようとするのよ!
「何故、独断で犯人達の捕縛を行った?団長からこの話を当日聞かされる事になった私達の身になれ!」
「前回報告して差し上げたら、犯人逃がしたのはどこの何方かしら?しかも、保守すべき場所で戦闘未遂……咄嗟に結界を張って本を保護した私達にそれを言います?」
「ぐっ、」
一冊でも紛失したら職を失うような場所で、血の気の多い騎士様は剣を振り回そうとしやがった。
あの時の私達司書の顔は、そりゃあ恐ろしかっただろう。
当たり前でしょう。私達の仕事はアンタラがただの紙にしそうになった本の守護なんだから!!
「一応ね?本っ当に一応、団長様にはお伝えしたのよ?貴方達に伝えても良いって。ただし、もしも図書館内部でまた戦闘を開始しようとしたら、私達はどちらも敵と見なして叩き潰すって宣言しておきましたけど」
「お前な……っ」
「団長が俺らに言わなかったの、それのせいじゃないっすかねハートル嬢……」
そんなもん予想済みよ馬鹿。
ただし、私達にも言い分は有るわけよ。
「貴方達が、場所を考慮して、敵のみを、敵だけを、確っっ実に戦闘不能にして下さったら、私もこんなこと言わなくて済むんですけどねぇえ?そこのところ、如何お考えかしら?隊長殿?副長殿?」
「う、その節は大変申し訳なく……」
「謝罪なさっても欠損した禁書は直らないのはご存知よねぇええ……?」
「だからその復元に必要な資料集めに、俺ら馬車馬の如く手足となって働いたじゃないっすかぁあ!」
「当たり前の事よ!私達が勤めてる図書館は国所有の書物が有る場所だって、いい加減その脳筋に刻み込みなさい!!」
あの時は私と司書長が、どれだけの御方達に頭を下げる事になったと思っているのか。
そりゃあもう、ペコペコと下げ続けて腰が若干痛むくらいに下げる事になったのよ。
後日、申し訳なさそうに筋肉痛に効く塗り薬をお持ちになった団長様が憐れだったわ。
「良いこと?!アンタ達が図書館に有る物全てが国の所有物だって骨の髄まで認識するまで出入りしないで頂きたいわ!この前だって人員不足で人手を借りたら、荒い扱いして何冊かの表紙を折ったり破ったり、ふざけているの?!」
「あっちゃー……通りで俺らを見る視線が痛い訳だ……」
「何をやっているんだ彼奴らは……っ!」
一応、隊長殿が謝罪の意味で部下を貸して下さったのは分かっているのよ、私も。
だけど送り込まれた部下が本の扱いがなっちゃいなかったわけよ。分かるかしら?それを見る羽目になった私達の怒りが。
何か頼む度にハラハラドキドキ。
嫌だわこれが恋かしら(白目)って、女性陣は現実逃避に走るくらいだったわ。
我慢できなくなった先輩が、その騎士を文字通り叩き出すまで私達の心臓はバクバクする事になったのよ。
嗚呼……思い出すだけであの日の多大な心労が甦ってくるわ……っ。
「……っ、うぁあああああっ!!!」
どうやら一瞬の隙を突いて、隠し持っていたナイフで縄を切った盗賊が、私に向かって斬りかかってきた。
「五月蝿いのよ盗人!!」
「へぶっ!……っぐえぇ!」
腰に装備してた鞭で足を払い、地面に転がったところで背中を渾身の力で踏んづける。
八つ当たり?まぁ、そんなわけないでしょ?
だって、最近読書が出来なかったのは確実にコイツらのせいなんだから。
当然の報いよ?寧ろ、これで終わらせる私は同僚の中でも優しい方よ?
「……騎士様方?」
お嬢様達に“麗しい”と絶賛された微笑みを、騎士様達に向けて差し上げたら全員が真っ青に。
失礼ねアンタ達。
「宜しくて?私達の職務は本を守護する事なの。王から賜った、とても光栄な職務なの……
それを邪魔なさるなら、貴方達でも容赦無く排除させて頂きますから、よぉく考えて行動なさいませ」
私が出来る最高で極上の笑みを向けて宣言し、踏み締める力を更に上げれば足下から情けのない悲鳴が聴こえた。
当然、無視したけれど。
***
騎士の詰所に帰って数刻。
諸々の引き継ぎを終えて、漸く私は息を吐いた。
司書達から盗賊連中を引き渡され、怒れる美女、ハートル上一級司書官の背中を見送った。
彼女は王立図書館の美しき守護女神として、年頃の令嬢達の憧れである。
そして一部の特殊性癖の男達から、密かに女王様と呼ばれている。彼女が愛用している細いヒールのブーツで、踏んでほしいそうだ……。
取り敢えずそれを知った時、彼女にその男共のリストを渡して気を付ける様に言えば、彼女は大丈夫だとクツリと笑んだ。
その日からその男達を見た事はない。
「本当に半端ないっすねぇ、あの御方……。結構な家柄の御令嬢なんですよね?」
「……彼女は公爵家の次女だ」
庶民出の副長の疑問に答えてやれば、同じ出の部下が驚きの声を上げた。
まぁ、そうだろう。
一般的な貴族令嬢ではない。と言うか、一般的な女性でもない。
「うわぁ……俺、ハートル公爵家の御令嬢だとは思って無かったんで、結構失礼なこと……」
「気にしなくて良い。彼女の実家は本当の実力主義で、認められるだけの力を保持していれば態度も一般的に非難されるようなもので無ければ気にも止めない」
あの家は高位貴族の間でも恐れられている。
王家の信頼も篤いし、国への忠誠心も疑いようが無い。
ただ、無能、または能無しに辛辣なだけだ。
確りと己の求められる役割をこなし、それ合わせた努力をしていれば認めてもくれる。
一度、父が当主殿の話をした時は、確か不正をしていた貴族を炙り出した時だったか……。
珍しく顔色の悪い父から聴かされた話は、あまり思い出したくない。
「父上が宰相殿だが、彼女は己の実力のみで今の地位を築いたからな。相手がどこの出だろうが、特に気にも止めないぞ」
「まぁ、魔術も剣術も素晴らしい腕をお持ちですもんねぇ」
彼女の場合、それだけではない。
上級司書官は対人スキルは勿論の事、数ヶ国語を操り、隠密能力を保有し、そして夜会や舞踏会で賞賛されるマナーを求められる。……何故だ。
兎に角、上級司書官になれる者は近衛よりも難しいと言われているのだ。
「禁書がゴロゴロしてるところに勤めるってのも、大変すねぇ……」
副長の呟きに思わず納得する。
他国との密書も、あそこに集まるらしい。
歴史的重要資料らしいが、その中身を知ってしまえば、自身の命が脅かされる。
勿論、拐われる心配もしなければいけない訳だが。
「……そういえば、つい先日彼女を狙った他国のスパイが捕らえられたそうだな」
「あ、同期の奴から聞きましたよ。なんでも、ハートル嬢にプライドがズタズタになるくらい返り討ちにされたらしいです。拳で。哀れ過ぎて同情しそうになったって言ってましたよ」
「……、そうか」
良い笑顔で狼藉者を殴り飛ばす彼女が、簡単に想像出来る。
図書館内部での戦闘は基本が徒手空拳のせいで、彼女達はそこら辺の騎士でも素手で地面に沈めてしまう。
その細身の何処にそんな力が有るんだと、声を大にして問いたい。
女神と賞される彼女。
絹のような美しい銀髪に、朝焼けのような青紫の瞳。
女性にしては長身の細い肢体。
外見と中身がああも食い違う人物もそう居まい。
私も当初、あの外見に騙された一人だ。
図書館内部で飛び掛かってきた侵入者に、彼女を護ろうと剣を抜いて、そいつと二人、仲良く拳で沈められた。
「てか、俺らの失態が続き過ぎて、ハートル嬢怒り狂ってましたねぇ……」
「……。取り敢えず、落ち着いたら彼女の好きな著者の新刊を持って、謝罪に行こう……」
侵入者と同じく、出会い頭に拳を向けられるのは御免被りたい。




