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4. 偏見の勇者 (2)

「勇者ジャスティン。お前はいつまでその骸骨の戦士たちと遊んでいるつもりだ? 私の質問に答える気がないのなら、お前を不当に他国の王城に乗り込み、王の首を狙う無法者と見なす。私の国においてそれは大罪だぞ」

「はん、魔王が罪だ、法だと? ちゃんちゃらおかしいね!」

 勇者は非常に腹の立つ嫌な笑顔を浮かべた。私が「追跡の王」であったなら、今の一言でこの少年は消し炭になっていたに違いない。やはりこの勇者は子供なのだ。自分で呼びかけておいて、誰を相手にしているのか本当のところまるで分かっていない。一国の王に対する態度ではない。

「私の国は、長きにわたって積み上げた慣習法によって治められている。王であっても法に従うものだ。先人の叡智を軽んじてはならない」

「私は海の公国の民だ。魔物の法など知ったことか!」

 ジャスティンは群がる骸骨の戦士を振り払い、こちらへと駆けてきた。仲間たちも必死に彼の開いた血路に続く。

「我が国の民に犯した罪、今こそ償ってもらおう!」

 叫びながら下から上へ、ジャスティンが剣を振り上げた。例によって剣先から青い光が迸り骸骨の戦士を吹き飛ばす。忌々しい聖剣の力は確かに無視できないものだ。魔物を狙い撃ちで根絶やしにするように作られている陰湿な武器だ。我が深き毛皮の友をあのような凶器に晒すわけにはいかぬ。さあ、友よ。急いでマントの中へ。

 光は玉座の足を吹き飛ばし、私のブーツを切り裂き、私の脚までも至った。マントから足先だけが出ていたようだ。身を裂かれ、焼かれる痛みが押し寄せる。

 このような不条理があるだろうか。自国の犯罪の犯人を確かな証拠もなく他国に求め、問答の途中で国王に切りかかるなど!

 私の怒りに答えるように腹の底で仲間たちが叫びたてる。特に気の利く一人が傷から流れ出す魔力に乗って体の外に飛び出した。

 人の女の姿に鳥の羽、海の魔物セイレーンだ。


「ああ、羽を伸ばせるのは久しぶり」

 歌うように囀って、セイレーンは玉座の間をくるりと飛び回った。

「せっかく表に出たのだから、お役に立ちましょう。魔王よ。あの者達の処分は私が申し受けましょう」

「恩着せがましい言い方をして。海へ帰りたいのだろう? だが良い。任せよう」

 セイレーンは満足げに頷いて、もう一度勇者に向き直った。

「さて、我が王に剣を向けたのはどの子かしら?」


 勇者達は呆然と棒立ちになっていた。顔は青ざめ、剣を握る手は力なく垂れ下がっている。まさか先ほどの一撃で勝利を確信していたのだろうか。愚かなことだ。カーランデルから我々が過去の失敗に学んでいることを聞かなかったのだろうか。カーランデルも気の利かぬことだ。

 マントの中から深き毛皮の友がひょっこりと顔をのぞかせた。耳の後ろの毛が逆立ってしまっている。

「はん、絶望的な顔してやがるな。でも、今更やらかしたことの重大さに気づいても遅えんだ。俺様の毛皮すれすれに聖剣の炎なんて投げつけやがって、尻尾の先が焦げたぜ」

 なんだと? 見せてくれ、我が友よ。

 おお、おお。黒い沼の神よ。なんということ! 我が友の長く細くしなやかな尻尾の先が黒く縮れている。全く、何ということなのだ。今夜は悲しみと怒りで眠れそうにもない。

「セイレーンよ。この者達を地の果てまで追いかけよ。尻尾の代わりに踵が焦げるまで駆け回らせてやるがいい。それから忌まわしい聖剣を海に沈めるのも忘れぬように」

 勇者達は目配せをしてじりじりと後ずさった。ふん、先ほどまでの威勢の良さはどこへ消えたか。だがちょうど良い、逃げるがいい。逃げてもらわねば、追いかけることもできないからな。

「ああ、それから。こやつらの国に立ち寄って自分たちの国の不始末の原因を我らになすりつけた責任をどうとるつもりか聞いてきてくれ。先に、あちらのならず者を捕えてから王を訪ねた方がいいかもしれぬ。海の連邦公国とやらは随分と頑迷な国のようだ。このような子供でさえ、思い込みに支配され理性的に考える力もないのだからな。動かぬ証拠を眼前にもっていかねば、何も変わるまい」

 もう二度と、このような馬鹿げた振る舞いをする勇者を迎えたくはない。海の連邦公国には骨の髄まで思い知ってもらわねばならん。

「魔王よ、小物まで駆り立てていくとなると一人では手が足りません。我が一族を伴っても良いですか?」

 セイレーンが囀るたびに勇者達はびくびくと肩を震わせる。歌声で船乗りを惑わせるセイレーンは海辺の民にとってもっとも恐ろしい魔物の一つだろう。

「いいだろう。好きなだけ連れていくと良い」

 私の中で歓声が上がった。その声は喉をせり上がり、吐息となって外へ出た。見る間に玉座の間は麗しい娘の顔と大きな羽に埋め尽くされる。

 勇者達は悲鳴を上げて縮こまり、セイレーンたちが歌い出す前に飛び上がって逃げ出した。

「さあ、同胞たち。久しぶりに海へ帰れます。参りましょう」

 セイレーンたちは笑いさざめきながら飛び去って行った。外出が嬉しいのは分かるが出て行くついでに窓という窓を突き破るのは止めて欲しいものだ。


 やっと静かになったので、私は玉座と窓の修理を呼び出したサイクロプスに任せて寝室へ戻ることにした。

「あの若い勇者、魔王よりもセイレーン達にびびってたな」

 私の肩の上で尻尾をいじりながら友はにやりと笑う。

「幼き者だからな。見た目に惑わされるのであろう」

「見た目で言えば今のお前は人の子とほとんど変わらねえからな。その腹の中にさっきの骸骨どももセイレーンも皆収まっていたとは思わねえだろう」

「深き毛皮の友の頬袋に、思いの外多くの木の実が収められるのと同じことなのだがな」

 今はすっかり小さい頬袋も、たっぷりと中身を蓄えて膨らんでいる頬袋も、どちらもとても愛らしい。そこだけが私の腹との違いだろう。

「馬鹿いえ、全然違えよ」


 ***


 海の連邦公国の辺境で横行していた人さらいや強盗は、ある時期を境にぴたりと止んだ。なぜならば魔物の国からやってきたセイレーンの一団が歌声で盗賊を捕え、根こそぎ連れ去ってしまったからである。

 盗賊を引き連れた美しい魔物の一行は連邦公国の公国府まで進軍すると、罪人を公国府の前にずらりと並べて国中に響き渡るような歌声で陳情した。曰く、これらの悪人どもの所業を魔王とその手下の所業と決めつけた挙句に王城へ乗り込み、魔王の命を狙った行いについて謝罪を要求するというものである。

 公国府に集っていた連邦各国の首脳は慌てふためき、慎重かつ厳正に協議を重ねた。

 返事を待つのに退屈したセイレーンたちは罪人を放り出すと、海に入って散々に魚を食い散らかし、船乗りをたぶらかした。そして彼らの海がすっかり静かになってしまった頃に煙のように消え去ったという。

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