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4. 偏見の勇者 (1)

 ろくな勇者がやって来ない。

 人の子の勇者を選ぶ基準がどうなっているのか、非常に気になるところだ。私はこれまでにやってきた勇者は、全て生かして帰している。彼らの口から話を聞き、私と向かい合うに足る人物を選びだそうという知恵は働かないのだろうか。

 訪問者の少ないこの城では人の子の来訪は喜びを伴うものであってほしいものを、今や玉座の間の扉が開かなければ良いのにと思いながら過ごすことが増えた。嘆かわしいことだ。

 出会いというものはもっと喜びに満ちているものではなかったか。



 かつて私が旅を始めた頃など、全く新しいものに出会うたびに感動に震えたものだ。そういえば、こんなことがあった……。

 おや、来客だ。


 ***


「私は海の連邦公国から遣わされた勇者ジャスティン。魔王よ、これ以上の悪事は私が許さないぞ!」

 玉座の間に現れた若者は、三名の仲間を連れていた。いずれも若く健康そうな男女だ。少年と少女と言っても良い。昨日まで赤子だったような子供に勇者を名乗らせるとは、海の連邦公国とやらは随分と人材に苦労しているに違いない。


「勇者ジャスティン、分かるように説明してくれ。お前はこれ以上というが、私がこれまでにどんな悪事を働いたというのだ」

 ジャスティンはかっと目を見開いて、頬を赤く染めた。

「おのれ、ぬけぬけと! 村々を襲い、金品を奪ったのは誰だ? 娘達を連れ去ったのは誰だ? 討伐に向かった騎士達を惨たらしく殺したのがお前の手下でなくて誰だと言うんだ!」

 後ろに控える少年少女も、それぞれの得物を握る手が白くなるほど力を込めている。その怒りは演技ではないようだ。だとすると、彼らは随分お粗末な頭脳しか持っていないのだな。剣術や魔術に特化して訓練した分、論理的思考力や批判的なものの見方という奴を取り落として来たに相違ない。

「全てお前の国の中で起こったことだろう? 自国の盗賊の仕業ではないのか? そう考えるのが最も合理的だろう」

「私達の国の民があのような非道を働くはずがない」

 ジャスティンはひどい侮辱だと憤慨した。しかし、彼の答えは論理的でない。

「確かか? 自ら確かめたのか?」

「公王閣下の仰せだ、確かめるまでもないこと」

 ふう。話にならん。この点は諦めよう。海の連邦公国とやらでは証拠によらない裁判が許されているのかもしれん。恐ろしい国だな。

「理解はできないが、よい。お前の国の民については、私よりお前の方が良く知っていよう。では、そこは譲ってお前の国のものの仕業でないとしても、なぜ私の仕業ということになるのだ。私が海の公国まで出向いて人間を攫う理由があるとでも言うのか?」

 ジャスティンは鼻息も荒く答えた。

「魔物どもの無法な行いの理由など知らん。こちらが聞きたいくらいだ。なぜ我らが国を脅かす?」

 証拠もない思い込みの押し付けか。つまらん。つまらな過ぎて議論を続ける気にもならん。


 肘掛けの上の深き毛皮の友もつまらなそうにはめ込まれた宝石をひっかいている。そんな風に乱暴に爪を立てては爪を傷めてしまう。

「我が友よ。その細工はサイクロプスが丹精込めたのだ。鼠の爪で掘り出すのは無理と言うものだ」

「分かってるよ。それだって、こんな青臭いガキがピーピー喚くのを聞いてるよりゃマシなんだよ。とっとと終わらせようぜ」

 ふむ。それは私も同感だ。目を逸らしていても、そこの喚く人の子は静かに退出したりはしないだろう。


 私は萎えかけていた対話のための力を取り戻してジャスティンに向き直った。相変らず興奮気味にこちらを睨んでいる。拙い薬でも飲んでいるのではないか。

「私がお前達を脅かす理由は答えられん。なぜならば、そのような事実はないからだ」

「嘘をつくな!」

「嘘ではない。それを言うならこちらが言いたい。お前の国で起きる全ての悪事が私のせいだと都合の良い嘘は止めてもらいたいものだな。私の仕業であるという証拠でもあるのか?」

 ジャスティンは歯を剥いて一歩前に踏み出した。

「多くの民が、魔物に追われたと言っている。死霊が村の蓄えを持ち去ったという村もあれば、小鬼に子供を連れ去られたという村もある」

「その者達のどれ程が本当に見たのだ? 誰かが叫んだ言葉を信じただけではないのか? 私の知る死霊は冥府への道連れ以外のものを欲することはない。食料も宝石も、奴らには何の役にも立たん」

 ジャスティンはますます顔を赤くして肩を怒らせた。

「ここまできて誤魔化すのか! 魔物は生まれついて悪しき行いをするものに決まっている。そんなことは子供だって知っていることだ。それを言い逃れしようなどと見苦しい!」

 ジャスティン剣を抜いて顔の前に構えた。細身の剣からは青い光が立ち上っていた。

「おや、それはカーランデルの剣ではないか? 奴は勇者を辞めたのか? 勇者と言うのは随分若くに引退せねばならない職業なのだな。それにしても若いお前には過ぎた品に思うが……」

「そんなことお前に関係ない!」

 叫ぶなり勇者は玉座へ向かって駆け出した。仲間の少年少女が後ろに続く。後衛の少女からは矢が飛んでくる。

 勇者という職業の者はどうしてこうも短慮で暴力的なのだろうか。議論を尽くそうとしても議論が成立せず、稀に決着を見ようとしても、結果が不服であれば話の途中で切りかかってくる。野蛮な生き物だ。

 私は骸骨の戦士を召喚した。骸骨の戦士たちは矢を払落し、勇者達の前に立ちふさがった。


「卑怯だぞ、魔王!」

 ただの鉄の剣では骸骨の戦士には歯が立たない。結果、一人で骸骨の戦士たちの相手をしなければならなくなった勇者ジャスティンが堪らずがなってきた。

「お前だって仲間を引き連れてきただろう。私が私の仲間を呼んではならない道理はない。そもそも話の途中で切りかかって来る方が余程卑怯だ。そうは思わないか、勇者ジャスティン。それにお前は、お前が私を討つ理由とした過去の悪事が私のせいだと説明できていない。言いがかりの襤褸が出そうになったから慌てて向かってきたようにしか見えないぞ」

 勇者ジャスティンは顔を真っ赤にして息を吸った。しかし、彼が反論する前に別の何者かが叫んだ。

「ジャスティン、耳を貸すな! 相手は魔物だ。話し合いなど意味がない!」

 ほう。今のはそこの小僧か。話し合いなど意味がないというのなら上等だ。その言葉に相応しい姿にしてやろう。

 私が指を振るうと小僧は見る間に小さくなり、三歳くらいの子供になった。なったはずだ。自分の鎧に埋もれてしまったので良く見えないが、私の魔法に狂いはない。私はあらゆる魔物の魔術を体得し、行使できる。

「話し合う意味がないというのは、そうした幼き者を言うのだ。私はこれでもお前達の親よりも長く生きているのだよ。お前達の方が幼き者であるというのでなければ、話し合いには意味がある」

「ポールを戻せ!」

 勇者と仲間たちは慌てて子供になった少年を庇いながら叫んできた。

 ふん。そんなに焦らずとも私は三歳の幼子をいたぶったりはしない。元の姿に戻ったとて私は理由もなく人を傷つけたりはしない。気に入らない相手にはすぐ剣を抜く自分達と同じように考えないでもらいたいものだな。

 まあ、良い。ここで子供を引き取るつもりもない。戻してやろう。

「とはいえ、せっかく大人の姿に戻してやっても話し合うことができないのなら、あまり意味はないのではないか? よく食べる分だけ邪魔なくらいだ」

 元の姿に戻った小僧は真っ赤になりながら鎧を付けなおし、私を睨んだ。せっかく戻してやったのに無礼な奴だ。


 やっぱり三歳くらいからやり直した方がいいのではないか。


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