天翼族の事情
「お久しぶりですアルス様」
俺の前にはタキシードを着た一人の男が胸に手を当てて礼をしていた。
彼はニーゼ兄さんただ一人の従者、オルフェスである。
もうすぐ初老……四十歳を迎えるとのことだが貫禄はあれど老いてる感じは一切ない。
この男と共にいるのがアルス領にある、俺の屋敷である。
屋敷と言っても中が多少整っているだけでそこらへんの民家の二階建と同じ大きさであり、少しだけ広い庭があるだけだ。
天翼族を連れて領内の負傷兵の治療にあたっていたところオルフェスが現れたのである。
そこで天翼族のリーダーと共に屋敷に来てもらったのだ。
天翼族のリーダーは取ってくる物があると言って屋敷の場所を知るとどこかに行って一時離れているが。
「ああ、久しぶりだねオルフェス。兄さんが亡くなって、再びオルフェスに会えたことを私は嬉しく思います」
なんといってもこのオルフェスはニーゼ兄さんを溺愛していたから、兄さんが亡くなったとき隠居したかそのまま同じく命を絶ったものと思っていたのだ。
「ニーゼ様から最後の指令を受けていました。天翼族に手紙を届けること。そしてアルス様、貴方の手となり補佐することをです」
「そうか……。私は兄さんに守られてばっかりですね」
苦笑するようにオルフェスに笑いかけると彼は首を横に振った。
「可愛い弟を守り助けるのが兄の役目だとニーゼ様は常々おっしゃっていました。また、誇りの弟だとも」
「まったく、可愛いと思ってるのか誇りと思ってくれてるのか」
どちらもでございますとオルフェスは両方を肯定した。
「こちらでよろしいでしょうか?」
部屋の扉がノックされると天翼族のリーダーが現れた。
「ああ、ここです。こちらにどうぞ」
そう言って俺は対面の椅子を勧めた。
今は翼の無い彼女は特に不自由することなく席に座る。
「改めまして、私は天翼族の仮の族長であるエルメルです」
「仮……?」
疑問に首をかしげるとエルメルは頷いた。
「はい。それも含めてお話いたします。私達天翼族がアルス殿に協力するにあたり望むことと私達種族のことを」
今や昔。
天界が地上と繋がっていたころ、天翼族は神を主とした神々の使者であった。
天界から地上に来るのはもっぱら天翼族であり、天翼族は神のために働いた。
しかし、天界と地上との繋がりが急に無くなってしまうと同時に天翼族の一部が地上に残されてしまった。
彼女達は主である神とのリンクが切れて途方をさまよう。
彼女達は主がいることで力を発揮できるように神々に作られた。
そして主がいないといつか滅んでしまうのが彼女達であった。
しかしいつまで経っても天界との再接続はありそうにない。
仕方なく彼女達は地上の者を主とすることで生きながらえようとした。
だが彼女達に与えられたのは激しい差別と裏切りであった。
地上の生き物より能力が高い彼女達は主に魔族の国から迫害を受ける。
そこで散り散りになった天翼族はいくつかのグループに別れた。
また、いくつかのグループは魔法国グリルルと神聖国セントレスの国王を主としようとしたがグリルルでは実験体にされ、セントレスでは無理やり王族や貴族との間で子供を産まされ利用された。
エルメルのグループはこのオーリ帝国の南方領に辿り着き、そこにまだ健康な方であった当時のニーゼに出会い仮の主として契約した。
月日が経ってもニーゼは彼女達に森の中であるが住む場所を与え、何も強要はしなかった。
また天翼族を友として文通を行ったり、ときに贈り物同士を交換しあったりして仲を深めていた。
その贈り物として天翼族の薬が重い病であったニーゼをその意思の上で今まで生かすことができたのだと。
そしてエルメルのグループが住むその森はニーゼ領の中にあった。
ニーゼからの手紙でアルスのことを知っていたが者の多くのグループが騙されていたため次の主として慎重に見定めていた。
ときに草葉の陰から、ときに大空の雲の向こうから。
そしてアルスの領民や奴隷への接し方から良い人間であることを知り、町の発展から能力の高い人間だと認めた。
「私達は再び主を失い、誰かと契約する必要があります。それを貴方でありたい私達は思っている。今度は仮では無く、正式に。その条件として他のグループの天翼族の救援を望みます」
「……何故私なんですか?私よりもはるかに徳の高い人間もその中で私よりも地位が高い人間もいるでしょう。それなのに何故?」
「強いて言うなら」
エルメルはこちらを澄んだ瞳でまっすぐ見た。
「貴方が私達のことを独自に調べていたこと。またそれに連なる成果の物が私達が思うに悪用されていなかったからです」
「そこまでご存知でしたか」
俺は苦笑しながらエルメルを見た。
この天翼族はだいぶ前から俺を観察していたらしい。
俺は決意した。
思うままに行うため、力を得ることを。
彼女達が天翼族であることは俺には確信できるし、ニーゼ兄さんが関わっているなら信用もできる。
「分かりました。その条件を飲みましょう」
俺は第一歩を踏み出した。