日常と歯車
「そら、石を運べ!順番を乱すなよ!」
俺は肩に石を担ぐ奴隷に向かって指示を出す。
奴隷は俺が魔法で整えた地面に長方形に切られた石材を整頓して並べていく。
今日は領地での道路の整地作業だ。
土の地面ではいくら踏み固めても馬車が通ればへこむし雨が降れば泥となって流れる。
石を敷けば馬車も通りやすくなり水はけも良くなる。
「うむ。順調です」
ふと違和感を感じて視線を奴隷へと移す。
一人の体格のいい男がふらりと体を傾けた。
ゴトン!
運んでいた石材が肩から滑って地面に落ち半ばにヒビが入ってついには割れる。
「ああ!」
「馬鹿者!何をしているか!」
俺は即座に駆け寄って奴隷を見る。
顔が上気しており目がうつろだ。
それでもなんとか仕事をしようと懸命に体を動かそうとしている。
「このバカたれが!」
俺は奴隷の頭を叩いた。
やはり熱い。
良くても風邪は引いている。
「病は移る物がほとんどだと何度言えば分かる!おい、お前達!こいつを奴隷舎に運んで回復するまで出すな!」
「すみ……ません」
倒れた奴隷はかすれた声で俺に謝り奴隷達に運ばれていった。
役人が駆け寄り割れた石材を指差す。
「いかがなさいますか?」
「……まだ手を出していない裏道には小さな物も必要です。運んで下さい」
俺の指示に役人は余り表情に出さないが嬉しそうに頷いた。
「かしこまりました」
「作業を続けろ!」
奴隷達は特に不安や不満を感じることなく再び働きだした。
場所は移ってログロス鉱山。
ここは銀と少量の魔法金属が取れる領内の採掘場だ。
採掘量は他の場所に比べて多く、サウシス領の中でも資源の宝庫だ。
次々と運び出されていく銀鉱石。
これを作業場で製銀……銀の塊であるインゴットに加工して銀貨にしたり装備品やアクセサリーにするのだ。
見つけてから四年。埋蔵量はまだまだあり尽きることを知らない湯水のように出てくる。
「む?」
突如地鳴りがする。
周りにいる奴隷や役人が慌て、怪我をしないような位置に移動する。
『ギィエエエエ!』
バキバキと音を立ててそいつは姿を現す。
「ドラゴンだああああ!」
「グランレックスだぞ!」
方角的にログロス鉱山の向こうにある神竜山から下りてきたのであろう。
体に貴重な鉱石が含まれた岩の鎧を着たグランレックスが採掘場に乗り込んできた。
「離れなさい!」
すぐさま指示を出すと奴隷と役人達は慌てながらも距離を取る。
グランドロ家ニーゼ領に現れたのが運の尽きだ。
少しばかり強くなったティラノサウルス風情が領地に荒らすなど調子にのるなよ!
「メインウェポン起動」
言葉と共に腰から抜いた両刃の剣が幾何学模様を発しながら変形し、片手剣から大剣へと姿を変貌させる。
「発動ドラゴンスレイヤー!」
ガリガリと空間を削るような暴力的な雷が剣にまとわりつく。
俺は目標であるグランレックスを見据えた。
目が合う。
「グランドスリップ」
地面が揺れ、グランレックスの体勢が崩れる。
俺は地面を蹴りつけ飛びあがった。
「終わりです」
突き出した剣がグランレックスの額に触れると雷が触れた先を消し飛ばす。
『グロオオォォ……』
奇妙な断末魔を上げながらグランレックスはその体を横たえた。
「うおおおおおお!」
「アルス様ーーーー!」
奴隷と役人が歓声を上げる。
皆が笑顔となり俺の名前をコールしだした。
「うるさい!さっさとこれを片づけて仕事に戻れ!」
俺は顔を赤くしながら命令を出した。
これがグランドロ家ニーゼ領の日常。
すぐ近い場所にドラゴンの住む山があり、隣接する複数の敵国領のある危険な立地。
しかし恵みもあり、発展がめまぐるしい場所でもある。
それを成し遂げ、今なお成長を続けているこの町を作ったのが俺とニーゼ兄さんと領民達。
そんなニーゼ領に二つの悲報が届く。
ニーゼ・サウシス・グランドロ、病にて二十四歳の若さでこの世を去る。
帝国領帝都フレジカにてヴァルザル・ムラハ・ウレ・ゼント・オーリ、八代皇帝崩御。
南領が、帝国が、世界が。
迫りくる戦いのため、動き始めた。