四男を想う長男
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「困ったな」
僕、ニーゼ・サウシス・グランドロはそう思う。
当主に何が必要か。
そう問われたとき我が愛する弟であるアルスは賢い頭、高い才能、恵まれた部下、そして民を思う心と答えるだろう。
ゆえに彼はそれができないバラザとダラートの元につくことは無い。
そして自分は何よりその威厳とも呼べるカリスマが無いと思い込んでいる。
そんなことは無いと僕は確信している。
泣き虫で臆病な彼は常に何が一番よいかを考え、そのためには自分が率先して動くことにもいとわない。
改革で自分の魔法が必要ならば手をいくらでも貸すような人物が領民に慕われない訳が無い。
何よりアルスは僕には無い知識を持っている。
一体どこで仕入れたのか皆目見当もつかないが彼はその知識を持っていてその知識があることで家族に僕と同等並と言われることに劣等感を感じている。
しかしそれは違う。
知識は経験であり、何よりも武器である。
ここからろくに動くことができない僕だからこそ、それを強く感じている。
その武器を持っている者は帝国内だけにとどまらず大陸内でもただ一人、アルスだけだ。
「だから僕はアルス、君に当主になってほしいのに」
だけどアルスは正面からこう言うと絶対に認めない。
そういう子であることを僕も領民も理解しているのだ。
「ごほっ……ごほ」
アルスの前ではなんとか保ったけど僕の体はアルスが思っているよりはるかに酷い。
今日全部食事を食べれたのはいつのも半分の量しか無かったからだ。
僕の終わりは近い。
手に付く赤い飛沫が何よりそれを証明している。
「こんなふがいない兄でごめんよ」
健康ならばアルス、君と共にこの帝国で名を残す兄弟となれただろう。
いや、それすら飛び越え僕らの国ですら作ることができたかもしれない。
それだけ今の帝国、そして大陸の情勢は逼迫している。
彼は僕がいるからか内に目を向けているばかりだから外の情報に関して鈍感だ。
それに関しては一枚も二枚もバラザが上をいっている。
その遅れを取り戻すことができるのは僕しかいない。
「アルス……これが、僕が君に残せるただ一つのことだ」
それをやりきるまではどれだけ血を吐こうとこの手を止めることを辞めない。
君ならば帝国を、いや大陸を安寧へと導ける。
それができる君を兄として誇りに思う。
小物に彼の邪魔をさせてはならない。
今にも見える彼の躍動の姿が僕は眩しい。
どのくらい時間が経ったかもう僕には分からないが恐らくアルスが来てから数日だろう。
「もう少しだけ……頑張ろうよ」
二人の兄を蹴散らし、父すらも超えて、天に立て。
「君が王となれ」
僕の右手が書き終わると同時に口から盛大な血を吐く。
少しかかってしまい、もはや書き直すことはできないが読めないことは無い。
ぼやける視界に一人の人間の姿を見た。
それが誰か見えなくともたった一人の従者を僕は間違えたりしない。
震える手で、今書き終えたそれを渡す。
「これ……を。そして……アルスを……支え……て」
「かしこまりました、我が主」
その声を聞いて僕は安心した。
頼りになるな、二人とも。
僕が笑って逝けるのは君達がいるからだ。
僕はゆっくりと瞼を閉じた。
さようなら。
アルス。
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