ガンダレッドの小説二 二月二十二日 昼
ミドルラード御夫妻が僕の部屋を訪ねてきた。夫婦揃って仲良く入ってくるものだから、その珍しさに驚く。
「ノーラさんに、ジャックさんじゃないですか。俺の部屋に来ても、お粗末な紅茶しか出ませんぜ」
「くすくす、大丈夫よ。私達の舌はまだ肥えてないから、飲み物を貰えるだけありがたく思うわ」
話し合いをすることになると分かり、カップを用意しようと戸棚を開ける。そこには二つのカップが用意されていた。なるほど、このもう一つあるカップは昨年の残りだな。どうやら、この戸棚は整備が今一つなようだ。
二つ分のカップに紅茶を注ぎ、夫妻の元へ戻る。すると、夫妻も不思議な目でその二つ用意されているカップを見つめた。
「おや、なかなか、君は準備が整っていますな。二つも用意していたとは」
「それか、もう既にガンダレッド君が誰かを呼んだとかかしら?」
「いや、夫妻達が今日初めてのお客です」
丁寧にカップを並べたつもりが、見かけに一種の雑さを感じてしまう。香り立つ湯気は上品なのだが……。
ノーラさんは悩ましげにカップを見つめて、こう口を開いた。
「ガンダレッド君の分は?」
「俺の分は大丈夫です。香りを楽しむだけでお腹は膨れちゃうもんでして」
「はっはっは、あまり吸い込み過ぎて過呼吸にならないように気をつけるのですぞ」
挨拶を交わして席に座り、二人と向かい合った。
「それで、どのようなお話を俺と?」
「そのことなんだけどね、ガンダレッド君。私達、あなたが碑文について決定的な閃きを得たって聞いたの。だからそれについて聞きたくて」
トランプ説のことだと分かった。
「ええ、まあ……。でもミドルラードさん、こんな憶測聞いてもなんの意味もないと思いますぜ俺は」
内心、話すのは気が進まなかった。もし間違えてた場合相手に恨みを買われる、とか、そんな心配をしていたのではない。
もっと深い意味がある。この二人だけには言えない憶測が。
「へえ。……ねえ、ガンダレッド君。みんなで推理しましょうよ。その閃きを独り占めするつもりかしら?」
いつもと雰囲気が違った。真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
「そういう訳じゃないんすけど……。今はまだ話せません。何よりもまだ確証を得られていませんからね。俺は絶対の自信を持つまで人には決して憶測は話さないんすよ」
「でも、決定的な閃きくらいは教えてくれたっていいじゃない? それを人に話したってことは、絶対の自信が得られたって……そういうことよね?」
ノーラさんはなぜここまで執着をするのだろう。
「ノーラ。ガンダレッド殿は拒否している」
ジャックさんは強い目つきで制した。
「……そうね、わかったわ。ごめんね、ガンダレッド君。ちょっとした私の興味ってことで許してくれないかしら」
「別に大丈夫ですよ。……じゃあ俺は、屋敷の方に向いてくるとします。確証を、見つけるために」
二人はどうやら僕の閃きに興味があったようだが、全然僕は違うことに興味を持ち始めた。それは、ミドルラード夫妻についてだ。
屋敷に向かう途中の足取りが早まる中、パズルの盤面を頭に描きながら、散らばったピースをどうやって集めるかを考えた。その結果、メンバーのことをよく知るラドンさんに聞くのが一番賢い判断だろうと思えた。
すれ違ったマコーレー兄弟とモーニンガードに軽い挨拶を交わし、屋敷のラドンさんのいる書斎の扉をノックした。
「失礼します、ガンダレッドですけど、ラドンさんはいますか?」
「ああ、いるともよ! どうかしたのかね?」
ラドンさんの声を聞くと少し安心しそうになる。この感覚は、自分の父に優しく頭を撫でられている時と同じだ。
「聞きたいことがあります。ここでは話せませんので、中に入ってもいいですか」
言い終わる前にラドンさんの方から扉が開き、中に誘ってくれた。
「どんな話でも、中で聞こうじゃないか。さ、おいで」
「どうも……」
毎年みている二体の甲冑は今だに健存していた。もう何度、あの言葉を頭の中で復唱してきただろうか。そしてもう一つ、鳥籠を探す。鳥籠はいつものように、天井からぶら下がっていた。
「それで、聞きたいこととはなんだね?」
木製の椅子をこちらに寄せ、向かい合う形でお互いは座った。この方が話しやすくていい。
「はい、単刀直入に言いますとね……。ミドルラード夫妻の事です」
「ほう……」
ラドンさんは真剣な顔つきになる。
「ミドルラード夫妻の、何が知りたいのだね。私が答えられる範囲で、応えてみよう」
「俺はさっき部屋で休んでいたんですけど、お二人が入ってきましてね。突然、俺の閃きについて知りたいとかなんだとか」
「ガンダレッド君の閃き、だって?」
少し興味深そうな顔で僕の顔を覗きこむ。だが、本題はそっちじゃないのだ。
「ちょっとした、子供騙しのような閃きなんすけどね。それで、俺が聞きたいことはそこです。どうしてあの二人はこの大会の答えに拘っているのか。もうミドルラード夫妻は7年も通っているんですよ? 諦めてもいい頃合だと思うのですが」
ラドンさんは答えに、明らかに戸惑っていた。腕を組み、どう言おうかを考えているみたいだ。
「言えないね」
「なぜです。俺はラドンさんから聞いたなんて言いませんよ。教えてください、せめて、どうして言えないのかも」
ラドンさんの口どりは重かった。いつもは饒舌な分、今いるラドンさんから発せられる言葉はそれぞれに深い重みを持って僕の耳に流れてくる。もう、自分の父に撫でられている感覚はどこにもない。そのため、冷え込んだ空気が頭の中に入ってくる。
「この大会とは関係のないことだからだよ」
「本当にそうでしょうかね。彼らが追い求めている理想泉は、一体なんなんでしょう」
「この大会は、クイズ大会だ。出された問題だけを解いていればいい」
無機質な声に、少し戸惑う。いつものラドンさんのように、明るく冗談を交わしてくれればまだよかったのだ。ただ今回は目を合わせず、淡々を重ねている。
なにか反論を試みたが、結局何も思い浮かばなかった。
「いつもとラドンさんが違うから、俺は疑念を抱いてしまうんですよ。彼らについて、なにかあるんでしょう? 言えないなにかが」
「……ガンダレッド君」
「ラドンさん、教えてくださいよ。なぜに、彼らはそこまでして理想泉に拘るのですか。異常な執着があるようにしか見えませんが」
「ガンダレッド君」
「ラドンさんが言えないのは、彼らが相当な過去もしくは経歴を持っているからなのでしょうね? だから言いたくない。それはつまり、ラドンさんの隠し事も同じだと俺は思いますが」
僕は引かなかった。彼らの異常な執着を納得できるまでこの場は離れないでいようとも思っていた。辛かったのは、僕が一言を言う度に、ラドンさんの顔が引きつって歪んでいってしまったことだった。次第に、こんなことをして意味はあるのかと思ってしまったことをここに記す。だが、どんなことにも必ず意味はあると自分を言い聞かせた。
「人には」
僕がラドンさんの言葉を待っていたとき、ラドンさんはそう話始めた。
「人には、それぞれ物語がある。私は彼らの物語を知っている。そして、私は思ったことがあるのだ。いやこれは決して、彼らだけを見て思った訳じゃない。きっとこれは、人間誰でもそうなんだろうと思う」
僕は静かに聞くことしかできなかった。
「彼らは人徳が溢れる、とても優しい方々だ。それはガンダレッド君がよく知っていることなのではないだろうか」
僕は頷いた。
この大会で初めて声をかけてくれたのはミドルラード夫妻だった。僕の小説をどうやら知っているらしく、最初あった頃は
色々と褒めちぎってくれたのをよく覚えている。宣伝してくれたのもミドルラードさん達だ。そのおかげでローランスとも会えたし様々な交友関係も生まれた。
だからこそ、知りたかった。普段は優しいミドルラード夫妻だが、この謎の答えに関係することとなると、まるで新聞記者のように色々知りたがるのだ。
「どんなに徳を積んでいようとも、人間は人間だ。彼らもまた、人間なだけの話なのだよ」
「人間にも種類はあると俺は思いますけど」
「……そうだね、少し過ぎたことを言ったかもしれない。私が言いたかったのはこうだとも。人間、善もあれば悪もある」
そんなことは誰もが知っているだろう。ラドンさんが何を言いたいのか、僕には分からなかった。
「彼らの悪を知って、ガンダレッド君はどうなる? 私が思うに、君はひどく落ち込むと思うね」
「落ち込むか落ち込まないかは俺が決めます」
言っていて、よく分からない複雑な気分を味わう。彼らを深追いするのは、はたして僕をどう影響させるのか。
「私は怖いのだよ、ガンダレッド君。君は人間だから、一度知れば後戻りはできない。私はね、みんなが仲良くこの大会にきてくれるだけで嬉しい。彼らのことを言えば、まるで爆発したみたいにこの現実が散り散りになってしまうのではないかと思えば思うほどに、恐ろしい。分かってくれ、これは私の願いなのだ……」
「……こんなことを話題にして、悪かったと思ってますよ」
僕は書斎を、振り返りもせず出た。少し、ラドンさんには無礼な態度をとってしまった。
「お茶をお持ちいたしましょうか、ガンダレッド様?」
明るい声でオフィーリアが話しかけてくるが、声は小さかった。今の僕はどう写っているのかが気になるが、あまり顔色は良くないように写っているだろう。オフィーリアは気を使ってくれているに違いはない。
軽く断ってから階段を降りた。今お茶を飲んでもあまり香ばしくは感じないだろう。
「どうかしたのか、大理石頭」
ドルフまでそう声を掛けてくるということは、やはり顔色は悪いのだろう。
「ちょいとな。ラドンさんに悪い思いをさせちまって、後悔してんだよ。わかったらとっとと空っぽの脳みそを働かせて、一人前の男になりやがれよ」
なにか言っているドルフを傍目に、屋敷の扉を開けて外に出た。少し、表の空気を吸いたいと思ったからだ。
気風にあった木製のベンチに体を預け、草木の揺れる心地のいい音を聞きながら青い空を眺める。この空の続くどこかにいる子は、病と戦って僕の帰りを待っている。だから僕も、この謎に真正面から戦っていこうと思う。
突然、陽の光が何者かに遮られた。目の中に残る光のせいで、一瞬誰が覗いてきたのかは分からなかった。
「オースティンにさらわれても、僕は知らないよ?」
生意気な声で話すその感じから、すぐに誰か分かることができた。
「モーニンガード、お前だったか」




