ガンダレッドの小説一 二月二十二日 昼
「また今年もこのメンバーかよ。まったく、またお茶会パーティになりそうだ」
僕、ガンダレッドは毎年毎年、変わり映えのないこのメンバーにそろそろ退屈を感じ始めていた。なぜかはもう分かっているはずだ。
これじゃあ魔女オースティンが悲しんでしまう。新しいメンバーでもきてパパッと解決……なんてプロットは、今時流行らないのか。
「まぁまぁ、そう言いなさんなガンダレッド。いいじゃない、今年も健康体でみんなの姿が見れて。それだけで私は嬉しいわ」
ミアンナがすかさず宥めにくる。
「そうとも、あぁそうとも! 私はみんなの元気な姿が見られて本当に嬉しい。よく来てくれた、感謝するよ!」
ラドンさんが、まったく変わらないあの元気な若々しい声で僕たち9人を歓迎した。
「それにしても残念だな。ミアンナ、きみの妹君は大丈夫かい?」
「はい。あの子は今は順調に回復しているところだと思われます」
ミアンナはいつもより少ない荷物のおかげで、どうにも機嫌が良いようだった。いつもは妹のための小荷物等も用意してこなければならなかったからだ。
そういえば「そろそろ十四歳になるのだから、姉に甘えずに自分で持ってくれてもいいのに」と愚痴をついていた。
「ミアンナさんの妹が病気だったとは……。初耳です。それにしても、彼女がいないだけで随分と静かですね。少し寂しい気もします」
ダンがそういって会話に参加してくる。こうやって文章にしてみると、ダンとミアンナは少し口調が似ていることに気付く。
「そういうお前のモーニンガードはどうなんだよ。あいつもやっぱり、まだ引きこもっちまってるのか?」
僕がそうやって茶化しを入れてみると、やたら上機嫌な顔でこう返してくる。
「その事で皆さんに伝えなければなりませんね。僕としてはサプライズということでとっておこうと思ったのですが……」
あまりにも皆がダンに注目してしまったため、少し呼吸を置いてから続きを述べるダン、その顔をよく見ないと、上機嫌な瞳の中にある小さな雫を見ることはなかっただろう。
「やっと、僕を認めてくれたと同時に表に出てきてくだいました」
どっと声が上がる。
「そ、それ本当かよ?! スカイさんあんた、あのモーニンが出てきたってのは!」
声を最初にあげたのはドルフ。本当に心底驚いた、なんともとぼけた顔をしている。例によって妹のアンがその兄にゲンコツを食らわせる。
「お兄ちゃん、年上の人にはちゃんと敬語を使わなきゃいけないって習ったじゃない」
ドルフはたじろいだ。
「本当にモーニンちゃんが、ねぇ。信じられないわ。それじゃあ今回のクイズ大会には参加してくれるの?」
ノーラさんが興味津々な様子でダンに尋ねる。「そうですよ」と一言告げると、にっこりした笑顔でノーラは主人の元へ向かう。
「ねぇ聞いた? あなた、モーニンちゃん復活ですって!」
「あぁ、聞いた。ノーラ、君は彼を怯えさせないように気をつけるといいね」
何よ、とノーラは反論する。場の和んだ空気と、苦笑を浮かべるノーラさん、笑うジャックさん、それをみて微笑む僕たち。
ラドンさんの開会宣言が終わり、皆は散り散りにその場を去っていく。別館に行って休む者も居れば、僕のように碑文を眺め推論を交え合うグループもいる。これも、毎年みる光景だった。
今いるこの空間に勝る幸せとはなんなのだろう。全員が笑いあい、冗談を交わし合う。そして笑顔の連鎖は続く。その余韻は留まることを知らない。
最初、僕は退屈だと言った。しかし、こういった和やかな空気もいいなと思い始めてくる。しかし、すぐに彼女のことを思い出す。
この空間に入ることのできなかった彼女のために、やはり小説を書くというのは良い案であったと自画自賛してしまう。
「ねぇ、ガンダレッド。その、閃きって何かしら? 私に教えてくれない?」
ミアンナがやけに体をモジモジとさせながら、碑文を眺めているところに近づいてくる。
「閃き? なんのことだかサッパリだな。僕は何も閃いちゃいないんだけれど」
「嘘つき、妹が言ってたのよ。ガンダレッド、あなたが何かを閃いて、今年はもしかしたら解けるかもしれないって」
「日本のことわざに、口は災いの元っていうのがあるらしいな。それを教えてくれたのが妹さんなのに、まったく……」
この言葉は少し前に、彼女から聞いた言葉だ。教えてくれた彼女の口から災いが降りかかってしまい、なるほどこういうことかと納得してしまう。
「それで、閃きって?」
ミアンナは僕がため息をついたことを気にせず、好奇心に彩られた目をこちらに向ける。
「この碑文にある、白と黒の戦いよってあるだろ。これを俺はトランプに見立てたんだ」
ミアンナにこうやってやられると止まらない。諦めて話すほかに逃げ道はなかった。
「へえ、トランプ? 私はてっきりオセロとかチェスって思っていたのだけれどまさか、トランプだなんて」
「発想の転換だぜ、ミアンナ。こういうのはありきたりな連想をしちゃいけないのさ。白と黒、赤がない理由は後々の文章でわかってくるだろうな」
「え? それじゃあ、この白と黒の戦いがトランプっていうことだけがガンダレッドの言う、閃きなの?」
「そうだぜ。ガッカリするのはまだ早い。見方を変えると、今までの推理が全て分かってくるだろう。今日はまだ一日目だ焦ることもないじゃないかと俺は思うよ」
ミアンナは少し驚いたような、して期待外れだったような顔を浮かべて頭を働かせている。僕はメガネをくいっと上にあげて碑文を見渡す。
その時、後方から聞き覚えのない子供の声がした。それと、ダンの声が聞こえた。
「ダン、もしかしてその子が……」
「はい、モーニンガードです。間違いはありません」
ダンが嬉々とした声でこちらを見てモーニンガードを軽く紹介する。
モーニンガードはこちらを見て立っていた。張った目でこちらを見つめ、挨拶をする。
「初めまして、僕がモーニンガードです」
緊張気味に、僕とミアンナに向かってそう告げた。ダンはそんな弟の姿を見て微笑む。身長はそこまで伸びてなく、まだ十五歳でありドルフより少し小さい。確かドルフは百六十五センチメートルだと言っていたから、予想するに百六十……いや、それより少し上だろうか。
そんなことはどうでもいい。
「モーニンガード。まったく、なんでお前はいつも俺の声をスルーしてたんだよこのヤロウ」
初めてみる顔だが、だからといって遠慮する必要はなかった。毎年、モーニンガードの篭っている寝室のドアをノックし、毎日のように話しかけていたからだ。多分、相当嫌な奴と思っているはずだ。
「……うるさいんだもん」
ミアンナとダンの笑い声が僕の耳を刺激する、モーニンガードはなぜ二人が笑っているのかが分からないようで、はてなの顔をしている。その間の抜けた顔を見て、強ばった僕の顔も、自然と和らげてしまう。
「前のことは忘れましょう、こうして出てきてくれた訳ですからね。それじゃあ僕たちは皆様にご挨拶をしてまいります」
ダンは踵を返して階段を上り2階にあがった。ラドンさんの部屋に向かっていることは明らかだ。
「私達も、とりあえず休もうか」
不意に、ミアンナは僕の腕を掴んで馴れ馴れそうに歩き出す。ミアンナは普段こういう事をしないため今の僕の顔はどれだけ普通の顔をしていないか分かっているだろう。
「お、おいおいミアンナ。まるで恋人じゃないか」
やっと声を出せる。
「いいじゃない。……それか、嫌?」
「嫌って訳じゃないぜ、いやただお前らしくねえなって思って」
ミアンナは何も言わなかった。僕はただの女性特有の気紛れか、と思って納得することにした。
こう、女性と並んで歩くのは実は初めてでやけに緊張してしまう。決して軽い足取りではない中、別館に向かった。
本館から別館までの道のりはひどく長く思えた。周りに生い茂る木々たちはなぜか僕たちを歓迎しているようにも思える。ミアンナの顔を見てみると少し幸せそうだ。
そして別館の扉の前にくると、さすがにミアンナは僕を解放してくれた。声も出ないまま、急いで扉を開ける。客室の方からなにやら騒がしい声が聞こえたので、玄関の奥に進み客室の扉に入ってみた。すると、そこではモーニンガードが主体となった歓迎会……と思われるものが開かれている。とうのモーニンガードといえば、兄の後ろに隠れている。
「お、ほらほらガンダレッド君とミアンナ君もこっちにおいでおいで。今日は特別なお客様が来ていらっしゃるよ!」
僕たちの姿にラドンさんが気づき、笑顔で迎えてくれる。
「いやあ、モーニン。ひっさしぶりだなぁ! あの事件の後、お前の姿が全然見れなかったもんだからよ、心配したんだぜ?」
「可愛いわねぇ。お孫さんにしたい気分だわ、私の。ねぇ?」
「ほら、モーニンガード。ちょっとは何か喋ったらどうなんだい」
「はっはっは、いやいやいいとも。そこにいるだけでこんなに輝いてる人なんてそうそういないな!」
本当にモーニンガードの話題で持ちきりだった。忘れ去られた碑文が少し可哀想にも思えてくる。それを気にせず、僕は会話の輪に加わった。
「お前の話題に持ちきりになってんのは当分出てこなかったお前の自業自得だぜ。ほらよ、もっと顔をよく見せてみろ」
くいっと顎を持ち上げ、こちらを向けさせる。その際、にんまりと笑ってやりついでに頭を撫でてやった。
「ガ、ガンダレッド、君はまったく、僕のことをからかうのが好きだね」
解放してやると、すぐに顔を俯かせて兄の後ろに隠れてしまう。
「あっははは、まだちょっと馴染めてないみたいです」
ダンは弟の様子に少し不安げに苦笑いを浮かべた。いいのよ、とノーラがそんな彼を励ます。
「今年はとても素敵な1週間になりそうですね」
ミアンナがラドンさんに向けてそう言った。
「あぁ、そうだろう。こんな幸せな1週間にミアンナの妹君がいないというのが可哀想だ」
「そうですね……それじゃあ、俺は先にお部屋のほうに戻らさせていただきます」
早速執筆を始めようと僕はそう切り出す。ラドンさんは快く許可してくれた。
……この、ちょっと不思議な物語を文字にして綴るには少し心が躍る。だが、別にこれは小説というジャンルにして送る訳ではなく、贈り物というジャンルで、彼女に送る。
しかしそれにしても一週間以内に仕上げるとなると、夜は頭痛に悩まされそうだ。