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アサガオの咲いた日  作者: 玲瓏
三輪目
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進展を授ける金色の男

 空から降り注ぐ雪に人生といったものはあるのだろうか。俺も雪になってしまえば、悩みや困惑といったいらない要素は消え去ってくれるのだろうか。

 あの意地悪オーナー、の情報は俺を困惑させた。ローランスがもう死んでいる。だとするならば、先ほどまで行動を共にしていたあの女性はなんなのか。病院で死んだ人物は同姓同名の別人なんじゃないのか。八条さんは違うと言い切った。

 そして伝えといて何もアドバイスがないのも醍醐味だ。俺は誰を疑えばいいのかまるっきり分からなくなった。

 とりあえず一から推理をしよう。

 七年前の丁度この寒い時期、テューリンゲンの森の中に潜む屋敷でクイズ大会が行われた。参加者は夫婦、双子、兄妹、小説家、ローランスの姉、開催者、使用人の十人。碑文を解くことがこの大会を終える唯一の方法。それは年に何度も開かれていることから、難しい碑文であることが察せられる。

 一週間のうちに参加者全員が死亡。最初に犠牲となったのは夫婦の夫。その次に兄妹のうちの、妹。

 その後は、階段を一段一段上るように殺人が繰り広げられていった。

 この大会は変わらずのメンバーでやっているということらしく、小説にも一番最初のシーンにその趣旨がある。ということは、開催者ラドンが元々殺人を企て、人々をここに集めたという線は薄くなる。一回目の時に既に殺しているだろう。

 賞金目当ての殺人か。ガンダレッドはもしかしたら解けるかもしれない、重要なことを閃いている。

 それをガンダレッド自身が話したのはミアンナだけだが、夫婦も知っているということから、話が漏れていてもおかしくはない。この場合だと、最後まで生き残った人物が犯人だということになるが、舞台の結末は全滅だ。ということは、賞金目当てではないのだろうか。それとも、犯人の計画外の事が起きてしまったのだろうか。

 例えば、殺したと思っている人物が実は生きていた、とか。そして相打ちになった。

 もうそれでいいか。犯人は様々な方法で殺人を起こしたが、最終的に実は生きていた人物に殺されて相打ちし、全員死んでしまった。大丈夫、筋は通る。

 全国の探偵はそんなことにも気付かなかったのか。無能共め。

「これもまた違うだろうな」

 俺の推理は雪と一緒に落ちてしまった。綺麗な雪と一緒に落ちれたのなら、それもまた幸いなものだったであろう。

 全員、別々の場所で死んでいる。相打ちができる程近い距離でそれぞれは死んでいない。

 銃の暴発か、それとも野生動物の闖入か。

 暴発の形跡はなかったし、野生動物が忍び込んだ形跡もない。ネズミとかが忍び込んでしまったくらいなら見つかっても大丈夫だろう。ネズミが生きてる人間を食べるのは想像し難い。

 ああでもない、こうでもない。じゃあなんなんだ。この問題に答えはあるのか? 全てが虚構で、ガンダレッドの記した単なる狂言日記だったのではないか、あれは。

 だしぬけに背後から男の言葉が飛んできた。オースティン家とは間逆の方向だ。金髪のショートカットに、端整な顔。細身で、どこか和やかな雰囲気を持つ男が、振り向くと、目の前に立っていた。四十から五十台だろうが、輝いた気泡で周囲を包むような風貌をしている。

 男はまた何か言う。日本語じゃない。まずい。

 こんな時、なんていえばよかったんだったか。ドイツ語で、私はドイツ語が話せませんだなんて、なんていうんだ。

 ドイツ語の勉強をしてから旅に来るべきだった。

「こんにちは」

 彼は確かに日本語を喋った。顔には笑みを浮かべている。

「日本語喋れるのか」

「うん、一人で勉強したから、そこまで上手に喋れないけど」

 このドイツ人の声は透き通りすぎている。耳の中に篭ることがなく、一言一言が、例えば、え、の文字が身体をすり抜けているようだ。優しい声をしていた。

「ところで、僕はこの家の者なのですが」

 確実に俺は怪しい人物に映っているだろう。家の前をうろうろしていて、時折呟き、地面一点を見つめる男。そんな男を前にして、よくもこの人は笑顔を保てるものである。

 ありったけの言い訳の中から、最も適当な言葉を探すのは手間がかからなかった。

「日本人は入れてくれないんだろう」

 初めて男の顔が渋った。手で顎を撫で、呆れたといった風に溜息を吐く。いまさらだが、彼は袋を持っていた。中身は見えないが、全く空ではなさそうだ。でこぼこと所々膨らんでいる。

「親は嫌いなんだよ。日本人のこと。僕はそうじゃないのに」

「もしかしてお前は、この家の息子?」

 外国人を相手にすると、こっちまで日本語のバランスがおかしくなってくる。

「長男だよ」

 オースティンには兄がいるといったローランスの言葉に嘘はなかった。疑うことすらしていなかったが、とにかく、この場をどう凌げばいいのか。兄にあって世間話をして終了か。ドイツの世間話なんてできるはずもないが。

「ローランスから少しだけだが、聞いている」

「ああ、ローランスもきてるんだね。ところで、なんの用があったんだい」

「七年前の事件について調べてる。魔女オースティンが起こしたといわれてる有名な事件だ。そのために、オースティンについて聞こうと思って、まず本家を訪ねた」

 兄の顔は困惑した。今では苦笑いになっている。

「あの事件を、今かい? 一体なぜ?」

「俺にもわからない。ただ、ローランスの依頼だから、彼女に聞いた方が早い。教えてくれるかはわからんけどな」

 彼は手を差し出してきた。まるで俺の言葉が呪文に変化して彼を変えてしまったかのように再び笑顔が戻った。

 好意を裏切る真似はしたくない。彼の純朴な微笑みを見ていると、自然と手を重ねていた。

「僕はダランっていうんだ。どうぞよろしく」

 彼は何をよろしくと言っているのだろう。

「俺は浅葱真。ローランスにはマコトと呼ばれている」

「マコト君か」

 下の名前で呼ばれたのは久しぶりだ。親に呼ばれたのが最後だった。

「何か、僕が役に立てることがあるなら話すんだけどね。外で話すのは寒い、どこか暖かい場所がいいものなんだけど。喫茶店とか」

「そりゃいい。案内してくれ。待ちぼうけさせられるより得になる」

「じゃあ、荷物を置くついでに、ローランスに一言言ってくるよ。少しマコト君をお借りするってね」

 よろしく、といって、一旦別れることとなった。

 それにしてもとんだ僥倖に恵まれたものである。神様はこの謎を解くことに手助けをしてくださってるのかもしれない。早く解いて、ローランスの呪縛を放って

やれ、と。

 神様ではなく、オースティンがこのタイミングを作り出したのかもしれない。

 オースティンは、自分で起こした問題をさっさと解いて欲しいと思っているのか。

「お待たせ、行こうか」

 雪がえっちらおっちらと空から舞い降りる中、どことなくダランの背中に懐かしい面影を重ねながら、彼の足跡を上書きしていった。

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