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アサガオの咲いた日  作者: 玲瓏
二輪目
18/73

ガンダレッドの小説9 二月二十四 朝

 二/二十四 朝


「なんだって?!」

 オフィーリアのその言葉で、僕は布団の弾力の助力もあって浮き上がった。そして顔洗いすることも、スリッパを脱ぐことも忘れ、屋敷に向かって、走る走る。

 大きな音を立てて、屋敷の扉は開く。寝起きだというのに突然走ったものだから、自分の力の制御が効かずに思いきり扉を押してしまったせいであった。しかし、その大きな音で注目されることはなく、誰も僕の方に振り向いてくれる者はいなかった。

 その理由は、息を整えながら顔を上げたときに僕の視界に映りこんだ一つのシーンによって全て説明ができた。

「あんたがやったんだ! 銃で、あんたが殺したんだよ!」

 ドルフは、目を真っ赤にして、そう喚いている。

「違うの、私じゃないの! オースティンの仕業だから……」

 ノーラさんは、地面に膝をつき、泣きじゃくりながらドルフを見上げている。その手には、銃が握られている。

「やめるんだ、ドルフ君! 落ち着くんだ、頭を冷やすんだッ!」

 ラドンさんは、獲物を見つけて興奮している狼を制するように、ドルフを羽交い締め。ドルフはラドンさんの声を聞いていない。言葉の意味がわからないのだろう、本物の狼のように。

 僕は玄関から中に入ったっきり、動けなかった。書いてきた小説にはいくつかこういった修羅場のシーンがある。その時、主人公は決まって、暴れる者を制するのだ。自分の力を信じて、格闘技を使いこなし、暴れる者を宙にでも浮かせて、地面に伏せさせる。

 この世界の主人公は、目を見開いて閉じることもできないまま、怯えて、自分が地面に伏せている。

「やめろ……」

 嫌な話だ。せっかく声を出せたのに、朝だから声が出ない。

「やめないか」

 ドルフが遠い。こんな声じゃ、ドルフに聞こえる訳もない。

「やめ――」

 あ。

「いやああ!」

 屋敷に轟く、一発の銃声音。その音を確かに聞いた。昨日の昼聞いた音と、全く同じだ。

「……ぐッ、が……ァ」

 ドルフが腹を押さえて、地面に悶える。その両手の隙間から、赤い血。ミアンナが目端を効かせて、どこからかハンカチを取り出してそれをラドンさんに渡していた。それでドルフの手の上から被せ、僕らに血が見えないようにしてくれた。

「ノーラ、あんたは何をやっている!」

「違うの! ドルフ君が、近づいてきたから、びっくりして、私は、いつものくせで、銃を構えて、反射的に、銃を向けて。私はやってない、私は違うの」

 虚ろな目をしているノーラさんは、独り言のように、虚無を見つめながら次から次へと言葉を吐いた。昨日までの勇敢なノーラさんは、もうここにはいなかった。そしていつものように優しいノーラさんも、ここにはいなかった。

 僕の意識を蘇らせたのは、オフィーリアの悲鳴だった。僕より後にきたオフィーリアは、いま映る現場を見て、口元に手をあてがいながら力を失ったようにその場にへたりこむ。その悲鳴はノーラさんをも起こしたようで、銃を手にしながら二階へと逃げて、僕らの視界から外れた。階段を上るときのノーラさんの目は、恐怖一色であった。

 そして二階から、一階にいる僕らに向けて放つ罵声は、一体何の意味が込められていたのであろう。

「犯人はオースティンじゃなかった! あんたたちの中の誰かなんだからあ!」

 ノーラさんのその言葉は、誰も取り合う者がいなかった。気づいたら近くにいたダンが僕の肩を叩いた。

「ガンダレッドさん、まずは驚かせてしまった事に謝ります。なにがあったのか、きっと興味があると思います。ですが話す前に、ドルフさんを助けましょう……!」

 ダンは力強く僕の背中を叩いた。綺麗な顔は引きつっているが、彼は今、なにを思っているのだろう。

「わかった」

 言葉に、なにかしらの装飾を付けようかと思ってみたが、どの言葉を言おうとしても、喉まできて、そして戻っていった。

 ドルフは痙攣していた。しかし、その顔は怒りに満ち溢れていた。真っ青であるが、その言葉からいつ呪われた言葉が吐き出されたとしても、大して驚きはしないだろう。

「動脈性の出血だ! オフィーリア、救急用具の中からガーゼを持ってきなさい! このままではいかん!」

 ラドンさんは怒鳴るようにオフィーリアに言いつけた。オフィーリアは素早く立ちあがり、近くにあった使用人室へと入ると、すぐに戻ってきた。手には真っ白なガーゼが握られ、すぐラドンさんの手に渡された。

「き、救急車は!」

「無理に決まっているじゃないか!」

 ドルフの呼吸が早くなるのと同じように、僕の頭の中は揺れ動いていた。ああ、どうかしている、どうかしている。

「と、とりあえずドルフを柔らかいベッドの上に……」

 自分でも、情けない声で、情けない案を出すと思っている。

「そうだ、硬い場所よりも楽になるに違いない! みんなで協力して、ドルフ君を運ぶんだ」

 ラドンさんやダンなどは、その案に賛成してくれた。

「だけれど、無理に動かすとかえって悪化しちゃうんじゃないの」

 モーニンガードが、いつものように、僕のことを揶揄するようにそういった。悔しいが、反論はできない。自分の無力さを嘆く証明として、今いる地面を手で叩いた。

 気持ちの悪い、赤の感触。

「ひ……っ」

 血は、ドルフから流れてきているものではなかった。なぜならドルフの体とその血は繋がっていないからだ。ドルフの後ろの方から、こちらに向かって流れてきている。

 アンの血だ。

 僕は思い切りその血から逃げた。手についた血を地面に擦りつけながら、死に物狂いで、赤の現実から逃げた。途中、意味もなく立っているように思える柱に頭をぶつける。夢が醒めるのではないかと、淡い期待を持った。

「いてえ、いてえよ。やけに、重いもんがぶつかってきたんだな」

 突然、瞼が重くなり始めた。睡眠不足のせいだろうかと思ってみたが、必死に目を開けると、今度は目眩に悩まされる。目を開けるのが辛い。目眩のせいで気持ち悪く、更に、現実が容赦なく記憶として映りこんでくるからだ。

 僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。しかし、それはもう夢か現実か、分からなくなっていた。

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