浅葱探偵の考察 第二の事件
「なんだって」
俺は予想を超えた、非現実的な展開の仕方に、まるで本物の小説を読んでいるかのような錯覚を受ける。
「どうしましたか、マコト。突然声をあげなさって」
「今、ちょうど第二の事件が起きてしまったとこだ。しかし、そんな、まさか」
俺はてっきり、ノーラが殺されてしまうのかと思っていた。それがまさか、アンだなんて誰が想像できたであろうか。
「しかしどうやってやったんだ。アンは屋敷の中で発見されてるんだろう。屋敷はノーラが事前に窓と扉全てを施錠している。ローランス、窓を外側から開けることはできるか?」
「わたくし、何度か試した時があったのですが、到底不可能でした。内側、すなわち屋敷内からでしか鍵を開けることはできません」
「なんてこった。鍵を持っているのはオフィーリアだけってことは、やはりオフィーリアが犯人なのか」
ローランスは真摯な顔でそうじゃないと訴えかけてきている。声に出さないのは、きっと彼女も自信がないためであろう。
「ところでローランス。扉の鍵を開ける時、音は鳴るか? というのも、鍵を開けて中にいる人物に気付かれないかということなんだがな」
「鍵を開ける場合、用心さえすれば最小限の音で抑えられるでしょう。ですが、扉を開ける時はどれだけ注意深く押してもホール内に響き渡るほどの音は鳴ってしまいます」
「犯人をXと仮定しよう。Xは屋敷内にアンを入れるために、どうしても鍵が必要なんだ。たとえばXがオフィーリアだった場合それは容易にできただろう。しかし、そのXがほかの誰かだった場合はなんとかして鍵を所持しているオフィーリアを説得して奪わなければならない」
「ですがマコト、本当にオフィーリアさんは鍵を身につけていたのでしょうか」
「と、いうと?」
「例えばの話ですが、無用心なオフィーリアさんの寝床にその犯人Xさんが近寄り、鍵を取った、なんて思うこともできるはずです」
「だとするならば、このXはとんだ度胸の持ち主だ」
「それと、合鍵の可能性は、否定的になってもいいと思います。といいますと、ラドンさんが決してそれを許さなかったからです」
合鍵を許さなかった、この言葉を聞いても特別関心はない。元より、合鍵を使った殺人ならば、とっくのうちに片付いている事件であると思っている。ピッキングの可能性も疑ってみた。だが、先を行く探偵たちが既に閃きを得て、断念したであろう。そう思い早いうちから俺も断念することができた。
ここで、さほど重要視していなかった一つのシーンが脳裏に描かれる。
「そういえば、二十三日の夜中、アンとミアンナが何かしらの用事で外に出たといったシーンがあった。その用事も気になるところだが」
「あとの話を読めばお分かり頂けますが、姉とアンちゃんはお手洗いに行かれたのです」
たしかにその用事なら、二人のこの会話も頷ける。
「ガンダレッドのやつは、もう少し遅くまで起きれなかったのか。帰ってくるまでに寝られちゃ、なんともまた複雑になってきちまう」
もしこれで二人が平穏に帰ってくるならば犯行時刻はそれ以降の朝、もしくはそのあとすぐと事実付けられ、更には、ミアンナが実は犯人なのではないかという疑問も捨てることができた。ミアンナが犯人かもしれないと身勝手な憶測をローランスの前で言って、はたしてそれは得策と言うことができるのかどうか。
そして、そのシーンを抜きにすると、一番怪しいのはノーラであった。この夜、オフィーリア以外で鍵を開け閉めできる唯一の存在がこのノーラである。しかし、ならばなぜアンを殺害するという結果に至ったのか。
作中に出てくるアンの話からしてみると、二人は理想の親子も同然だ。
「わからん」
素直な気持ちを言葉にして表現する。華奢な身体をするローランスが縮こまると、子供のように見えた。
「物的証拠や動機を抜きにして、第一の事件も第二の事件も誰でも起こせた殺人なんだ。物的証拠がない今、一番有力なものは動機だ」
「しかし、それは最後でもいいと仰っていたのは、マコト自身です」
「ああ、そうだな。俺は当初そういう思いでいた。だが、改めて違うと感じさせられたよ。この事件は老若男女関係ない。この事件の犯人は、心そのものなんだ」
はあ、とローランスは困惑した顔でこちらを向いた。
「まず俺が知っているそれぞれの人物についての情報をまとめる。まずミドルラード夫妻については、ラドンの沈黙がある。この二人の過去、もしくは現在に何らかの疑惑があったことは間違いない。次に兄妹だ。この二人は孤児院暮らしで、親がいない。ダン双子は、あまりにも姿が似てないのと、弟が寝室に篭っていたという事実がある。ガンダレッドは主人公だ。ラドンは主催者で、オースティンのことをよく知っているようだな。オフィーリアについてはまだ何も教えられていない」
以上が、簡単なそれぞれの過去のまとめである。
以下は、一番穏当であると思われる推理と、その疑問点である。
1.犯人Xは夜中起き、オフィーリアを説得、もしくは拘束した後(もしかすると、オフィーリアは寝ていてXの存在に気付かなかったのかもしれない)鍵を奪い、部屋から出てきたアンを殺害して屋敷にアンを入れる。
・なぜXは誰も起こさずアンの部屋に入ってこれたのか?
・なぜXはアンが外に出ることを知ったのか?
・外に出たアンを殺したなら、どうやってミアンナの目を盗んだのか?
「マコト、第一の事件よりも、第二の事件の方が精がありますね」
ローランスのその言葉は、事実性がきちんと含まれていた。
「第一の事件も第二の事件も、今まとめた推理と同じ論法で通るから今はそこは関係ないじゃないか。どちらも夜中、鍵のしまった屋敷で起きた事件だろう」
「ですが、例えば二つの事件どちらも同じ人物で、どちらもオフィーリアさんを説得したならば、オフィーリアさん自身に怪しまれるのではないでしょうか」
「ああ、失念していた。となると、第一の事件と第二の事件は別の人物の可能性があるのか」
「そうであっても、やはり第二の事件でオフィーリアさんが鍵を貸し出すとは思いません。一度殺人が起きてしまっていて、お屋敷にはノーラさんがいるのですから、オフィーリアさんだって怪しむはずです」
「それじゃあ、さっきの推理はおじゃんになる訳か」
だとすればどうやってアンは鍵なしで屋敷の中に入れることができたんだろうか。
「わからん」
自問自答を繰り返し、ようやく言葉にできた。ローランスは再び華奢な身体を縮こませる。
「マコト、続きを」
ローランスは、本を催促する。このまま話し続けても無意味だろうと察したのだろう。少し悔しいが、その意見に賛成することにした。
少し早とちりだったのかもしれない。アンが死んだという予想外の展開になってしまったため頭が興奮し、それを鎮めるために突拍子もない推理を考えついたに過ぎない。ローランスは今窓を向いているが、明らかに不満げである。本の活字一つ一つを見落とさないよう、瞬きすることも忘れるような気分になって本のページを一枚めくった。