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アサガオの咲いた日  作者: 玲瓏
二輪目
16/73

ガンダレッドの小説8 二月二十三 夜~二月二十四 朝

二/二十三 夜


 途方もなく、静かな夜であった。

 ノーラさんが閉じこもってしまったきり、僕たちは各々の部屋に戻って行ったのだ。理由は簡単である。僕たちには休憩が必要であった。怯えながら一日を過ごし、昼食も夜食もまともに取れないまま、気忙しく一日を過ごしてしまったため、疲れ切ってしまったのだ。そして自分の部屋に行ってみると、思った以上に居心地がよく、自分の家のような感覚で、疲れ切ってベッドの上にすぐ横になってしまった。

 しかし、この案を受け入れるには、少し時間を要した。

 僕らは昼、なぜ客間のほうで全員が集まったのかというところに戻るが、それはオースティンから自分たちの身を守る最善の方法だと、全員の意思が一致したためであった。それは昼夜問わず、本当なら今も客間で沈黙した空気に耐えながら、ソファの上にでも寝転がっているところであっただろう。

 今僕や他の参加者がいるのは、自分の部屋である。それは、全員の意思が再び一致したためにできた行動である。その理由には、誰も言葉にだそうとしない、深い罪悪感のようなものを纏っていた。

「今オースティンが狙っているのは、ノーラさんだ」

 モーニンガードはそう言っていた。つまり、ノーラさんを利用するということであった。

 底知れぬ難しさが、その案にとり憑いていた。僕はあまり気乗りがしなく、それはどうやら他の全員も同じようであり積極的に部屋に戻る者はいなかったが、ついに動き出したのは双子のダン二人であった。

「それでは、僕から下がらせていただきます。……行くよ、モーニンガード」

 次に、ラドンさんとオフィーリアが去り、その時客間では僕とミアンナ、マコーレー兄妹が互いに目を見つめていた。そして戻るか戻らないかの議論の末、良い子を気取っていた四人は、僕の部屋に来ることとなった。

「ノーラさん、大丈夫ですよね……」

 珍しく、静かな雰囲気に色を加えたのはアンだった。ありきたりな言葉であるが、彼女の、今にも隈ができそうな、目の奥にある輝きの薄れた瞳から、その言葉の重みが感じ取れた。

 ドルフは言葉を発さず、体育座りのようにした膝の中に顔を埋めているだけだった。

「アンちゃん。あなたは、ノーラさんを嫌いにはならないの?」

 ミアンナがそう尋ねた。

「昔、私がお兄ちゃんと喧嘩した時です。その時、ノーラさんとジャックさんは泣きべそをかいている私を、本当の親にされているみたいに優しく撫でてくれたことがあります。人見知りだった私は、それをきっかけにお二人と仲良くしていたのです」

「アンちゃんと、ご夫妻が仲が良かったのはよく知ってるわ。ドルフも中に入ると、まるで四人家族のようだった」

「特に私は、ノーラさんのことが一番好きで……」

 アンは僕が寝転んでいるふかふかのベッドに腰かけていたが、彼女は顔を地面に向けてしまった。

「それはどうしてかしら?」

 するとアンは、部屋の隅っこに置いてあるバッグを手に持ってもう一度ベッドに戻り、中から小さな、猫やハムスターのぬいぐるみを出し、それをミアンナに見せた。

「私、ノーラさんに前、私はぬいぐるみが好きで、孤児院の私の部屋はベッドの上もタンスの中も机の上も、時には私の頭の上にぬいぐるみを飾るんだと教えたことがあるのです。その話は、実はすぐに終わっちゃったのです。ノーラさんはぬいぐるみにはあまり興味がなさそうでしたので……。ですが、ノーラさんは覚えていてくれたらしくて、次の年から私のためにわざわざぬいぐるみをプレゼントするようになってくれたのです。それも毎年違う動物で、とっても可愛いのですよ」

 ミアンナは親身になって彼女の言葉に耳を傾けていた。

「可愛いわね。これは……猫ね。うん、この可愛らしいぬいぐるみは、アンちゃんにそっくりだわ」

 ここで、アンは照れ笑いの声を出す。

「私は、ノーラさんがその話のことを覚えていたことが嬉しくて嬉しくて」

「お前はいつも寝る時、大事そうに抱えながら寝てたからな」

 やっとドルフが口を開いた。その口調はいつものドルフより弱々しく、そして優しかった。

「アンちゃんはぬいぐるみがお似合いよ。あなたは小動物のような可愛らしさがあるからね」

「……。ガンダレッドさんは、もう寝てしまったのでしょうか?」

 アンは急いで話題を変えた。側で寝ている僕の脇腹を、指でつついている。

「ほっとけほっとけ。起きてきたところで、話がこんがらがる一方にちげえねえさ」

 ……。

「そんなことより私は、アンちゃんとノーラさんのエピソードが聞きたいわ。教えて、ほかにどんなことをしてもらったの?」

「また、お兄ちゃんと喧嘩した時ですが、ぬいぐるみで私の頭を撫でてくださったり、私が失敗をしてみんなを困らせてしまった時は頭を撫でて慰めてくださったり、私がノーラさんに自慢をすると頭を撫でて褒めてくださったり……」

 アンはどうやら頭が弱いらしい。

「と、とにかく、すごく優しいお方なのです! ノーラさんと、ジャックさんも……。ね、ねえ? お兄ちゃん」

「ああ、ジャックさんもノーラさんもいい人さ。だから俺はショックを受けたぜ。人って、あそこまで凶暴になれるんだなって、思わせられた」

 昼の、ノーラさんの声が脳内で蘇る。いや、あれはノーラさんじゃなくて、きっと、オースティンに取り憑かれたんだ。それでおかしなことを口走ったりして、今は……。

 今、頭の中を支配しているのは、嫌な予感と言える、黒い塊のようなものであった。今すぐにでも何か手を施さなければまた惨劇は起こる。僕の心霊的、直感的な感応は、今や現実の一部として組み込まれていくようで、思考すればするほど助長されるように黒い塊は大きくなっていった。今動かなくては。

 しかし、僕、もしくは僕たちが今更動いたところで、どうなるというのか。扉を叩いてみると、気まぐれ屋ノーラさんが二つ返事でこちらに戻ってきてくれるというのだろうか。たとえばオースティンに怖気づいたり、復讐の炎が消えれば戻ってくるかもしれない。

 全然、それは可能性にして薄かった。愛しのジャックさんが殺されて一晩で情熱を失うような者がノーラさんを名乗るならば、たちまち偽物だと全員から非難されるであろう。

 強行突破もノーラさんを助ける一つの案であった。しかし、ノーラさんは銃を持っている。銃を持つ人物にどうやって対抗すればいいのか、今は何も思いつかない。

 僕は瞼が重くなりながらも、周りにいる三人から聞こえてくる談笑の声を遮断して、いかにノーラさんを正気に戻すかを考えた。

救いのトラップ、神からのお告げ、格闘術の習得、犠牲……どれも、非現実的なことである。犠牲ならまだしも可能ではあるが、それではオースティンの意のままではないだろうか。それに、まだノーラさんがあの館でオースティンに亡き者にされるという根拠はないし、なにより、オースティンがいるかどうかの立証さえ、今は不可能ではないか。

 結局、現段階で何もできることはない。と小さくため息をつき、そして力を抜いた途端、油断して夢の中に落ちてしまった。

 だが、どういうわけか夜中に僕は目を覚ました。その目を覚ました理由はすぐにわかった。どうやら僕のベッドの隣で寝ていたミアンナが動いたせいだろう。すると、小さい声が聞こえてきた。

「どうかしたの?」

 ミアンナの声だ。

「ごめんなさい、怖くて……」

 今度はアンの声である。小声なので、どのような態度をしてアンがそう喋っているかは判断しかねた。

「大丈夫よ。あんなことがあったんだもの。アンちゃんが怖がるのも無理はないわ」

 すると二人、ミアンナとアンは真っ暗なまま扉を開け、音に気をつけながら内側のチューブラ錠を外し、表に出ていった。

 この時は寝ぼけていて、そのことについて何も深く考えはしなかった。

 僕は二人が帰ってくるよりも早く、視界から現実を消した。

 

 二月二十四 朝


 次に起こされたのは朝で、それも今度は身体を叩かれ、激しく揺すぶられながら起こされた。

「ガンダレッドさん! 起きてください、大変です、ああ、なんて大変なのでしょう!」

 取り乱したようにオフィーリアは僕を起こした。ようやく目を開いた僕は、オフィーリアを退けると、簡単に口を濯いでから外套を手にし、オフィーリアのその様子から、前夜に感じた予感が的中したことを察した。

「何があったんだ」

 ノーラさんは一体、どんな最後を飾っているのだろう。そんな彼女を見たアンは、きっと悲しむだろう。オースティンはノーラさんを夫と全く同じように殺したのだろうか、ならばそれは、ノーラさんにとってみれば屈辱的に感じたであろう。

 オフィーリアがどう答えようか息を整えている間に、僕はそんな呑気なことを考えていた。

「今度の犠牲者は誰なんだい、え? 言ってくれ。もう覚悟はできてる」

「アンさんです……」

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