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アサガオの咲いた日  作者: 玲瓏
二輪目
14/73

読者視点としての質問

 飛行機に揺られながら、俺は幾分か、読者の立場となってローランスに質問をすることにした。

「この大会が行なわれている最中、使用人はオフィーリアだけなのか。まさか、二桁に及ぶ人数の食事を彼女だけが請け負っている訳じゃあるまいな」

 物語中に朝食のシーンが出てきたので、改めて基礎的事実を固めていく。

「つまり、料理人などはいるか、ということですね。はっきり言ってしまえば。居ません」

「それじゃあ、誰がこの一週間分の食を賄っているんだ。ラドンがいちいち街に買いにいくというのも手間がかかるだろう」

 登場人物の中に、誰ひとりとして料理人を名乗る者もいないし、写真にも映っていない。その事実から招き出された一つの質問であるが、果たしてどうやって全員は食事という一大イベントを堪能していたのであろうか。

「ええっと、この大会の前日からこのお屋敷に料理人の方々がいらっしゃり、予め一週間分の料理を全て作り、冷凍保存して料理を保たせておいて、オフィーリアさんが食事の時間に配膳するという形式でした」

「こりゃまた、随分と億劫な方法で」

 費用については、洒落た大会を開く主催者のことであろうから山ほどにあると思っても問題はないだろう。

「毒が仕掛けてあったとか、そんな可能性を疑ったんだがな」

「いえ、毒殺であるならばもうとっくのうちに事件は解決されていたでしょうね、マコト」

 なるほどな。全員が誰一人として食事を疑わない理由は、そこにあった訳だ。

 その日その日に食事を作る場合、どうしても屋敷のどこかに食材を用意しなくてはならない。犯人の狙いが仮に無差別殺人だったとして、その食材に毒を仕込めば誰かしら食事中に泡を蒸して倒れることが可能となる。しかし、今ローランスが

言ってくれた形式でそのまま食事が行われるならば、食材に毒が混ざっていて、それを食べるといった危険性はなくなる。

 だから登場人物は食に疑いをかけずにいられるのだ。

「……モーニンガードが相変わらず、人間らしくないところもまた奇妙だな」

 次に、視点をモーニンガードに切り替える。ローランスは人間らしくないという言葉の使い回しを奇妙に思っているのかこちらを向いて、だんまりとしてしまっている。

「ジャックの死体を、まるで検死でもするかのように生真面目に見ている光景が頭に思い浮かぶ。これは子供のすることじゃない」

「わたくし、モーニンガード君について、詳しく語ることはできません。知りませんから。ですから、このような子供もいるのかなと、思うことにいたしました」

 死人が出たところで怯えもせず、むしろ好奇心に誘われてその死体を見てそれを生々しく全員に伝える子供なんて、想像することすら恐ろしい。モーニンガードはどの角度から見てみたとしても、正常な子供とは言い難いだろう。

「オースティンという魔女は、悪い魔女として言い伝えられているのか?」

 気味の悪い子供の話は置いておくことにして、オースティンを解析してみることにした。物語の中でオースティンを語られる時、それは決して良い魔女と捉えることができないような、そのような雰囲気を感じ取ることができた。犯人をオーティンと仮定、いや、むしろ断定されていたと言ってもいいほどである。

 しかし、ラドンの語るオースティンの話を聴く限りでは、家出をしたこと以外に、悪事を働いたことは一切語られていない。

 むしろ悲劇の貴公子を描いているようにも見えた。

「魔女という言葉自体、悪を意味していることなのです、マコト」

「全く、我々人間は傲慢もいい所になってきたよ」

 魔女と名のつくものは、その人物の正義や主張を聞くことなく悪となり、救われない道を辿ることになる。

「それが一体、どうなされたとお考えですか、マコト」

「いや、気になっていただけだ。気になったことは、なるべく聞いておくように八条さんから言われていてな」

 魔女とつくものは悪、その発想は納得がいかなかった。そんな性分なせいで、オースティンは本当に悪なのか、そこから色々と考えなければならなくなったのだが、その考察の最中、再び疑問に感じたことがあった。

「オースティンが魔女で、人間に見られたら死ぬと思い込んでいるから姿を現さない、というところまでは理解がいった。しかし、それなら外側からでも飛ばせられる念力のような魔法でも使って、内部にいる全員を直接殺害してしまえばいい」

「……マコト、まさか魔女が本気でいるなんて、思っていませんよね」

 ローランスに呆れた様子でそう言われてしまったので、不意にムキになって言い返してしまった。

「冗談じゃない。そんな妄想はファンタジーの世界の中だけでやってくれ。こっちは現実に生きる探偵だ。全て魔法で片付けられた殺人だなんて、滑稽だ。非常に滑稽であり、不愉快だ」

 この物語に出てくるガンダレッドという小説家は、現実を描く作風をしていながら、メルヘンチックな心を抱いているのか、どうもオースティン犯人説を否定しているようには思えない。書く必要のないことだから、あえて執筆はしなかったと考えるのが妥当なのであろうが、オースティンについて調べようと思い立っているあたりやはりオースティン犯人説を思い込んでいるのだろう。

 なんともまったく、夢の多い面白い物語だ。

「それにしても、犯人は今、どうしてんだろうな」

「いえ、その……。マコトを訪ねたとき、わたくし、犯人はまだ生きているようなことを言ったような気がします。ですが、その、きっともう、お亡くなりになられてると思っていた方が、よいのかもしれません」

 ローランスは、半信半疑といった表情で告げていたが、その言葉を聞いた俺は、あたかもそれが事実であるかのように驚いてしまった。

「考えてみれば、それは当然のことなのかもしれない。ローランス以外、全員屋敷にいて、部外者は誰一人として立ち入る隙はなかった。となると、内部犯行について疑わなければならなくなるが……全員死亡しているから、内部犯行が事実だとして、犯人が生きていることはもうないんだ」

「それじゃあ犯人はどうして、死んでしまったのでしょう?」

「そうだよな。全員を殺したあと、野生の生き物に襲われた、しかし自分だけが生き残って帰ってこれた、という口実は少し不自然だが、それでもアリバイ工作や偽の証拠品でも作ればまだ信憑性は出てくる。それなのに死亡したということは、誰かしらと相討ちしたか、それか自殺か。ローランスは小説を全部読んだのだろう。お前の意見が聞きたい。自殺、相討ち、それとも他の死因、なんだと思う」

 ローランスは考え込んだ。そして俺の机の上にあった小説を手でそっと取りページを捲って、最後のあたりを流し読みしているようである。

「わかりません」

「素直なローランス、それでいいさ」

 言葉に棘を持たさないように努力しながら、やんわりと失望してみせた。

「とりあえず、大体思い浮かんだことは以上だな。小説を読み進めて、次の殺人が起きてしまうところを見てみよう」

 ローランスは本を机の上に置き、「はい」と微笑みを作って、再び窓から外を眺め始めた。窓側の席は俺が陣取ってしまっているため、見にくいであろうし、酔いについては全く気にしなくなったため、席をローランスと変わることにした。


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