~プロローグ~
本作品は、ぜひとも読者の皆様に推理していただきたいと思いながら執筆しております。もちろん、ただ作品を純粋に楽しんでもらっても構いません。最後には真相が明らかになりますので、浅葱探偵の活躍を見るのもよしです。
作者の私は、皆様の考察を眺めることを嗜好としておりますので、様々な考察をお待ちしております。
「私は、認めなければならないね……。自分の犯した罪は、天命さえを敵に回したことを」
彼は、亡き愛人が残した形見の前でただ一人、消え入りそうにたっていた。
ただ一人、それは無知なる人間が見えた光景。
真実を知る者が見ると彼は、決して一人ではなかっただろう。
目の前に古き幻影を浮かべている彼の中に、孤独の寂しさといった思いはなかった。
「君は強く失望しているかな……オースティン。私が君の期待を裏切ってしまったことに」
両手を強く握り締め、彼は幻影に語りかける。彼から見えるその幻影は、悲しさに溺れた顔をした古き親友の、いまの顔。
「君の微笑みを取り戻そうとする度に、私はまた深く君を傷つけてしまう。もしかしたら、これはただの自己満足なのかもしれないね。だけれど、オースティン。あぁ、違うんだ。そんなんじゃない、そんなつもりで私は……私は!」
彼の目から、熱い水滴が一粒形見に落ちる。その一滴を、オースティンという名の者は手で受け止めてくれただろうか。その涙の意味を、理解してくれただろうか。
「わかってくれ……。これは、君への弔いなんだ。誰も裁かないんだったら、私が裁くしかない。そうだろう? オースティン」
一滴に続いて二滴、三滴……。古き愛人へ送る涙は三滴ではまだ足りないのだろう、両手で数えることができなくなる位の涙を、頬を伝って流す。
彼には今、オースティンはどう映っているのだろう。いや、きっと映っていない。涙が邪魔して幻影を隠してしまったに違いない。
涙は、古き愛人を眺める時間さえも与えてはくれないのだろうか。
「罪人は裁かれる。私は、オースティン……君から裁きを下されたいんだ」
ぼやけた幻影は、もう元には戻ることはない。目の前にオースティンはもういない。今度こそ孤独を実感する。
「あぁ、待ってくれ、私を置いていかないでくれ! せめて、せめて――」
これ以上は言えなかった。言葉にしたら、まるで無慈悲な虚無が自分を包み込む気がして。
代わりに、宣誓の言葉を口にする。それは、もう消えてしまったオースティンに向けたものなのか、自分の覚悟を試したかったのか。
「分かっている。これから行うことは、誰が見ても狂気という文字で片付けてしまうだろう。だけれど、君ならきっと、理解してくれる。いや、して欲しい。そして、私を断罪してくれ……」
もう彼は涙を流していなかった。