第八話『星に願いを』
「食ったにゃあ」
ばたん!
「本当、夢中になって食べてしまったわん」
ばたん!
ぱかっ!
「あっ、妖精の姿に戻ったにゃ」
「うん。食べ物の霊力は吸収しちゃったしね。子供の姿のままでは自然放出される霊力もかなりなものになるから、元の姿の方がいいわん」
「ミーにゃん。今、気がついたのにゃけれども」
「なにを?」
「ほら。この部屋へきて以来、天井にむかってあおむけに寝ころんだのは、これが初めてじゃにゃいか」
「そうね。でも、それがどうかしたの?」
「あの天井、ぽやぁと光輝いているのにゃけれども、あれって見覚えがないかにゃ?」
「見覚え? そう言えば……似ているわん」
「にゃろにゃろ?」
「うん。『精霊の間』の光に似ているわん。どうしてなのかな?」
「本当、どうしてなんにゃろう」
「うーん。……でも、ミアン。どんな理由があるにせよ、なんにも手がかりがない以上、考えるだけ無駄じゃない?」
「それもそうにゃん」
「精霊の間かぁ。イオラは今頃、なにをしているのかなぁ……。あっ、そうだ」
「どうしたのにゃ? ミーにゃん。にゃんか目がきらきらと輝いているのにゃけれども」
「やりたいことがあるの。ミアンも協力して」
「協力する内容にもよるけどにゃ……。それで一体にゃにを?」
「ずばり。『バトル』よ!」
「バトル?」
「第五話だっけ。お話の中でアタシとミアンが闘っていたでしょう?」
すー、すー、すー。
「こらぁ、ミアン。アタシが話をしている最中じゃない。なに勝手に寝ようとしているのよ!」
「あとは聞かなくても判るからにゃよ」
「へぇ。じゃあ、いってみてよ」
すー、すー、すー。
「こらぁ! ミアン、起きろぉ!」
「もう……。ミーにゃん。ねこ(寝た子)を起こしてはいけないのにゃよぉ!」
「ミアーン!」
ひしっ!
「ねぇ。アタシたちもバトルをやってみようよ」
「ミーにゃん。悪いけど遠慮させて貰うにゃよ。ウチはあんな過激な闘いには、これっぽっちも興味がにゃい。それに、この部屋ってそれほど広くないじゃにゃいか。ここで暴れまくったら、誰かに迷惑がかからないともかぎらないにゃん」
「そうかぁ。うーん……。ねぇ、ミアン。それじゃあ、百歩ゆずって過激じゃなかったら? 動きまわるのもほんの少しだけで」
「なにをやるつもりにゃん?」
「ええと、たとえば、こんなのは……」
…………………………………………………………………………。
《ざぶーん! ざぶーん! 強風に波立つ湖。それを背景に、世に名の知れた剣客二匹が雌雄を決すべく、砂場の上で向かいあっていたわん》
「ミーにゃん。バトルめいたお芝居をやるのはいいとして、やるのはウチらだけにゃよ。わざわざ『ぎ音』と『説明』を口でいわにゃくても」
「お芝居を盛りあげる為だもの。努力は惜しまないわん」
「お疲れさまにゃあ。にしても、『霊波灯』を武器にするにゃんて」
「だって『霊刃刀』じゃ危険すぎるわん。これならあたっても危なくないし、光線状にすれば、少なくとも見た目には、『霊刃刀』っぽく見えるわん」
「確かにこれにゃら、見た目と安全だけは、なんとかなるかもにゃあ。とはいっても、見物客がいるわけでもにゃし。ここまで凝らなくても、とは思うのにゃけれども」
「雰囲気は大事よん。そんなことより、ミアン、早く」
「ふぅ。やれやれ、判ったにゃん。じゃあ、始めるのにゃよ」
びゅー!
《ずい、と歩みよる四つ足の剣客。その尻尾の先から、『霊波刀』がくり出された!》
「あれっ? ミーにゃん。説明では『霊波刀』にしておくのかにゃん?」
「だから、演出だってばぁ」
「(演出にゃあ……。
まっ、それはそれとして、こちらも本腰を入れて芝居を始めるとするかにゃ)
うぉっほん。ミーにゃん。遅いにゃよぉ! いつまで待たせておくつもりにゃん!」
「へっ?(あっ、そうか。確かそんな台詞にしてって頼んだっけ。困ったわん。まだなんにも考えて)」
「ミーにゃん!」
「ちょっと待って。ええと……。一週間?」
「ウチは帰るのにゃ。ぷんぷん!」
「えっ! だめぇ。折角きたのよ。つきあってよぉ」
「こんな暑いところに一週間もいたのにゃん。闘うどころか干からびて、『はい、おしまい』になるところだったにゃん」
「それもそうね。それじゃあ……。ごほん。いや、間違えた。三日間……」
「ウチ帰る」
「だから待ってよぉ。……しょうがない。それじゃあ、『お湯を入れたら食べられる食品』の待ち時間ぐらい」
「にゃんと! うぅーん。さすがはミーにゃん。その表現。心にくいものがあるのにゃ。判った。それならいいにゃよ」
「ふぅ。なんとか無駄足とならずに済んだわん」
びゅー!
《前口上が終わるや否や、もう一方の剣客の手にも霊波刀が!》
「いぃい? ミアン。合図がきたら、始めるわん!」
「そう言えば聞いていなかったのにゃ。ミーにゃん。合図って、どんにゃ?」
「もちろん、第八話を読み終わったその瞬間よ!」
「……ふぅ。めんどいことにゃん」
第八話『星に願いを』
突如、うるさい物音が聞こえてきた。
だっだっだっだっだっ! だっだっだっだっだっ!
「……うん? ミーにゃん、なんにゃろ。この近づいてくる物音は?」
「……これは足音だわん。誰かがこっちへ向かって走っているのよ。ひょっとすると、この部屋へ入ってくるんじゃないかな。ふふっ。楽しみ楽しみ。
……ミアン。じゃあ、またアタシは下界の様子を探るとするね」
「ミーにゃん。下界といっても、ウチらはこの部屋にある薬棚の一番上にいるだけにゃんよ。セレンにゃんが怖い目でじろりと見るから、ここまで逃げてきたのにゃん」
「いいからいいから」
というわけで、アタシは再び、下界の人間たちに注目することにした。
だっだっだっ!
診療室のドアの前で誰かさんの足音がとまった。
がちゃ。ぐわん!
ドアが開いたと思ったら、元気いっぱいの女の子が飛びこんできた。見れば、ぜいぜい、と息を切らしていて、とても苦しそう。
(なにかあったのかな?)
「ね、ねぇ、みんな。知ってる? アーガたちが騒いでいたんだけどさ。どうやら、ラミアさんがドジを踏んで崖から落ちた……」
ちょうどその時、ラミアさんはベッドに座っていて、『おっ。ネイル、ありがとうよ』といいながら、おかわりの水をもらっていた。
ラミアさんと女の子。その目と目があった。
「あっ!」「よぉ。おはよう、レミナ」
呆然と口を開けているレミナさんへ、ラミアさんは手をあげて朝のごあいさつ。最初は、『あたいなら、ここにいるけどな』といいたげな、皮肉たっぷりの顔だった。ところが、ごくごくと水を飲むにつれて、『?(はてな)』の顔に。レミナさんがいつまでもつっ立ったまま、身動き一つしないからだ。飲み終わって、ふぅ、と息をついた頃には、『しょうがない。教えてやるか』みたいな顔へと変わっていた。
「レミナ。誰がドジを踏んだって? あれは、たまたま火の玉が崖にぶつかってだなぁ」
「うわぁん!」
レミナさんは、ラミアさんの説明を無視して、いきなり抱きついてきた。
レミナさんも、学生時代はラミアさんの同級生。今は雨神と呼ばれる霊翼竜フーレの使い手で、村に水を供給するのが主なお務め。可愛い顔立ちだけど、いたずらっ子っぽい感じもする女の子。水色の髪で、左右の前髪はほおのあたりまで伸びている。くるん、と内向きにはねた毛先と橙色の作務衣が、彼女の可愛らしさをより一層引きたてている。
「ラミアさぁん。あちきは心配したんだよぉ!」
「そ、そうか。それはすまなかったな」
レミナさんの勢いに、たじたじのラミアさん。ちょっと引いている感じもする。
「でも、よかったぁ!」
レミナさんはラミアさんの無事な姿に、ほっとしたみたい。嬉しさも手伝ってか、抱きついていた身体から離れると、今度は両腕を、がしっ、とつかんで勢いよく回りだす。レミナさんの腕からラミアさんの足先までが一直線になって円を描き始めた。
「こ、こら! そんなにはしゃいで、ぐるぐると回転するな! 早くやめ」
ラミアさんが必死の形相、みたいな感じになってきた。
(うわぁ、すごい速さ!)
レミナさん自身は華奢で小柄。だけど、身体に黄色い霊波をまとうと、とてつもない力を手にしてしまう。今、彼女はその力にものをいわせて、ラミアさんをふりまわしている。
(レミナさん、よっぽど、嬉しかったのね。勢いあまって彼女の手からラミアさんの身体が離れ、窓の外へと……。えっ!)
「レミナぁ! お前、覚えていろよぉ!」
びゅぅん!
ラミアさんは天上へ一直線に飛んでいく。その姿が見えなくなってしばらくすると、遠くの空に星のような光が一瞬、ぴきぃん、ときらめいた。
「あれあれっ? あちきが握っていたラミアさんがいない……」
レミナさんが自分の両手を見て唖然としたのも束の間、
「ラミアさぁん! どこ? どこに行っちゃったのぉ!」って周りを見ながら叫びだした。
それを見ていたアタシとミアン、セレンさんとネイルさんは、それぞれぶるぶる震えて抱きあっている。
「こ、怖いにゃあ」
「う、うん。レミナさんって、うかつには近よれないわん」
「せ、先生。あの人、相も変わらず……」
「う、うむ。レミナは我が親友とする者たちの中でも、要注意人物だ。身体にまとった黄色い霊波が、まさにそれを物語っている」
悪気は一切感じられない。可愛げに、『?(はてな)』のマークを頭に浮かべ、ほおづえをついているレミナさん。みんなはそんなレミナさんに、底しれぬ恐怖を味わっていた。
「ねぇ、ミアン。なにしているの?」
見れば後ろ足だけで立ち、両方の前足をあわせてうつむいている。
「いうまでもにゃい。新しくできたお星さまにお願いごとをしているのにゃん」
(へぇ。一見、なんの不満もなく生きているようなミアンに、どんな願いごとが。……って詮索するのも野暮か。まぁ、いいわん)
「ふぅん。それじゃあ、アタシもやるわん。
ええと、お星さま。ラミアさんが無事な姿で戻ってきますように」
「ミーにゃん」
アタシの肩を、ぽん、とたたいたミアンの目から、だぁぁと涙が。
「そのラミアにゃんがお星さまなのにゃけれども」
「読み終わったのはアタシが先ぃ! 先手必勝。上空から一気に攻撃よぉ!」
《がぎーん!》
「そんなぁ! 尻尾が伸びて霊刃刀どうしがぶつかり合ったわん!」
「ふん。甘いにゃよ、ミーにゃん。今度はこっちから、いくにゃよぉ!」
「あわわわわ! 尻尾なのに、ものすごい力で圧してくるぅ!」
ぐん!
「うああぁぁ! ……お、落ちるぅ!」
ひゅぅっ。……ばたばたばた。
「ふぅ。危ないとこ……」
「ミーにゃあん!」
「うわぁ! 地面から飛びあがってきたぁ! よーし、こうなったら」
ずびゅぅん!
「あれっ? 宙に浮いたのにゃけれども、ミーにゃんがいにゃい……。一体どこへ?」
「ふふふ。頭がきょろきょろと動いているわん。アタシがおなかの真下に潜りこんだことに気がついていないみたい。やるなら今だわん。ちゃんと狙いを定めてぇ」
「むっ。ただにゃらぬ気配が。……そこかぁ!」
「えい! ……ああっ! ミアンが横回転してアタシの突きをかわしたぁ!」
くるくるくる……すとん。
「とぉっ! ミーにゃん! 解説なんかしている暇はないのにゃよぉ!」
「うわああ! 地面におりたミアンが再び飛びあがって、こちらへ急襲!」
《ざくり!》
「や、やられたわぁん!」
ひゅーっ。くるくる……。
「どうやら終わったみたいにゃ」
ふわっ! すたっ。
「ミーにゃんめ。いくらなんでもウチに闘いを挑むにゃんて。しかも『解説』と『ぎ音』つき。その涙ぐましい努力自体は認めるのにゃけれども。
……ふぅ。にゃんというか哀れな最後だったにゃん」
くるくる……ばたばたばた。
「ううっ。……ま、まだまだよ。こ、この程度で倒れるわけにはいかないわん」
「ミーにゃん。あんた、まだ生きていたのかにゃ」
「はぁはぁはぁ。し、死力をつくしてこそ、勝利はこちらへ……。どりゃああ!」
「しょうがにゃい」
《すぱっ!》
「うわああぁぁ!」
「ミーにゃん。さっきの攻撃で生きているとは、さすがは名の知れた剣客。たいしたものにゃ。でも、……もうこれで終わりにゃん。成仏するのにゃよ……ってあれっ?」
ばたばたばた。
「うっうっうっ……。し、勝負は……、ふぅ。勝負は……これからよ、ミアン!」
「まだ生きているにゃんて……。しつこいにゃあ」
「こ、今度こそぉ! これでどうだぁ!」
「はい、おしまい」
《すかっ》
「ううっ!」
「にゃあ、ミーにゃん。無理にゃよ。どうしたって勝ち目にゃんか」
ばたばたばた。
「ふ、ふふ。し、死んだと見せかけてぇっ!」
「にゃあんか飽きてきたのにゃん。はい、もう一振り、と」
《ずばっ!》
「うがっ! ……こ、こうなったら最後のぉ!」
「眠くなってきたにゃあ。……ふわぁーい。ほれ、もう一振り、と」
《ざくっ》
「うっ! そ、それでもまだまだぁ!」
「ミーにゃん……。はい、そこまで! かあぁぁっと!」
「まだまだ……、えっ!」
ばたばた。すとん。
「ミアン、どうしてやめちゃうの。アタシ、まだまだ闘いたいのにぃ」
「ウチの記憶が正しければ、もう五回、ミーにゃんは斬られているのにゃん。これでは往生際が悪すぎて、きれいな絵にはならないのにゃよ」
「別にならなくてもいいじゃない? 楽しければ」
「名の知れた剣客なんにゃろ? そんにゃことはしないと思うにゃ」
「……そうかも。別な設定にするべきだったわん。でも、ミアン。ばっさりと斬られたにしても、よ。それ一回きりで終わり、っていうのは、なんか可哀そうだとは思わない? だって、やられた方は目立たないままお芝居からおりなくちゃいけないんでしょ?」
「その分勝ったほうが目立つから、全体としてはいいと思うのにゃけれども」
「だめ。斬られるのはアタシでもいいけど、その他大勢、みたいな終わり方はいや」
「じゃあ、どんなのならいいのにゃん?」
「そうね。うーん。こうなんていうか……、そう。集まった観客があわれみの涙でほおを濡らす中、静かに目をつむる(この世を去る)、なんていう感動的な最後でしめくくりたいわん。芝居が終わると、みんな立ちあがって拍手喝采。その割れんばかりの拍手の中、幕はおろされる。どう? 最高じゃない。役者冥利につきるわん」
「ミーにゃん。観客とかみんな、って誰のことにゃん。ここにはウチとミーにゃんしかいないのにゃよ」
「そんなこと判っているわん。アタシがいいたいのは雰囲気。そういう雰囲気で終わらせたいって、いっているのよ」
「にゃから、何回斬られても生きていると」
「そうだわん」
「それはあまりにも芸がなさすぎるのにゃよ。ウチにゃら一回だけでも、『感動に溢れ、
かつ、みんなの心に残る』っていう、そんな最後ができるのにゃん」
「へぇ。どうやって……って、ちょっと待って」
「ミーにゃん。どうしたのにゃん?」
「へへへ。一応、けじめはつけとかないとね」
《かくして、闘いは終わりを告げたわん。地べたに身体を伏した、かつての好敵手を見つめる剣客。その顔には、悲しみと空しさの表情が浮かんでいる。だが、それも束の間。きっ、と身を翻すと、足を前へと進め、二度と振りかえることはなかった。自分の生きる場所は過去ではなく、未来にある。そう確信しているかのように力強く砂を踏みしめながら、剣客は戦場をあとにしたのである。……おしまい》




