第六話「絶交」
「ほっほっほっ。もぐっ。……ミーにゃん。あんこもちょうど食べごろにゃよ」
「ほっほっほっ。もぐっ。……本当だわん。ミアン、これ、とっても美味しいね」
「あんこを覆っている生地の硬さはそれぞれ違うようにゃん」
「そう? もぐもぐ……。ふーん。これは、『ぐにゃぐにゃ』っとして柔らかいわん」
「ウチが今食べているのは、『ぱりぱり』にゃんよ」
「……ミアン、こっちのは、『さくさく』だわん」
「もぐもぐ……。どうやら、『ぐにゃぐにゃ』、『ぱりぱり』、『さくさく』の三つの種類みたいにゃ。あんこは……、ふむ。粒あんとこしあんの二つがあるのにゃけれども、ウチ的には、ちょっと残念な気もするにゃん」
「へぇ。どんな?」
「くりーむ味系があったらよかったと思うのにゃ。かすたーどやまろん、きゃらめるやめろん、ばにらやめいぷる、こーひーやちょこ、いちごやさくらんぼ、それから……」
「ぜいたくすぎるわん。もぐもぐ」
「味へのかぎりない追求こそが、料理に新しい革命をもたらすのにゃあ!」
「じゃあ、ミアンはここにあるたい焼きには満足できないってわけね。それじゃあ、代わってアタシが全部食べてあげるわん」
ひょい。
「にゃ、にゃにをするのにゃあ!」
「だから食べてあげるって」
「と、とんでもにゃい!」
ひょい。
「ふぅ。なんとか取り返したのにゃん。いいかにゃ、みーにゃん。ウチは、『常に理想を追求する心を見うしなってはならにゃい』といおうとしただけであって、にゃにもこのたい焼きに不満があるわけではないのにゃよぁ!」
「だったら、早く食べなさいな。熱いのはともかく、やっぱり温かい方が美味しいと思うわん」
「それもそうにゃ。もぐもぐもぐ。ううん。美味いにゃあ」
「それでよし、と。もぐもぐもぐ……、と全部食べきる前に、第六話を読んじゃおう」
第六話「絶交」
「ううん。いいわん、この肌ざわり。霊体がまとっている実体波だなんて信じられないわん」
アタシは翅を背中にしまった状態で、身体を動かしている。
ごろごろごろ。ごろごろごろ。
「ミーにゃん。そんなに動くと、転げおちるにゃよ」
心配そうに声をかけるミアン。
「大丈夫よ。そんなへまはしないから。
うぅん。それにしても、なんて素晴らしいの。化け猫の背中とはとても思えない」
そう、ミアンは化け猫さん。つまり、一度はお亡くなりになっている。アタシが彼女と出会ったのは、もう何百年も前。『精霊の間』で、イオラに抱かれていた頃から知っている旧知の間柄。アタシにとっては、もはや親友を越えて家族同然ともいえる存在。
身体の毛は茶色地に黒の縞模様。腹や足など一部は白毛で覆われている。尻尾の短い女の子だ。もわんもわんとした身体つきが、とてもいい。この姿は生前のままとのこと。
この村に関する歴史その他の情報は、イオラと、このミアンが教えてくれた。
「あのにゃあ、ミーにゃん。どうでもいいけど、ウチの背中でごろごろするのはやめてくれないかにゃ? そもそもウチらはさっき、ライバル同士として闘ったばかりにゃん」
「うふん。そんなの全然かまわないわん。よくいうじゃない。昨日の敵は今日の友って」
「昨日どころか、つい、数分前に起きたできごとなのにゃけれども」
「もう、ミアンったら。猫がそんなに物覚えがよくてどうするの?」
「どうするのって、いわれてもにゃあ」
「ともかく。終わったことはいちいち気にしない。過去は過去。きれいさっぱりと水に流して、常に前をむいて歩くのよ!」
「変わり身が早すぎるにゃよ、ミーにゃん。返って節操がないと思われるにゃあ」
「えっ。でも、妖精ってそんなもんじゃないの?
ほとんど本能のおもむくまま、好き勝手なことをやっている霊体だと思うんだけど」
「にゃけど、それが原因で、とんでもない失敗をやらかす場合もないとはいえないにゃろ?」
「その時はその時。『やっちゃったぁ、あははは』で終わりだわん。過去をふりかえったり、反省したり、なんてするわけがない」
「『わけがない』と断言されてもにゃあ。
ふぅっ。よくそんなので、同じ失敗をくりかえさないものにゃん」
あきれたような声を放つミアン。
「ミアン。今、いったじゃない。本能で動くって。一度した失敗は、本能が教えてくれるの。だから、絶対にやらないわん。どう? 参った?」
「参った? じゃにゃい! ……でもにゃ。そのたった一度の失敗が、二度と取りかえしのつかないような事態におちいらせたりすることもあると思うのにゃけれども」
「ミアン」
アタシはさとすようにいう。
「失敗を恐れては、成功をつかむことはできないわん」「あのにゃあ。それとは意味が……」
「まぁ、いいじゃない。うるさいことはいいっこなし、っていうことで」
アタシは、ごろごろ、に余念がない。
「やれやれ。しょうがないにゃ。……にゃあ、ミーにゃん。実は相談があるのにゃけれども」
「えっ。……それってアタシに判ること?」
ごろごろ、をやめて思わず身がまえる。
(アタシって知ったかぶりをするけど、実は、それほど頭はよくないのよ)
「大丈夫にゃ。……話というのは他でもにゃい。毎日出会い頭に、さっきみたいなバトルをするにゃろ?」
「えっ。うん、そうだけど」
「ミーにゃん。ウチはそろそろあれをやめたらどうかと思うのにゃよ」
「えぇっ! なんでよぉ!」
寝耳に水の言葉にアタシは我を忘れる。
「あれはその日、初めて会う際の恒例行事じゃない。あいさつみたいなものよ。それをやめるなんて……。アタシたち親友じゃなかったの!」と思いっきり、抗議の声をあげた。
「朝のあいさつにゃら、『おはよう』ですむにゃ。それでいいじゃにゃいか」
「そんなぁ!」
アタシはミアンの背中から転がりおち、その前で土下座をした。
「お願い、ミアン。アタシの数少ない楽しみを奪わないで!」
「数少ないっていわれてもにゃ。ミーにゃんは一日中、『冒険』と称して、村中を飛びまわっているじゃにゃいか。真実味に欠けるにゃよ」
土下座をしているにもかかわらず、ミアンはまったく意に介していない様子で、自分の前足をぺろぺろとなめている。
(よぉし。こうなったら)
アタシは立ちあがる。
「ミアン。今いったことを取り消しなさい! さもないと」「さもないと、なんにゃ?」
「……ぜ、絶交よ!」
(これだけいえばミアンもきっと。……でも、どうしてなの? 震えているわん、アタシの声が。ううん、声だけじゃない。いったとたんにアタシの身体も)
震えの理由はすぐに判った。アタシは無意識に予知していた。ミアンからどんな言葉が返ってくるのかを。
「ミーにゃん、判ったにゃ。悲しいけど、ここから先は親友でもなんでもにゃい。会っても話しかけることはしにゃい、って約束するにゃん」
ぐさっ!
ミアンの声が氷の剣となってアタシの心をつきさす。ミアンの顔も話す声も、まさに真剣そのもの。
「判っちゃだめぇ!」
強がりをいっている場合じゃない。見栄もへったくれもない。アタシは再び土下座をした。
「ミアン、ごめんね。絶交だなんて心にもないことをいって。アタシが悪かったわん。だから、お願い。これまでどおり、親友のままでいて」
アタシはミアンとの仲をつなぎとめたい。固唾をのんでミアンの返事を待った。
「にゃら、バトルはやめるのにゃよ。それなら考え直してもいいにゃ」
(おっ、脈がありそうだわん。でも、バトルの全面禁止だけは回避しないと)
「うん。もうバトルは『毎日』やらなくていいから」
アタシの言葉にミアンは首を横にふる。
「だめにゃん。『永久に』といわにゃければ、親友には戻らないのにゃ」
「そ、そんな無体な。せめて、週一ぐらいは」とねばってみる。
「だめにゃん」
「じゃあ、せめて月一ぐらいは」と更にねばってみる。
「じゃあ、ミーにゃん。さよにゃら」
「ううっ。……判った。判ったわよ」「判ってくれたかにゃ」
アタシは死んだ、いや、あきらめたと見せかけて、
「じゃあ、年一ということで」と、も一つおまけにねばってみる。
「さよにゃら」
「ま、待ってよ、ミアン。……判った。これからは『おはよう』だけにするわん」
(どうせ口約束。ほとぼりが覚めたら、またやればいいわん)
そんなアタシの思惑をふっ飛ばすかのようにミアンは、
「精霊イオラの名にかけて誓うかにゃ?」とのたまう。アタシは思わず、
「ひ、ひどい。イオラの名前を使うなんて! そんなことをしたら、本当にできなくなっちゃうじゃない」と本音を吐いてしまった。
「ミーにゃん。本気じゃなかったにょか?」
(しまったぁ、ばれちゃった。……ええい。しょうがない)
「……い、いいわよ。判ったわよ。
アタシは精霊イオラに誓う。今後二度と、『その日の出会い頭に』バトルはやらないと」
あたしは最後に、ぎりぎりのねばりを見せた。にもかかわらず、
「ミーにゃん。『その日の出会い頭に』は省きにゃさい」と手きびしい修正の催促が。
「ち、ちくしょう。アタシの弱みにつけこんで……」「うん? なにかいったかにゃ?」
「ううん。なんにも」
(もはやこれまで。苦渋の決断をするしかないわん)
「アタシは精霊イオラに誓う。今後二度とバトルはやらない、と」
(あぁあっ。いっちゃったぁ)
「ミーにゃん」
ミアンはアタシの言葉を聴いたとたん、目をうるませて、
「ウチらは生涯、親友にゃよ」と、やっといってくれた。もうあと戻りはできないし、この気持ちに応えられないようでは親友としての名がすたるわん。
(後悔はないわん)
「うん、ミアン」
アタシたちは、ひしっ、と抱きあった。
(バトルはできなくなったけど、……一番大切なものは守れたわん。だから、これでいいの)
「またまたウチの正体が明らかにぃ!」
「だからいっているじゃない。そんな大げさにいわなくても、って。大体、もわんもわんだからって別に」
ごろごろごろ。ごろごろごろ。
「……でも、なんか凄いわん。このお話のミーナ。ミアンに『絶交よ!』とかいっちゃうなんて。アタシにはとても考えられないわん。勇気ある行為と言うか、むこうみずというか」
ごろごろごろ。ごろごろごろ。
「ミーにゃん。さっきからウチの背中でなにをやっているのにゃ?」
「あんなのを読んでは、もはや、冷静でいるほうが無理だわん。いいわん、いいわん。この毛ざわり。本当、たまらないわん。おなかもたい焼きでふくれたし、そろそろ遊びに興じたいと思っていたところだったから、タイミングがいいわん」
「にゃからって、ごろごろを始めにゃくても……。
ふぅ。たい焼きかぁ。にゃあ、ミーにゃん」
「なに、ミアン?」
「どうして食べ物は食べるとなくなってしまうのにゃろう? さっきまであんなにあったのににゃあ。この空っぽのかごを見ると、さみしささえ感じてしまうのにゃん」
「なにもそんなにしんみりとしなくたって……。あっ!」
「ミーにゃん、どうかしたのかにゃ?」
「ふぅ。なんとか間にあったわん。ねぇ、ミアン。お願いがあるの」
「なんにゃ?」
「アタシがね。頭の端まで転がったら、頭の方を持ちあげて欲しいの。そんでね。お尻の端まで転がったら、お尻を持ちあげて欲しいの。そうすれば落ちる心配がなくなるじゃない。なんの不安もなく、ごろごろを続けられるわん」
「あのにゃあ。そんな身勝手にゃことばかりいっていると、ウチばかりじゃにゃく、誰からも嫌われてしまうにゃよ。現にこのお話でも、ミーにゃんが始めたバトルが元で、絶交になりそうになっているじゃにゃいか」
「いいじゃないの。出会い頭のバトルぐらいやったって。親友同士なんでしょ?」
「ぐらいとはいってもにゃ。毎朝はやっぱりきついと思うのにゃよ。ウチはこのお話のミアンのほうに共感を持つにゃん」
「アタシはやっぱりミーナだわん。もうちょっと粘ってみれば、とか思ったもん」
「このお話ではミーにゃんが妥協したってことににゃっている。だけどにゃ。そもそもこんにゃ話を切りだす前に、もうちょっとミアンの気持ちを考えて欲しかったのにゃん。それにゃら、ここまでバトルは続けなかったと思うのにゃけれども」
「ミアン。そんな気配りを妖精に期待すること自体が無理なのよ。お話にもあるように妖精はもともと身勝手で自分本位な霊体なんだもん」
「とはいうけどにゃ。にゃにか心が悲しいのにゃん」
「まぁ、判らないではないけどね」
「そうにゃろう? やっぱり食べてなくなるのは悲しいにゃん」
「食べて……って、アタシたち、なんの話をしているんだっけ?」
「にゃからたい焼き」
「……いつの間にか話が戻っているわん。早く頭を切りかえなくっちゃ。
あっ、そうだ。ねぇ、ミアン」
「なんにゃ?」
「いうのを忘れていたけどね。甘いものは、ねこの身体には毒なのよん」
「ウチは化け猫にゃもん。にゃんでも食べられる。関係ないのにゃん」
「化け猫だと、どうして大丈夫なの?」
「ウチが食べているのは、食べ物が持つ栄養分じゃにゃい。食べ物が存在しようとする力、つまり霊力にゃんよ。にゃから、生前とは違って、どんな食べ物でも、その味や匂い、歯ざわりにゃんかも楽しみつつ、食べることが出来るのにゃん」
「でも、排泄もするのよね」
「霊力を余すところにゃく食べれば、残るものはなにもにゃい。でも、それにはかにゃりの時間がかかる。にゃから、ほとんどの霊力を吸収したところで、あとは自然界に戻しているのにゃん」
「要するにお尻の穴から出しているのよね」
「ミーにゃん。……ウチにはそんないい方はとても出来ないのにゃん」
「どうしてよ、って、なんでそんな急にアタシのそばから離れるの?」
「だって、ウチは花も恥じらう乙女にゃもん。お下品なミーにゃんと一緒の目で見られるのはつらいのにゃん」
「……あのね、ミアン」




