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天空の村・アタシはミーナ  作者: シード
42/42

エピローグ『一日の終わりに』(終)

「さてと。これで部屋の掃除も終わったわん」

 ずぼっ。

「ミーにゃん。ごみを捨ててきたにゃよぉ」

「お疲れさま。

 ミアン、見てよ。ずいぶんときれいになったわん」

「ひょっとすると、ウチらが入る前よりきれいになっているんじゃにゃいか」

「もうじきこの部屋ともお別れなのね」

「長いようで短い。短いようで長い。不思議な時間を過ごさせてもらったのにゃん」

「いろいろあったわん。差し入れに驚いたりぃ、綱渡りなんかしてみたりぃ」

「妖魔と出会って闘ったり、友だちになったりもしたのにゃん」

「今、ふりかえれば、どれも楽しい想いでだわん」

「一つ気がかりなことがあるのにゃん」

「なんなの? ミアン」

「よしこにゃんたちのことにゃ。またここに戻ってくるかもしれにゃい。でも、もうウチらは」

「逢えないかも、っていいたいんでしょう?

 ねぇ、ミアン。縁があればきっと、またどこかで逢えると思うわん。少なくともアタシはそう信じている」

「うんにゃ。ミーにゃん、ウチも信じるのにゃよ」

「さてと。それじゃあ」

「ミーにゃん、これが最後にゃ。どうぞ」

「うん。では待ちに待ったエピローグ『一日の終わりに』へいってみよう!」

 エピローグ『一日の終わりに』


 みんなでお喋りを楽しんだあと、二人の『使い手』は森に帰ることになった。

「じゃあ、また明日」「ミーナちゃん。今日は楽しかったよ。明日も喋ろうね」

 ラミアさんとレミナさん。二人とも手をふりながら休憩室をあとにした。

「それじゃあ、私も帰ります。セレンさん、ネイルさん。アムのこと、よろしくお願いします」

「ああ、判った」

「あとは僕たちに任せてください」

 二人の呪医に見送られて、マリアさんの姿もアタシたちの前から消えた。

「我は研究室に行くとしよう。ネイル。ここのあとかたづけを頼む」「判りました。先生」

 ネイルさん一人を残し、セレンさんも部屋を出ていく。

 つい、さっきまでにぎやかだった休憩室は、今は祭りが終わったかのような静けさを迎えている。聞こえてくるのは、台所でネイルさんが食器を洗う音だけだ。


 アタシはミアンに話しかける。

「今日は大活躍だったわね、ラミアさん」

「アムちゃんのことにしてもキラちゃんのことにしても、ラミアにゃんはある意味、命がけにゃったから、二人とも助かったことに満足していると思うのにゃよ」

「ミアンもお疲れさま」「ミーにゃんこそ。かっこよかったにゃよ」

「そうね。アタシも今日一日、つきあったかいがあったわん。

 ほら、見て。ミアン。もう陽も暮れようとしている……。きゃあ、大変!」

「うん? どうしたのにゃ?」

「もうじき夜が来ちゃうじゃない。アタシ、イオラから、夜になる前に戻らないと帰れなくなる、っていわれているの」

「そうにゃった。ミーにゃんは花の妖精だものにゃ」

「うん。ぐずぐずしてはいられないわん。急がなくっちゃ」

(銀霊お母さまから、闇に抵抗する力が強くなった、といわれた。だけど、元々が弱すぎるもの。どの程度なら大丈夫なのかも判らない。過度の期待を持つのは禁物だわん)

 ミアンはあせりまくるアタシの肩を、ぽん、とたたく。

「大丈夫にゃよ。ウチも一緒に行くのにゃ。それにゃったら夜の闇が来ても平気にゃろ?」

「えっ、ミアンが。でもネイルさんがなんていうか」「まぁ、任せておくのにゃ」

 ミアンはそういって、台所から戻ってきたネイルさんの前まで歩いていく。

「おや、どうしました。ミアンさん」

「あのにゃ」「ふんふん、ふんふん」

 しゃがんでいるネイルさんの耳元で、ミアンがひそひそ話をしている。

「……というわけなのにゃけれども」

「判りました。今回ミーナさんにもご協力して頂きましたしね。なにかお礼を、と思っていたところです。ミアンさんがその気なら僕は一向にかまいません。送っていってあげてください」

「判ったにゃ」

「あっ。だけど、なるべく早く帰ってきてくださいね。夕食を用意して待っていますから」

「うん。いつもすまないにゃ。じゃあ、行ってくるにゃよ」

 ミアンはアタシのところへと戻ってきた。

「ご主人さまから許可をもらったのにゃ。さぁ、早く行こう」「うん。ありがとう、ミアン」

「あっ、ミーにゃん。飛ぶ必要はないのにゃよ。ウチの背中に乗っていくといいにゃ」

「えっ、いいの?」

「前にイオラにゃんから聞いたことがあるのにゃ。夜の闇は、花の妖精が持つ妖力を消耗させやすいのにゃと。にゃから、妖力温存の意味でも、できるだけ使わないようにした方が無難にゃんよ」

「ふぅん。イオラはミアンにも話していたのね」

「きっとイオラにゃんは、いざという時には、ウチにミーにゃんを守ってほしいと思って、それでそういったんじゃないかにゃ」

「……かも」

 アタシは改めてイオラとミアンのやさしさが身にしみた。ミアンの好意に甘え、遠慮なくその背中に乗る。いつものように、ごろごろ、ではなく、しっかりとしがみつくことにした。

「じゃあ、行くにゃよ。ミーにゃん」「うん、行こう」

「ミアンさん、行ってらっしゃい。ミーナさんも、また明日会いましょうね」

「うん。さよなら、ネイルさん」

 手をふっているネイルさんを背に、ミアンは病室を飛びだした。病院から出ると、イオラが待つ森へとまっしぐらに走っていく。

「うわぁ、速い速い」

「ミーにゃん。浮かれていないでしっかりとウチにつかまっているのにゃよぉ」

「うん。判った」


 自由の森まではなんなく走破。あとは銀光虫の森を抜けるだけ、と思っていたら、森に入ったとたん、きらきらと輝くものが目につく。ミアンも気になったのか足がとまった。

「ミアン。あれって、白咲しらさきの木でしょう。なんであんなに輝いているのかな」

「ミーにゃん、よく見てごらん。白咲の木の周りをたくさんの銀光虫が飛びかっているのにゃ」

「あっ、本当だ。樹木全体が銀光虫の光に照らされているのね」

「それにしても、咲いている花や散っていく花びらが銀光虫の光に照らされて、それ自体が、ふわっ、と輝いているみたいにゃ。にゃんて幻想的なながめなんにゃろう」

「本当、きれいよねぇ」

 アタシたちは急いでいるのも忘れ、しばしの間、銀光虫と白咲の木がおりなすうたげを、うっとり、とながめていた。


「……うわあぁっ、と。こんなことをしている場合じゃにゃい! 先へ急がにゃくっちゃ」

「えっ。……うわあぁっ! アタシ、なんでこんな夜中にゆっくりとお花見しているんだぁ!」

 我に返ったミアンとアタシはあわてふためきながら、急いでイオラの森へと向かう。銀光虫の森をすぎても、何匹かの銀光虫がアタシたちを護衛するかのごとくつきそってくれている。平坦な道がつづくその先にはアタシのすみかが。周りが闇に閉ざされた中、内側から放たれている光で森全体が輝いているかのよう。

(あれはアタシを待っている光だわん)

「ミアン。見てよ、森が見えてきた」

「あともう少しにゃよ。ミーにゃん、気分はどうにゃ?」

「すっかり暗くなっちゃったけど、ミアンのおかげかな。アタシは全然平気よ」

「それはよかったにゃ」

 ミアンには闇の力は及ばない。だけどアタシの霊力が消耗するのを防ぐため、あえて霊波を展開。アタシごと蒼い光の中に包まれている。

 とても温かく感じられる。この温かさはまさにミアンの心そのもの。まるでイオラに抱かれているかのような安心感が、アタシの心には拡がっている。


 森がぐんぐんと迫ってくる。ミアンがあともう少し走れば、そこはもうイオラの木がある森の中。

 これから起きるできごとが、次々と頭に浮かんでくる。


 ――森の広場についたアタシとミアンをイオラが出迎える。アタシたちは、ほっとした表情のイオラの胸に飛びこむ。イオラの笑みと光はたちまちアタシたちの霊力を回復させてしまう。

 そして……精霊の間へと入る。ミアンも交えて楽しいお喋りがくりかえされる。ミアンが帰ったあともアタシは話をつづける。今日のできごとを興奮しながら言葉にしていく。イオラはいつものように耳をかたむけている。目を輝かせ、満面の笑みを浮かべて。嬉しくなったアタシは、それでね、それでね、と言葉をつむいでいく。疲れがくるのも時が経つのも忘れて――


 ざぶっ。

 アタシたちは……ついに森の中へと入った。本来、夜の森はまさに漆黒しっこくの闇そのもの。だけど、今は前方から希望の光がさしこんでいる。銀光虫もそばにいる。空を見れば、月と星もきらめいている。ここはイオラの森。怖いものなどなにもない。ミアンは迷うことなくとまることなく木々の中、光をめざして駆けぬける。

 湖とイオラの木がある広場まではもうすぐだ。……もう少し。……あと一歩。

 ぐわん。

 急に視界が開けた。目の前には闇をもふき飛ばす緑色の光が。

 両腕を拡げたイオラの姿が。

「イオラあぁ!」「イオラにゃあぁん!」

「お帰りなさい、ミーナちゃん。ありがとう、ミアンちゃん」

 アタシたちは思いっきりイオラにしがみつく。

「ミーナ、お帰りぃ」「心配しちゃったよぉ」「でも、よかったぁ。無事に戻ってきてくれて」

 イオラの木からいくつもの声が聞こえる。お花さんたちだ。眠いだろうに起きていてくれた。

「ありがとう、みんな。ただいまぁ」


 今日の、アタシの楽しい冒険は、今、終わった。

 だけど、アタシの楽しい時間は、まだ終わらない。

 アタシが喋りつづける間は。イオラが聴いてくれる間は。アタシが疲れて眠りにつくまでは。

 そして……朝を迎える。朝になれば、また楽しい冒険が始まる。

 くりかえされる楽しみの連鎖れんさ。その中にアタシはいる。いや、いたいと願う。その思いを胸に、今日もアタシは飛んでいく。



(あれっ。可愛い羽虫がうろうろと飛んでいるわん。迷子になっちゃったのかな。よぉし)

「ねぇ。どこかへ行きたいなら案内してあげるわん」

「あ、ありがとう、おねえちゃん。ちょっとわかんなくなっちゃって。

 ええと……、あっ、そのまえに、おねえちゃんのなまえをきかせて」

「アタシ? アタシはミーナ」




                          お・し・ま・い。 ……だわん!


 ぱたん。

「やっと……。ミアン、やっと読み終わったわん」

「お話のミーにゃんは案内役に徹するのかと思っていたのにゃけれども、終わってみれば、ちゃんと主人公っぽいこともやっていたじゃにゃいか」

「うん。アタシとしても自慢の種になるくらい活躍した三世代前のミーナだったわん」

「今のミーにゃんはどんにゃ活躍をしてくれるのにゃろうか。楽しみなことにゃん」

「んもう、ミアンったらぁ。重圧を負わせるようないい方をしないでほしいわん。

 それよりさ」

「なんにゃ? ミーにゃん」

「ねぇ、ミアン。アタシが誰だか聞いて」

「ミーにゃんにゃろ?」

「そうじゃなくて。ねぇ、聞いてみてよ」

「なんにゃのかさっぱり判らないのにゃけれども。そこまでミーにゃんがいうにゃら」

「そうこなくっちゃ。さぁ、いってみて」

「ええと……、あんた、誰にゃん?」

「えへん。アタシはミーナ」

「知っているにゃよ」

「だぁからぁ。アタシはミーナ」

「ミーにゃん……。

(ミーにゃんったら本の影響を受けてしまったとみえる。ここは無視した方がよさそうにゃん)」

 ぷい。

「ねぇ、アタシはミーナ。アタシはミーナ。んもう、アタシはミーナなんだってばぁ。それでもってアタシはミーナ」

「うるにゃい! こうにゃったらウチもいわせてもらうのにゃよ」

「へっ? 一体なにを?」

「ごほん。ウチもミーにゃん!」

「えっ」

 すわっ。

「ミーにゃん、どうしたのにゃ? 座りこんで」

「ええと、ミ・ア・ン……か。あたまが『ミ』だから確かに『ミーにゃん』にはなるわん。

 でもぉ……やっぱりだめだわん。そんな裏技みたいなの。こんな暴挙を正統派として許すわけにはいかないわん!」

 すくっ。

「いきなり立ちあがったのにゃん」

「ミアンのはおかしいわん。『アタシはミーナ』。これが絶対正しいの」

「そんなこともないにゃろ? 『ウチもミーにゃん』。これだっていいじゃにゃいか」

「アタシはミーナ!」「ウチもミーにゃん!」

「アタシはミーナ!」「ウチもミーにゃん!」

「アタシはミーナ!」「ウチもミーにゃん!」

 …………。     …………。

 …………。     …………。

 ぜいぜいぜい。   ぜいぜいぜい。

「ア、アタシは……」「ウ、ウチも……」

 ぱたっ!       ぱたっ!


「さて。それじゃあにゃ。持ってきたものを風呂敷に包んで……と。

 よぉし、これでいいにゃん」

「あっ、ミアン。ちょっと待って」

「どうしたのにゃ? ミーにゃん」

「それ、首にまきつけるつもりでしょ?」

「そうにゃよ」

「ちょっと待ってほしいの。その前にね、ミアンにお願いしたいことがあるんだけど」

「なんなのにゃ? ミーにゃん。あらたまって」

「ミアン、あのね。……今だけでいいから本当の姿に戻ってほしいの」

「本当の? ああ、これかにゃ」

 ぱかっ。

「うん。……花の妖精になったミアンって、アタシよりちょっと背が大きいのよね。顔もちょっとだけ大人びているような感じできれいだし」

「ミーにゃんとそんなに変わらないのにゃよ」

「ううん。絶対にきれいだわん。

 ねぇ、ミアン。その格好でアタシと一緒に帰ってよ」

「えっ。花の妖精の姿で、かにゃん?」

「うん。アタシが風呂敷の片方を持つから、ミアンはもう片方を持って、一緒に飛んで帰ろう」

「一緒に飛んで、とはにゃあ。いいかもにゃ。たまには」

「それじゃあ」

「うんにゃ。飛んで帰ろうにゃん」

「ありがとう、ミアン」

「どういたしましてにゃ。

 ほら、ミーにゃん。ウチみたいに風呂敷を持って」

「判ったわん。これを握って、と。ミアン、用意はできたわん」

「じゃあ飛ぶにゃよ」「いいわん」


 ばたばたばた。ばたばたばた。


「ねぇ、ミアン」

「なんにゃ?」

「ミアンのこと、お姉さんって呼んでもいい?」

「えっ。ウチのことを?」

「お願い。今だけでいいから」

「うぅん。……判ったにゃよ。ミーにゃんがそうしたいっていうのにゃら」

「うわぁい。それじゃあ、……お、お姉さん」

「なんにゃ? ミーにゃん」

「今日は楽しかったね」

「ミーにゃん、まだまだ楽しみはこれからにゃよ。イオラにゃんに聞いてほしい話がいっぱいあるのにゃろ?」

「うん。お姉さんもネイルさんのとこへ帰る前に、アタシとイオラの森によってよ」

「イオラの森に? うぅん。どうしようかにゃあ?」

「お願い、お姉さん」

「ミーにゃん……。判ったにゃ。一緒に行こうにゃん」

「ありがとう、お姉さん」

「ミーにゃんって今日は、ありがとう、が多いにゃあ」

「だって……だって嬉しいんだもん」

「そうかぁ。ミーにゃん。ミーにゃんが嬉しいのにゃら、ウチも嬉しいのにゃよ」

「お姉さんが嬉しいなら、アタシはもっと嬉しいわん」

「ぶふふっ。あっ、ミーにゃん。天外魔境への入口が開いたのにゃん」

「本当だ。行こう、お姉さん」


 ばたばたばた。ばたばたばた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。



 ひゅぅぅぅ。


「ねぇ、ミアン。アタシ、なんか怖い」

「ミーにゃん。ミーにゃんは今、ウチのおなかの上に乗っているじゃにゃいか。にゃんにも怖いことなんかないのにゃよ」

「本当? 本当に怖くないの?」

「こうやって腕で抱いててあげるから。ほら、あったかいにゃろ?」

 もぞもぞ。

「うん。ミアンの温もりをとっても感じる。あったかいわん」

「ここはイオラの木の中。精霊の間にゃ。ミーにゃんのおうちにゃんよ。ウチも、目の前にはイオラにゃんもいる。大丈夫にゃ」

「そうよね。なんにも怖がる必要なんかないんだわん。……ねぇ、イオラ」

「なぁに? ミーナちゃん」

「アタシ、……翅が消えちゃったし、身体も動けなくなっちゃったわん。これからどうなるの?」

「いつもよりも長めのねむりにつくだけよ。目を覚ませば、また元のように元気な身体になれるわ」

「本当に? 目を覚ませば本当に元の身体に戻っているの?」

「ええ。ひょっとすると、もっと元気な身体になっているかもよ」

「そうなの? だったら嬉しいんだけど。あっ、でも、アタシが目を覚ました時、イオラもミアンもいなかったらさみしいなぁ」

「大丈夫よ、ミーナちゃん。ワタシはあなたのそばにいるわ」

「ミアン。ミアンも?」

「にゃ?」

「ミアンもいてくれるんでしょう?」

「……もちろんにゃよ。ウチもそばにいるのにゃ」

「よかったぁ。それならいつ起きてもさみしくないわん。

 ふわぁぁああっ。

 ふふっ。なんか安心したら眠くなっちゃったぁ。

 ねぇ、ミアン」

「なんにゃ? ミーにゃん」

 あのね。このままね。ミアンの温もりを感じながらねむりたいの。かまわない?」

「もちろんにゃよ。ゆっくりとねむりにゃさい」

「ありがとう、ミアン。

 ふわぁぁああっ。

 それじゃあ……、イオラ、ミアン、おやすみぃ」

「おやすみなさい、ミーナちゃん」

「おやすみ、ミーにゃん」

「うん。…………お……や……す……」


 ……………………………………………………………………………………………………、

 ……………………がくっ。


「ミーナちゃん……」「ミーにゃん……」


 ひゅるひゅるひゅる、ひゅるひゅるひゅる、ひゅるひゅるひゅる、…………。


「背中から大きな花びらがいくつも……。ミーにゃんがイオラの木に咲く花と同じ姿に」

「ええ。ミアンちゃん。花の妖精として生まれたものはね。最後は本来の姿へと戻るのがさだめなの」

「花びらが消えて……、ミーにゃんが光の粒とにゃってあがっていく……」

「ミーナちゃんの霊体が滅び、霊力となってガムラの元へ戻っていくの」

「ミーにゃん……。ぐすん。ウチは最後の最後になってミーにゃんに『うそ』をいってしまったにゃあ。あの世でミーにゃんにあやまらにゃいと。ぐすん。

 ……それじゃあ、イオラにゃん。ウチもそろそろ、おいとまするのにゃん」

「ミアンちゃん。あなたはミーナちゃんと違ってまだまだ生きていく力が残っているのよ。急ぐ必要は」

「イオラにゃん。ウチはにゃ。ネイルにゃんが亡くなった時、あとを追うつもりにゃった。それをミーにゃんが泣いてとめたから、一緒に生きてほしいと頼まれたから、それで今まで生きてきたのにゃん。ミーにゃんを見守るのがウチに残された最後の楽しみであり務めにゃと。そう思って生きてきたのにゃ」

「ミアンちゃん……」

「そのミーにゃんが亡くなったのにゃ。ウチの楽しみも務めも……今、やっと終わったのにゃん。あとは……霊力ににゃったミーにゃんが無事にガムラの元へ戻れるよう、一緒についていってあげたいのにゃ。ミーにゃんはさみしがりやにゃし、ひょっとすると迷子になってしまうかもしれにゃいから」

「ミアンちゃん……。ミアンちゃんはミーナちゃんを最後の最後まで愛してくれた。ワタシはそのことを決して忘れないわ。

 ねぇ、ミアンちゃん。一つだけ聞いてもいいかしら」

「なんにゃ? イオラにゃん」

「もしも。もしも、よ。また生まれ変わることができたとしたら……、

 ミアンちゃんはまた、ミーナちゃんの親友になってくれる?」

「もちろんにゃよ。喜んでならせてもらうにゃ」

「ありがとう、ミアンちゃん」

「お礼をいうのはウチの方にゃ。不完全な霊体だったはずのウチが今日まで楽しい毎日を送ることができたのは、イオラにゃんが自分の命を分けてくれたおかげにゃ。心の底からありがたいと、いつも思っていたのにゃん」

「ミアンちゃん……」

「それじゃあ……、さよにゃら、イオラにゃん」


 ……………………………………………………………………………………………………、

 ……………………………………………………………………………………………………。


 はっ!

「ミアンちゃん……」


 ……………………………………………………………………………………………………。


「あやまる必要はないわ。あなたがミーナちゃんのためについた、たった一つのやさしい『うそ』。ワタシが『まこと』に変えてあげる。必ず。

 約束するわ、ミアンちゃん」



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。



「ミアンちゃんはね。目をつむると、それっきり動かなくなってしまったの。地にお尻をつけて、まだミーナちゃんをおなかの上で抱いているような、そんな姿のままで。顔も穏やかそのもの。まるでねむっているみたいに」

「それが……このお話に出てきたミーナさんとミアンさんの」

「ええ。最後、だったわ。ミーナちゃんは白い光の粒に、ミアンちゃんは水色の光の粒に。二つの光はまるでよりそうように精霊の間の空へとあがり、そして……消えていったの。

 あれから何回かミーナちゃんたちを看取ったはずなのに……、不思議ね。当時のことを今でも鮮明に覚えているなんて。それだけミアンちゃんとの出逢いが、ミーナちゃんだけじゃなくてワタシにとっても大きかった、ということなのかもしれないわね」

「そうだったんですか……。

 ちょっとお伺いしますが、これ以降、ミアンさんを花の妖精として生まれ変わらせていますよね。それってミアンさんの思いをくんで、のことなのでしょうか?」

「いいえ。恥ずかしながら……、それはワタシのわがまま」

「わがまま、とは?」

「ワタシにはまるで姉妹のように仲むつまじく遊んでいる二体ふたりの姿を忘れることができなかった。できることならまた逢いたい。逢って一緒に暮らしたい。そう考えていたの。

 けれど……次のミーナちゃんが生まれても、またミアンちゃんのような『ねこ』がこの森にやってくる偶然などおそらく起きない。そこでワタシは考えたの。偶然として起きないのであれば、必然として起こそうって。ワタシにはその力がある……と。

 ワタシの手元にはミーナちゃんとミアンちゃんに分け与えたワタシ自身の命の欠片が戻っていたわ。本来、ミアンちゃんのはワタシの命に戻せばそれでおしまい、のはずのものだった。でも……、そうはしなかった。ミアンちゃんとの約束を果たすため、ミアンちゃんにまた逢いたいがため、ミーナちゃんのと同じように使うことにしたの。

 ここまでいえば、あなたにはもうお判りのはずね。そう。ワタシは新たな命を生みだす種を二つ造ると、その一つ一つに、これらの命の欠片を与えたの。

 あの子たちの霊体は滅んだ。だけど心は……。命の欠片には心のすべてではないけれど、あの子たちが大切に思っていたことや絶対に忘れたくないと思っていたことなどの、いわゆる『心の核』をなしていた記憶が滅びることなく守られているの。

 種の中では新しい命の霊体が形造られている。与えた欠片の記憶は、新しい命に造られた本能や本能に近い形の記憶に刻まれていく。ミーナちゃんの記憶が与えられた新しい命には、ミーナちゃんの記憶や心がミーナちゃんであることのあかしとして受け継がれる。ミアンちゃんの記憶が与えられた新しい命には、ミアンちゃんの記憶や心がミアンちゃんであることの証として受け継がれる。

 これらすべてが長い長い時の流れの中で行われるの。ゆっくりとね。

 それから……百年後。最初に生まれたのはミアンちゃん。前世代のミアンちゃんから受け継いだ心と『ねこ』に変化へんげする能力。この二つがあいまって、のことなのかしら。自然と『ねこ』の姿になっていったの。ミアンちゃんとの暮らしが始まってしばらく経つと、今度はミーナちゃんが生まれた。前世代の心を受け継いだミーナちゃんが、ワタシはもちろん、かたわらにいたミアンちゃんにもすぐに慣れ、甘え始めたのは……、もちろん、いうまでもないわね」

「全てはあなたの願ったとおりになったわけですね」

「ええ。それからは……ずっと同じことのくりかえし。世代が変わっても、ワタシがいて、ミーナちゃんがいて、そしてミアンちゃんがいる。これを変わらずつづけてきたの」

「ですがミアンさんは今、僕のところにいますよ」

「ミアンちゃんが前世代から受け継いだ心の中に、あなたがいた、ということ。ワタシはそれがあなたであることにほっとしているの。『ガムラの命の欠片』を持つあなたになら、ミアンちゃんやミーナちゃんを安心して任せられるもの」

「それはそれは。光栄のいたりです。

 あっ。そういえば今のミーナさんって、生まれた時から実体波が使えますよね。でも確か、あなたには実体波の能力を与えられなかったはずでは?」

「生まれたあとでは今もだめ。けれど、生まれる前なら……、実体波にかぎらず、それ以外の力でもワタシ自身が望めば与えることは可能よ。新しい命を造りだす種に念をこめることで実現するわ。次世代のミアンちゃんが『ねこ』に変化へんげする力があるのも生まれる前に与えたからなの」

「たいしたものですね」


「ところで一つ聴きたいことがあるんですが」

「なにかしら?」

「どんな理由から『本』なんていう、まわりくどいやり方を思いついたのかは知りませんが……。

 ミーナさんたちに、……三世代前でしたっけ? 当時の天空の村やミーナさんたちのことを伝えたくて、それであの本やそれを読む空間を造った。確かそうでしたよね」

「そのとおりよ。当時と今。途方もなく時が隔たっているのにもかかわらず、ミーナちゃんを取りまく人間の立ち位置が驚くほど似かよっていることに気がついたの。それで用意したってわけ。『読めばきっとおもしろがってくれるわ』って、そう期待したの」

「これはミーナさんたちも疑問に思っていたようですが……、どうやって、天外魔境からここへ来させることができたんですか? 僕にもさっぱり判りません」

「ああ、そのこと。……どうしてもお知りになりたい?」

「是非に」

「これから話すことは誰にも教えないとお約束していただける?」

「やっぱりなにかやったんですね。

 まぁ、ガムラをのぞいて、ということでよろしければ」

「判ったわ。

 実は……天外魔境の分岐点を管理している精霊フィーネはワタシの親友なの」

「ええ。彼女なら僕も……って、ちょっと待ってください。まさか、あの平等公平誠実を売りにしている精霊に、詐欺まがいなことを頼んだとでも?」

「詐欺って……。もっと穏やかないい方があると思うのだけど」

「でも、そうなんでしょう?」

「仕方がなかったのよ。ワタシとあの子たちの命はつながっている。けれど、天外魔境をとおってワタシの力が及ばない世界にでも行ってしまったら……、ワタシとのつながりは断たれてしまうわ。あの子たちは生きていられなくなるの」

「だったら行かせなければいいのでは? 危ないからやめなさい、ってあなたが一言いえば、うなずくと思いますよ」

「それはそうよ。だけど……。

 ワタシとしてはあの子たちの冒険心に水を差すような真似はしたくなかったの」

「だからって……。

(普段は分別をわきまえた慈悲深い精霊さんのはずなのに……。

 そうか。自分の子どものことだと周りが見えなくなる性格なんですねぇ。人の間ではよく聞く話ですが、まさか精霊さんの中にもいたとは。……ふぅ。やれやれ)

 それじゃあ、フィーネさんは困っていたでしょう」

「ええ。最初は『お断り』の立て札を手に持っていたぐらいよ」

「それなのにどうやって?」

「拝み倒したの。『偉大なるフィーネ様。どうぞ、お力を』って。ワタシの真心がつうじたのね。『今回だけですからね。もう二度とだめですよ』って、快く承知していただけたわ」

「快く承知した? それでですか? ……ふぅ。かわいそうなフィーネさん」

「なにか今、おっしゃった?」

「いえ別に。あなたの押しの強さには誰もかないません。僕も数少ない休みの日だっていうのに、『一大事が』、なんて霊覚交信まで使って呼びだされて。一体何事かと思って大急ぎで来てみればなんのことはない。あの子たちが好きなお料理を造ってほしい、でしょ? 本当、あきれてものもいえませんよ」

「一大事じゃない。ワタシにはお料理なんかできないもの」

「まぁ、精霊ですしね」

「判っていただけたようね。よかったわぁ」

「と喜んでもらっても困るんですが」


「それにしても、妖魔が入ってくるとは」

「無理矢理、天外魔境とつなげたのが原因じゃないかしら。だとすれば、ある程度までは不安定な状態になっても文句はいえないわ」

「ひとごとみたいに。まぁ、ひとじゃないですけどね」

「あら、知らないの。物事を正しく分析するのにはね。客観的な視点からの判断がものすごく重要なのよ」

「そんなのんきなことをいって。おかげで大変な目に遭ったじゃないですか。

 妖魔に襲われてミーナさんが串刺し一歩手前までいったり、かと思えば、本にとどめた記憶を改ざんされたり」

「心配はいらないわ。この部屋には精霊の間と同じ力が働いているの。いざとなれば、妖魔の力を一瞬で無力化することも可能よ。もっとも……、今回はその力を使う寸前に相手が倒れちゃって……。ふぅ。なかなか思うようにはいかないものね」

「そんな残念そうにいわなくても……。

 ですが、本は書き換えられてしまいましたよ。あれは致命傷でしょう」

「かまわないわ」

「かまわないわって……、そんな簡単に」

「三世代前のミーナちゃんが話してくれたことや残した記憶。これらをワタシは本という記憶の形にとどめたわ。けれど、それは『天空の村』の史実としてではなく、あくまでもお話として残してあるにすぎないの。

 確かに妖魔によって書き換えられてはいるようね。けれど、そのおかげでミーナちゃんはがんばってくれたし、銀霊お母さま、まで現われてくださった。もちろん、本の内容やこの本を読んだミーナちゃんたちの記憶を、元々書かれていたものに修正しなおすことは可能よ。けれど、本当にそれをやったら……、お話に出てきたミーナちゃんたちの努力をすべて無に帰すことになるじゃない。お話として読むのであれば今の方がワタシは好き。なので、このままにしておきたいと思っているわ」

「ようするに、結果よければすべてよし、と」

「ふふっ。そういういい方もあるわね」

「この本があなたのいうとおり、お話として残したものなら……、

 そうですね。なんの問題もない、といっていいんじゃないでしょうか」

「はい」

「きれいな笑顔ですね」


「本の内容についてなんですが……、これって、当時のミーナさんが過ごしたわずか一日のできごとをつづっているだけなんですよね。それでも一冊の本を完読したせいでしょうか。ミーナさんやミアンさんはとても満足そうな顔をして出ていきましたよ」

「本を読み終えて裏表紙で閉じた時に、ある種の達成感をかみしめる、というのはよくあるんじゃないかしら。本という記憶の形を選んだのも、ミーナちゃんたちにそれを味わってほしかったからにほかならないの。

 もっとも……、ワタシ自身はまだ読書の途中なので、それを体験するのはずっとあとのことになると思うのだけど」

「読書の途中? なにか読んでいらっしゃるんで?」

「『惑星ウォーレス』。いえ、やっぱり、『天空の村』ということになるかしらね」

「どういう……意味でしょうか?」

「毒性の強い雲海の下に浮かぶいくつもの島『天空の湖』。あの水瓶全てが浄化力のある霊水で満たされた時、この島々は惑星ウォーレスの大地へと戻るわ。惑星全体の浄化が始まるの。それが完了したら……今度はガムラの核を持つ、この『天空の村』がウォーレスと一つになる。ガムラの力が惑星のすみずみにまでいきわたり、ウォーレスは再生の道を歩み始めるの。

 ああ、目に浮かぶよう。毒性の強い雲海が消え、暖かな太陽の陽射しと透きとおるような青空が戻ってくるさまが。この惑星の大地に、大昔のような緑豊かな草原がよみがえるさまが。

 ワタシはそれを目にするまで滅びはしない。何故ならそれこそが、ワタシにとっての、『天空の村』という壮大な物語だから。これらすべてを読み終えるまでは、いえ、この目で見届けるまでは、ワタシは必ず生きているわ。あとどれくらいの歳月が過ぎようとも、何万年という時の流れが必要であろうとも。

 ワタシもミーナちゃんたちと同じように裏表紙で閉じて、達成感を味わいたいから」

「……そうですか。その日が早くくるといいですね」

「できれば運命の日には、ミーナちゃんやミアンちゃん、それにあなたにも一緒にいてくれたら、と思うのだけれど」

「ミーナさんたちはなんとかなるかもしれませんよ。種の中で形造られている百年の間にその日がぶつからないかぎりは、という条件つきでね。

 僕は……どうですかねぇ。まぁとにもかくにも運命の日とやらに、……何世代目であってもかまいませんが……、僕が生きていなければ話になりません。ですがそれには……。

 僕の血族がその日まで途絶えることなく残っていて、しかも、ガムラの命の欠片を目覚めさせられるだけの霊力を持つものが生まれていることが絶対の条件。もし生まれているのであれば、それが男の子であろうと、女の子であろうと、どんな姿や顔であろうと一切関係ありません。間違いなく、僕、ということになります。物心がついていて特に身体のどこかに異常でもないかぎりは、あなたの希望をかなえることができるでしょう。

 ……とはいっても可能性は極めて低いといわざるを得ませんが」

「是非、そうであってほしいわ。ミーナちゃんたちもあなたも。どんなに待ち望んだ奇跡に立ちあえたとしても、ワタシ一体ひとりでは、あまりにもさみしい。心の底から喜びを分かちあえる相手がいなければ。

 ワタシは祈っているわ。運命の日に、家族や仲間、そして友がワタシのそばに一体でも多くいることを」

「僕も祈っています。ともに奇跡が見られることを。ともに裏表紙で閉じることができることを」


「今日はお休みのところ、わざわざおいでいただいてありがとう。感謝するわ」

「いいえ。僕も楽しかったですよ。あっ、そうだ。もう一つだけ聞きたいことがあるんですが」

「なにかしら?」

「この空間のことについて、です。読書の間での会話から察するに、ミーナさんたちにはもう『ばればれ』ですよ。どう対応するおつもりですか? 黙ったままにするのか、それとも、洗いざらいぶちまけるのか……」

「そうねぇ。……聞かれたら答える。それでよろしいのじゃなくて?」

「なるほど。いや、判りました。僕もそれでいきましょう」

「意見の一致をみてよかったわ」

「本当に」

「ふふっ。……うん? ああ、天外魔境からミーナちゃんたちの帰ってくる気配を感じたわ。ワタシはそろそろ精霊の間へ戻った方がよさそうね」

「僕も家へ戻らないと。ミーナさんが誘っていましたから、ミアンさんはおそらく精霊の間によってから帰ってくるつもりでしょう。それまでになにか美味しいものでも造っておきますか」

「『えびふらい』はどうかしら? 十匹以上を期待しているみたいだけど?」

「そうですね。では思いきって」

「思いきって?」

「十一匹にしましょうか」

「まぁ。ふふふ」

「はははは」

「ふふふ。……ではこれにて」

「ええ。またいつの日か」


 ひゅぅぅぅ。

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