第三話『病院にて』
「ミアン。いよいよこのお話も第三話にきたね」
「ミーにゃん。お次は、これにゃあ!」
「まだ食べるつもりなの? えっ、それってひょっとしたら」
「そう。ネイルにゃんの苦心の作。『赤玉ゼリー』にゃん!」
「それはいいけどさ。ええと、ひぃ、ふぅ、みぃ、……と全部で大玉が50個、極小玉が50個、計百個あるわん」
「ミーにゃんはどっちが欲しいのかにゃ?」
「もう、ミアンったら。身体と口のサイズを見れば、一目瞭然じゃない」
「ふんにゃあ、これを」
「と言いつつ、なんで大玉の方を差し出しているのよ」
「あっ、間違ってしまったのにゃん。こっちの方にゃ。はい、どうぞ」
「うん。それでいいわん。これだけあれば、あと、2~3話分ぐらいまでは余裕で持つわん」
「ミーにゃん。おかしなことを言わないで欲しいにゃん。これはこのお話の間に完食させなければならないにゃんよ」
「ミアン、それって義務なの?」
「権利と言って欲しいにゃ。ほらほら、ミーにゃん。無駄口を叩いていないで、一個食べるのにゃん」
ぽーん! がむっ!
「もぐもぐもぐ。……ううん、いいわん、いいわん。じゅわぁっ、と口の中で拡がるこの香りと甘さ。なんとも言えない美味しさだわん」
「ネイルにゃんの話によれば、先ず、村でも数少ない種類の木からとれた実を潰して煮詰めるのだそうにゃ。にゃんでも、『その美味しさは大自然が生み出した最高傑』と、村でも評判のジャムになるのだとか。そのあと、出来たジャムの香りと甘さを封じ込めて、一口サイズで食べられるようにしたのが、この赤玉ゼリーとのことにゃん」
「なーるほどね。道理で美味しい筈だわん。でも、凄いわん。頬張った瞬間、快い甘さが口いっぱいに拡がるし、噛んだ瞬間、芳醇な香りと心をとろかすような甘さに酔いしれることが出来るもの。まさに美味しさの極致よね」
「さすがはネイルにゃん。食を極めた者でしか出来ない芸当にゃ。料理人としての腕が冴えわたっているのにゃ」
「ミアン。忘れているみたいだけど、ネイルさんは呪医よ。ああ、でも、この美味しさは感動ものだわん」
「ミーにゃんが味の判る妖精でウチも嬉しいのにゃ。にゃんかそうまで褒め称えられると、ウチまで『嬉し恥ずかし』の気分になるのにゃ」
「ふふっ。別にミアンが造った訳でもないのに。ほら、ミアンも、早くお食べなさいな。美味しくてほっぺが落ちそうよ」
「もぐっ。……うわぁ、この香りと味がまたにゃんとも」
ばたばたばた。
「ふふっ。ミアンが美味しさのあまり、身悶えしているわん。
……と言う訳で、赤玉ゼリーを食べながら、第三話へ突入!」
「もぐもぐもぐ……。えっ! ミーにゃん。今、なにか言ったのかにゃ?」
第三話『病院にて』
「ええと、今は……」
病院の上空に着いたアタシは陽のかたむき加減を確認する。
陽が昇ってから落ちるまでが半日。また陽が昇る直前までが一日となる。人の世界では『時間』という単位にも換算され、一日は三十六時間になっているという。
花の妖精であるアタシが動けるのは前半の半日。『0:00』から『18:00』。とはいっても、アタシが時の経過を判断するのは、人が使う『時計』というやつじゃない。今、調べているみたいに陽のかたむきだ。言葉として使うのは、朝、朝半、昼、昼半、夕方、夜、夜半、そしてまた朝。夜から朝までは精霊の間にいるのでどうでもいい。
陽が昇ってくれば朝。陽が一番高くなればお昼。陽が落ちれば夜っていう感じ。朝半は朝とお昼の、昼半は昼と夜の、夜半は夜と朝の、それぞれちょうど真ん中を指している。
「朝半はとうにすぎているわん。いつもより遅くなっちゃったな」
中央病院は、灰色の塀に囲まれた、三階建ての角張った白い建物。裏庭は草で覆われていて、大きな岩も点在している。岩の上には、アーガが何匹か翼を休めていた。
怪我人が出ればすぐに現地へ向かえるよう、常時数匹のアーガがここで待機している。来客が乗ってきたアーガを停めるのもここ。そのため、裏庭は『駐竜所』とも呼ばれている。
この駐竜所にある岩の一つに、ミレイも足をおろした。
ラミアさんは、すたすたすた、と病院の中を早歩きしている。もちろん、彼女は、アタシが頭上の天井近くを飛んでいることは知らない。
病院内部も全体が白っぽい。部屋の中と通路の色あいは同じ。床は暗い白だけど、壁やドアの色は黄赤がかった白。どことなく温かみを感じさせる色になっている。
「ここだ」
ドアに、『診療室』との表示がある部屋の前で、ラミアさんは立ちどまった。
とんとん。
「どうぞ。お入りください」
ドアをたたくと、中から声が聞こえてきた。
がちゃっ。
ラミアさんがドアを開けると、診療室の風景がアタシの目に飛びこんできた。
『勝手知ったる』とまではいわないけれど、この病院には、ほぼ毎日、アタシは遊びにきている。診療室には、診察する場所が手前と奥の二か所にあり、どちらも『カーテン』と呼ばれる厚い布地で仕切ることができる。他にもテーブルや棚が配置されていて、医療に必要な薬や器具が置かれている。部屋の正面つきあたりにもカーテンがたれさがっているけど、開けばそこにあるのは大きな窓だ。
「よおっ、セレン」「なんだ、ラミアか」
セレンさんは椅子に座ったままラミアさんを一瞥しただけで、すぐに机の上にある書類へ視線を移して、ぱらぱらとめくり始める。
セレンさん。学生時代はラミアさんの同級生。未成年にもかかわらず、村の中央病院で院長を務めている。呪術師で医療の腕は村一番。きれいな顔立ちの割には、無愛想というか、無表情な女の子。髪は黒色で、肩まで真っすぐ。作務衣の色は医療関係者特有の白。彼女はその上にひざ下までの長さがある白衣を羽織っている。
「『なんだ』は、ごあいさつだな。親友がわざわざ訪ねてきてやったっていうのに」
あきれたような顔のラミアさん。そんな彼女に対し、セレンさんは書類に目をとおしながら、
「そして毎日、うちの休憩室でお茶を飲んでいる。だろう?」と言葉を返した。
「いいじゃないか、セレン。お茶の一杯や二杯。それよりさ」
ラミアさんはドアを閉めると、なにかを期待しているような目で、あたりをきょろきょろと見まわしている。誰かを探しているみたい。でも今、この部屋にいるのはセレンさんただ一人。
「あれっ、セレン。ネイルは?」「おっ、これだ」
セレンさんはラミアさんの問いに答えることもなく、目の前にある書類の束から、一枚の紙を引きだす。そのあとは無言のまま、手にした書類と机の上に置かれてあるコップの間を、視線が行ったり来たり。やがて納得がいったのか、『うむ。間違いない』とつぶやいた。
一方、いつまでも返事をしないセレンさんの態度に、なにか思いあたることでもあるのか、ラミアさんは顔をくもらせている。
「……セレン。まさかとは思うが、お前また」
再び声をかけられると、やっとセレンさんは彼女の方を向いた。
「うん? ネイルなら、患者のところへ薬を運んでいる。まもなく帰ってくるはずだ」
セレンさんがこともなげにいうと、ラミアさんは、ほっとしたような表情を浮かべた。
「そうか。それならいいんだけどな。あたいはてっきり、またお前がなにか」
「ラミア」
セレンさんはラミアさんの言葉をさえぎると、彼女の顔をまじまじと見つめて、
「少し汗をかいているな。こまめな水分補給は必要だ。まっ、これでも飲んでのどをうるおしてくれ」といって、『さぁ、どうぞ』とばかりに、今までながめていたコップをラミアさんに手渡す。
アタシが、『なにかな?』ってのぞいてみたら、お茶らしき色のものが入っていた。
「おっ、すまん。それじゃあ、遠慮なく」
ラミアさんはコップに入った液体を、ごくごくと一気に飲む。
「ふぅ。ちょっと苦かったかな。もう少し甘めの方が……」
「確かに。飲みやすい方がいいのかもしれない」
セレンさんは誰にいうともなしにつぶやく。
ばたっ。
ラミアさんは……倒れた。
「特に劇薬は」
セレンさんは床に落ちているコップを拾うと、ラミアさんへと目を向ける。その口元には、にやり、と笑みが浮かんでいた。
(セレンさん……。とうとう、ラミアさんを)
「ぬぐん!」「ごくん!」
「ミ、ミーにゃん。大変にゃ!」
「そ、そうみたいね」
「あまりな話の展開に、ウチは大切な赤玉ゼリーを噛まずに飲み込んでしまったのにゃ!」
「ミアン……。あなた、どっちに興奮しているの? ラミアさんが倒れたこと? それとも赤玉ゼリーを飲みこんだこと?」
「後者に決まっているじゃにゃいか。ラミアにゃんのことは、あくまでも本のお話。一方、赤玉ゼリーは現実の話にゃもん」
「あっ、そう。……って、ちょっとミアン。お尻を地面につけて、両方の前足を合わせているけど、なにをやっているの?」
「問われるまでもにゃい。ラミアにゃんのご冥福を祈っているのにゃん」
「えっ! じゃあ、やっぱりラミアさんは亡くなったの?」
「だって、セレンにゃんに劇薬を盛られたのにゃろ? とにゃれば当然」
「そうかぁ……。可哀そうに。やっと、お話の中に現われたって言うのに。すぐに死んじゃうなんて」
「ささ。ミーにゃんもご焼香の真似ごとを」
「ミアン、判ったわん。ラミアさん、どうか安らかに」
『眠ってたまるかぁ!』
「えっ!」「にゃんと!」




