第三十八話『助かった子どもたち』
「でもにゃあ。ぼこぼこにされた自分がこんにゃことをいうのもなんなのにゃけれども」
「なに?」
「はたから見ても怖いにゃあ」
「うん。絶対にあんな目にはあいたくないわん」
「はぁ、はぁ、はぁ。ミーナ、ミアン、これでどうなのねっ?」
びろぉぉん。
「許してあげる気になったかしらねっ」
きらきらきらきらきらぁぁん!
「『なったかしらね』ってすがすがしい顔でいわれてもにゃあ」
「本当。さわやかな笑顔をしているわん。でもなぁ。豆をぐちゃぐちゃにつぶしておいて、あげくの果てに平らに引きのばしちゃったわん。一体誰が『おせんべい』にまでしろ、なんていったのかなぁ」
「ミーにゃん。ちなみにミーにゃんって、おせんべいはいける口なのにゃん?」
「あの、かりっかりっ、とした歯ごたえは好きだわん。でもね。最近は、しけって、ぐにゃっ、とした感触も悪くないかなぁ、なんて思っているのよ」
「ミーにゃんもにゃかにゃか、『つう』になってきたのにゃん」
「おせんべいの話が出たところで、よしこ、もいいたいことがあるのよねっ」
ぽいっ!
「よしこにゃん。ごみを、いや、おせんべいを、いや、文字喰いを、むやみやたらと、そこらへんに捨てないでほしいのにゃん」
「あら、ごめんなさいなのねっ。ごみ箱が見あたらなかったから、つい、なのよねっ」
「そういえばミアン。ここ、ごみ箱ないね」
「本来、ごみが出るところじゃにゃいもの」
「ううっ、もじ。よっちゃん。ご、ごめん、ごめんもじ」
「よしこ、にじゃなくて、ミーナとミアンにあやまりなさい、なのよねっ」
「えぇっ、もじ。こんなやつらにぃもじ」
「あっ。ご主人さまのいうことが聞こえないのねっ。それならねっ」
ぐわん!
「あっ。金づちをまたふりあげたわん」
「文字喰いにゃん文字喰いにゃん。抵抗はそこまでにゃん。それ以上いったら、あんたの命が危ないにゃよ」
「そうよ。さっさとあやまった方がいいわん」
「ぐずっ。ひどい目にあわせようとしたわじをかばってくれるなんて……もじ。判ったもじ。あやまるもじ。
ミーナ、ミアン。ごめんもじ」
「いいんにゃよ、文字喰いにゃん」
「もう終わったことよ。こう見えてもアタシたちって寛大なの。許してあげるわん」
「ぐずっ。あ、ありがとうなのもじ。……おわびの意味をこめていうもじ。よっちゃん。ウチを思いっきり、たたいてほしいもじ」
「いいのねっ。じゃあ、いくわねっ。……そぉれっ! なのねっ!」
だががぁぁん!
「まぁ、にゃんともすごい勢いで……」
「あっ。ミアン、あれを!」
「にゃんと! 文字喰いの身体からたくさんの文字が一斉に飛びだしたのにゃあ!」
「どんどん本の中へ戻っていくわん!」
ざざざざ。ざざざざ。ざざざざ。ざざざざ。……。
ざざざざ。ざざざざ。ざざざざ。ざざざざ。……。
ざざざざ。ざざざざ。ざざざざ。ざざざざ。……。
……しぃぃん。
「どうやら文字の移動がおさまったみたいにゃん」
「どれどれ。本はどうなって……。やったぁ! ミアン、やったわん! 全てのぺーじが文字で埋まったわん。元に戻ったのよ」
「途中から内容が変えられてしまっているのにゃけれども。まぁ、とりあえずはよかったにゃあ、ミーにゃん」
「それでは早速いってみよう!」
「第三十八話へ突入、なのよねっ」
「うわぁぁ、そんなぁぁ!」「やったぁ! なのよねっ」
「むっ」「むっ」
ばちばち! ばちばち!
「ミーにゃん、よしこにゃん……。次に読む話番を先にいったぐらいで火花を散らさないでほしいのにゃけれども」
第三十八話『助かった子どもたち』
ラミアさんは病院に着くと、急いでアムちゃんがいた治療室へと駆けこんだ。
(アムちゃん、大丈夫かな)
「アムちゃん。ほら、薬になる花が採れた……」
ラミアさんが声をかけるも、ベッドはきれいに折りたたまれた状態になっていた。明らかに、患者さんがそのベッドからいなくなったことを物語っている。
「ま、まさか。手遅れだったのか……」
花を手にしたまま、唖然としてベッドを見つめるラミアさん。
と、そこへ、院長であるセレンさんが入ってきた。
「おぅ、来ていたのか」「セ、セレン!」
ラミアさんは震える手でセレンさんが着ている白衣のえりをつかむ。
「セレン。このベッドにいたアムちゃんは……アムちゃんはどこへ?」
「ああ、彼女か。実はさっきまでここにいたんだが、今は別室だ」
「別室って……。まさか、霊安室……」
「なにを不吉なことをいっている。ここは高度集中治療室だ。症状が改善したから部屋を移ってもらっただけだ」
「改善? だって彼女を治すのに必要な花はここに」
「いや、待っていたのは工業区にある薬剤研究所に注文していた薬だ。さっき届いたので早速、投与してみた。どうやら効いたようだ」
「なんだ。この花を待っていたんじゃなかったのか……」
しょんぼりとうなだれるラミアさん。
「花? おっ、『麻耶』の花を探しだしてくれたのか」
セレンさんはラミアさんの手から花を取りあげ、確認している。
「これこれ。これだ。この花が欲しかったんだ。ありがとう、ラミア」
セレンさんは頭をさげてお礼をいう。
「だけどセレン。一体その花は……」
「今日中にこの花が手に入ってよかった。ラミア、休憩室で休んでいてくれ。今は忙しいから、くわしいことはあとで話す」
「えっ。……ああ」
ラミアさんの言葉が耳に入らないみたい。セレンさんは大急ぎで治療室を出ていく。
セレンさんは通路の曲がり角で、ネイルさんと鉢あわせをする。
「おっ。ネイルも帰っていたのか。いい知らせだ。『麻耶』の花が手に入った」
「先生。研究室の準備は整っています。いつでも取りかかることができますよ」
「ほぉ。なかなか手際がいいな。じゃあ、すぐに始めるとするか。ネイル、手伝ってくれ」「はい、先生」
セレンさんとネイルさんは研究室へと向かった。そんな二人の姿を、ラミアさんは、ぼけぇっ、とした表情を浮かべながら見送っている。
「……なんだ、そうだったんだ。アムちゃんは助かっていたのか。それじゃあ、あの花は一体なんの薬を造るために使うつもりだったんだろう……。
まぁ、いいか。いろいろあって疲れた。セレンのいうとおり、休憩室でひと休みするか」
ラミアさんは緊張感がとけたせいか、ぐったりとしている。よろよろとした足取りで休憩室にたどりつくと、テーブルの上へ、ごろん、と横になり、そのまま眠ってしまった。
(ラミアさん。今日一日、お疲れさまでした)
「起きてくれ、ラミア。ここは仮眠室ではない」
声の主はラミアさんの身体をゆさぶりながら話しかけている。彼女も気がついたみたい。うっすらと目を開けた
「うん……。一体、誰だ……って、なんだ、セレンか」
ふわあぁあっ。ラミアさんは両腕をあげ、大きな口を開いてあくびをした。
「ここは……、なんだ、休憩室じゃないか。ひと休みするつもりが、いつの間にか眠ってしまったんだな」
「どうだ。目が覚めたか?」「うん? ああ、なんとか」
「それはよかった。君に会わせたい患者がいるんだ。来てくれ」
「えっ、あたいに?」「そうだ」
顔に『?(はてな)』のマークをつけながらも、ラミアさんはセレンさんと歩き始めた。
「ここだ」
がちゃ。
セレンさんにつづいてラミアさんが病室に入る。と、声が聞こえてきた。
「あっ、ラミアさん」
マリアさんだ。入口のドアから見た正面奥、窓際近くにあるベッドのわきに置かれた椅子から立ちあがると、急いで駆けよってきた。後ろにたばねた髪をゆらして。
がばっ。
「お、おい、マリア」
いきなり抱きつかれたラミアさんは困ったような表情を浮かべている。
「ラミアさん。……本当になんてお礼をいったらいいのか、……とにかくこっちへ」
「えっ。……ああ」
カーテンで仕切られていなかったため、部屋全体が見渡せる。病室には四つのベッドが並んでいた。正面向かい側の大きな窓からは、今は夕陽がさして部屋全体が橙色に染まっている。
マリアさんはラミアさんの手を取って、半ば強引に自分が座っていた方へと連れていく。目の前に見える二つのベッドには、それぞれ少女が一人ずつ寝ていた。でも、ラミアさんがそばに来たことに気がついたみたい。二人とも上半身を起こして手をふり始める。
セレンさんは患者二人を一べつしたあと、自分の親友に目を向けた。
「ラミア。知っているとは思うが、アムちゃんは村長の孫、つまりマリアの妹にあたる。もう一つのベッドにいるこの子はキヌちゃんといってフイルの従妹だ」
フイルさんもラミアさんの学生時代、同級生だった人。今は工業区にある岩石研究所の所長になっているとか。
「あっ、そうなんだ。でもセレン。何故あたいを」
「ここにいるアムちゃんもキヌちゃんも、君のおかげで助かったのだ」
「へぇっ? あたいのおかげ?」
ラミアさんは合点がいかないのか、聞きかえしている。
「そうだ」とラミアさんはうなずく。
「キヌちゃんの治療薬を造るには、『麻耶』の花に含まれている成分が必要なのは最初から判っていた。ところがあいにくと手持ちの分は切らしていて、普段利用している薬園にも花は一本も残っていないというありさま。本当に困ってしまった」
「なるほどな。それで、あたいに探してくれって頼んだわけか」
「そのとおりだ。だが、その間もキヌちゃんは日に日に病状が悪化していく。どうしたものかと途方に暮れていた矢先、ラミア、君が花を見つけて持ってきてくれた。手に入りさえすれば、あとは時間との勝負。ただちに花から必要な成分を摘出、他の薬と調合して治療薬を完成させた。この治療薬の安全性は大人、幼児を問わず、既に実証済みだ。そのため、臨床試験を経ずして、すぐさまキヌちゃんに投与した。結果は……見てのとおりだ。回復に向かっている」
「なるほど。あの花はキヌちゃんに必要だったのか。でもセレン。アムちゃんは?」
「えっ。ああ、それは……、だな」「それはですね」
急に歯切れが悪くなったセレンさんに代わって、ネイルさんが口を開いた。
「今日の午前中、ラミアさんは先生にお薬を盛られましたよね。あのお薬が今回、アムちゃんの病気を治すのに使われたんです」
「あっ、あれが……そうだったんだ」
「ラミア……。まだ怒っているのか?」
怖々(こわごわ)と尋ねるセレンさん。
「セレン。さっきもいっただろう? 人を治すのに役に立ったのなら、しょうがないって」
「そうか。ほっとした」
「でも……、あれからずいぶんと経っているじゃないか。どうしてすぐに治療を始めなかったんだ?」
「それはだな。……ええと」
セレンさんはどう話したらいいか迷っているみたい。
「ラミア。確かに君の『献身的ともいえる犠牲の』おかげで」
「なんだとぉ!」
ラミアさんがかみついてきた。
「……ネイル。どうしたらいい? ラミアが怒っている」
「先生。『献身的ともいえる犠牲の』は省いたらどうでしょうか?」
「なるほど。ていねいに話すばかりが相手を重んじる表現にあらず……か。
訂正。ラミア。確かに君のおかげで新薬の有効性と安全性は証明された」
「ふむふむ。それで?」
(へぇ。あれで納得しちゃうんだ。ラミアさんって単純)
「患者が大人であればこの時点ですぐに投与できたのだが、子供では薬の配合に微妙な調整が必要になる。そこでなじみの薬剤研究所に調合を依頼したのだ。すぐにできるという話だったが意外に手間どったらしい。君が花を持ってくる少し前に、やっとアムちゃんの薬が届いた。キヌちゃんと同じぐらいに治療が終わったのは、そのためだ」
「なぁるほどなぁ」
ラミアさんがうなずいていると、キヌちゃんが話しかけてきた。
「ラミアお姉さん。命を助けて頂いてありがとうございました」
「い、いやあ、いいんだよ。元気になってくれれば」
ラミアさんは近くによって、女の子の髪を手でかきわける。
「大丈夫か? どこかまだ具合の悪いところがあれば、すぐにいった方がいい」
「ううん。つい、さっきまでは苦しかったけど、今はとても楽。お姉さんがお花を持ってきてくれたおかげだって、セレン先生が教えてくれたの」
「そうか。よかったな」「うん。ありがとう、お姉さん」
となりのベッドにいたアムちゃんも声をかけてくる。
「せんせいちゃまは、あたちにもいったんでちゅよ。おねえちゃんがてちゅだってくれたから、あたちのおくすりをちゅくることができたんだって。らみあおねえちゃん。ありがとうございまちた」
「ラミアさん。私からもお礼をいわせてください。……本当にありがとうございました」
姉妹はそろって頭をさげた。
「うんうん」
ラミアさんはちょっと目をうるませてうなずいている。
アムちゃんをなでるマリアさん。マリアさんはやさしそうな目で妹を見つめ、アムちゃんは嬉しそうな表情で姉を見あげる。
そんな微笑ましい姉妹の姿を見つめるラミアさんの顔にも、いつしかやわらからな笑みが浮かんでいた。
(ラミアさんのやったことは、どちらも決してむだじゃなかったのね)
「よかったな。アムちゃん、キヌちゃん」
彼女自身もそう思ったに違いない。嬉しそうな顔で二人の頭をかわるがわるなでていた。
「子どもたちも助かったし、お話はいいことづくめで進行しているのにゃん」
「ラミアさんが花を持ってきたおかげで、は、いいとしてよ。毒を盛られたことが子どもを助けるのに貢献していたなんてね。なんとなく納得がいかないわん」
「もちろん、倫理面では問題があるとは思うのにゃよ。それでも」
「ミアンのいいたいことは判るわん。
まぁ、結果的には、めでたしめでたし、だからいいんだけどね」
「あんたたちって……、いつの間に、そんなに深く物事を考えるようになったのねっ」
「にゃから前にもいったじゃにゃいか。ウチらが持っている知性と教養がそうさせるのにゃん」
「そうそう。知性と教養。この二つだけはどう隠そうとしても隠しきれないのよねぇ」
「……またまた、つっこめ、との目線を送っているわねっ。ずいぶんと期待しているみたいねっ。だけど、つっこむのはやめておくわねっ。このままの方が、ずっと恥さらしになっておもしろそうなのよねっ」
「あれっ? よしこにゃん。文字喰いは?」
「文字喰い? ここにいるけどねっ」
「ここに、っていわれても全然見えにゃい……こともにゃい!
よしこにゃん。ひょっとして、手にひらにいるその小さいのが」
「そうなのよねっ。この子が、よしこ、の飼い魔『文字喰い』、なのねっ。普段の彼女はこれくらいの大きさしかないのねっ」
「本当に豆粒ほどの大きさだったのにゃん」
「文字をいっぱい食べたから、あんなに巨大化していたんだわん」
「こんにゃにも変わるなんてにゃあ」
「ねぇ、よしこ。さっき、よしこは、文字喰いのことを『彼女』っていったよね? ということは女性型妖魔なの?」
「もちろん、なのねっ」
「でも、それにしては言葉が荒っぽすぎたわん」
「ごめんなさいねっ。この子はねっ。とある世界で見つけたのよねっ。そこはお世辞にもいい環境とはいえないところでねっ。彼女は俗にいう育ちのよくない妖魔だったのねっ。言葉づかいがぞんざいなのはそのためなのよねっ」
「そんな妖魔がどうして、よしこ、と?」
「他に行く場所がない、っていうもんだからねっ。よしこ、の飼い魔にしてあげてねっ。一緒に旅をつづけていたのよねっ」
「そうだったの」
「ごめんもじ。ごめんねもじ」
「ミーにゃん。身体が小さくなったら、態度も可愛くなってしまったのにゃん」
「最初からこんな感じで会いたかったわん」
「これがねっ。元々の彼女なのねっ。荒っぽい言葉を使うこともあるけどねっ。本当は気が小さくてねっ。やさしい子なのよねっ」
「その代わり大きくにやったら手がつけられなくにゃる、ってわけなのにゃん」
「だからさっきみたいに、きついお仕置きで元に戻さないといけないのよねっ」
「でも、いけないっていう割には、よしこ、は、なんか楽しそうだったわん」
「ウチもそう思ったのにゃけれども」
「えっ。……うふふ、なのねっ。気のせいなのよねっ」




