第三十五話『爆風波』
はっ。はっ。
「ふにゃあ……、目が」「覚めたわん」
すくっ。すくっ。
「ミーにゃん、ごらん。立っていくら周りを見回せども」
「『べるとこんべやぁ』がなくなっているわん」
「つまり、これはあれなのにゃろうか。『戦士の休息』が」
「『終わった』っていいたいのね。そうかもしれないわん」
「ふふふふもじ」
ざざざざぁん!
「おや、出てきたのにゃ。まだ闘う気なのにゃん?」
「アタシたちの実力は判ったはずでしょ? もういい加減にあきらめなさい」
「まだ負けたわけじゃないもじ」
「とはいってもにゃあ。あんたの身体。四つ足で立っているウチと同じぐらいの高さにまで小さくなっているにゃん。このへんでやめておいた方が無難だと思うのにゃけれども」
「そうよそうよ。本から奪った残りの文字を返しなさい。そうすればアタシたちもこれ以上、手を出すのはやめてあげるわん」
「ずいぶんと上から目線なものいい、もじ。でも、もじ。わじは、ただ文字と一緒に身を隠していたわけじゃないもじ」
「文字喰いにゃん。それはどういう意味にゃん」「ちゃんと答えなさい」
「ふふふふもじ。いずれ判ることもじ。その時がくるのを楽しみにしているもじ」
ざざざざぁん!
「あっ。文字喰いがまた本の中にぃ!」「待て。待つのにゃ!」
ぱたぱたぱた。すたすたすたっ。
「ミアン、どうしよう。消えちゃったよ」
「文字喰いにゃんめ。一体、なにをどうしたっていうのにゃろう?」
「なにもいわないんじゃあね。こちとら見当も」
ぺらぺらぺら。
「あっ! ミアン、これを見て!」
「ミーにゃん、これっていっても……、にゃ、にゃんと!」
「ねっ。次の話、第三十五話が現われたわん。さっきまで真っ白だったのに」
「ふぅぅむ。ますますもって判らにゃい。文字喰いにゃんめ。にゃにをたくらんでいるのにゃろう?」
「どうする? ミアン。現われていることは間違いないんだし、読んじゃおうか」
「それもそうにゃん。お話のミーにゃんがなにをするのかも興味あるしにゃ」
「アタシも。それじゃあ」
「うんにゃ。読むとするにゃん」
第三十五話『爆風波』
アタシはラミアさんを追いぬき、亜矢華の奥深くまで飛んだところで元の姿へと戻る。
(これからアタシのやることが、果たして成功するかどうかは判らない。でも、他にいい方法が思いつかない今、これをやるしかないわん!)
アタシは身体をあお向けにすると、力ある言葉を叫ぶ。
「霊身拡大!」
妖力が発動した。アタシはアーガと同じぐらいになるまで、自分の身体を大きくする。
「妖力充填!」
アタシはつづけて妖力を発動。自分の二枚翅にありったけの霊力を注ぐ。いつものような遊びじゃない。アタシの翅が白色に輝く。
(さぁ、爆風波を射つわん)
そう意気ごんだ時、アタシの脳裏にこんな思いが。
(あっ。でも、銀光虫も飛んでこないこんな暗いところで霊力を使ったら、アタシの命が)
やらなきゃラミアさんが。でも、やればアタシが。二つの思いが交錯する。迷いに迷って、なかなか爆風波を射てない。『ああ、どうしよう』と気持ちはあせるばかり。
――そして、……時がとまった――
今、アタシがいるのは、『一瞬』という名を持つ時の狭間。ここは、アタシみたいな霊体が訪れることの多い空間だ。入ろうとして入れる場所じゃない。気がついてみれば、いつしか入っていた。ここはそんな不思議な場所。
周りにある全てのものが凍りついたようにとまっている。落下していたラミアさんや飛びかっていた銀光虫。天井の穴からふきこんでいた風や、そのせいでゆれていたお花さんたちも。
動けるのはアタシだけ。そんなアタシの耳元に聞きなれた声が届く。
「なぁにやっているのよ、みーな。悩んでぐずぐずしているなんて、あなたらしくないわん」
この空間に来ると、アタシは二つの身体に分かれる。
一つは『あたし』。弱気な性格のせいか、慎重すぎて優柔不断なところがある。
もう一つは『アタシ』。強気な性格っていうか、向こう見ずな面がある。
不思議なことに、ここではアタシは『あたし』に。名前もミーナから『みーな』へと変わってしまう。
「ええと。あなたは……」
あたしはとぼけてみる。
「なにを今更。アタシはミーナ。イオラの木に咲く花の妖精だわん」
そう。この子がもう一体のあたし。『アタシ』であり、『ミーナ』だ。
「ミーナ。あたしだって『みーな』よ」
「だぁかぁらぁ、アタシはあなたで、あなたは『あたし』……。ああ、ややっこしいなぁ」
(ミーナが……頭を抱えている)
「だからね。あなたもアタシで……。ええい! そんなことはどうでもいいわん!」
(ミーナが……キレた)
「とにかく、じれったいのよ。早く爆風波を射ちなさいってば」
「そんなぁ。あたしの気持ちも知らないで」
「本当。うじうじとうるさいわん。射ちたきゃ、さっさと射つ。それでいいじゃない。結果がどうなろうと、いちいち気にする必要なんてないわん」
「あたしの、ううん、あたしたちの命がなくなるかもしれないよ。それでも」
「あのね、みーな。アタシたちは人間じゃないのよ。あと先のことを考えたりなんかしないわん。今というこの瞬間に、自分が願ったことを願ったまま行動に移す。『わがまま』といわれようが『身勝手』といわれようがかまわないわん。それが妖精の本分ってやつよ。あなたもよく知っているでしょ」
胸をたたいて力説するミーナ。思わず納得しちゃった。だけど……。
「でも、ミーナ。そんなあなたが、なんでラミアさんのために命をかけるの?」
「違うわん。ラミアさんのためじゃない。アタシのためだわん」
「それって……どういうこと?」
「仮にラミアさんが死んだとしたらよ。アタシは悲しくなるに違いないわん。周りのみんなも悲しむ。それを見たら、また更に悲しみが深まっちゃう。そうじゃないの?」
「それは……そうだけど」
「アタシはね。自分を悲しませたくないの。だから、ラミアさんが死ぬのを見るのも、彼女が死んで周りのみんなが悲しむ姿を見るのも嫌なの。判るでしょ、みーな。
誰のためでもないわん。アタシ自身のためにやりたいの」
「……ふふっ。そうか。あたしの中には、そんな風に考えている『アタシ』もいるのね。でもやっぱりあたしは、やるなら、ラミアさんのためにやりたいな」
「いいじゃないの、みーな。それで。ねぇ、やろうよ」
「うん。ミーナ、やろう!」
「アタシはアタシのために!」とアタシは叫ぶ。
「あたしはラミアさんのために!」とあたしも叫ぶ。
「みんなのために!」
声をそろえて叫んだあと、あたしたちはお互いの顔を見つめ、ふふっ、と微笑んでいた。
「みーな。それじゃあ、始めるわん」「うん」
ミーナはあたしのとなりに並ぶ。
『アタシ』と『あたし』が一つになる。『あたし』が『アタシ』に。『みーな』が『ミーナ』に戻った。
心は既に決めてある。もう迷わない。
二枚翅が放つ光の色が、白から緑へ、そして銀へと変わっていく。
『白』はアタシの力を示す色。
『緑』はイオラの力を示す色。
『銀』は森の精霊である銀霊お母さまの力を示す色。
アタシの願いは、アタシの中に眠る銀霊お母さまの力を呼び覚ましていた。
――そして……時が動き始めた。周りにある全てのものとともに――
アタシは以前、ミレイが自分の翼をふるうことで『霊風波』を造りだし、ラミアさんの落下を防いだところを見ている。今、アタシがやろうとしているのは、まさにその再現だ。
本来、この技は『霊力爆風波』という、精霊イオラが使う技。ふき飛ばす力はかなりのものらしい。もちろん、妖精であるアタシがそれを真似したって、たいした力の量なんて出せやしない。ましてや、今は霊身拡大の真っ最中。なにもしなくても力は失われていく。なら、力の質を変えるまで。銀霊お母さまの力を利用すれば、たとえわずかな量であろうとも、ラミアさんを圧しあげるぐらいの力は出るはず。
今、アタシは渾身の力を放つ!
「妖力爆風波!」
ぷわぁふわっ!
ふるった二枚翅から生まれた、銀色にきらきらと光る爆風。それがラミアさんへと向かう。アタシが望んだとおり、爆風に包まれたラミアさんは落下から上昇へと転じた。
「ミアン、お願い。ラミアさんを受けとってぇ!」
アタシは元の姿へと戻る。見あげると、ラミアさんの放つ蒼い光とミアンの紅い光が交わっているのが目に映った。
「どうやらラミアさんは助かったみたいね。アタシもあがろう、っと」
アタシは飛ぼうとする。でも……。
「あれっ?」
翅をばたばたさせたけど、上昇する力はもうなかった。逆に、アタシは亜矢華の底へと落ちていく。
(そうか。霊力切れ……なのね……)
翅がすぅっと消えた。
(やっぱり、アタシにとっては強力すぎる技だったわん)
アタシは妖精。後悔はない、とは思ってみても、何故か涙があふれていた。
身体を動かすのはやめて静かに目をつむる。霊力を失った今、アタシにできることはなにもない。ミアンに期待したくても、さっき、ラミアさんまで身体を伸ばせなかったことを考えれば、それは無理というものだろう。
(さよなら、ミアン。さよなら、イオラ)
アタシは初めて使った。『さよなら』という別れの言葉を。
アタシは初めて知った。『さよなら』がどういう時に使う言葉なのかを。
自分の……身をもって。
アタシの身体は真っ暗な闇の中へと落ちていく。
(ガムラの霊火が……アタシを待っている……)
「お話のミーにゃん。にゃかにゃかやるじゃにゃいか」
「うん。アタシも鼻が高いわん」
「よくあんな小さい身体で人命救助を成し遂げたものにゃん」
「でも心配だわん。一時的とはいえ、アーガと同じ大きさになったり、妖力を『銀霊』お母さまの質にまであげたりするなんて。しかもあそこって暗いんでしょ? 勇気っていうよりも、あほ、いや、無謀な行動としか思えないわん」
「ミーにゃん。仮に、ミーにゃんがお話のミーにゃんだったとしたにゃら、どうしたと思うのにゃん?」
「うぅん。やっぱり、ラミアさんを助けちゃうかなぁ」
「そうにゃのか? たった今、あほとか無謀とかいっていたじゃにゃいか」
「それが妖精の性なのよ。理屈じゃないわん。こうと決めたら、わき目もふらずにまっしぐら。頭で、というより、身体がそう反応しちゃうのよね」
「にゃるほど。それじゃあ、しょうがないのかもしれないにゃあ」
「でもね、ミアン。ミーナの妖力は今、からっぽに近い状態のはずよ。とても自力であがることはできないと思うわん」
「ウチもそうにゃと思う。といって、あのまま落ちれば、ガムラの霊火がミーにゃんを焼きつくしてしまう。にゃんとかならないものかにゃあ」
「ふふふもじ。わじのねらいはそこにあったのもじ」
ざざざざぁん!
「またまた現われたのにゃん」
「一体なにをやったの? 文字喰い」
「わじは……ずばり、お話に手を入れたのもじ」
「それって……、元々あったお話の内容を変えちゃったってこと?」
「そんにゃことが……」
「簡単もじ。今回のお話は既にわじが食べてしまったものもじ。内容を書き換えた形で文字を戻すなど、わじにとっては朝飯前のこともじ」
「朝飯前? ミーにゃん。今日、ウチらは朝飯を食べてきたっけ? ずるっ」
「ミアン、よだれをぬぐって。相手の言葉に惑わされちゃだめ。そもそも、『朝飯前』を問題にすること自体、おかしいわん」
「でも、ミーにゃん。一日のうちで朝飯は大切」
「んもう! お願いだから、話の腰を折るのはやめてほしいわん。
それで? 話のどこを変えちゃったの? 文字喰い」
「前回、霊山『亜矢華』の天井を形造っている岩盤の一部がはがれて、ラミアへ落ちたのは覚えているのもじ。あれは元々はなかった話もじ」
「なかった? つまり、岩の欠片に邪魔されることなく、ラミアさんはロープを握っていられたってこと?」
「そうもじ。なんの『とらぶる』もなく花を手に入れ、無事に病院へ戻った。これが本来の話もじ」
「でも、どうしてそんなことを……、まさか」
「気がついたのもじ。そう。わじの目的はお前の命を奪うこともじ。お前の力を全て失わせて、ガムラの霊火で焼きつくされるようにしむけたのもじ」
「それでラミアさんを窮地に」
「そうすれば必ずお前は助けに来ると見越してやったのもじ。今回の話でも判るように、全てわじが望んだ結果となったのもじ。ふふふもじ。はははもじ。あっはははもじ」
「でも、どうしてそんなにアタシの命を」
「この本には実際にあったことが書かれているもじ。それは文字を食べたわじがよく知っているもじ。また本として存在している以上、その内容は過去にあったできごともじ。となれば、もじ。この本のミーナはお前の過去の姿であることは間違いないもじ。
過去の自分がいなければ、今の自分もいなくなるもじ。つまり、もじ。過去のミーナを滅ぼしてしまえば、今、わじの目の前にいるお前もいなくなるもじ。誰にも読まれない手つかずの状態でこの本とわじは出会い、文字を食べることができるもじ。この本に含まれている全ての霊力をわがものにすることができるもじ」
「自分を強くするためだけにお話のミーナを。このぉ! 絶対に許せないわん!」
「ふふふもじ。許せなければどうするもじ?」
「妖力爆風波で」
「ふふふもじ。むだむだもじ。たとえ、わじを滅ぼせたとしても、過去のお前が滅びれば、それはなかったことになるだけもじ」
「くっ!」
「滅びゆく者とこれ以上お喋りをしてもなんにもならないもじ。可哀そうなだけもじ。ではミーナ。これでさよならもじ」
ざざざざぁん!
「文字喰い! お待ちなさぁい! ……あぁあ、消えちゃった。
ねぇ、ミアン。どうしよう?」
ぱくぱくぱく。
「にゃに? ウチは今、お食事中にゃんよ。邪魔してもらっては困るのにゃん」
「なんかおとなしくしているなぁ、とは思っていたけど……。なにを食べているの?」
がつがつがつ。
「いや。今、なんどきか知らないのにゃけれども、朝食みたいにゃものが食べたいにゃあ、と思っていたら、にゃんと、差し入れがあったのにゃん」
「それで文字喰いがいるにもかかわらず、食べていたと」
「そうにゃよ」
もぐもぐもぐ。
「そうにゃよ……って。ねぇ、ミアン。今、どういう状況か判っているの?」
がじがじがじ。
「はい、これがミーにゃんの分。一緒に置いてあったのにゃよ」
「だからぁ。……くんくん。あれっ、美味しそうだわん」
「美味しそうじゃにゃくて、美味しいのにゃん。まぁ、ミーにゃんもウチの横で食べてみにゃさい」
「もうミアンったらぁ……。ふぅ。そうね。どう悩んだって、いい考えが浮かぶわけじゃなし。それに、文字喰いはお話のミーナとアタシのことを明らかに誤解しているわん。そこらへんをつけば、なんとかなるかも。まぁ、これを食べてからゆっくりと考えるわん」
ぱくぱく。もぐもぐ。
「本当、美味しいわん」
「にゃろう? あっ。差し入れとして、お茶づけをもう一杯ほしいのにゃん」
「ミアン。誰にいっているの?」
「判らにゃい。にゃけども、必ず造ってくれる。ウチはそう信じているのにゃん」
「信じる者は救われる……かぁ。お話のミアンは、なにを信じているのかなぁ」




