第三十一話『花のありか』
ごくごくごくっ。ごくごくごくっ。ごくごくごく。……。
「ふぅ。やっと舌から熱いものが抜けたわん」
ごくごくごくっ。ごくごくごくっ。ごくごくごく。……。
「本当、一時はどうなるかと」
ごくごくごくっ。ごくごくごくっ。ごくごくごく。……。
「よく考えてみれば、湯気出しているんだし、もうちょっと警戒をすればよかったわん」
ごくごくごくっ。ごくごくごくっ。ごくごくごく。……。
「大体、ミアンが悪いのよ。食べ物とくれば、目の色を変えてあとさき考えずに食べまくるんだもん」
ごくごくごくっ。ごくごくごくっ。ごくごくごく。……。
「だから、つい、アタシもつられちゃって……」
ごくごくごくっ。ごくごくごくっ。ごくごくごく。……。
「あげくの果てはこのありさま。長年つきあっている親友なんだし、もうちょっと自重しなさい、みたいな忠告をすべきだったかもしれないわん」
ごくごくごくっ。ごくごくごくっ。ごくごくごく。……。
「ところで、ミアン。いつまで舌を水で冷やして……うわぁっ!」
「……ミーにゃん、……助けて」
「ちょっとミアン。どうしたのよ、そのおなか」
「にゃから舌を冷やそうと水を飲みまくっていたのにゃん。そしたらもう、ぱんぱんに」
「あほだわん。舌を冷やすだけでいいのに、どうして飲んだりするの?」
「だってにゃ、ミーにゃん。折角、口の中に入ってくれたお水さんにゃんよ。そのままたれ流しては悪いにゃよ。ここは慎んで飲ませたもらうのが礼儀だと思うのにゃけれども」
「ミアン。水なんかに礼儀をつくしてどうするの?」
「ミーにゃん。水をあなどってはいけにゃい。水は、にゃ。命の母といってもいい存在にゃんよ。これがにゃくては生きとし生ける全てが」
「そんなことまで議論するつもりはないわん。水を軽んじるつもりもないわん。アタシがいいたいのはね。舌を冷やす目的で使っている水を、苦しくなるまで飲みつづけるミアンのあほさ加減よ」
「ぶふふ」
「なに笑っているのよ、ミアン。しかも大きなおなかをゆさぶって」
「ミーにゃん。いっておくけどにゃ、ウチとミーにゃんは親友どうしにゃんよ」
「そうね。それがどうかしたの?」
「ウチがあほにゃら、ウチの親友として長年つきあっているミーにゃんは」
「うっ……うるさぁぁい! 判ったからそれ以上はいわ」
「やっぱりあほにゃん」
「うっ」
がくっ。
やっぱりあほにゃん、やっぱりあほにゃん、やっぱりあほにゃん、やっぱりあほ……。
「ううっ。本当に頭がおかしくなったのかな。ミアンの声がこだまのようにアタシの耳元でささやいているわん」
「あたりまえにゃよ、ここでさえずっているのにゃもん」
「うわっ! いつの間にか本当に耳元にいたわん」
「と喋っているうちに、おなかが戻ったのにゃん」
「なぁんだ。意外と簡単に戻るのねぇ。アタシはてっきり手伝わなきゃいけないと思っていたわん」
「手伝う? どんな風に」
「んだから。ミアンのおなかの上で飛んだり跳ねたりして、身体の穴という穴から水を出しちゃうの。案外面白いかもしれないな、って思っていたんだけど」
「ごめんにゃ。ミーにゃんの楽しみを奪って」
「別に謝らなくてもいいけどね」
「さてと。それじゃあ、ミーにゃん。そろそろ読書の間に戻ろうにゃん」
「あっ、そうだわん。ええと、次は……と」
ばきゅぅぅん! ずぼっ!
「超特急で読書の間に戻ったわん。それで、ええと……ええと……、
あっ、ここよ。第三十一話。あなたを読みたいアタシがいるわん」
ずぼっ。
「ウチにも読ませてほしいのにゃん」
第三十一話『花のありか』
二人はいくらも経たないうちに、銀光虫の森へとたどりつく。
「ラミアさん、見てよ。銀光虫があんなに」「本当だ。とりあえず、あそこでおりよう」
ラミアさんは銀光虫の迷惑になるのを気にしてか、アーガたちを森のはしっこへと移動させた。アーガから降りた二人は、歩いて銀光虫のすみかへと向かう。近づくにつれ、次第に彼らの数が増えていく。
「ここだな」「そうみたいだね」
ラミアさんとレミナさんは顔を見あわせ、うなずいた。
木々をとおりぬけると、多くの銀光虫が飛びかっていた。すみかの周りはかなり広い。
「ラミアさん。銀光虫を怒らせちゃだめだよ。なんといっても彼らは森の守護者なんだから」
「判っているって」
二人はゆっくりと静かに歩き始めた。
花が咲いている場所を二人は丹念に調べている。だけど、目的の花は見つからないみたい。
「おかしいな。銀光虫が花びらをつけたのは、てっきり、ここだと思っていたんだけど……。
行動範囲全部を探さないといけないのか」
「ラミアさん。銀光虫はブルクにしがみついていたんだから、もっと捜索範囲は広いのかもしれないよ」
「銀光虫とブルクの行動範囲か。へたすりゃ、村全体だぞ。とても無理だ」
ラミアさんたちはため息をつき、花の捜索をあきらめかけている。そんな二人の間をとおりぬけ、かなりの数の銀光虫が空高く飛んでいく。
「あいつら、一体どこに?」「面白い。ラミアさん、ついていってみようよ」
レミナさんは翼を休めているアーガの方へ足を向けた。
「しょうがない。あたいも行くか」
ラミアさんもしぶしぶ、レミナさんのあとにつづいていく。
アーガに再び乗った二人は、『自由の森』上空へとやってきた。
「一体、この森のどこへ?」
そうつぶやいたラミアさんへ向かって、多数の銀光虫が飛んできた。
「ふぅん。目の前にいるやつらの飛んできた方角と、すみかにいたやつらの向かう先が一緒ってことは、あっちに花が咲いている場所があるのかもしれないな」
「あっ、ラミアさん。あれを見て!」
「どれどれ。……そうか。霊山『亜矢華』の頂上から飛んできているんだ」
「ラミアさん、行ってみようよ」
「レミナ。行きたいのは、やまやまだけどな。あそこは霊山じゃないか。うかつに近づいたら、あの山を包んでいる霊波の霊圧で、アーガが墜落しちまう」
「ラミアさん。頂上上空なら、山の霊圧を受けずにすむんじゃない? 多分、安定した飛行ができると思うよ」
「なるほど。それもそうだな。よし、決まった。とりあえず、頂上付近へ行ってみるか」
霊山『亜矢華』。……この山は外側から見ると、緑系の葉を持つ樹木で埋めつくされている。周囲には霧がかかっていて、あたかも、山全体を覆い隠しているかのよう。
ラミアさんたちは高度をあげて『亜矢華』へと接近。霊圧を回避して、無事に頂上が見おろせる空に到達した。
「レミナ。うまくいったな」
「ラミアさん。ほら、頂上の穴から」
「すごいなぁ。入るやつと出てくるやつ。どちらの数もはんぱじゃない」
「不思議だね。自分たちの森があるっていうのに。やっぱり、『あれ』のせいかな」
「レミナ。もっと近づいてみよう」
二人の乗ったアーガが頂上へと降下していく。ところが。
がたがたがた。がたがたがた。
アーガが二匹とも大きくゆれ始める。
「どうした? ミレイ」
心配そうに声をかけるラミアさんに、
「くぉーっ!(ラミアさん。『亜矢華』の霊圧が身体にのしかかってまいりました。これ以上接近するのは、……あ、危のうございます)」とミレイが警告を発した。
「くぉーっ!(姫ぇ! これ以上は無理だよ。身体がばらばらになりそう!)」
マミーからも悲鳴に近い声が。
「判った、ミレイ。霊圧がかからないところまであがるんだ。早く!」
ラミアさんが指示を与えると、レミナさんも、
「マミーも急いで!」と声をかけた。
二匹のアーガは、ぐぃぃん、と上昇。まもなく身体のゆれは収まる。どうやら、安定飛行が可能な地点に達したみたい。
「ふぅ。レミナ、危なかったな」
「本当本当。初めてだよ。こんなにマミーがうろたえたのは」
二人は改めて頂上を見おろす。
「ここからじゃ遠すぎて、中がどうなっているか、さっぱりだな」
「ラミアさん、どうするの? 山のふもとからあそこまでのぼっていくつもり?」
レミナさんの言葉に対し、彼女は首を横にふる。
「まさか。体力が持たないし、時間も惜しい。ロープの終端をミレイにつかんでもらって、先端を頂上へたらしておりる。これしかないだろうな」
「ねぇ。ラミアさん。知っているとは思うけど、『亜矢華』の底には『あれ』があるんだよ」
「『あれ』って、神霊ガムラの核のことだろう?」
「そう。万が一にも、そこまで落ちちゃったら」
「ガムラの強力な霊火に身をこがし、あとかたもなく消えちまう。そういいたいんだろう?
だけどな。他に手がかりがない以上、ここを探ってみるしかない。危険は覚悟の上さ」
「そうだね。とにかく中を調べないと、どうしようも……。あっ、あれは!」
ラミアさんとレミナさんはあがってきた何匹かの銀光虫から、白い花びらが、ひらひらと舞いおちるさまを目撃する。
「レミナ。やっぱり、ここだ!」「うん。どうやら、間違いなさそうだね」
「よぉし。花のありかが判ったことを、セレンへ知らせに行くか!」「えっ、今すぐに?」
「ああ。セレンのやつ、花が手に入らないって困っていたからな」
「そうか……」「うん? レミナ、どうした?」
「いや、そろそろフーレたちを集めて、水を飲ませに行かなくちゃいけないんだ」
「そうか。もう、そんな時間か……。
判ったよ。あとはあたい一人で十分だ。レミナ、今日も病院へは来るんだろう?」
「うん。夕方近くにでも行こうと思っているんだ。その時、また会おうよ」
「判った。多分その頃だったら、あたいもいると思うから」
「じゃあ、ラミアさん。またね」「ああ。また会おう」
レミナさんはラミアさんに手をふったあと、マミーへとまたがる。
「帰ろう、マミー」「くぉーっ! くぉーっ!(わぁい! 帰ろう帰ろう!)」
ばたばたばたっ!
レミナさんが手綱を引くと、マミーは勢いよく上空へ舞いあがる。ラミアさんは手をふって、その背中を見送っていた。
(ラミアさんは中央病院に行くんだ。それならアタシも行こうっと。この一大発見をミアンに知らせなくっちゃ)
アタシはラミアさんが飛びたつ前に、ミアンのいる中央病院へと向かった。
「ミーにゃん。この展開でいくと」
「うん。ミアンが次に出てくるのは間違いないわん」
「最初はにゃんとも思わなかったのにゃけれども。にゃんにゃんと、お話のミアンが出てくるのが楽しみになってきたのにゃん」
「ねぇ、ミアン。今度はどんな登場の仕方をすると思う?」
「多分、赤いマントを背中でひるがえして、さっそうと現われるんじゃないかにゃ」
「なるほどね。そうして悪いやつらを、ばったばった、と退治するのね」
「『お前はまだ生きているのにゃん』とか格好をつけてにゃ。
どうにゃろ? この際、本の題名を『化け猫ミアンれでぃ』とするっていうのは?」
「それで? 最後はどうするの?」
「親友であり、かつ宿敵でもあるミーにゃんを倒し、『できることにゃら、闘いたくはにゃかった』っていう、後悔の念を感じさせる捨て台詞を残して、表舞台から消える……。
やったにゃああん! ミーにゃん、どうにゃん?、ミーにゃん、どうにゃん? にゃかにゃかいいんじゃにゃいかと思うのにゃけれども」
「ミアン……。あなたは間違いなく、長生きすると思うわん」
「いただきますにゃん」「いただきますわん」
ぱくぱくぱく。むしゃむしゃ。
「十分冷めたから、安心して食べられるのにゃ。よかったにゃあ」
「本当本当。それに冷めても美味しいってやつよね。なかなかうまいわん」
ぱくぱくぱく。むしゃむしゃ。
「ふぅ。食べ終わったにゃん」「美味しかったわん」
「ところでミーにゃん」「なに? ミアン」
「さっきミーにゃんがいった言葉で、前々から気になっていたことがあるのにゃけれども」
「アタシが? なんていったの?」
「ほら、冷めても美味しい、っていったじゃにゃいか」
「へっ。……ああ、確かにいったわん。でも、それがどうしたの?」
「つまりにゃ。冷めても美味しい、ってことは、あったかければあったかいほど、いや、あつければあついほど、美味しいっていう言葉の裏返しじゃないにゃろうか? と思ってにゃ」
「まぁ、そうだと思うわん」
「あったかいまでにゃら、ウチにもなんとかにゃると思うのにゃよ。でも、熱いとにゃると……」
「猫だからね。熱いうちに食べるのは無理だと思うわん。
あっ。でも、ミアンの身体は実体波だから、舌を厚くすれば食べられるんじゃない?」
「ミーにゃん。ウチは猫であるという自分に誇りを持っているのにゃよ。そんな邪道な真似はできにゃい」
「誇りねぇ。だったら、あきらめるしかないわん」
「うっうっ。しょせん、猫は猫。究極の味を追い求めるのは無理があるのかもしれないにゃあ。うっうっうっ」
「(ミアンの目から涙のしずくがこぼれ落ちているわん)
ミアン。心中、お察しするわん」
「うっうっ……。ところでミーにゃん」
「なに? ミアン」
「次はなにを食べようにゃん?」
「……あきれた。もうおなかが空いたの?」
「いや、この空しさを埋めるには食べるしかにゃいと思って」
「今、気がついたんだけど、おなかが『空く』も、『空しさ』も、同じ『空』が使われているわん。どこかに相通じるものがあるのかも」
「にゃから? それと、次に食べるものとどんにゃ関係が?」
「別に。ただそう思っただけで」
「にゃあんだ」
「まぁ、どうでもいいことだけどね。
そうだなぁ……。よぉし、それじゃあ、思いきって」
「なんにゃなんにゃ?」
「あつあつ、ふぅふぅ、の『おでん』なんてどうかな? しかも『からし』をべったりと」
「ふにゃあああああ! ……でも、ちょっと食べてみたくなったにゃあ」
「……ごめんね、ミアン。やっぱり、やめた方がいいと思うわん」
「どうしてにゃ?」
「どうしてって……猫だから」
「誰が?」
「誰がって……ミアンが」
「……そうにゃった。またしても見果てぬ夢を見てしまったにゃあ。ぐすん」
「むしゃむしゃ。うまいうまいもじ。やっぱり本は最後のぺーじから食べるのが一番美味しい食べ方もじ。たっぷりとあるから楽しみながら食べられるもじ。本当、嬉しいもじ」




