第三十話『救出』
「ミアンが壁の前でぼぉっと突っ立っているわん。一体なにをやっているのかな?」
ぱたぱたぱた。
「ねぇ、ミアン。どうしたの?」
くるっ。
「ミーにゃん、だんご」
「……」
ばしっ!
「ミ、ミーにゃん! にゃんでいきなりウチをたたくのにゃ! 全然痛くはないのにゃけれども」
「失礼しちゃうわん。アタシのどこがだんごなのよ!」
「へっ? ああ。違うのにゃよ、ミーにゃん」
「違う? どういうことなの?」
「ミーにゃん。大変、唐突なのにゃけれども」
「えっ? あっ、はい」
「ウチはにゃ。だんごが食べたいのにゃん」
「……確かに唐突だわん。でも、なんでそんなことを?」
「ほら、ミーにゃん。この壁を見るのにゃ」
「壁? ただの白い壁じゃない。これがどうしたの?」
「ミーにゃん。前に、ここで綱渡りをしたことがあったにゃろ?」
「えっ。……うん。もちろん、覚えているわん。それがなにか?」
「あの時、ここに留め金具があったじゃにゃいか。それが今はないのにゃよ」
「いいじゃない。どうせ、もう使わないんだし」
「それはそうなのにゃけれども。ウチが問題にしているのは、何故なくなったのかということにゃん」
「いらなくなったからでしょ。また必要になったら現われるわん」
「ミーにゃん。自分でいってて不思議だとは思わないのにゃん?」
「なにが?」
「にゃからウチらが必要な時は現われるのに、そうじゃにゃい時は消えるっていう状況についてにゃよ。それに誰がいつ、付けたり外したりしたのにゃん? ウチらはずっとここにいるのにゃよ」」
「いいじゃん。便利で」
「ミーにゃんは本当にそれで納得しているのにゃん?」
「うん。自分が生活する上で支障がなければそれでよし。それ以上のことなんか考えたいとも思わないわん」
「ミーにゃんって物事を浅くしか考えないのにゃ。にゃんかうらやましいにゃよ」
「そ、そう? えへん!」
「ほめているわけじゃないのにゃけれども。やれやれ。ふぅ」
「んもう! 考え方は生き物それぞれだわん。アタシは『広く浅く』で、ミアンは『深く狭く』でしょ? あたしにいわせればミアンこそ考えすぎなのよ。大体、なんでそんなことを気にしているの?」
「それはさっき、ミーにゃんがいった言葉の中に含まれているのにゃ」
「へっ? アタシ、なんかいったっけ?」
「ほら、ウチが『何故なくなったのか?』ってきいたにゃろ? そしたら」
「ええと……、そうだわん。確か、『いらなくなったからでしょ。また必要になったら現われるわん』って答えたのよね」
「そこにゃあ!」
「えっ。どこどこ?」
「きょろきょろする必要はにゃい。ウチがいいたいのは、ここはウチらがほしいと思えば、できるかぎり望みをかなえてくれる。そんな部屋だってことにゃ」
「なるほどね。あっ、差し入れもそうじゃない? あれってミアンがほしいと思ったから出てくるのかもよ」
「ウチが今考えているのは、ずばり、今、ミーにゃんがいったことなのにゃ。ウチらがほしいと思ったことがかなうのであれば、だんごを頼めば当然」
「だんごの差し入れがくるってわけね?」
「そういうことにゃん」
「でも果たしてそううまくいくかどうか……」
がさごそ。
「あっ、ミーにゃん!」
「うっそお! 本当に来たわん」
「じゃあ、行ってくるのにゃよ」
「あっ、待って。ミアン」
「ミーにゃん。どうしたのにゃ?」
「その前に第三十話にいってみよう!」
「ミーにゃん……。おあずけとはあんまりにゃよ」
第三十話『救出』
穴の上空ではモームがレミナさんにいわれたとおり、水を、じゃぶじゃぶ、とたれ流している。
「モーム!」
「けるるる(おや、ミーナ。こんにちは。今日もいい天気ね)」
モームは、ぺこり、と頭をさげた。モームもアタシの友だち。ついつられて、『こんにちわん』と頭をさげる。
「そうね。このところ毎日いい日和で……って、そんなのんきなことをいっている場合じゃないわん!」
「けるるる?(どうしたの? 急に大声なんか張りあげたりして)」
「モーム、大変よ。ラミアさんとレミナさんが水の中をぐるぐると回っているわん」
「けるるる!(あらま、楽しそう!)」と翼を、ばたばた、させるモーム。
「そうなの。とっても楽しそう……じゃなくて!
おぼれて気を失っているみたいなのよ。だから、早く助けなきゃ!」
アタシが必死になって訴えているにもかかわらず、モームは首をかしげている。
「けるるる?(助ける? ドラスの力を持つラミアさんと、ディルドの力を持つ、うちの姫を? どんな殺し方をしても死にそうにない、あの二人を?)」
「すごいことをいうなぁ……。いや、疑問に思うのは判るんだけどね。いつまでも水の中にもぐらせておくわけにもいかないじゃない。病気にでもなったら大変よ」
「けるるる。けるるる(病……かぁ。ねぇ、ミーナ。知っている? ディルドってフーレの前身なの。ドラスを凌駕するほどの力を持っていてね。最強の翼竜って謳われた存在だったらしいわ。それなのに……。ディルドとドラス。どちらの純粋種も全滅しちゃったの。悪性の細菌が引きおこす病にかかったのが原因なんだって。強さを誇りにした二大翼竜が、ちっぽけな細菌に滅ぼされるなんてね。ふぅ。なんかやりきれないとは思わない?」
しんみりとした口調で語っている間も、モームは霊水を、じゃぶじゃぶ、と流しまくる。
(だから、そんな昔話にひたっている場合じゃないんだってば)
アタシは気が気でない。
「ねっ。病ってあなどれないでしょ? だから、早く外に出さないと」
「けるるる?(そうね。でも、どうすればいいの?)」
「とりあえず、水を流す勢いを弱くしてよ。そうすれば、自然と浮上して、穴の外へ押しだされると思うわん。二人が出たら、水をとめればいいの」
「けるるる!(判ったわ。任せて!)」
アタシの考えていたとおり、二人は無事に穴の外へ出られた。
「ここは……」「あちきたちは一体……」
ラミアさんたちは気がついたみたい。二人とも、落ちた穴から少し離れた場所に横たわっている。
くぉーっ! くぉーっ! けるるる!
三体の霊翼竜が発する声。それが二人の意識をはっきりとさせたようだ。
「……そうか。お前たちが」とラミアさんは、ほっとしたような表情を浮かべた。
二人を霊翼竜たちが心配そうにながめている。レミナさんは彼女らのほおをなでながら、
「ここまで運んでくれたんだ。ありがとう、マミー、モーム」とお礼をいい、ラミアさんも、
「また助けられたな。ありがとうよ、ミレイ」と感謝の言葉を口にした。
(めでたし、めでたし、と)
二人は今いる場所で、ぬれた衣服をかわかすことに決めたみたい。フーレが流した水の勢いに怖れをなしたのか、ブルクが一匹残らず、逃げてしまったからだ。それに彼女たちのそばには三体の霊翼竜が見張っている。ブルクたちは近づきたくても近づけるわけがない。
「ほら、ラミアさん。毛布だよ」「悪いな。ありがとうよ」
世話好きの霊翼竜たちが集めた木々に火をつけ、焚き火を始めた。衣類をかわかすのはもちろん、毛布にくるまって自分たちの身体も温めている。
しばらくすると、レミナさんは沸かしたお湯でお茶を造った。
「ラミアさん。ほら、お茶。身体が温まるよ」「おっ。すまん」
まだ寒いのか、身体が小刻みに震えているラミアさんに茶飲みを手渡す。
ごくっ。ごくっ。
「前もこんな感じだったな。どう? ラミアさん。少しは温まった?」
「ふぅ。まぁな。だけど、レミナ。お前だってぬれていたじゃないか。寒くはないのか?」
「あちきはどんなに暑くても寒くても水を扱わなきゃいけないからね。すぐに身体が慣れてしまうんだよ」
「だから、こんな荒っぽい方法も平気でやっちゃうんだな。やれやれ」
ラミアさんは、『お前とつきあうのは難儀だよ』っていわんばかりの顔つきだ。
「でもさ。今になってみると」
レミナさんは、自分たちが落ちた穴の方をふり向く。
「二人とも穴の底にいたんだから、一緒に掘ればよかったね。そうすればもっとたくさんの紅い石が採れたはずなのに。脱出するのに夢中でそこまで気がまわらなかったよ。うぅん、残念。
……ねぇ、ラミアさん。また今度」
ラミアさんへと視線を戻したレミナさんの顔は、まだまだ物欲しげな様子。そんな彼女に、ラミアさんの本能が警戒信号を発令したみたい。すかさず彼女の提案を却下した。
「あたいは遠慮する。危険なことが好きなわけじゃないからな」
(でも、それで引きさがるようなレミナさんじゃないわん)
「ええぇっ。あちきたち、親友でしょ? そんなつれないことをいわないでよ。また在庫が少なくなったらやろう。ラミアさんが好きな装飾具をいっぱい造ってあげるから」
「うっ。……一応、考えておく」とラミアさんはぽつりとつぶやいた。
(さすがはレミナさん。装飾具という『えさ』で見事、ラミアさんの女心をつかんだわん)
お茶を飲み終える頃には、ラミアさんの身体も温まったらしい。ほおに赤みがさしている。
「ラミアさん。衣服かわいたよ」
「じゃあ、それを着たら、さっさとここから退散するか」
二人はくるまっていた毛布を取り払い、かわいた服を着こむ。焚き火の後始末を終えると、霊翼竜たちが翼を休めている場所へ向かって歩き始めた。
「うん? なんだ、これは」
ラミアさんは足元近くに転がっていた『銀色に光る虫』に目を向ける。
「あれっ、銀光虫だ。でも、なんでここに?」
彼女が拾ってながめていると、レミナさんからこんな言葉が。
「ラミアさん。多分、ブルクの身体に張りついていたんじゃないかな。よく乗りもの代わりに使うことがあるみたいだから」
「へぇ。割と賢いやつだな」
「ラミアさん。それ、死んでいるの?」「いや、気絶しているだけだ」
ラミアさんが片手でその身体を、ぽんぽん、と軽くたたいた。銀光虫は気がついたみたい。光を放ちながら空へと飛んでいく。その身体から白いものがひらひらと舞いおちた。
「一体なんなの?」「花びらだ。白い花の……」
ラミアさんは手にとった花びらを裏返す。そこにはうすい紫色の筋が一本。
「こ、これじゃないのか。セレンが欲しがっていたのって」「えっ。……本当だ。筋がある」
「銀光虫のすみかがある森へ行ってみるか。見つかるかもしれない」「じゃあ、行こうか」
ラミアさんはミレイに、レミナさんはマミーにまたがる。モームに、ちらっ、と目を向けたあと、レミナさんはラミアさんに尋ねた。
「どうする? このまま行く? それとも、一旦あちきの小屋によってからにする?」
「いや。善は急げ、だ。すぐに行こう」
「その方がいいかもね。じゃあ、モーム。今日はお疲れさん。あちきはまだ用事が残っているから、先に帰っててよ」
「けるるる! (判ったわ。じゃあ、帰るわね)」
モームは羽ばたいて大空へと舞いあがっていく。
「よぉし。ラミアさん、あちきたちも行こう」「ああ。急ごう」
ラミアさんたちを乗せたアーガも大空へと飛びたつ。めざすは銀光虫の森。アタシもあとを追った。
「雨神フーレの長、モームが出ているのにゃん」
「お話のミーナと同じでアタシも友だちなんだけどね。結構おしゃべり好きだわん」
「特にぐちをこぼすのが、にゃろ?」
「そうそう。面白くてね。ついうっかりしていると、いつの間にか夕方近くになることもあるわん。『ま、まずい』と思って、あわててイオラの森に帰ったりなんかしてね」
「時間を潰すには格好の相手にゃん」
「とはいっても彼女は雨神だからね。会って話をしたいな、とか思っても忙しいことが多くて。なかなか会えないのよ」
「いつか機会があれば、是非一度、語り明かしてみたい相手なのにゃん」
「うん、アタシも。精霊の間に来てくれないかなぁ」
「霊体にゃから、できにゃいこともないんじゃないかにゃ」
「それじゃあ、ミーにゃん。改めて行ってくるのにゃよ」
ずぼっ。
ずぼっ。
「どお? だんごがあった?」
「よいしょ、と。ミーにゃん。あったことはあったのにゃけれども」
「どうしたの? ミアン」
「実はにゃ。だんごはだんごでも、そのぉ、『肉だんご』だったのにゃ」
「どれどれ。……本当だわん。でもまぁ、いいじゃない。ミアンだって好きでしょ?」
「それはそうなのにゃけれども。ウチとしては、だんごの最高峰として他の追随を許さない、『よもぎだんご』がほしかったのにゃん」
「それって大げさすぎやしない?」
「自分の好きなものにゃ。これくらいはいわないとにゃ。義理が立たないのにゃん」
「だんごに義理ねぇ。それでどうするの? 食べないの?」
「もちろん。食べるのにゃよ」
「だったらいいじゃない」
「一応、ミーにゃんに断っておいた方がいいと思ったのにゃ」
「なにを?」
「にゃから、自分が本当に望んでいたのは『よもぎだんご』だってことにゃ。そうじゃにゃいと、『そうか、ミアンは肉だんごが食べたかったんだ』と思われてしまうじゃにゃいか。ウチとしては変な誤解をされたくなかったのにゃよ」
「ミアン……。いっておくけど、アタシとしてはどっちでも構わないわん」
「ウチとしてはそうはいかなかったのにゃん。さてと。それじゃあ、折角、湯気も立っていることだし、温かい間にいただくとするのにゃ」
「ねぇ、ミアン。アタシもご相伴にあずかっていい?」
「おや、ミーにゃんもおなかが空いたのにゃん?」
「う、うん。だって最後に差し入れを食べてからだいぶ経つじゃない」
「ウチもそうなのにゃ。にゃからミーにゃんの気持ちはよく判るのにゃよ。じゃあ、一緒に食べようにゃん」
「うん」
「ではミーにゃん、ご一緒に。せぇぇのぉっ」
「いただきまぁぁす!」
がぶっ。
むしゃ。
「ふふにゃにゃあああっ! あ、あ、熱いにゃああ!」
「あ、あつ、あつ、熱いわぁぁん! やけどするわぁぁん!」
じたばた。じたばた。
「ミーにゃん。す、すぐに台所へ行くのにゃあ!」
「そ、そうね。水で舌を冷やさないではいられないわん!」
「ミーにゃん。今までいわなかったけどにゃ。実は……ウチは猫舌なのにゃあああん!」
ぴゅぅぅっ! ずぼっ。
「そ、そんなこと知っているわぁん。前にも聴いたし。化け猫だし。
うわあああ! そんなことを喋っている場合じゃないわああん。あつ、あつ」
ぴゅぅぅっ! ずぼっ。
「むしゃむしゃ。うまいうまいもじ。この本に文字の記録を残した者はかなりの霊力者だもじ。一つ一つの文字に強い霊力がこめられているもじ。なかなか味わい深い本だもじ」




