第二十九話『激流』
「はい。なみこ、を頭に戻したのねっ。これでどうなのよねっ」
「うん。やっと可愛いお人形さんらしくなったわん」
「髪は人形の命にゃあ。大切にした方がいいと思うのにゃよ」
「なみこ、は身体の一部だしねっ。もちろん、なのねっ」
「それはそうと、よしこにゃんたちは妖魔の海に出たのにゃろ? 結果はどうなったのにゃん?」
「だめだったみたいなのねっ。ほとんどが返り討ちのような目にあったみたいねっ」
「それはまたどうしてなの?」
「吸血鬼としての弱点は克服していたんだけどねっ。人形としての弱点はそのままだったのが敗因みたいねっ」
「人形としての弱点って?」
「人が、両手あるいは道具で簡単に壊せるのねっ。火にくべれば灰になってしまうのねっ。みたいな感じで、要するに普通の人形が壊れるようなことをやれば、簡単に壊れてしまうっていう話なのねっ」
「あれっ。でも、火には強くなったんじゃなかったっけ?」
「霊体としてはねっ。でも、人形としては弱いから結果的には燃えてしまうのよねっ。本当、意味がないのよねっ」
「じゃあ、よしこ、は、なんとか吸血鬼の元に戻れた、数少ない一体ってわけ?」
「そういうことねっ」
「よしこ、は、そのあと、どうなったの?」
「他の仲間とともに、部屋の隅っこに片づけられたのねっ。つまり、捨てられてしまったのねっ」
「その、よしこ、が、どうしてここにいるの?」
「そこにゃ。ウチもそこが聞きたいのにゃん」
「よしこ、はねっ。いつまでも『ほこりにまみれた人形』でいるのは嫌だったのねっ。だからねっ。自力で、みよこ、とともに、妖魔の海へ飛びこんだのねっ。あとは流れ流れて……、ふと気がつけば、妙な空間へと通じる入口が開いていたのよねっ。なんだろう? と思って興味本位で流れていったらねっ。ここにたどりついた、ってわけなのよねっ」
「それで、アタシたちと会ったんだぁ」
「もちろん、あなた方と逢えたのはねっ。あなたが、みよこ、を引っくり返したからなんだけどねっ」
「ご、ごめんね、よしこ」
「もう責めてなんていないわねっ。むしろ、それで逢えたことに感謝すべきかもねっ」
「感謝を? どうしてにゃん?」
「どうしてなの?」
「だってねっ。あなた方は、よしこ、を……そのぉ、初めて……友だちといってくれた霊体たちなのよねっ」
「そうかぁ。そうよねぇ」
「ウチも逢えてよかったと思っているのにゃよ」
「よしこ、も……」
ばたっ!
「よしこにゃん!」
「よしこ! どうしたの? 急に倒れちゃって」
「どうやら、妖魔力が限界に近づいてきたみたいなのねっ。このままでは」
「そんなぁ。……よしこ、アタシたちになにかできることはないの?」
「よしこにゃん。あるのにゃらいってみるのにゃ」
「ミーナ、ミアン……。それじゃあ、お願いがあるのねっ。よしこ、を、みよこ、に戻して欲しいのねっ」
「みよこ、に? ああ、棺桶にね」
「みよこ、にはねっ。まだかなりの妖魔力が残っているのよねっ。それで体力を補って、妖魔の海に戻ろうと思っているのねっ」
「妖魔の海に?」
「妖魔の海には妖魔波が絶えず発生しているのねっ。あそこで漂っていれば、血を吸わずとも、妖魔力を回復させることができるのよねっ」
「ミーにゃん。それじゃあ、人間の子ども姿になって、よしこにゃんを運ぶのにゃ」
「よぉし。アタシに任せなさい!」
ぱかっ。
「ミーナ。あなたって、本当に変化がうまいのねっ。人間そっくりねっ」
「えへん。それじゃあ、連れて……行く前に、第二十九話だわん」
「ミーにゃん……。にゃんか、ほっとしたような顔をしているのにゃけれども」
「ううっ。しまったぁっ、わねっ」
「よしこにゃん……。にゃんか、こっちは残念そうな顔をしているのにゃけれども」
第二十九話『激流』
レミナさんの身体に結びつけてあるロープは穴の上へと伸びている。
「これを使っても大丈夫かなぁ」
彼女が念のため、みたいな感じで、ぐぃ、と引っぱると、なんの抵抗もなくロープのはしが落ちてきた。
「だめだ。切られている……。きっとブルクたちみんなで、よってたかってかみきったんだよ」
ラミアさんは穴の入口を見あげる。でも、そこまでは遠い。
「のぼれるかなぁ」
手につばを、ぷっ、とふきかけ、土と石で覆われた内壁へと張りつく。
「落ちないでくれよぉ。……うわあぁ!」
上の石へ右手がかかる寸前、力んだせいか、左手、両足がすべって、……ずるり、と穴の底へ落ちちゃった。
「だ、大丈夫? ラミアさん」
「痛たたた! ……暗くてよく判らないな」と腰をおさえ、顔をゆがませるラミアさん。
「ここは苔のせいですべりやすい石が多いんだ。ロープなしでのぼるのは無理だよ」
「だけどなぁ、レミナ。それじゃあ、どうやってここから出ていくつもりなんだ? 他にどうしようもないじゃないか。ここは自由の森じゃない。フーレの森だ。使い手であるお前の許可がなくちゃ誰一人、この森には入れない。大声で叫んだってむだだ。アーガを呼ぶには呼べるが、こんな狭い穴になんか入れるもんか」
「アーガの実体波って確か変形が可能だったよね。細長い形になってもらえばいいじゃない。穴の上からここまで届くぐらいの長さがあれば、つかまってあがれるよ」
「無茶なことをいうな。霊翼竜がまとっている実体波は肉体とそう変わらない。身体もでかいから、それを壊したり造りなおしたりするのは負担が大きすぎる。容易にできるのは、大きさや形の決まった人型、獣型くらいとかぎられている。お前だって知っているはずだ。よっぽどのことがないかぎり、使い手としてそんな指示を出すことはできない。無理な話だ」
「となると、別な方法を考えなきゃだめだね」
「問題はまだある。なんとかして穴の外まで出られたとしても、だ。上にはブルクが群がっている。また襲われてここへ逆戻りが関の山さ。……ふぅ。本当にどうしたらいいんだ?」
みけんにしわをよせ、腕を組んでいるラミアさん。
「まぁまぁ。そんなに真剣に悩まなくたって大丈夫だよ」
「というと? レミナ、なにかいい考えでもあるのか?」
「簡単な話、あちきが霊覚交信を使ってアーガに伝言を頼めばいいのさ。
『自分の森なのに動けなくなっちゃった。助けてぇ』って。あちきの了解があれば、誰でもこの森に入れる。助けにきてくれるよ」
「レミナ……。その案は却下する。こんなことで助けられてでもしてみろ。かっこ悪いったら、ありゃしない。物笑いの種にされるのは目に見えている。あたいは仮にも『使い手』と呼ばれる身だ。立場ってものがある。大体ここはお前の森だ。一番はじをかくのはお前じゃないか」
「まぁ、それはそうだけどね」
「そりゃあ、ネイルにでも頼めばすぐに来てくれるだろうし、あいつは口が堅いから誰にもばれないですむ。助ける力もある。だけどできることなら、それをやるのは最後の最後にしたい。
レミナ、もっといい案はないのか?」
「うふっ。そういうと思った。大丈夫だよ、ラミアさん。とびっきりの方法があるんだ。しかも既に経験ずみ。必ずここから出られるよ」
「経験ずみ? ……そういやあ、お前、ここに来たことがあるんだっけ。一体どうやって抜けだしたんだ?」
「まぁ、任せておきなよ、ラミアさん」
親指を立て、にっこりと微笑むレミナさん。『モーム!』って雨神の名を叫んだあとは、鍵状に曲げた人さし指を口にくわえてふき鳴らした。
ぴぃぃっ! ぴぃぃっ!
「レミナ。なんでフーレを呼ぶんだ?」
「どうしても必要なの。ここから出るためにはね。まぁ、見ていなよ、ラミアさん」
「レミナ。あたいはもう一度だけ、内壁を試してみるよ」
「どうしてぇ?」
「お前と二人っきりになった時って、必ず悪いことが起きるからな。今回もなんか嫌な予感がする。……じゃあ、行ってくるぞ。それっ!」
ラミアさんは再び内壁に張りつく。
「考えすぎだよぉ……って、また始めちゃった。相変わらず頑強な身体をしているなぁ。ラミアさんは。……あっ!」
モームの気配を感じたみたい。レミナさんは霊覚交信を始めた。
「モーム。近くにいるよね」「けるるる(ええ。今、穴の上空にいるわ)」
「霊水をたっぷりと飲んだまま?」「けるるる(そうよ)」
「じゃあ、景気よく穴の中へぶちまけちゃってよ」
「けるるる?(またやるの? 本当に危険じゃないの?)」
「この前だって、ここを霊水でいっぱいにしたら簡単に出られたじゃない。だから、今度も大丈夫。安心して」
「けるるる(判ったわ)」
「遠慮は無用だよ。早く出たいんだ。思いっきりやっちゃって」
「けるるる(任せて)」
《モーム。……レミナさんご愛用のフーレ。全ての雨神フーレを統率する長でもある》
どがっ!
「あ、痛たたた!」
「あれっ、ラミアさん。ひょっとして今までのぼっていたの?」
「ああ、三分の一ぐらいまでは。だけど、油断したよ。また落ちてしまった」
「もうやめなよ、ラミアさん。そろそろモームが始めるから、それに備えていた方がいいって」
「モームが始める? 一体なにを?」
「なにを、って……。今の霊覚交信を聞いていなかったの?」
「のぼるのに神経を集中させていたからな。それどころじゃなかった」
ラミアさんは底にぶつけた腰をもみながら答えている。
「この壁じゃあ無理もないか……。ラミアさん。簡単に説明するとね。モームが今、上空にいるの。これから穴の中へ霊水が、どかっ、と降ってくるよ」
「この穴に、か? なるほど。水の力でここから脱出しようっていうわけだな」
「そういうこと。うん? 水がぽたぽたと落ちてきた」
「始まったか。助かったよ。なんとかここから出られそうだな」
「うん。降れぇ! 降れぇ! もっと降れぇぇ!」
「そうだ。もっと……。おい、レミナ。あれは!」「うわぁぁん!」
ざぶん! ざぶん! ざぶざぶざぶ……。
霊水が激流となって、一気に穴の中へと流れこんできた!
「レミナ。お、お前、どんな指示を与え……、うっぷうっぷ」
「あ、あちきはただ……、うっぷ。思いっきり、やれと……、うっぷ」
「あのなぁ……、うっぷ。水を流しこむんだぞ。思いっきり、といったって……、うっぷ。限度ってもんが……、うっぷ」
「ああん。ラミアさぁぁん!」「もうだめだぁぁ!」
浮上しようとしている身体を落ちてくる水が押しもどす。懸命にもがくものの、ぐるんぐるん、と穴にたまった水の中を回るだけで、外へ出ることができない。水の勢いにのまれて、とうとう力つきたのか、あるいは気を失ったかで二人は目をつむり、腕をだらりとさげた。
(大変だぁ。二人とも、洗濯槽に放りこまれた洗濯物のように回っているわん。
ふぅ。こんなこともあるんじゃないかと思って、身体の霊波を弱めておいたのは正解だったみたい。おかげでアタシは巻きこまれずにすんだわん)
「水の中をぐるぐる……とはにゃあ。想像するだけでも身ぶるいがするのにゃけれども」
「本当よ。お話のミーナは偉いわん。よくぞ危険を回避したって、ほめてやりたいわん」
「ちなみにミーにゃん。水だけで汚れはとれるものなのにゃろうか?」
「しつこい汚れには……、なんてものもあるみたいね」
「実体波を持つ身としては、衛生管理の為、食器は清潔であってほしいものにゃん」
「そうね……って、これ、お話の感想とはだいぶ、かけ離れすぎてやしない?」
「まぁまぁ。たまにはいいにゃん」
「よしこぉ、物置部屋に着いたわん」
「やっと戻れたわねっ……て、ちょっとミーナ。口が悪すぎるわねっ」
「えっ。アタシ今、なんか変なこといったっけ?」
「物置とはなにごとなのねっ」
「だって、部屋を見回せば、どう考えても物置にしか見えないじゃない」
「うぉっほん。あのねっ、ミーナ。仮にも、よしこ、が寝室にしている場所なのよねっ。となれば、……ええと……そのぉ……、のど近くまで出かかっているのに、なかなか言葉にできないのねっ」
「『貴賓室』っていいたいのにゃん?」
「そう! それなのよねっ。さすがはミアンなのねっ。やっぱり、ミーナとはだいぶ頭の質が違うのよねっ」
「ああっ! その差別的発言! 絶対に許せないわん! こうなったら、この棺桶、いや、みよこ、を壊しちゃおうかな」
「うわぁっ、なのねっ。前言撤回するわねっ。ミーナもいい頭を持っているのねっ」
「ふふん。判ればいいのよ、判れば。ねぇ、ミアン」
「ねぇ、って、いきなり話をふられても困るのにゃよ。どちらにしても、ウチとミーにゃんじゃ、たいした頭じゃないしにゃ」
「ミアンってばぁ。そんなに自虐的な考え方をしなくてもぉ」
「事実をいっているだけなのにゃけれども。
まぁ、お喋りはこれくらいにして、そろそろよしこにゃんを休ませてあげようにゃん」
「そうね。よしこ、も、ぐったりとしてきたみたいだから。ここらへんで幕とするわん」
「ミーにゃんも判ってくれたようだし、さぁ、よしこにゃん。これからどうすればいいのにゃ?」
「そうねっ。ええと、……まずはねっ。みよこ、をこの棚に置いてほしいのよねっ」
「ここね。わかったわん」
がたっ。
「次に、よしこ、をねっ。みよこの中に寝かせてほしいのよねっ。あっ、乱暴に扱ってはいけないのよねっ。……そう、そんな調子で」
さわっ。
「これでいい?」
「うんうん。なかなか寝かせ方がうまかったわねっ、ミーナ」
「それでお次は?」
「みよこ、のふたを閉じてほしいのよねっ」
「ふた? ああ、これね。じゃあ、閉じるわん」
「あっ、待って」
「どうしたの? よしこ」
「別れの言葉をいいたかったのねっ。
いろいろあったけどねっ。ふり返ってみれば、楽しかったのよねっ。だから二体には礼をいうわねっ。ありがとうねっ」
「途中ぐらいまでは怖かったのにゃけれども」
「アタシも」
「いっておくけどねっ。そうなった原因っていうのはあんたたちにあるのよねっ」
「うわあぁぁ。ご、ごめん、よしこ」
「ふふ。ミーナ。もう終わったことなのよねっ。気にしてなんかいないのよねっ」
「あ、ありがとう、よしこ」
「よしこ、こそ。楽しい時間をくれてありがとうねっ」
「アタシも楽しかったわん」「ウチも、にゃ」
「よしこ、は、これから、妖魔の海に戻るわねっ。また逢えるかどうかは判らないけど、一応いっておくねっ。……じゃあ、またねっ」
「うんにゃ。また逢おうにゃん」「アタシもいつか逢える日を楽しみにしているわん」
「……なごりはつきないけどねっ。ここまでにするわねっ。ミーナ、ふたを閉じてちょうだいねっ」
「うん」
がかっ。
「ミアン、終わったねっ。……あっ!」
ぴかぁぁん!
「みよこにゃんが輝きだしたのにゃあ!」
ひゅぅぅっ。
「みよこ、が……消えていくぅ。……あっ!」
「完全に消えてしまった……にゃん。よしこにゃんが妖魔の海に旅立ったのにゃ」
「行っちゃったかぁ」
ぱかっ。
「妖精の姿に戻ったのにゃん」
「これが本当のアタシだもの。……ねぇ、ミアン」
「なんにゃ? ミーにゃん」
「またアタシたちだけになったね」
「静かになったのにゃん」
「ミアンはどこにもいかないよね? アタシのそばにずっといてくれるよね?」
「ウチにはご主人様がいるのにゃよ。にゃから帰らなきゃならないのにゃけれども……、
それでも、一日ずっと逢えないってことはないと思うのにゃ。少なくとも、ミーにゃんが逢いたいって思ってくれるのにゃら」
「うん。それでいいわん。ありがとう、ミアン。アタシ、ミアンに逢えて本当によかったわん」
「ウチも、にゃよ。……それじゃあ、ミーにゃん。そろそろ読書の間へ戻ろうにゃん」
「うん。戻ろう」
すたっ、すたっ、すたっ、……。
ぱたぱたぱた、ぱたぱたぱた、……。
「ひさしぶりねぇっ。妖魔の海に、ぶらんこ、ぶらんこ、揺れる感じはねっ。
……ふぅ。意外と楽しかったわねっ。ねぇ、なみこ。なみこ、もそう思わない?
…………えっ!」
がばっ!
「あの妖がいないって……。そういえば、なみこ、の中で眠っていたはずよねっ。それがいないってことは……、確か、あの部屋には本が置いてあったわねっ。ひょっとすると、あの中に潜りこんだんじゃないかしらねっ。
まずいわねぇっ。あの妖、よしこ、の友だちに悪さをするかもしれないわねっ」




