第二話『聖竜』
「にゃんと! さっきまで六本あった筈にゃのに、夢中になって食べていたら、いつの間にか三本になってしまっている。これは一体どういうことなのにゃあ!」
「あのね、ミアン。三本食べちゃったってことでしょ? いいじゃない。まだ三本もあるんだから」
「三本しか残っていないのにゃん!」
「もっとも、そのうちの一本はアタシが貰うから、ミアンが食べられるのは二本だけだけどね」
「そんにゃああああ! うわんにゃ! うわんにゃあ!」
「と、ミアンが泣いているのを尻目に、アタシは次の第二話を読みふけるとするわん。
いーい? ミアン。ミアンもあとから読んでよ」
「うわんにゃ! うわんにゃ!」
「駄目かも……」
ぴらっ。
第二話『聖竜』
「くっそぉ! 仕方がない。こうなったら」
ラミアさんは、右手の親指と人さし指で丸を作り、指笛を鳴らす。
ぴぃぃっ!
「来るんだ、ミレイ!」
ラミアさんは叫ぶと同時に、その身体から『霊波』を流出、全身を蒼く輝かせる。
《霊波。……霊力が外界へと放たれる時の波動。霊力とは、『存在する全てのもの』がうちにひそめる、『存在する』ための根源となる力。もっとも、これは村固有の定義らしい》
その力は真っさかさまに落ちていた彼女の姿勢を制御した……のだけれど。
「やっぱり。……あたいの力だけじゃだめか」
彼女は落胆したような声をあげた。
ラミアさんは今、落下の真っただ中。立ち姿であり、その速さもゆるやか。だけど、落ちつづけていることに変わりはない。まだ距離はあるものの、下には不気味な暗雲が拡がっている。その姿は、まるで彼女を吸いこまんと待ちかまえているかのようにさえ思えちゃう。
「あそこに落ちたら、霊波なんてわずかしか持たない。生きて帰るなんて夢のまた夢だ」
死にたくない、とでも思ったのだろう。ラミアさんの霊波が強く輝く。そのおかげか、落下の速度が更にゆるむ。だけど、……とまってはくれない。
「もう、これ以上は……とてもじゃないけど無理だ」
ラミアさんの顔にはあせりの色が。霊波の光が刻一刻と弱くなっていく。それに伴い、落下も加速している。力の限界が来ようとしているのかも。ラミアさんは大声で叫んだ。
「頼む、ミレイ。早く来てくれぇ!」
すると、その声に応じるかのように、一匹の聖竜が姿を現わす。
「くぉーっ! くぉーっ!(ラミアさん。お待たせして申しわけありませんでした)」
《聖竜。……霊翼竜アーガのこと。村の役に立っていることから、そう呼ばれている。紅い身体で目は細長。クチバシは長くとがっている。二枚翼で空を飛んだかと思えば、尻尾を左右にゆらしながら四つ足で地をはいずりまわることも。後ろ足だけで立つことだってできちゃう》
飛んできたのは、ラミアさんの親友で、かつアタシの友だちでもあるミレイ。彼女は今、ラミアさんより低空を飛んでいる。
(ふぅ。ミレイがやっと来たわん。でも、どうやってラミアさんを助けるつもりなのかな。落下が加速している今じゃあ、足でつかもうとしてもうまくいくかどうか)
ミレイはラミアさんの真下に着くと、その紅い身体を、くるっ、と横向きに反転、あお向けの状態へ。彼女は紅い霊波で身体を輝かせると、ラミアさんへ向かって翼をふるう。翼からは霊力がこめられた風、『霊風波』が放たれた。
ぶわぁぁっ!
霊風波を浴びたラミアさんは、今度は逆に、ふわっ、と浮かびあがり始めた。それと同時に、身体を覆っている蒼い霊波も強い光が戻っていく。
(でも、これは一時的な力よ。このままじゃ、いずれまた落下してしまうわん)
ミレイは姿勢を元に戻して上昇。ラミアさんは蒼い霊波の力で降下。ともにゆるやかな速さで移動している。二つの間が次第に狭まっていく。と、その時。
ぼん!
火の玉が雲海から飛びだしてきた。現われたのはミレイの真下。彼女の身体めがけて上昇している。
(ま、まずい! このままだと、ぶつかっちゃう!)
考えている暇なんかない。
「やらせるもんかぁ! それっ、『妖力眼光弾』!」
ばきゅぅん!
アタシは両目から塊状に集約された霊波を放つ。
ずぼっ!
(やったぁ! 火の玉に命中。壊れたわん)
そんなこんなをやっているうちに、ラミアさんの足がミレイの背中に届くまであとわずか、というところまで来た。
(慎重に。……そう、あと少し。……もう少し。…………やったぁ!)
結局、何事もなかったかのように、ラミアさんは聖竜の背中へおりることに成功した。見れば、彼女は顔中汗だくになっている。
(無理もないわん。命がけだったんだから)
ラミアさんの蒼い霊波が消えた。
「くぉーっ(一声かけてくだされば、ご一緒しましたものを)」
『もう、本当に困ったお人ですこと』といわんばかりのミレイ。
「はぁはぁはぁ。ミレイ……、すまん。おかげでぇ……って、はぁはぁはぁ。助かったぁ」
それは心の底からしぼりだすような声。
「くぉーっ(なんにしても無事でようございました)」
ミレイはねぎらいの言葉でそれに応じた。
アタシは、はらはらしながら見ていたから、この結末にほっと胸をなでおろす。
(それにしてもよかったな。あのままだったら暗雲に飲みこまれ、ラミアさんは還らぬ人になってしまったに違いないもの)
ミレイの背中に身体を預け、ぐったりとしているラミアさん。その顔にはほっとした表情が浮かんでいた。
ひと休みしたあと、ラミアさんはミレイの身体をなでながら声をかける。
「じゃあ、ミレイ。中央病院へ直行してくれ。この花をセレンに届けたいんだ」
「くぉーっ(任せてくださいまし)」
聖竜は啼き声をあげると、こちらの方へ頭を向ける。
(どうしたのかな? 病院とは方角が違うのに)
ばたばたばた。
聖竜は、その場に身体をとどめたまま、アタシに声をかけてきた。
「くぉーっ(ミーナさん。先ほどはありがとうございました)」
「えっ。……お礼なんかいいわん、ミレイ。困った時はお互いさまっていうじゃない」
『困った時はお互いさま』はミアンがよく使う言葉。気がついたらアタシも口にしていた。
「くぉーっ(そのお心づかい、深く感謝いたします。では急ぎますので、これにて)」
聖竜はあたしに頭をさげたあと、方向転換、一路、中央病院の方へと向かっていく。
「ミレイ……」
ミレイは霊翼竜。妖精のアタシが見える。最初に話しかけてきたのは彼女から。おかげで、ごく自然と友だちになれた。
(気がついてくれたんだぁ。ふふっ)
ひょっとしたらラミアさんも、って、ちょっぴり期待していた。アタシの方を、ちらっ、とふり向いたので、もしや、と思ったんだけど、言葉をかけてくることはなかった。
(やっぱり、アタシが見えないんだろうな。それに、さっきの火の玉は、ミレイの上側にいたラミアさんからは死角になっていたはず。気がつかなくても無理はないわん)
アタシも病院へと向かう。もちろん、つづきがどうなるのか知りたい、っていうのもあるけど、それだけじゃない。
「ふふっ。ミアン。今、行くわん。覚悟して待っていなさいよ」
霊体にもかかわらず、全身になにか熱いものがたぎる。もはや、じっとしてはいられない。
びゅぅん! アタシは緑色の光弾となって飛んでいく。
「へぇ。アタシが人助けねぇ。なんか柄じゃないわん。ねぇ、ミアンもそう思うでしょ?」
「全くにゃ。あと一本しかにゃい。こうにゃれば、ミーにゃんには食べるのを遠慮して貰う以外は……、にゃ、にゃにをするミーにゃん!」
「どうしたの? ミアン」
「なんでウチのおだんごを横取りしているのにゃん!」
「人聞きの悪いことを言わないで欲しいわん。ちゃんと言ったでしょ? アタシもおだんごを貰うって」
「くっ……。とぼけたいのはやまやまにゃれど、確かに聞いた記憶がこの胸に。いや、頭に。判ったにゃん。それじゃあ、半分っこ、ってことで折り合おうにゃん」
「そうまでしてねばるつもり?」
「おだんごにゃもん。ねばついて当たり前にゃん」
「ふぅ。判ったわん。そこまで押し通すなら、ここは一歩譲るわん」
「うわぁん! ありがとう、ミー」
「ただし!」
「なんにゃ? ミーにゃん」
「ミアンは第一話の感想を言わなかったじゃない。だからね。その分も含めて第二話の感想を頼むわん」
「ふぅ。やっぱりなにか言わないといけないのかにゃ?」
「そりゃあ、一応、読んだんだし。なんでもいいから言ってよ」
「そうにゃあ……。ミーにゃんが表に出にゃいながらも、人を助けたりしているってところは、なかなかいいと思うのにゃけれども」
「にゃけれども?」
「最初はてっきり、ミーにゃんが主人公の話だと思っていたのにゃ。ところが第一話を読むかぎりでは、黒子と言うか、傍観者になってしまっているじゃにゃいか。そこが、親友のウチとしてはいささか物足りないところにゃん」
「でも、お話の全般に渡って主人公って言うのは、アタシにとって荷が重すぎるわん。傍観者でありつつ、ちらっちらっ、と自分ってものが出せるところがあるなら、それはそれでいいと思うの」
「ミーにゃんがそれで満足と言うなら、ウチはなにも言うことはないにゃ」
「でもね。アタシ、一つだけ不満があるわん」
「なんにゃ? それは」
「アタシの親友が出ていないこと」
「いいじゃにゃいか。ウチなんていなくても」
「冗談じゃないわん。ミアンのいない世界なんてつまらないわん」
「ミーにゃん……。そんにゃにウチのことを。ありがとうにゃん。ぐすっ」




