第二十七話『ファライアを求めて』
「それで、よしこ、の霊体は? 人形の身体は、まぁ、いってみれば、ただの器でしょ? 霊体本体はどうやって造りだしたの?」
「『霊化種子』っていう種があるのよねっ。吸血鬼はそれにねっ。自分の念をこめた血を浸したのねっ」
ぶるぶるぶる。
「なんか怖い話になりそう。このまま聞いていいものやら悪いものやら、だわん」
「にゃあ、よしこにゃん。その種というのは食べられるのにゃん?」
「随分と変なことを聞くのねっ。まさか食べてみたいとかいうんじゃないでしょうねっ」
「種をお豆、血を出し汁みたいにゃものと考えれば、なんとにゃく食べられそうな気がするのにゃけれども」
「出し汁って……、とんでもないことを考えるのねっ。でも、悪いことはいわないからやめておきなさいねっ。おなかでも壊したら大変なのねっ」
「そうよ、ミアン、アタシも絶対やらない方がいいと思うわん」
「ぶふっ。どうにゃ? ミーにゃん。少しは怖くなくなったんじゃにゃいか?」
「えっ。
……ひょっとしてミアンはアタシのことを案じて、こんな話を始めたの?」
「それもあるけどにゃ」
「他にもなにかあるの?」
「……ウチもだんだんと怖くなってきたのにゃん」
「ミアン……」「ミーにゃん……」
ひしっ。
「こうやって抱きあっていれば、この先、にゃにを聞かされても怖くないと思うのにゃけれども」
「そうよね。いい考えだわん」
「それじゃあ、よしこにゃん」
「続きを話してよ」
「別に、よしこ、は『怖い物語』を聞かせたくて話しているわけじゃないんだけどねっ。
でも、心配しなくてもいいのよねっ。あとは、あっさり、だからねっ」
「ふぅ。それにゃら」
「いいわん」
「さぁ、抱きあうのはやめて、そこに並んで座ってよねっ」
「座る? よしこ、どうして?」
「立ち話だけでも結構、妖魔力を使うのよねっ。だから、座って休みたいのねっ」
「それもそうにゃん。にゃら、座るとしようにゃん」
「アタシも」
「じゃあ、よしこ、もねっ。よいしょ、と」
「みんな座ったし、それじゃあ……、あれっ?」
「どうしたのにゃ? ミーにゃん」
「目線が低くなったおかげで、ご本がもっと身近になったわん。
ということで、ここは一つ、第二十七話にいってみよう!」
「相変わらず強引な話の運び方にゃん」
第二十七話『ファライアを求めて』
アタシは眠りから覚めると、ラミアさんたちのことを想いだした。
「うわぁ、すっかり忘れていたわん!」
陽のかたむき加減からいえば、昼半近く、つまり、昼と夜の中間ぐらいにはなる。あわててフーレの森へと向かった。
アタシにとって、『紅い石を見つけること』それ自体は、さして面白味はない。だけど、あの二人が一緒になってやる以上、思いもよらぬ事態へと展開する可能性は大いにある。アタシは胸を躍らせた。
「時間よぉ。とまってぇ!」
わくわくどきどき。はやる心をおさえつつ、まっしぐらに飛んでいく。森まであともう少しというところで、ラミアさんとレミナさんが、それぞれご愛用の聖竜アーガにまたがって飛んでいるのが見えてきた。
「ふぅ。ちょうどよかったわん」
もちろん、アタシもついていくことにする。
まもなく二人はアーガをとめた。どうやら真下が目的地らしい。上空から様子をうかがっている。
「おっ。見ろよ、レミナ。予想どおりだ。ブルクは影も形もない」
「よかったぁ。それじゃあ、ラミアさん。この少し先にアーガのおりやすい場所があるんだ。そこまで移動しよう」
「えっ。あそこに直接、じゃだめなのか?」
「うぅん。おりようと思えば、おりられないこともないけど……。アーガの姿を見たブルクが驚いて、穴に落ちてしまわないともかぎらないしね。無用な刺激を与えるのは避けたいんだ」
「判ったよ。じゃあ、そうするか」
二匹のアーガは目的地近くにある広場へ足をおろした。
ブルクのお気に入りであるこの場所は一面が野原となっていて、彼らのえさとなる草木が生いしげっている。硬めの草はもちろん、背が低くて細い木なども鋭い牙を使って、ばりばりっと、いとも簡単にかみ砕く。また、好物の木の実がなる大きな樹木も生えている。高い部分の枝にできるため、樹木自体に体あたりをして地面に落ちたものを食べている。飲み水として利用できる池もあることから、ここを彼らが格好のたまり場と選ぶのは、ごく自然なことだったのかもしれない。とはいっても、ブルクがすみかとして好むのは洞穴。陽が落ちれば一匹もいなくなる。
池のそばには、ぽっかりと空いた穴がある。二人がおりようとしているのは多分あそこだ。
ラミアさんたちは木々の茂みから、ブルクたちのたまり場をのぞいている。
「レミナ。やっぱり、いないみたいだ」
「じゃあ、すぐに行く? ぐずぐずしていると、帰ってきちゃうかもしれないし」
「そうだな」
二人は物音を立てないように、そっと穴のところへと向かった。
「ここか。ずいぶんと深い穴だな。おっ。そこにきれいな花が咲いているじゃないか」
「それそれ。それを採っている最中に、ブルクがやってきて襲われそうになったの」
「気をつけないといけないな。あいつら、あまり足音を立てないっていうし」
「じゃあ、始めようか?」
「よし、やろう。あたいがブルクを見張っているから、その間に採ってきてくれ」
「判った」
ラミアさんは近くの木に、小さな鈴をつけたロープをしっかりとくくりつける。
「準備はできた。レミナ、早く穴の中へ」
「うん。ロープは少しずつ送ってね。あと、ブルクの見張りも頼むよ」
「判っているって。お前こそ、忘れものはないだろうな」
「ラミアさん。心配しなくても、ほら」
レミナさんは背負っている大きな袋を見せた。
(穴を掘る道具でも入っているのかな。ぺったりとしているってことは、手に入れた紅い石をつめこむつもりなのかも。あれなら、いっぱい入りそうだし)
彼女は手のひらに小さな霊火を出した。どうやら、灯り代わりにする気らしい。身体にロープを結んだあとは、霊火を自分のそばへと浮かべた。
「じゃあ、行ってくるから」
ラミアさんに手をふったあと、レミナさんは穴へと飛びこんだ。
ぐっ! レミナさんの全体重が、ラミアさんの手にしているロープにかかったみたい。でも、大丈夫。ラミアさんは余裕でロープを支え、ゆっくりと送り始める。
「レミナ、大丈夫かぁ」「もち。どんどんおろしてぇ」
少しずつ穴の中へと送られていたロープに、やがて張りがなくなった。
「どうやら、底に着いたようだな。レミナ、早く帰ってこいよ」
ラミアさんは誰にいうともなしにつぶやくと、周囲の警戒を始めた。
それから、しばらく経ったあとのこと。
からんからんからん!
「おっ、ロープの鈴が鳴っている。採掘が終わったな」
ラミアさんが起きあがる。
最初はブルクが来ないか見張っていたものの、一向に姿を現わす気配がない。時間が経つにつれ、緊張感がうすれたのだろう。レミアさんとの約束をほっぽって、近くの岩で寝転んでいた。
「よいしょ、よいしょ、っと」
穴の縁に立ったラミアさんは、ロープを少しずつたぐりよせていく。
「あいつの身体が軽いせいか、それともあたいの腕力が強いせいか。多分両方だと思うけど、意外と簡単に引っぱりあげられるものなんだな」
自分の太くなった腕へ視線を移す度に、『はぁ』とため息をついている。
やがて、レミナさんの手をふる姿が見えてきた。
「おぉい! ラミアさぁん!」「レミナぁ、首尾はどうだぁ?」
「完璧ぃ。ずいぶんと採れたよぉ」
レミナさんの嬉しそうな声に、ラミアさんは満足した表情を浮かべている。あともう少し、とロープを引っぱった拍子にあげた視線の先には。
「なっ!」
穴をはさんでラミアさんの向こう側には数頭、黒毛のブルクが集まっていた。その半分ぐらいが彼女を警戒するかのように見つめている。
ロープを引っぱる手をとめたラミアさんは、なにかに気がついたみたい。
「ま、まさか……」
恐る恐る自分の後ろへと目を向けた。
「あっ!」
そこにも既にブルクが集まっていた。彼女がふり向いたとたん、その中の一匹が勢いよく迫ってくる!
「ぐおぐお! (遅い!)」
どん!
「うわああぁ!」
ラミアさんはブルクの体あたりを食らう。ぶつかった勢いからか、彼女はロープを手放し、自分も穴の中へと落ちていく。
(あれあれ。二人とも穴の中だわん。
……ここにいてもしょうがないから、アタシも行こうっと。ラミアさぁん、待ってぇぇ!)
「話はラミアさんたちの方に戻ったみたいにゃん」
「ブルクに落とされちゃうなんてラミアさんらしいわん」
「それにしても、にゃ。ラミアにゃんとレミナにゃんがなにかを一緒にやる時って、必ず、といっていいくらい、よからぬ結果が待ちうけているのにゃん」
「レミナさんはそれも含めて楽しんでいるのよ。可哀そうなのは、とばっちりを食らうラミアさんの方。よく親友関係がをつづいていると思うわん」
「ラミアにゃんって、ある意味、人間ができているのかもにゃ。包容力が人一倍あるのに違いにゃい。まるでウチみたいにゃん」
「できた化け猫……ねぇ。あまり聞かないわん。それにさ。『なに』に対してそう思うわけ?」
「もちろん、ミーにゃんに、にゃよ」
「へぇ。たとえば?」
「たとえばって……。まぁ、いろいろあるのにゃけれども……。そう。確かあれはミーにゃんがイオラにゃんから、精霊の間を出てもいい、っていうお許しを貰えたばかりのことだったにゃん」
「まぁ、随分と昔の話で」
「ちゃちゃを入れずに聞いてほしいのにゃん。それでにゃ。イオラの森にある湖の周りって、大岩がこう、ぐるっと囲むように並んでいるにゃろ?」
「うん。飛んだり跳ねたりしながら、ぐるっと一周するのは今もやっているわん」
「そのさなかにゃよ、『あわわわ!』にゃんてミーにゃんが叫んだのは。見れば今にも湖へ落ちそうじゃにゃいか。お話のミーにゃんとは違って、こっちのミーにゃんは幼い頃から無意識のうちに実体波を使っている。にゃから、このままではおぼれてしまう、と思って、ウチは慌ててミーにゃんのそばに走ったのにゃん」
「ふんふん。さすがはミアン。それで?」
「ウチは、『ミーにゃん、危にゃい!』って飛びつこうとしたのにゃよ。ところが、にゃ。あとほんの少しでとどく、っていうところで」
「アタシは落ちちゃったの?」
「違うのにゃよ。ミーにゃんは、にゃ。こともあろうに、ひょい、と身をかわしてしまったのにゃん。おかげでウチが湖の中へ、どぼん!」
「そんなことが……。ふふっ。
(いけない。ここは笑っちゃだめだわん)
ごほん。ええと、……大変だったのね」
「人ごと、いや、猫ごとのようにいわないでほしいのにゃん。ウチは実体波を纏っているものにゃから、びしょびしょになってしまったのにゃよ。そしたら」
「まだつづきがあるの?」
「それを見たミーにゃんは大笑い。そればかりか、ぱちぱちと拍手をすると、『もう一回、もう一回』とおねだりをしてきたのにゃん」
「(ふふっ。アタシがやりそうな話だわん。でも、そんなことをいったら怒りだすだろうなぁ。ここは一つ神妙な顔をして謝っておくか)
いまさらこんなことをいうのもなんだけど……、ごめんね、ミアン」
ぺこり。
「ぐすん。他にもいろいろとあるのにゃよ! ぐすん。そんないたずら者のミーにゃんと、ウチはどれだけ長くつきあってきたと思っているのにゃん。ぐすっぐすっ」
「(あわわわ! やば! なんか心の傷を掘りおこしちゃったみたいだわん)
ねぇ。泣かないでよ、ミアン。アタシが悪かった。悪かったわん」
「ぐすん。……ミーにゃんのあほぉ!」
「あほ……。あほ、って……。あほじゃないわん。アタシはあほな子じゃないわん!」
「ぐすんぐすん。あほぉ! ふわぁんにゃあ!」
「あほじゃない。あほなんかじゃないわん! ぐすんぐすん。うぇーん!」
「ふわぁんにゃあ! ふわぁんにゃあ!
ミーにゃんが……ぐずっ……ウチをいじめたぁ!」
「うぇーん! うぇーん!
ミアンがアタシを……ぐずっ……あほ、といったぁ!」
「ふわぁんにゃあ! ふわぁんにゃあ!」
「うぇーん! うぇーん!」
「ふぅ。あんた方って、仲がいいのやら悪いのやら判らないわねっ。
あのねっ。泣きあうのはいっこうに構わないけどねっ。おかげで、よしこ、のお喋りができなくなっちゃったじゃないのねっ。本当、こっちまで泣きたくなったのよねっ。
……しくしく……なのねっ」




