第二十六話『お別れ』
「確か、吸血鬼がねねねのよしこにゃんを造ったのは、よしこにゃんに吸わせた血を自分が貰う為だったような気がするのにゃけれども」
「よぉく覚えていたわねっ。そのとおりなのねっ」
「となると、よしこにゃんを造ったのは吸血鬼自身ってことになるのかにゃん?」
「ぱちぱちぱち、なのねっ。
この身体にはねっ。丈夫でしなやかな木が素材として使われているのよねっ。しかも、ただ人型に削った、なんて安易なものじゃなくってねっ。関節が自由に動くように、身体の各部分ごとに削られていてねっ。それらが組みあわされてできているのよねっ。
ほら、見て見て」
「なぁるほどねぇ。首や手首なんかがぐるりと一回転したわん」
「ねっ。すごいよねっ。まるで人間よねっ」
「うん。すごいと思うわん……って、なんでミアンは頭を抱えているの?」
「本当、どうしたのねっ?」
「ミーにゃん、よしこにゃん……。人間はにゃ。首や手首を一回りさせることはできないのにゃよ」
「そういえば、そうだったわん。……えっ。すると既に、よしこ、は」
「人間を超越している、つまり、神にも等しい存在って、わけなのねっ。
……ああ、でも、やっぱりそれは遠慮しておくわねっ」
「どうして?」
「ミーナ。それは、よしこ、の望むところじゃないのねっ」
「へぇ。それじゃあ、よしこ、はなにを望んでいるの?」
「ずばり。歌って踊れる吸血人形なのよねっ!」
びしっ!
「……」
「……」
「あれっ。どうしたのねっ? もう一度いくわねっ!
ずばり。歌って踊れる吸血人形なのよねっ!」
びしっ!
「……ミーにゃん。ねねねのよしこにゃんの人差し指と視線がむけられている先は、白い壁があるだけなのにゃけれども」
「アタシもそう思うわん」
「ほら、ミーにゃん。よしこにゃんが、ちらちら、とウチらの方を見ているのにゃん」
「なにか熱いまなざしのようにも思えるんだけど、一体なにを期待しているのかな?」
「とりあえずは、かけ声と拍手でもしてみたらどうにゃろう?」
「うん。それがいいわん」
ひゅぅ! ひゅぅ! ひゅぅ!
「おっ。格好いいにゃよ、よしこにゃん!」
「待ってました、よしこ。いよっ、千両役者!」
ぱちぱちぱち。ぱちぱちぱち。…………。
「ミーにゃん。千両役者はにゃんとも古い」
「まぁ、黙っていれば誰にも判らないわん。
あっ。見て、ミアン。よしこ、が、にやり、とほくそ笑んでいるわん」
「やっぱり、これを待っていたのにゃん」
「よぉし。ミアン。もうちょっと盛りあげちゃおう」
「いいにゃよ」
ひゅぅ! ひゅぅ! ひゅぅ!
だわん! だわん! だわん!
にゃん! にゃん! にゃん!
ぱちぱちぱち。ぱちぱちぱち。ぱちぱちぱち。
「あ、ありがとう……なのよねっ。ぐすっ」
「うわぁ。よしこ、ったら、感動の涙を流しているわん」
「よかったにゃあ、よしこにゃん」
「感動のついでに、第二十六話だわん」
「ミーにゃんは、台詞をとられまいと必死になっているのにゃあ」
第二十六話『お別れ』
「じゃあ、みんな。そろそろ、帰るとしようか」
セレンさんの言葉に全員がうなずく。レイナスさんがさみしげな様子で声をかけてきた。
「そうですか。大変、お名残惜しいのですが、今日はこれでお別れとしましょう。またお逢いできる日が来ることを祈っています」
「今度は、なにも事件が起きていない時に逢いたいな」
「そうですね、ミーナさん」
レイナスさんは、にっこりと微笑んだ。
アタシたちは泳いで、レイナスさんに引きずりこまれた最初の場所へと戻った。彼女はアタシたちを見まわし、全員がそろっているのを確認する。
「ええと、セレンさんに、ネイルさん。ミアンさんに、ミーナさん。
……大丈夫ですね。それではこれから地上へとお戻しします」
両手をからませ、祈るような姿勢をとる湖の精霊。次の瞬間、彼女から光がほとばしり、アタシたちの周り全てが光に覆われた。
「うわっ! まぶしいにゃん!」
光の中、レイナスさんの声が聞こえてくる。
「みなさん。これでお別れです。いろいろとありがとうございました」
「ちょっと待て」
セレンさんが声をかけたけど、もう間にあわない。次の瞬間、アタシたちは来た時と同様、強力な力でふっ飛ばされた。
「あっ、やっぱり」「ふんにゃあぁ!」
「もっとやさしく送ってほしいわん!」「相変わらずだな」
ネイルさん、ミアン、アタシ、そしてセレンさん。叫んだ順に湖のほとりへと落ちていく。
すたっ。すたっ。ぺたっ。すたっ。
(すごい。誰も、すっ転ばないわん)
ネイルさんは、両手と片ひざが地面についた姿勢で着地。ミアンは猫お得意の回転できれいにおりた。セレンさんは両腕を左右水平に伸ばした状態で地面へ足をつける。いつの間にか、その手には釣竿が握りしめられていた。アタシは、といえば、勢いが強すぎて翅を使うこともままならない。『地面にたたきつけられるのだけは、なんとしても回避しなきゃ』とあがいた結果、かろうじてミアンの背中へと張りつくことに成功する。霊体とはいっても、地面や大気などとの接触をはかれた方が身体を休めたりするのには都合がよいので、普段から身にまとう霊波を強くしている。今回はそれがあだとなりそうな感じだった。
(見た目でいうと、アタシが一番かっこ悪い。……くやしい。この次は必ず)
「ネイルにゃん。大丈夫にゃん?」
さすがはミアン。ご主人さまへの気配りをおこたらない。
「いえ、ミアンさん。ご心配には及びません」
ネイルさんは手やひざについた土を払いながら立ちあがる。
「先生。湖の中に入ったにもかかわらず、服がぬれていないのはありがたいですね」
「そうだな」「ところで、いつ釣竿を返してもらったんですか?」
「ふっ飛ばされる直前、手に持たされた」「そうだったんですか。よかったですね」
ネイルさんは、『あっ、いけない』と想いだしたように腕時計で現在時刻を確認する。
「ええと。今は……。えっ。せ、先生!」「うん? ネイル、どうした?」
「見てください。もう、こんな時間です」
ネイルさんはあわてたように、腕時計の示している時刻をセレンさんに見せた。
「こんなに時間が経っていたとは……。まずいな。今頃、待合室は人でぎっしりと埋まっているのに違いない」
「思いがけないことが起きたものだから、つい長居をしてしまいましたけど……、
よく考えてみれば、今日はお休みじゃなかったんですよねぇ」
「早速、帰ろう。ぐずぐずしてはいられない」
「はい、先生」
「ミーにゃん。やっと帰れるみたいにゃよ」
「うん。向こうに着いたら、しばらくは休憩室で休みたいな」
「ウチもにゃ。一緒に眠ろう」
「うん」
アタシたちはあたふたとアリアに乗りこみ、病院へと戻っていく。アリアの背中でうずくまっているミアンは、いかにも眠そう。大あくびをしている。そんなミアンの背中の上であお向けになって空をながめていたら、ふと幼い頃の想いでが頭をよぎった。
アタシはイオラに抱きかかえられて、霊山『亜矢華』の奥深くに入ったことがある。あたり一面が、めらめらと燃えさかる蒼白き霊火の炎。イオラ自身は平気みたい。だけど、アタシの周りにはイオラから放たれた霊波がいく重にも張りめぐらされ、防壁の役割を担っていた。多分、こうしないと、アタシの身体が耐えることができないからだと思う。
不安げな気持ちでいたアタシの心に声が届いた。深く重みのあるような声。それと同じ声を、今日、感じることができた。いつ? もちろん、ネイルさんが『滅羅』を放つ直前に。声の内容は違っていた。霊山での声は、あいさつみたいなやわらかいもの。でも今日のは……静かながらも怒りを含んでいた。
その声はこういっていた。
『余の力を返してもらおう』……と。
(あれは神霊ガムラの声。間違いないわん。でも、どうして聞こえたのかな?)
答えの出ない疑問を頭の中でくりかえしていた。
「ミーにゃん。早く降りるのにゃよ」
「えっ?」
気がついてみれば、アリアはとっくに病院へ戻っていた。
「ふぅ。いろいろあったが、無事に戻れてよかった」「そうですね、先生」
セレンさんは診療室の椅子に座る。ネイルさんは、『じゃあ、先生。始めますよ』と待合室につうじるドアを開いた。
「うわぁ。大変です、先生。いつになく長蛇の列が」
「別に特売をやっているわけではないのだが。まぁ、いい。最初の患者さんをとおしてくれ」
「はい、先生」
病院の待合室は人でごったがえしている。二人は再び忙しい日常にほんろうされるのに違いない。一方、ミアンとアタシは睡魔に襲われていた。目を開けているのもつらい。休憩室に飛びこんで束の間の眠りにつく。
すぅすぅすぅ。すぅすぅすぅ。
近くで誰かが喋っている。ミアンの身体の上で眠っていたアタシはふと目を覚まし、寝ぼけまなこをそちらへと向ける。
「むにゃ……。このさっぱりとしながらも、まったりとした味わいが、またにゃんとも」
(どうやら、ミアンは夢の中でもお食事中みたい。お忙しいことで)
「『湖』編もこれで一区切りみたいにゃん……って、どうしたのにゃ? ミーにゃん。腕を組みにゃがら頭を左右に振ったりにゃんかして」
「アタシね。不意にふっ飛ばされても、うまく着地ができるようになりたいわん」
「それを悩んでいたのにゃん」
「ねぇ、ミアン。どうすればいいと思う?」
「いい師匠にめぐりあうことにゃん」
「たとえば?」
「『ふぃぎゅあすけぇと』の選手にゃんかはどうにゃろ?」
「それって大昔、惑星ウォーレスに住んでいた移民が遺した資料にあったやつよね。確か、氷の上を滑るっていう」
「そうにゃよ。飛んだあとの着地がなかなか難しいみたいなのにゃ。ミーにゃんの師匠には打ってつけと思うのにゃけれども」
「にゃるほろ……って、うちの村にいたっけ? そんなの。そもそも『天空の村』に氷なんて張るの?」
「……よしこにゃあん。それじゃあ、むこうでゆっくりと話を聞こうにゃん」
たったったったったっ!
「こらぁっ! よしこ、を口にくわえて、逃げだすんじゃないわん!」
「落ちない程度の甘がみにゃから、痛くはないのにゃよ」
「そういう問題じゃなくって! ちょっとお待ちなさぁい!」
たったったったったっ!
「とまぁ、そういうわけで、ここへ流れついたのよねっ」
「よしこにゃん。話の最初に『とまぁ』、といわれてもにゃあ。さっぱり判らないのにゃけれども」
「そうよそうよ。もっと丁寧に話しなさい」
「話が省けないのねっ。なんか面倒なのねっ」
「ねねねのよしこにゃん。それができる場所とできない場所があるのにゃよ」
「もちろん、ここはできない場所だわん」
「なら仕方がないわねっ。じゃあ、話のつづきを始めることにするわね。
そんでもってねっ。そうしてできた身体ににねっ。ある程度の霊力攻撃までなら耐えることのできる被膜を塗布したのねっ」
「へぇ。さすがは吸血人形だわん」
「それだけじゃないのよねっ」
がっ!
「うわっ! 口が開いたわん」
「ミーにゃん、よく見るのにゃ。その口から」
「鋭い歯、いや、牙がむきだしになったわん!」
「判ったみたいねっ。よしこ、には、武器としても使えるし、また、(妖魔力の源である)人の血を吸うのにも役に立つ『吸血鬼の牙』が口の中に取りつけられているのね」
「それにしたって、上あごから延びている牙の長いことっていったら」
「そうなのねっ。口が小さいだけにねっ。牙を長くすることで肌につき立てやすくしたのよねっ。この牙を備えたことで、吸血人形は完成となったのね」
「細く長いもので血を吸う? はて? 確か、そんな虫がいたような……」
「ミーにゃん!」
「うぐっ!」
「(ふぅ。にゃんとか、いい出す前に口を塞ぐことができたのにゃん。ねねねのよしこにゃんの気分を害さにゃいように、耳元でそっとささやくのにゃん)
駄目にゃよ、ミーにゃん。漢字でもひらがなでも一字な、あの虫の名前をいうのはにゃ。さもにゃいと、またよしこにゃんが暴れだすかもしれないのにゃよ」
「うぐうぐ。(判ったわん)」
「にゃら、口からどけるのにゃん」
「ぶはっ。ふぅ。急に口を塞ぐからびっくりしたわん。
安心して。間違っても『か』なんていわないわん」
「ああっ! いってしまったのにゃん!」
「えっ」
「こらぁ、ミぃぃナぁぁぁ!」
「ぎゃあああ! 目が真っ赤っ赤ぁだわん!」
「なんてねっ。ふふふ。冗談なのねっ」
「あっ、普通の白と黒に戻った。
んもう! 冗談は顔だけに……、いや、危険なお喋りはやめておくわん。『触らぬ神に祟りなし』、だわん」




