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天空の村・アタシはミーナ  作者: シード
25/42

第二十四話『滅羅(めら)』

「ミーにゃん、どうするのにゃ? よしこにゃんが、来い来い、みたいな手招きをしているのにゃけれども」

「なんかおもしろそうだわん。ついていってみようよ」

「おもしろそうって……。ミーにゃん。ウチらが今置かれている状況が本当に判っているのかにゃ?」

「大丈夫。どうせ口先ばかりだわん。あんなに、よろよろ、じゃあ、たいしたことなんてできっこないわん」

「その割には、にゃんか随分とわくわくしているみたいなのにゃけれども」

「だって気になるじゃない。さぁ、早く行こうよ。ほら、よしこ、も待っているし」

 ぱたぱたぱた。

「ふぅ。まったく、ミーにゃんはいつもこれだものにゃあ……。

 こらぁ、待つのにゃ。ウチも行くにゃん」

 すたっすたっすたっ。


「よいしょ、と」

「よしこにゃん。ウチが持ってきた、まな板の上に座ってどうするつもりにゃん?」

「これ、あんたのなのねっ? ちょっと借りるねっ」

「まぁ、いいけどにゃ」

「これで準備はできたわねっ。よしこ、がこれからやろうとしているのはねっ。ずばり、『精神攻撃』なのよねっ」

「『精神攻撃』? なんなのにゃ、それは?」

「ふむふむ。判ったわん」

「へぇ、ミーにゃんが。それで一体どういう意味にゃん?」

「とてもアタシの口からはいえないわん。よしこ、から聞きなさい」

「ミーにゃん……。前々からいおうと思っていたのにゃけれども、知ったかぶりは、やめた方がいいにゃよ。返って自分の愚かさを暴露するだけにゃん」

「し、失礼だわん」

「じゃあ、いってみるのにゃ」

「…………。

(ミアンったらぁ、意地悪すぎるわん。もう二度と相手なんかしてやらないわん)」

 じぃぃっ。

「(黙りこんでしまったのにゃ……)

 にゃあ、ミーにゃん。どうしてかは知らにゃいけど、ウチの方に恨みがましい目をむけるのはやめて欲しいのにゃん」

「…………」

 じぃぃっ。

「ミーにゃん、あのにゃあ」

「こらこら。むだ口はそこまでなのよねっ」

「だって、ミーにゃんが」

「しょうがないわねっ。じゃあ、よしこ、が説明するから、それで仲直りしなさいねっ」

「そういってくれると助かるのにゃ。にゃあ、ミーにゃん」

「…………」

 こくこく。

「(ミーにゃんのかたくなににゃった心が氷解しつつあるみたいにゃ。もう一息にゃん)

 それではよしこにゃん。お願いするにゃん」

「『精神攻撃』を簡単に説明するとねっ。直接、霊体の心を揺さぶって、そのかなめである精神を崩壊させてしまう、いわば霊体泣かせの必殺技なのよねっ」

「にゃんか、どえらい話になってきたのにゃけれども。よしこにゃんも、つまりところは霊体にゃろ? よしこにゃん自身は大丈夫にゃのか?」

「ふふっ。もちろん、自爆は覚悟の上なのよねっ」

「ちょっとぉ。アタシも話に交ぜて欲しいわん。

 それでさぁ、よしこ。具体的にはどんなことをやるの?」

「(おっ。ミーにゃんの機嫌がなおったみたいにゃん)

 ウチも是非、知りたいのにゃん」

「要望にお応えして話すわねっ。『精神攻撃』の中でもねっ。一番妖魔力を使うことが少なく、かつ一番効果のある方法をとるのねっ」

「なんなの? それって」

「いわずと知れた『言葉攻撃』なのねっ。言葉こそが相手の心理を揺さぶる格好の手段なのよねっ」

「うん。それはなんだか判る気がするわん」

「ウチも、にゃ」

「でも、どんな言葉を使うの?」

「それは聞いてのお楽しみなのねっ」

「そうかぁ。どうするミアン?」

「なんか気になってきたのにゃん。ミーにゃんも、にゃろ?」

「うん。聞いてみたいわん」

「一応、納得して貰えたみたいねっ。それじゃあ、そろそろ始めるわねっ。悪いけど二体ふたりとも、むこうの方から、よしこ、のところまで歩いてきてよねっ」

「今すぐにやるのにゃん?」

「もちろん、なのねっ」

「困ったにゃあ。本当にいうとおりにしていいものやら悪いものやら。ウチには決めかねるのにゃけれども」

「ミアン、悩んでいる暇はないわん。さぁ、早く早く!」

「ミーにゃん、にゃにもそんなに急がにゃくったって……。まぁ、いいけどにゃ」

 すたすたすたっ。ぱたぱたぱたっ。

「そこでいいわねっ。

 さぁ、ゆっくりでいいから歩きなさいねっ。よしこ、の前まできたら、なにもいわなくても立ちどまりなさいねっ」

「判ったにゃ。それじゃあ、行くにゃよ」

「あっ、ミアン。ちょっと待って」

「どうしたのにゃん?」

「第二十四話がアタシを呼んでいるの。つづきはそれからにするわん」

「よしこにゃん、いいのかにゃ?」

「もうっ! 仕方がないわねっ!」

「よしこにゃん。あんたって我慢強いお人形にゃ」

 第二十四話『滅羅めら


 アタシたちの力を受け、ネイルさんの身体から蒼き霊波が湧きたっている。

「す、すごい。力がみなぎってきました。これなら上位の浄化呪法が使えるかもしれません」

「ネイルにゃん、力を放つのは今にゃあ!」とミアンが叫ぶ。アタシも、『やれぇ!』と、レイナスさんも、『全力でぇ!』と、かけ声を口にする。

「判りました!」

 ネイルさんは浄化の霊波をとめた。両腕をおろすと、目をつむってうつむいたまま黙唱。どうやら呪の発動準備を行なっているみたい。

 アタシは原木の方を見る。浄化による輝きは消え、樹皮は黒い色のまま。

(今度こそ、うまくいくといいんだけど)

 ふと気がつけば、ネイルさんは四肢を拡げた姿になっている。どうやら、準備は終わったらしい。ネイルさんの顔をのぞいてみる。既に目は開かれていた。驚いたのは瞳の色。普段は黒なのに、今は蒼き光が宿っている。

「うぉぉっ!」

 雄叫びと同時に、ネイルさんの身体が琥珀こはく色にきらめく。

(いよいよ、始まるわん)

綺羅きらぁっ!」

 右手から左足までの光の線。左手から右足までの光の線。二つの線が交差した斜十字型の光。それが呪の言葉を引き金に、ネイルさんの身体から放たれる。

 ずがががががぁん!

 毒で黒く染まった原木へ、より強力な浄化の霊波が照射された。あたった部分も琥珀色に輝いている。

「ミアン、きれいね」「ミーにゃんのいうとおりにゃ。まるで夢でも見ているようにゃん」

 光が消えると、樹皮の黒い色は半分以上が消え、残りもうすらいだ色へと変わっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ。あと……一回はやらなければ」

 ネイルさんが息切れしながらそうつぶやく中、セレンさんの交信が伝わってきた。

「君のおかげで邪霊らしきものから、我の身体は解放された。精霊の意識も正常に戻りつつある。これなら浄化が可能だ。ネイル、ご苦労だった。仕あげは我に任せてくれ」

 次の瞬間、『これが、君が師とあがめる者の力だ』といわんばかりに、原木の内側から紫紺しこん色の強力な光が。

 だがががががぁん!

「さすがは先生。『滅羅めら』……か。これで邪霊も消滅ですね」

 原木全体が紫紺の光に染まる。だけど、すぐにその輝きは消えた。

(さてと。結果は、……おおっ! やったぁ!

 原木を苦しめていた毒の黒い色が、影も形もなくなっているわん!)

「ミーにゃん!」

 ミアンは嬉しそう。

「うん。やったね!」

 もちろん、アタシだって。

「よかった。本当によかった」

 レイナスさんも安堵の笑みをもらしている。

「そうですね。……おや、あれはなんだろう?」

 アタシたちが喜ぶ中、ネイルさん一人が緊張した声に変わった。なにを見ているのかと思えば、原木から抜けだしたセレンさんだ。正十字の姿で浮かびあがってきた。

 でも……その背後から、なにやら近づいてくるものがある。

「あの雲のようなものは……、ネイルさん、もしや」

 レイナスさんの言葉に、ネイルさんは素早く反応した。

「ええ。強い怨念が感じられます。おそらく、あれが先生を苦しめていた邪霊でしょう。でもどうやって……、あっ、そうか。『滅羅』を発動する前に、原木から逃げだしていたんだ」

「ネイルにゃん、あの邪霊はセレンにゃんに向かっているみたいにゃよ」

 ミアンも心配げな目で邪霊の雲を追っている。

「先生は気がついて……、ああ、だめみたいですね。『滅羅』を使ったばかりだから、今は放心状態にあるのに違いありません」

「ぷかぷかと浮かんで身動き一つしないものにゃあ」とミアンも同意する。

「あの邪霊、ひょっとしてセレンさんにとりつこうとしているのかもね」

 アタシの言葉にミアンは、

「うんにゃ。ありえるにゃん」とうなずく。ネイルさんも、

「おそらくミーナさんのいうとおりだと思います」とアタシをふり向いた。

(やったわん! アタシの声がネイルさんに届いている!)

 なんて……喜んでいる暇はなかった。

「先生のいいつけを破ることになりますが……、やむをえません!」

 ネイルさんの身体にまとう霊波の光が強くなった、と思ったとたん、

 ばっ!

 霊圧の勢いがアタシたちをネイルさんから引きはなした。『うわっ!』とか『ふにゃあ!』などと声をあげる中、ネイルさんは単身、邪霊の雲へと突入していく。たちまち、その姿は見えなくなった。

「ネイルさん! ……一体なにを」

 レイナスさんの目が邪霊の雲をじっと見つめている。

「ネイルさん……」「ネイルにゃん……」

 アタシとミアンもつぶやきながら、固唾をのんで見まもっている。と、その時。

「……ねぇ、ミアン、なにか聞こえた?」

「というと、ミーにゃんも?」

「ワタクシも……聞こえました」

 アタシたちが顔を見あわせていると、真下になにやら輝くものが。

 ぴきぃん!

 雲の真ん中から強い光がはじけていた。

「ミアン、あれは!」

 光を指さすアタシに対し、ミアンは、

「紫紺の光……にゃ。まさか!」とレイナスさんの方をふり向く。

「間違いありません。ネイルさんの……『滅羅』です!」

 その言葉にアタシとミアンはうなずきあった。

 邪霊と思われる黒緑の雲。その色と形がどんどん変わっていく。やがて紫紺一色に染められた雲は、さながら華のような姿になる。華の真ん中からは蒼い光の粒が浮きあがってきた。それが多くなるにつれ、華の形がどんどんうすらいでいく。

「怨念が消えたのですね。集まっていた霊力が神霊ガムラの元へ帰っていく……」

 レイナスさんの声には安心したような響きが感じられた。アタシとミアンも、にっこりと微笑みあう。

「よかったにゃあ、ミーにゃん」

「うん。よかったわん」

 華はもう、アタシたちの目には見えなくなっていた。


 目をこらしてみると、二つの人影があった。どうやら、セレンさんは放心状態から解放されたみたい。ネイルさんと話をしている。その顔つきはいつになくきびしい。近よりがたい雰囲気だ。邪魔をしては悪いと思い、少し離れたところにいるものの、みんな申しあわせたかのごとく聞き耳はしっかりと立てていた。

「ネイル、よくやった。……だが」

「判っています。先生、申しわけありません。禁じ手を使ってしまいました」

「理由は察しがついている。それよりも、ネイル。君に一つ聞きたいことがある。君の使った『滅羅』だが……、初めてにしてはあまりにも手際がよすぎる。ひょっとして以前にも使ったことがあるのではないか?」

「……使ったことは……一度だけあります」

「いつ?」

「火炎竜が出た時です」

《火炎竜。……霊火の炎を攻撃手段とする霊翼竜。「天空の村」の長い歴史の中において、いく度となくその姿をさらしているという。一番最近では、ミアンがネイルさんと出逢う少し前。まだイオラの森でアタシやイオラと暮らしていた頃だ。当時、アタシとミアンはイオラから「精霊の間」にいるようにといわれていたため、残念ながら火炎竜の姿をまのあたりにすることはできなかった》

「やはり……。ネイル。今更いうまでもないことだが、『滅羅』は最上級の浄化呪法だ。汚染されたものだけではなく、邪霊の念をも浄化する力がある。だが、それだけに制御が非常に難しい呪だ。まかり間違えば、実体・霊体を問わず無差別に消滅させる呪法『雅羽がう』になってしまう。そうなったら使う場所によっては甚大な被害を及ぼしかねない。使うな、と厳命していたのもそのためだ。見習いが安易に使っていい呪ではない」

「はい、よく知っています。……ですが」

「待て。まだ話は終わっていない。

 ……しかるに君は、我から承認を得ることなくこの呪を使用した。違うか?」

「それは……そうです」

「我は君の師だ。君の呪術師としての進退は我にゆだねられている。

 そこで聞きたい。君は自分がやったことをどのように思っているのか。念のためにいっておくが、君の返答次第では呪術師の資格をはく奪せねばならない。もちろん、呪医の資格も、だ。それを心して答えるように」

「先生」

 ネイルさんはためらうことなく口を開いた。

「先生のいいつけを守らなかったことは深くおわびします。ですが、『滅羅』を使ったこと自体は、いささかも後悔していません。今後も、もし同じような事態になれば、おくすることなく僕は使うでしょう。守りたいものを守れない資格など必要ありません」

「……ネイル。それは君の信念なのか」

「そうです」

「そうか。……ならば」

 セレンさんが答えようとしたその時、

「待ってください、セレンさん」とレイナスさんがあわてたようにそばへよった。

「ネイルさんはセレンさんの身を案じて、それで使ったのです。めいにそむいたことは責められても仕方がありません。ですが、資格をはく奪することだけは」

「そうにゃ。やめてほしいのにゃ。お願いにゃよ、セレンにゃん」

 ミアンが懸命に訴えている。アタシも口を出さずにはいられない。

(セレンさんにはアタシの言葉が聞こえる。なら)

「セレンさん。ネイルさんをこれまでどおり、そばに置いてあげてよ」とお願いした。

「まぁ、待て」

 セレンさんは手をあげてアタシたちの言葉を制した。気のせいか、その表情はいく分、和らいでいるようにも見える。

「もしも君が今、『滅羅』を使ったことに対し謝罪したのであれば……、我は君から、呪術師及び呪医の資格を取りあげただろう。むろん、師弟の関係も解消したことと思う。

 ……ネイル、何故だか判るか」

「いえ」

「どんなに霊力がすぐれた者であっても、信念のないものに『滅羅』を使わせるわけにはいかない。またその程度の者が呪医になっても、いざという場合、役に立たないことは目に見えているからだ。君を弟子にした我の目に狂いはなかった。そう確認できたことに満足している」

 セレンさんの顔からきびしさが消え、代わりに、普段は見せたことのないやさしい表情が浮かんでいる。

「ネイル。資格云々はともかく、これで我は二度、君に助けられたことになる。師の立場を越えて心から感謝したい。ありがとう」

「先生……」

「君はいずれ、我などよりはるかに立派な呪医になるだろう。そう期待している」

「……なにより嬉しい言葉です」

 ぱちぱちぱち。ぱちぱちぱち。

 アタシとミアン、それにレイナスさんが二人に拍手を送った……まではよかったんだけど。

「先生、それじゃあ、僕を」

 期待をこめたかのように目を輝かせているネイルさんに対し、セレンさんはすかさず、『いいや』と首を横にふった。

「残念ながら、まだまだ見習いの修業はつづく」

「……なんだ、そうなんですか」

 ネイルさんはがっくりと肩を落とした。

「前から聞きたいとは思っていたんですが……、僕のなにがいけないんでしょう?」

「なにがいけないって……。

 ごほん。君が我の期待した以上に務めを果たしていることは、重々承知しているつもりだ。診察や治療はもちろん、薬の調合においても既に呪医としては申し分のない腕前になっている。患者の受けもいいから、我も安心して新薬開発のため、研究室にこもっていられる。訪問治療や薬の配達も進んでやってくれるし、加えて掃除、洗濯と、指示したことは、どれも手際よくこなしている。病院が、いや、我が君のおかげで助かっているのはいうまでもない」

「じゃあ、どうして正規の呪医になれないんですか? 僕が先生のところで修業を始めてから、もう五年が経つんですよ。学生時代、同期で同じように呪医をめざした僕の仲間たちはみんな、三年以内に目的を果たしています。それなのに……どうして僕だけはいまだ見習いのままなんですか?」

「うっ…………………………………………。ま、まぁ、人それぞれだ。我が見たところ、君はおそらく『大器晩成型』というやつなのだろう。持っている才能が大きい分だけ、全てを開花するのに時間がかかるのはやむをえない。あまり気にするな」

「なんなんです? その異常に長い『』は」

「だからいったろう? 気にするな」

 セレンさんが、ぽん、と肩をたたくと、ネイルさんはそのままくずれおちた。見るからに、がっかりした様子。奈落の底からはいあがってきたのに、また蹴りおとされた。そんな感じがはたから見ても判って、そのぉ、なんというか、……痛々しかった。

 ネイルさんとは対照的に、はつらつとした顔になったセレンさんは、

「ずいぶんとおおげさな……。あっ、そうだ」と、ひざをついている愛弟子の肩にあごを乗せて顔をのぞきこみながら、いつになく上機嫌な感じで喋りまくる。

「ネイル、これだけはいっておく。君の『滅羅』は見事、といっていい。なんの不安もない。だが、それを使うにあたっては事前の承認がどうしても必要なのだ。というか、そうしないとあとで発覚した時に村役場や査問会がうるさくてかなわない。それで、だ。今後、もしも、承認を得るのが難しいにもかかわらず、使わねばならなくなった場合には、……大きな声ではいえないが、事後でもよいからすみやかに我のところへ報告に来なさい。でないと、……判るだろう? 口裏をあわせるのが難しく……、いや、これでは表現が露骨ろこつすぎるか。

 ……そうだ。さっき君がいった言葉を使おう。ええと……、

 守りたいものも守れなくなる。ネイル。師としてはそれがなによりも悲しい」

 セレンさんの言葉が終わると、ややあって、

「はい。お約束します」と、師に、目をあわせることなく返事をしたネイルさん。うつむいたまま、ふぅ、とため息をもらした。

 そんなネイルさんにミアンは、はげましともとれる言葉を口にする。

「ネイルにゃん。にゃにがあろうともウチがいつもそばにいるのにゃん。にゃから元気を出してほしいのにゃ」

「そうですよ。いつまでもくよくよしているなんてネイルさんらしくありません」

 レイナスさんもネイルさんを気づかうように声をかけている。次は当然、アタシだ。

(さぁてと。一体なにを話せば……。まぁ、とりあえずは、あたりさわりのないところを)

「レイナスさんのいうとおりだわん。五年や十年ぐらい、どうってことないわん」

 きぃん。

 一瞬でその場の雰囲気が半ば凍りついたような感じになった。

(えっ。なになに?)

 わけも判らず、とまどっているアタシに、ネイルさんは『ははは』と、疲れたような笑い顔を見せた。

「ミーナさん。見習いは、ですね。七年すぎれば首が飛ぶ。つまり、やめさせられるんですよ」

「ええっ! そんなぁ!」

 アタシは忘れていた。時間の感覚が人間と妖精ではまるで違うことに。アタシが喋ったとたん、みんなが一斉にアタシをふりかえった理由もやっと判った。つまり……、アタシはネイルさんをはげまそうとしたのだけれども、結果的には追いつめるようなことをしちゃったらしい。

 ミアンは、『ミーにゃん……。めっ!』といわんばかりの少し怒ったような顔を、レイナスさんは、いや、セレンさんまでもが、『なにもそこまでいわなくても』と口に出しそうなくらいのあきれ顔をアタシに向けている。

「で、でも、さっきネイルさんは、資格なんか必要ない、っていっていたしぃ……」

 かきぃん。

 あたりの雰囲気が完全に凍りついた。ネイルさんも硬直している。

(ア、アタシは……悪くないわん。だってさ。全然知らなかったんだもん。……んもう、ネイルさんったらぁ。こんな時にかぎってアタシの声が聞こえるんだものなぁ)

 ネイルさんに八つあたりしたくなった。そんでもって、この場から逃げだしたくなった。


「ミーにゃんはせっぱつまるとにゃ。今みたいに、相手の傷口を拡げるようなろくでもにゃいお喋りをすることが多いのにゃん。こればっかりはどうしようもにゃい。どうぞ、かんべんしてほしいのにゃ」

「ごめんね、ネイルさん。ごめんね、みんなぁ」

 ミアンとアタシが、ぺこぺこ謝ることで、凍りついた状況をひとまず脱することができた。


 アタシたちはネイルさんたちの身体を『ほったらかしにしておいた』、いや、『寝かせておいた』場所へと戻る。霊体の二人があお向けになって、それぞれの身体へと沈んでいく。

「セレンさん! ネイルさん!」

 レイナスさんの言葉に、二人は同時に目を覚ます。

「ここは……、 そうか。どうやら戻ったらしいな」「……そうみたいですね」

 二人は立ちあがる。

「お身体の具合はどうですか?」

 レイナスさんは心配そうに尋ねる。

「問題ないようだ」「レイナスさん。僕も大丈夫みたいですよ」

「それを聞いてほっとしました」「ウチも」「アタシも」

 一件落着。気がついてみれば、和やかな雰囲気に戻っていた。


 じぃーっ。

「な、なんなのよ、ミアン」

「ミーにゃんは、もうちょっと周りの空気を読んだ方がいいような気がするのにゃけれども」

「ち、違うわん。この本のミーナとアタシの性格は」

「はっきりそうだとは、いいきれないにゃろ?」

「うっ……。あっ、急におなかが」

「空いたのかにゃ」

「違うわん。痛くなって……。あれっ?」

「そういやあ、差し入れが来なくなったにゃあ。さみしいことにゃん」

「ミアンが……たそがれているわん。しめしめ。話をそらすことに成功したわん」


「ミアン、早くぅ。よしこ、にむかって歩こうよ」

「いいにゃよぉ」

 すたすたすたっ。ぱたぱたぱたっ。 すたすたすたっ。ぱたぱたぱたっ。……。……。

 ぴたっ。ぴたっ。

「そこでいいわねっ。それじゃあ、始めるわねっ」

 すくっ。

「ミアン、よしこ、が立ったわん」

「なにが始まるのにゃろ?」

「まずは……これから、なのよねっ」


『……べ、別に、あんたの為に、ここでずっと待っていたんじゃないんだからねっ!』


 ぼん! ぼん! ぼん!


「つ、使い古された時代遅れのえ言葉を使うにゃんて……。思わず身体の三分の一が砕けてしまったのにゃん」

「しかも顔を真っ赤にして目を合わせないようにしているわん。陳腐すぎて、身体がばらばらになりそう」

「ふふふ。随分とお気にめしたようねっ。おかげで、よしこ、も、同じぐらい身体がなくなってしまったのねっ。でも、まだまだなのよねっ」

 さっ。

「こ、これは『ちょこれぇと』じゃにゃいか!」

「それじゃあ、覚悟して聞きなさいねっ」


『……べ、別に、あんたに渡すからって、真心こめて造ったわけじゃないんだからねっ!』


 ぼん! ぼん! ぼん!


「にゃんと……。心情を吐露しにゃがらも、語尾で照れかくしのように『ないんだからねっ』って否定するとはにゃあ……。これぞ萌え言葉の王道にゃん!」

「それに、真っ赤な顔のまま横をむいて渡すところなんか、こっちが恥ずかしくなるわん。本当。この『くささ』がたまらないわん。おかげで身体が、もう三分の一しか残っていないわん」

「さぁ、感想はそれぐらいにして早く食べてみてよねっ」

「それにゃら頂くにゃん」

 ぱりっ!

「にゃ、にゃんと! この手渡された『ちょこれぇと』って案外くせものにゃん。外側の白ちょこに果肉を混ぜこんであるから、噛んだ瞬間、口いっぱいに甘酸っぱさが漂ってきたのにゃん」

「へぇ。なかなか凝っているのね。じゃあ、アタシも頂くわん」

 ぱりっ!

「もぐもぐ……なぁるほどねぇ。もぐもぐ……うわっ! そ、それだけじゃないわん! 中には黒ちょこが忍ばせてあるじゃない。

 甘酸っぱさのあとに、『びたぁ』のほろ苦さがやってくるなんてまるで……、そう、青春そのものだわぁん」

「満足して頂けたみたいねっ。

 さぁ、いよいよ、とどめなのよねっ。しっかりと心に受けとめなさいねっ」

「ちょ、ちょっと待つのにゃ、よしこにゃん。あんただってもう、肩から上しか残っていないじゃにゃいか。これ以上やったら」

「ふふん。死なばもろともなのよねっ。それじゃあ……最後なのよねっ!」


『……う、うぬぼれないでよねっ。ちょこを渡したからって……、

 べ、別にあんたが好きなわけじゃないんだからねっ!』


「……ふぅ、まいったにゃあ。否定文であるにもかかわらず、『好き』という文字をしっかりと組みこむにゃんて。しかも、にゃ。口をぎゅっとつぐみにゃがら相手を見つめるまなざしにも、『好き』との思いを浮かばせているのにゃん。これぞ、まさに王道中の王道……」


 ぼがぁん!


「だわぁん!」


 ぼがぁん!


「ふふふ。やっと……悪者を成敗できたわねっ。もうこれで思いのこすことは……なにもないのねっ」


 ぼがぁん!


 しぃぃん。

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