第二十三話『抵抗する精霊』
「ふぅ。実体波も造り直したし、これでいつものとおりにゃん」
「アタシも終わったわん。霊体のままでいるよりも、なんか安心するわん」
「ウチもミーにゃんも、この身体の方が馴染んでいるからにゃよ」
「霊体なのにね。習慣って恐ろしいわん」
「ともあれ、お互い無事でよかったにゃあ」
「ミアン、ごめんね。アタシのせいで危険な目にあわせちゃって。ごめんね。ごめんね」
ぺこり。ぺこり。
「いいにゃよ、いいにゃよ。ミーにゃんだってウチを守ろうと、必死になってくれたじゃにゃいか。ウチは嬉しかったのにゃよ」
「ううん。アタシさえ、ちゃんと棺桶を片づけていたら、こんなことには」
「ウチだって霊刃を使おうと思えばすぐに使えたのにゃん。でも、ミーにゃんが怖がるかと思って躊躇ってしまって……。そのせいで、よけいミーにゃんを危険な目にあわせることになってしまったのにゃん。申しわけにゃいと思っているのにゃよ」
ぺこり。ぺこり。
「違うわん。ミアンは全然悪くないわん。やっぱりアタシが」
ぺこり。ぺこり。
「いや、ウチの方が」
ぺこり。ぺこり。
「……あんたたち、いい加減にするのねっ」
ぜいぜいぜい。ぜいぜいぜい。
よろよろよろ。よろよろよろ。
「ま、まだ負けたわけじゃないんだからねっ」
「ミアン、よしこ、が立ったよ」
「さすがは吸血人形なのにゃん」
「本当、さすがだわん」
ぱちぱちぱち。ぱちぱちぱち。
「はぁはぁはぁ。
よ、余裕の笑みなんか浮かべて拍手するのはやめて欲しいのよねっ。まだまだ闘えるのよねっ、って、おっととと」
よろよろよろ。よろよろよろ。
「よしこにゃん。そんにゃことをいったってにゃあ。もう立っているのがやっと、みたいなのにゃけれども」
「そうよ。無理はしない方がいいと思うわん」
「お黙りなさい、なのねっ。あんたたちは、よしこ、が身に着けているこの『えぷろんどれす』の名誉にかけて、必ず葬ってやるのねっ」
「ふぅん。その服、『えぷろんどれす』っていうんだ。まぁ、それはいいとして、名誉ってなんなの? なんか意味でもあるの?」
「ふん。やっぱり、あんたたち程度の霊体には判らなかったようねっ。この『えぷろんどれす』が意味するものとはねっ。ずばり、恐怖なのねっ」
「恐怖? その服の一体どこが? ……まぁ、いいわん。それを話して貰う前に」
「第二十三話を読もう、にゃんていったりして」
「もうミアンったらぁ。それはアタシの台詞だわん!」
「大あたりしてしまったのにゃん」
第二十三話『抵抗する精霊』
(なにか黒くて大きいものが立っているなぁ)
最初はそれぐらいにしか思わなかった。だけど、近づいていくにつれて、その正体が判ってきた。
「レイナスさん。ひょっとして、あの柱みたいなものが瘴気なの?」
「そうですよ、ミーナさん。真下にある亀裂から、いえ、その中にある原木からもくもくと立ちのぼっているのです」
「やっぱり。……あれっ! 瘴気の周りにレイナスさんがいっぱいいるぅ!」
「本当にゃ。ナスにゃん、どういうことにゃ?」
「話せば長いことながら、……聞けば短い物語。最初に黒い瘴気を見つけたのは、ここではなく他の湖でした。ワタクシは自分の身体を何体にも分け、急いで今いる湖だけでなく、水路のつながっている湖、川、沼、池など全てに渡って、発生源を調べ始めたのです。瘴気がこれ以上拡がらないように結界を張りつつ、浄化をつづけながら。それをありとあらゆる場所からくりかえした結果、……やっとここをつきとめた、という次第です。
湖を統括するワタクシがこんなことをいうのもなんですが、……ふぅ。とにかく大変でした」
ぱちぱちぱち。ぱちぱちぱち。
「ぐすんぐすん。……それであんなにレイナスさんが。力不足になっても当然だわん。ぐすんぐすん。……ミアン、今の聞いた? 涙なくしてこの苦労話を聞くことはできないわん」
「ぐすっぐすっ。ミーにゃんのいうとおりにゃん。ナスにゃん、偉かったにゃよ」
「ミーナさん、ミアンさん、ありがとうございます。……ぐすん」
可愛い妖精、化け猫、精霊がそろって目を、うるうる、させていた。
黒い瘴気を背景に、セレンさんたちの姿が見えてきた。
「ネイルにゃああん!」
「ミアンさん……、おや、みんなも来たんですか」
「うんにゃ。ナスにゃんが、『行っても大丈夫』って太鼓判を押してくれたのにゃん」
「そうでしたか。正直なところ僕一人じゃあ、とても先生の援護は無理だろうな、って不安だったんです。いやあ、助かりましたよ」
「我も、ネイル一人だけでは心もとない、と考え始めていた。来てもらえてよかった」
ネイルさんとセレンさんの顔には、ほっとしたような表情が浮かんでいた。
「先生。それにしてもすごい瘴気ですね。これをまともに食らったら、病院行きは間違いなしですよ」
「いや、それですむならいい方だ。霊体はともかく、実体のままこれだけ高濃度の瘴気を浴びたとしたら、場合によってはすぐに死を迎えることもありえる」
レイナスさんほどではないにしても、黒を背にしているせいか、二人を覆っている霊波の蒼い光が色鮮やかに映えている。はたから見ると神々の降臨を思わせるくらいに美しい。
「長時間、ここにいるわけにはいきませんね。霊力が消耗したら最後です。急ぎましょう」
「そうだな、といいたいところだが」
セレンさんがためらっている。その理由は一目瞭然。アタシが代わってレイナスさんにいってあげた。
「レイナスさん、なんか瘴気が邪魔で原木が見えにくいわん」
「ウチもそう思うにゃ。にゃあ、ナスにゃん。にゃんとかならないのかにゃ?」
「それならばワタクシにお任せを」
レイナスさんが右手をあげた。
ぱっ!
「すごぉい! 瘴気が一瞬で消えちゃったぁ!」
(これって「呪」じゃなくて、「魔法」とかいうやつじゃないかな)
アタシは、いや全員が、驚きの目でレイナスさんをふりかえる。
「ふふふ。違いますよ、ミーナさん。瘴気を消したわけじゃありません」
「えっ。でもぉ」
アタシが瘴気のあったあたりを指さすと、レイナスさんは、
「瘴気だけを不可視、つまり、見えなくしただけです。それでも、視界を拡げる効果はありますでしょう?」と種明かしをしてくれた。
「うん。レイナスさん、ありがとう。
ミアン、よぉく見えるようになったよ」
「ナスにゃんのおかげにゃ。ありがとうにゃ」
「僕からもお礼をいいます。ありがとうございます」
「我もだ。感謝する」
「いえいえ。どういたしまして」
レイナスさんは、にっこりと微笑んだ。セレンさんの顔にも安堵の表情らしきものが浮かんでいる。
「これなら原木まで無事にたどりつけそうだ。
ではそろそろ行くとするか。ネイル、なにかあったら交信する」
「判りました、先生」
「気をつけてくださいね、セレンさん」
「危ないと思ったら、すぐに逃げた方がいいわん」
「安全を祈っているにゃん」
みんなに声をかけられたせいか、普段は無愛想な顔に、ほんのりと赤みが射している。
「レイナス、ミーナ、ミアン、大丈夫だ。心配はいらない。
じゃあ、ネイル。行ってくる」
「はい」
ぶわっ。セレンさんは亀裂の裂け目から、原木をめざしておりていく。黒い瘴気が激しく浮かびあがってくるその真っただ中へ。
しばらくすると、セレンさんからの霊覚交信が届いた。
「たどりついた。瘴気が原木全体から勢いよく流れだしている。汚染がかなり進んでいると見て間違いないと思う。ぐずぐずしてはいられない。これより、精霊との接触を試みるつもりだ」
「先生。くれぐれもお気をつけて」「判っている」
ぷっつりと交信が途絶えた。どうやら、セレンさんは原木の中へと入ったみたい。
「先生の気配が……消えた。ついに始まったわけだ。となると、あとは連絡を待つだけか。
早く終わってほしいもんです。こちらの霊力だって限界はあるんですから」
ネイルさんはそうつぶやいた。
原木に変化が生じる。
「原木の内側から光が。……そうか。先生が浄化を始めたんだ」
蒼い光は、じわぁっ、と原木全体に拡がりつつある。
「どうやらうまくいきそうだ。この分なら、なにも問題は起こらないかもしれない」
ネイルさんは期待に目を輝かせている。……ところが。
「あれっ。光の拡張がとまった……。うん? ま、まずい! 今度は小さくなり始めた!」
ネイルさんのいうとおり、光が縮んでいく。でも、それだけじゃない。次第にその輝きも弱くなってきた。
「先生! 先生!」
ネイルさんが霊覚交信を使って悲鳴にも似た調子で叫びつづけている。ややあって、セレンさんからの応答があった。
「ネイル! だめだ。浄化をつづけることができない!」
思いもよらない言葉だったのだろう。ネイルさんは驚いたように聞きかえす。
「えっ。どうして?」
「毒のせいで霊力はおとろえているはず、と考えていたのだが、どうやら間違いだったようだ。現実には予想以上の抵抗を見せている。その上、我の霊体に雲のようなものがまとわりついてきた。このままではこの中に閉じこめられてしまう」
「ど、どうすればいいんですか?」
「ネイル、あわてるな。さっきもいったとおり、この原木の内と外から浄化を実行するのだ。そうすれば、きっとうまくいく」
「判りました。こちらからも浄化を始めます」「うむ。任せた」
ぶわぁ!
ネイルさんも裂け目の中へと入った。原木の前にたどりつくと、浮かんだままの姿勢を保つ。
「さぁ、始めるとしますか」
彼は両腕を前へ伸ばし、手のひらを原木へとかざす。目が閉じられた。と同時に、口がかすかに動きだす。精神を集中させながら、呪を発動するための言葉を黙唱しているのに違いない。
「…………」
口の動きがとまった。ネイルさんは、かっ、と見開き、力ある言葉をつむぐ。
「浄化!」
両手のひらから蒼白き霊波が放たれる。
ヴぅぅ! ヴぅぅ!
霊波があたった瞬間、原木全体が震えたように見えた。浄化ををつづけていくうちに、原木の内側からも光を放ち始める。それを見たネイルさんは、ほっ、と一息ついた。
「先生の浄化が再び始まったみたいですね。これでなんとか、……あっ!」
原木の光が突然、消失。セレンさんが交信を送ってきた。
「だめだ、ネイル。完全に閉じこめられた。こちらから浄化を放つのは、もう無理だ」
「そんなぁ。じゃあ、一体どうしたら」
ネイルさんは霊波をとめ、途方に暮れた顔をしている。
アタシたちは亀裂の上から一部始終を見ることができた。霊覚による交信の内容はアタシたちにも届いている。
「ミーにゃん!」「うん。ミアン、行こう!」「ワタクシも行きます」
アタシたちも亀裂の裂け目から奥へと入っていった。ネイルさんを見つけると、みんなでその身体にしがみつく。
「ミアンさん! それにミーナさんやレイナスさんまで。ここは危険ですよ!」
「判っているのにゃ。にゃけど、このままじゃ、セレンにゃんもネイルにゃんも、ただじゃすまなくにゃる。ウチも協力するにゃん」「アタシも」「ワタクシも、です」
「みんな……」
ネイルさんは両手を伸ばしたまま、顔をアタシたちに向けている。そこには感動したような表情が浮かんでいた。
「ねこねこ力、妖精力、精霊力。種が違えば名前は変わるのにゃけれども、元はこの村に存在する神霊ガムラの霊力。自分の意志次第で相手を倒すことにも、力を与えることにも使える。
ネイルにゃん。みんなの力を使って、この原木を浄化させるのにゃあ!」
「ミアンさん……。ああ、でもレイナスさんは。レイナスさんの霊力で、僕たちはここにいることができるんですよ。その力を別なことに使ってしまったら」
「ネイルさん、ご心配には及びません。ワタクシがここに来たのは、霊力を与えるためではないのです」
「えっ?」「にゃにぃ?」
アタシととミアンはレイナスさんの顔を見ながら首をかしげた。
(あれっ、違うんだ。じゃあ、一体なんのために?)
「それなら、レイナスさんはどうしてミアンさんたちと一緒に?」
ネイルさんも怪訝な顔をしている。
「ネイルさん。あなたの中にはもっと強力な霊力が眠っています。それを一時的に、ではありますが、使えるようにしようと思ったのです」
「眠っている霊力……。レイナスさん。その力なら、原木を浄化できると思いますか?」
「判りません。ですが、可能性はあると思います」
「ではやってください。でも、できれば早く」
「もちろんです。セレンさんが異常化している原木の精霊に閉じこめられた今、一刻の猶予もなりません」
「そうと決まれば、ミーにゃん。善は急げにゃ!」「うん!」
ミアンとアタシは同時に霊波を発動した。
「ウチらの霊力をネイルにゃんにぃ!」
「注入するわん!」
ヴぅぅ!
レイナスさんを覆っている霊波の光も強くなる。
「ネイルさんの霊力を覚醒させます!」
ぴきぃぃん!
「うわんにゃ、うわんにゃ。ナスにゃんの涙ぐましい努力には敬意を表するにゃん」
「本当だわん。さすがのアタシも感動して、思わず涙目になってしまったわん」
「お話のウチらも原木の浄化に協力するみたいなのにゃけれども」
「どうなるかは次のお話までおあずけだわん」
「毒に汚染された精霊や黒い瘴気。めんどうなことにゃん」
「お話が長かった割には感想は、あっさり、だったね」
「たまにはいいにゃん」
「ええとねっ。なんで会話の最中に『お話』を読まなきゃいけないのねっ」
「ミーにゃん。よしこにゃんが聞いているのにゃよ」
「そんなの簡単だわん。郷に入っては郷に従え。そこに山があるから登るんだわん。ここは読書の間。なら、お話を読まなくちゃいけないのはあたりまえだわん」
「多少、言葉の中におかしにゃものが入っているのにゃけれども……。ミーにゃん。そんにゃいい方で、よしこにゃんが納得すると本気で思っているのかにゃ?」
「なるほどねっ。了解したわねっ」
「了解しているのにゃん!」
「ミアン、ごらんなさい。よしこ、が、うんうん頷いて納得してくれているわん」
「あんなんで納得するにゃんて……。ウチは頭が痛くなってきたのにゃ。まさか、ミーにゃんとよしこにゃんが、ぐる、にゃんてことは……ないにゃろうにゃあ」
「どうしたの? ミアン。頭なんか抱えこんで?」
「ミーにゃん。『どれす』の話に戻るけどにゃ。ウチには、よしこにゃんのいわんとしていることが判る気がするのにゃ」
「へぇ。どんな風に?」
「つまり、にゃ」
「ちょ、ちょっと待ってよねっ。今いいところなんだからねっ。勝手に、よしこ、の台詞をとらないで欲しいのよねっ」
「それは悪かったのにゃん。どうぞ、話を続けてくにゃさい」
「判ればいいのよねっ。じゃあ、話すからねっ。
白いえぷろんって黒いどれすの上に着けるとねっ。一段と美しさが映えるのよねっ。その上、いかにも清楚、従順みたいな感じになるのねっ。そこがつけ目なのよねっ」
「というと? なんか聞きたくなってきたわん」
「白の美しさに魅せられ、近づいた者たちはねっ。我知らずに、よしこ、から血を吸われてねっ。白の下に拡がっている黒に染まって吸血鬼となるのねっ。こうなったら、もうこっちのもんなのよねっ。新たに吸血鬼となった者たちはねっ。よしこ、の為に、次々と他の者たちの血を吸ってねっ。その血を差しだしてくれるようになるのねっ。
つまりねっ。この白と黒の『えぷろんどれす』はねっ。吸血鬼の怖ろしさを表わす象徴みたいなものなのよねっ。その『どれす』を身に着けた、よしこ、が、こんなことで負けるわけにはいかないのよねっ」
「よしこにゃんの服にはそんにゃ意味が……」
「(あれっ。ミアンが口を開けて、ぽかん、としているわん)
ミアンは違うことを考えていたの?」
「うんにゃ。ウチはてっきり、『ごましお』を表わしたものとばかり思っていたのにゃけれども」
「ごましお? あの黒と白の細かいやつ? ごはんによくかける……」
「そうにゃよ、ミーにゃん。あれをふりかけるだけで、普段は二~三杯で終わる筈のごはんが、にゃんと五杯ぐらいは軽くいけてしまうのにゃ。いや、ごはんばかりじゃにゃい。他にもおかずが欲しくなって、更に食べつづけてしまうという悪循環におちいるのにゃん。ウチみたいな霊体はともかく、やせようとしている者たちにとっては、まさに悪魔からの贈り物ともいえるのにゃん」
「そういえば、お弁当にもよくかけてあるわん」
「お弁当のごはんにまぶしてあるのは、ほんの僅かにゃ。にもかかわらず、その存在は食欲をそそるのに十分にゃ力がある。まさに恐るべし、なのにゃん。吸血人形が着る衣服の色にぴったりと、感心していたのにゃけれども」
「むっ。失礼なのねっ。吸血鬼の象徴をごましおと混同しないで貰いたいのよねっ」
「とはいってもにゃ。両方とも怖ろしいという点では同じじゃにゃいかと」
「いつまで『たわごと』をいっているのねっ。やっぱり闘いは避けられないようねっ」
「よしこにゃん。もうやめようにゃん」
「それがいいと思うわん。ほら、謝るから。ごめんね」
「ふん。謝って済むなら、なにかはいらない、みたいなことを聞いたことがないのねっ。
……ふぅ。疲れたわねっ。いい争うのは、このあたりでやめるわねっ。とにかく、こっちへ来てよねっ」




