第二十二話『ナス』
「悪者ども、観念しなさいねっ」
ぐぃぃん! ぐぃぃん!
「ミアン!」
「仕方がにゃい。ミーにゃん、やるにゃよ!」
「うん」
「実体波!」「分解!」
ぱっ! するっ! すたっ!
ぱっ! するっ! すたっ!
「ふぅ。なんとか間にあったわん」
「一時はどうにやるかと思ったのにゃん」
「まさか……、よしこ、の髪が造った呪縛をすり抜けるなんてねっ」
「実体波を壊したのよ。霊体になれば、実体の攻撃なんてなんの意味もないわん」
「ねねねのよしこにゃん。この身体ににゃったからにはウチらへの攻撃は不可能にゃ。どうしてそんにゃに怒っているのかさっぱり判らないのにゃけれども、ここは一つ、仲直りをしてみないかにゃ?」
「仲直り? ふざけないでねっ。この程度で、よしこ、の気持ちが収まるなんて思わないことねっ」
「にゃけど、もうにゃにもできないのにゃろ?」
「ふふふ。霊体なら霊体用の攻撃をすればいいだけの話よねっ。それっ!」
ぶわわわっ! きらぁぁん!
「ミアン! 髪の毛が光っているわん!」
「この輝きは、……間違いにゃい。霊波にゃ!」
「まずは……、あんたからねっ」
ぐぃぃん! ぐるぐるぐる!
「ミアン!」
「ふにゃあ。また巻きつかれてしまったのにゃ!」
ぐぃぃん!
「折角おりたのに……、元の高さに戻ってしまったのにゃん」
ぎゅうぎゅうぎゅう! びしびしびしっ!
「く、苦し……、にゃ、にゃんと! ウチを締めつけているだけじゃにゃく、目の前には髪の毛の先が!」
「今からその霊体を壊してあげるねっ。さぁ、どっちがいいのねっ。破裂するまで強く締めつけられる方か、それとも霊体を維持できなくなるまで串刺しにされる方か、どちらでも好きな方を選びなさいねっ」
「どちらもいやにゃん。にゃあ、よしこにゃん。さっき、ひどい仕打ちを受けたっていったと思うのにゃけれども、一体にゃにがあったのか教えて欲しいにゃん」
「まだとぼける気ねっ。あんたが、よしこ、の寝ている黒い棺桶を棚から落としたに違いないのねっ。おかげで、よしこ、は床に這いつくばる羽目になったのよねっ。よしこ、は吸血人形としての誇りをめちゃくちゃにされたのねっ。もうどんなに謝ったって絶対に許してあげないんだからねっ」
「えっ。(アタシだ……。やっぱり、この人形は物置にいた……)」
「ウ、ウチはそんにゃことはやっていないのにゃん。く、苦しいのにゃ……」
「そんな言葉じゃ騙されないのねっ。よしこ、を床に落としたものの気配がこの部屋まで続いていたのねっ。いたのはあんたとそこにいるちっこいのなのねっ。どっちがやったかは一目瞭然なのねっ」
「待ってぇ! よしこ!」
「なんなのねっ!」
「ええい!」
ぴたっ。
「ふぅ。念動霊波でやっと、よしこ、の動きがとまったわん。
ミアン。巻きついている髪の毛を使ってこちらへ誘導するわん。……えい!」
ぐぃぃん! すたっ!
「またおりれたのにゃけれども……、うん? どうしたのにゃ、ミーにゃん? 泣きべそにゃんてかいたりして」
「ぐすん。実はね……。アタシが」
「よしこにゃんを棚から落としたのにゃろう? 前に物置での話を聞いていたから、すぐに、ぴーん、ときたのにゃん」
「うん。……そうなの。ごめんね、ミアン。アタシの為にこんなことになっちゃって。本当にアタシったら……。
ねぇ、ミアン。アタシ、どうしたらいいのかな。どうしたら許してくれるんだろう。どうしたら……」
ぽん。
「(ミアンが肩をたたいた)ミアン……」
「落ちつきにゃさい、ミーにゃん。冷静ににゃってウチと一緒に考えようにゃん」
「でも、なんか落ちつけないよう」
「深呼吸をしてみるのにゃ。少しは楽になると思うのにゃよ」
「深呼吸なんかじゃ……。でも、とりあえずやってみるわん」
すぅぅはぁぁ。すぅぅはぁぁ。
「どうにゃ? ミーにゃん」
「うん。驚くほど冷静になったわん。というわけで」
「これからどうするか考えるのにゃろう?」
「その前に、もっと冷静になりたいわん。だから」
「だから?」
「第二十二話を読むことにするわん。考えるのはそれからでもいいよね?」
「にゃんという変わり身の速さ……。
ミーにゃん。あんたはひょっとして将来、大物になるかもしれないのにゃ」
第二十二話『ナス』
「にゃあ、レイナスにゃん。……うん? 『レイナス』はいいにくいのにゃ。にゃにか別ないい方は……、あっ、そうにゃ。『ナス』にゃん、と呼ぶことにするにゃよ。これならいいやすいのにゃ。……それで、ナスにゃん」
「きゃあ! やめてぇ!」
レイナスさんは悲鳴にも似た大きな声を張りあげる。
「ど、どうしたのにゃ、ナスにゃん!」
「ミアンさん。ワタクシの名をお呼びになる時は、『レイナス』はもちろん、『レイ』あるいは『レナ』でも一向にかまいません。ですが、『ナス』だけは、どうかお許しを」
祈りでも捧げるかのごとく、レイナスさんはミアンの前にひざをつき、両手をからませている。
「いいじゃにゃいか。『ナス』は可愛い名前にゃよ」
彼女の願いをてんで意に介しないミアン。
「ミアンさん……。ワタクシ、本当はこの名前、大嫌いだったのです」
思いつめたような顔を向けている彼女の口から、打ち明け話が飛びだす。
「湖の精霊は代々、その先代から『レイなんとか』という名前をもらいます。ですが実際には、この『なんとか』という部分が、本当の名前となっているのです。ワタクシとしては優雅な名前が欲しかったのですが、先代がつけた名前は、こともあろうに『レイナス』。
つまり、ワタクシの本当の名前は『ナス』なのです」
「にゃるほど」「そうだったの」
「もちろん、ワタクシは先代に抗議しましたよ。何故、『ナス』なのかも聞いてみました」
「ふむふむ。それでその答えは、にゃんと?」
「『今が「旬」だから』とかわけの判らないことをいわれました」
「そうか。ナスにゃんの先代は、『ナス』が好きだったのにゃあ!」
『そうにゃ。そうに違いにゃい』とばかり、力拳をふるわせるような仕草を見せるミアン。
(ミアンって食べものがからむと、目を光らせるのよね)
「ナスにゃん。『ナス』はいい名前にゃよ。折角、先代がつけてくれた名前じゃにゃいか。食わず嫌いはやめて、その名前を愛することにゃ」
やさしくさとすミアンに、レイナスさんもうなだれる。
「……そうですね。今は亡き先代が残してくれた名前ですもの。ミアンさん、判りました。ワタクシもこの名前を大切にします」
「ナスにゃん!」「ミアンさん!」
化け猫と湖の精霊は、ひしっ、と抱きあった。
(もう、ミアンったら。レイナスさんと仲がよすぎるわん)
「そんなことよりさぁ」
なんか置いてきぼりを食わされた感のあるアタシが口をはさむ。
「ミアン。レイナスさんに聞きたいことがあったんじゃない?」
「おお、そうにゃったそうにゃった」
ミアンはアタシの言葉にうなずくと、再びレイナスさんへとふりかえる。
「にゃあ、ナスにゃん。ウチらも原木のところへ行けるのかにゃ?」
「もちろん、大丈夫ですよ。ただ……、ミアンさん。あなたの場合は実体波を消して霊体となった方がいいかもしれませんね」
「判ったにゃん」
ぱこん!
ミアンはぷにぷにした水色の身体へと変わった。
「レイナスさん。アタシも行けるの?」
「あなたは……、すみません。ひょっとして、あなたはイオラお姉さまの……」
「えっ。うん。アタシはイオラの木に咲いている花の妖精だけど。レイナスさんはイオラを知っているの?」
「もちろんです。現在、村にある森の中で一番強い霊力を持つ精霊は、イオラお姉さまですから。あのお方がお造りになった妖精であれば、なんの心配もいりません」
「本当かなぁ。向こうへ着いたとたん、ばたっ、と倒れちゃたりして」
アタシはちょっぴり不安。
「ご心配無用です。霊体であれば、今、発生している瘴気程度の毒に汚染されることは、絶対にありえません。その上、水霊波の力が皆さんの身体をお守りしているのです。原木の精霊と接触でもしないかぎり、危険は一切ないとお約束いたします」
「でも、精霊だって霊体よね。それにもかかわらず、毒に冒されちゃったんでしょう?」
「そうなったのはよりどころとしている原木が汚染されたまま、数千年もの長きに渡って亀裂の中に閉じこめられていたからです。いわば例外中の例外。めったにあることじゃありません」
「つまり、レイナスさんなら湖。アタシならイオラの木と花。それがものすごく長ぁい年月、汚染されたままになっていなければ大丈夫ってことね」
「ええ。ミーナさんのおっしゃるとおりです」
「だったら大丈夫かなぁ。ミアン、どうする?」
「ナスにゃんも、ああいってくれたし、一つ行ってみるかにゃ」
「ミアンがその気なら、アタシも行くわん」
「ワタクシも一緒に行きます。なにかお役に立つことがあるかもしれませんから」
「でも、セレンさんとネイルさんの身体を、ほったらかしにしておいていいの?」
(二人が戻れなくなったら大変だわん)
「先ほどもいったように、あなた方全員の身体は水霊波の力によって守られています。それはワタクシが湖の、どの場所にいようと同じ。ミーナさん、もっと信用なさってください」
「うん、判った」「ナスにゃん。それでは案内を頼むにゃよ」「任せてください」
二人のあとを追ってアタシたちも問題の亀裂へと向かう。
「はっ」
「(いけない、よしこ、が! えい! えい! ……だめだわん! 焦りすぎちゃって念動霊波が放てないわん!)
ミアン、ごめん。読んでいる間に集中力が本の方へ傾きすぎちゃったの。そのせいで、よしこ、が、また動きだしてしまったわん!」
「にゃんと!」
「……おかしいわねっ。よしこ、は今までなにをしていたのねっ。……そうだ、悪者をこらしめていたのねっ、って、どうして化け猫があんなところに」
ぐぃぃん! ゆらゆらゆら。
「しまった。また戻されてしまったのにゃあ]
「これで、よし、とねっ。あと台詞はどこまでいってたっけねっ。……ふふ。想いだしたわねっ」
びしっ。
「(よしこ、がアタシを指差している……)あのね、よしこ、本当は」
「なにをいっても無駄なのよねっ! この化け猫が滅びるさまを、その目に焼きつけるがいいのねっ」
「アタシ……なの。よしこ、アタシなのよ。人間の子供に姿を変えて物置に入った時、つい転んじゃって……。ごめんね、よしこ。アタシが悪かったわん」
ぱかっ!
「本当に子供の姿になった……わねっ。そうか。あんたがやったのねっ。それなら!」
びしびしびしっ!
「串刺しにしてやるわねっ。あんたから」
ぱかっ!
「(目の前に髪の毛の先が! でも……)
いいわん。串刺しにでもなんにでもして。その代わり……ミアンには手を出さないで! アタシにとって大事な……とても大事な親友なの。お願いっ!」
「(自分が危にゃいのに元の姿に戻ってまで)ミーにゃん……」
「心配なんかいらないのよねっ。だってあんたが滅びたら、すぐにあとを追わせてあげるんだからねっ」
「そんなぁ」
「親友のなのよねっ。だったら二体仲良く滅びなさいねっ!」
「よしこにゃん!」
がちゃん!
「な、なんのよねっ!」
「待つのにゃ! これを見るがいいにゃ!」
「鉤爪……を出したのねっ。でもそれが一体なんの役に……、
あああっ! そ、その輝きは!」
「そうにゃよ。ウチの鉤爪を覆っているこの光。これは霊波なんかじゃにゃい! 霊体を断つことができる霊波。それすらも凌ぐ力を持つ『霊刃』にゃ!」
ざくり!
くるっ。
すたっ。
「ふぅ。やっと床におりることができたのにゃん」
「よ、よしこ、の髪が……、こうなったら、ちっこいのから先にやるわねっ」
びしびしびしっ! びしびしびしっ! ……。
「ミーにゃんが危にゃい! それっ!」
びゅん! びゅん! びゅん! ……。
「霊刃が……くるくると回って飛んでいるわねっ!」
ざくりっ! ざくりっ! ざくりっ!
「どうにゃん。ウチの霊刃は幾らでも飛ばすことができるのにゃよ!」
「こしゃくな……のよねっ。でもねっ。
……ふふっ。それで勝ったつもりなら甘すぎるわねっ」
「にゃに? あ、あれは!」
ひゅぅぅ、ざくっ! ざくざくざくっ! ざくざくざくっ! ……。
「ミアァン! どうしよう。切られた髪の毛がアタシの周りに突きささったわん。まるで杭みたい。これじゃあ身動きできないよぉ!」
「円状に隙間なく囲んだのよねっ。これなら翅があっても、逃げられるのは上の方だけよねっ。でもその上からは……、ふふっ。それじゃあ、とどめねっ!」
びしびしびしっ! びしびしびしっ! ……。
「(まずいにゃ! ミーにゃんの頭の上へ尖った髪の毛の先がたくさん!)
ミーにゃん、援護するのにゃ。それっ!」
びゅん! びゅん! びゅん! ……。
ざくざくざくざくりっ!
「ふふふ。霊刃で切ってもねっ。すぐに伸びてくるのねっ。むだなことなのよねっ!」
びしびしびしっ!
「危にゃい! こうにゃったら……、とぉっ!」
がばっ!
「うっ!」
「(ミアンが……アタシの上に覆いかぶさったわん。でもこれじゃあ!)
ミアン、大丈夫なのぉ! ミアン!」
「…………」
「ミアン、お願い! 返事してよぉ! ミアァン!」
「…………」
「……ミアン……ぐすっぐすっ」
「……ミーにゃん」
「あっ。声が聞こえた。ねぇ、ミアン、大丈夫なの? 怪我しているんじゃないの?」
「……大丈夫みたいにゃよ。どれっ」
すくっ。
「これは……、ミーにゃんも見てみるかにゃ?」
「えっ……。う、うん」
すくっ。
「……あっ、髪の毛がこんな目の前に」
「でも、とまっているのにゃん」
「本当だわん。もう輝きも消えて……。あれっ、短くなっていく。一体どうして?」
「ミーにゃん。よしこにゃんを見てごらん」
「そうだ。よしこ、は、と。……なんだ、あおむけになって倒れちゃっているわん」
「行ってみようにゃん」「うん、行こう」
すたっすたっすたっ。ぱたぱたぱた。
「よしこにゃん。どうしたのにゃん」「どうしたの? よしこ」
「ひ、ひ、ひ」
「『ひ』って、なんにゃ?」
「ひ、貧血……」
ばたっ。
「そういえば、よしこ、って誰からも血を貰っていなかったわん」
「血が足りなくなって妖魔力切れを起こしてしまったというわけにゃん」
「それじゃあ、これで闘いは」
「うんにゃ。終わったのにゃん」
「アタシたち助かったんだぁ。よかったわん」
「ま……まだ……なのよねっ」




