第十二話『レミナさんの小屋にて』
すーっ。すーっ。すーっ。
すーっ。すーっ。すーっ。
「ふにゃあ?」
「うぅん……ふぁぁん。どうしたわん?」
「くんくん。これは……またにゃんとも……。あっ!」
「ふぁ……。なぁんなの? なにが……、くんくん。うん? なにか食欲をそそられるわん。この匂い」
「ミーにゃん。早く起きた方がいいにゃよ。にゃんか様子が変なのにゃ」
「変? ……変はミアンのお顔ぐらい……って、あれっ!」
「にゃんと! ミーにゃん。ウチの顔、どこかおかしいにゃん?」
「そんなことをいっている場合じゃないわん!」
がばっ!
「確かにおかしいわん。一体どうしてこんな」
「待つのにゃ、ミーにゃん。聞いたことに答えにゃさい! ウチの顔がどうしたって?」
「ミアンのこと? ええと……、ああ、そうそう。目と鼻と口があってね」
「ふむふむ」
「毛むくじゃら」
「にゃんと! どうして……どうしてそんなことに……って、よく考えたらあたりまえじゃにゃいか、ミーにゃん。ウチは化け猫とはいっても、外見は一応、猫なんにゃし」
「アタシは違うわん」
「それじゃあ、ミーにゃんの方が異常にゃん」
「なぁるほどね。アタシから見ればミアンの方が変だけど、ミアンから見ればアタシの方が変。種や立場が違えば、ものの見方も違うってわけなのね。なかなか奥深いなぁ」
「ミーにゃん。感心するのもいいけどにゃ。そろそろウチらが置かれている立場について話しあわないかにゃ? さっきから話が全然進まないのにゃけれども」
「現実逃避もここまでかぁ……。それで、ミアン。この状況をどうみる?」
「状況といってもにゃあ。二つの鍋と二つの七輪。それにいろいろな具材を乗せたお皿の数々。いつの間にウチらの後ろに置いたのにゃろ? 鍋にはぐつぐつとにゃにかが煮こまれていて、美味しそうな匂いがぷんぷんと立ちこめているし、七輪の上にある金網にも、それぞれ、ぷぅっとふくれたにゃにかが乗せてあるのにゃけれども」
「見て見て、ミアン。炭火で焦げたところがあるにもかかわらず、それすら気づかないほど、ぷわぁっ、とふくれあがっているわん。一体なにをそんなに怒っているのかなぁ?」
「きっと、苦労してここをつきとめたのにゃよ。にゃけれど、ウチらは寝てしまっていたにゃろう? にゃもんで、『いらいら』が募ってしまったに違いないのにゃん」
「そうかぁ。悪いことをしたわん。ごめんね。誰か知らない白い四角の物体さんたち」
「ミーにゃん、だめにゃあ! 手遅れみたいにゃよぉ!」
「げ、激怒しちゃったかも。あ、あ、あぁんなに大きく……」
ぱちん! ぱちん!
「きゃあああ! ミアぁン!」
「同時爆発にゃあ! ミーにゃあああん!」
あたふたあたふた。ひしっ。がくがくがく。
「ミ、ミアン。つぶれちゃったよぉ! どうしよう」
「にゃんと、お亡くなりににゃってしまった。おいたわしいことにゃん。とはいっても、ウチらにはどうすることもできにゃかった。しょうがにゃい、ミーにゃん。せめて成仏するよう拝んであげようにゃん」
「そうね……って、ミアン。あれ、なに?」
「うん? いつもの白いかごにゃん。にゃにか手紙が入っているのにゃけれども」
すっ。
「ええと。
『焼けた「おもち」はそのままでも、お皿に盛った「のり」をまいても構いません。味つけ用にと、具材ごとにお皿も何枚か用意しました。好きなものにひたしたり、からませたりして食べてください。お汁の鍋に入れておもちが柔らかくなるまで煮こめば、味もさることながら身体もあったまることでしょう。どうぞ、思い思いの自由な食べ方を楽しんでください』と書かれてあるにゃ」
「そうか。怒っていたのは、『おもち』っていう食べ物だったね」
「起きたそうそう、ありがたいことにゃ。慎んで食べさせて貰うことにしようにゃん」
「待って、ミアン。この紙切れもあったわん。はい」
「にゃににゃに……。ミーにゃん。起きたら、まずはこれをいってくれにゃと」
「ふんふん。これをいうのね。どうするミアン?」
「『言葉として時期的にかなり遅いものになるとは思いますが』とも書かれてあるのにゃけれども……。まぁ、いいにゃん。食べるためにゃ。協力してあげようにゃん」
「そうね。それじゃあ、ミアン、いくよぉ! せぇのぉ!」
「あけましておめでとうございます!」
「さてと。これで義理は果たしたわん。それじゃあ、ミアン、食べよう。あっ、そうそう。お椀やお皿で食べるなら」
ぱかっ!
「人間の子供姿になった方が扱いやすいわん」
「ミーにゃん。ウチにも頼むにゃよ」
「もちろんだわん。あっ。ミアン、飲みものもあるわん」
「いたせりつくせり、だにゃあ」
「あつあつあつぅ!」
「ミーにゃん。焼いたり煮こんだりしたばかりにゃよ。熱いのはあたりまえにゃん。こうやって、ひぃぃ、ふぅぅ、ひぃぃ、ふぅぅ、っと。うんにゃ。これでいいにゃん」
ぱくっ!
「あぁぁぁ! あつあつにゃあああ!」
じたばたじたばた。じたばたじたばた。
「ふふん。猫舌なのにそれぐらいで食べやすくなると思っているミアンの方が、あさはかだわん。さてと。それじゃあ、そろそろ」
ぱくっ!
「あつあつあつぅ!」
じたばたじたばた。じたばたじたばた。
じたばたじたばた。じたばたじたばた。
「……(熱くて喋れないわん!)」
「……(本当。どうにかして欲しいにゃん!)」
「ふぅ。食べたにゃあ!」
「食べる頃合いが微妙だったわん。いい匂いでも熱いと食べられないし、冷めて固くなると今度は食べにくい。『おもち』って気むずかしい食べ物だわん」
「『いいかにゃ? いいかにゃ?』って、ご機嫌をとりながら食う。斬新な食べ物だったにゃあ」
「煮こんだお汁は『おもち』を入れなくても美味しかったわん」
「ウチもにゃ。でも……」
「どうしたの? ミアン」
「この部屋にきた食べ物を、初めて口に入れた時から思っていたのにゃけれども」
「なにを?」
「……いやあ、そんなわけはないにゃ」
「ミアン。一体なんなの?」
「ううん。きっと、ウチの思い違いにゃよ。ミーにゃん。忘れてくれにゃ」
「そぉぉ? ミアンがそういうなら、別に構わないけど。
それじゃあ、ミアン。食べたあとは」
「第十二話を読もうっていいたいのかにゃ?」
「もうミアンったら。それはアタシの台詞だわん!」
第十二話『レミナさんの小屋にて』
「まだ約束の時間まではだいぶあるわん」
アタシは村のあちらこちらを散策して時間をつぶしていた。村全体が広いため、あっという間に時間がすぎていく。『もうそろそろ』と思うくらい陽が高くなったため、先回りしてレミナさんが住んでいる小屋近くの上空までやってきた。
「うわぁ、雨神がいっぱい」
《雨神。……霊翼竜フーレのこと。霊水の雨を降らせることから、そう呼ばれている。蒼い身体で頭にぎざぎざのトサカがあり、目は真ん丸。クチバシがずんぐりとしている。おなかは霊水を飲みこんでいる場合、ぱんぱんにふくれあがっている。まき終わったあとはたるんだ状態。二枚翼で長時間の水平及び垂直姿勢による飛行が可能だ》
レミナさんの小屋があるここはフーレの森。緑系の葉をつけた白っぽい樹木に囲まれた森だ。いくつか広場があって、そのほとんどが動物のすみか、あるいはたまり場となっている。広場の中で一番大きいのが、この森の主役であるフーレのすみか。そこにレミナさんの住んでいる丸太小屋がぽつんとある。小屋は湖のほとりに建っていて、周りには大きな岩が点在する草原が拡がっている。レミナさんはこの草原がお気に召さなかったらしい。フーレの使い手として小屋に寝泊まりするようになるや否や、すぐに手を加えたそうだ。殺風景だった草原一面が、色とりどりの花が咲きみだれるお花畑へと変貌。文字どおり、華やいだ景色となった。レミナさんも満足したとみえて、このお花畑と湖の組みあわせは今もそのまま。それにしても、土木作業とはおよそ無縁の雨神たちにも手伝わせたというから、使い手恐るべし、といったところか。現にアーガのマミーも、フーレの長モームも畏怖と敬意の念をこめて、彼女のことを『姫』と呼ぶ。
(あっ、あれはミレイ。ということは、ラミアさんが飛んできたんだわん)
「もうじき、レミナの小屋に着くな」
午前中の運搬が終わったみたい。ラミアさんがレミナさんと約束したとおり、彼女の小屋へとやってきた。ミレイに乗って飛んでいるラミアさんの視界にも、フーレたちが飛びかう姿が映ったのだろう。ラミアさんはミレイに声をかけた。
「あそこだ。あの下がレミナの小屋だ。ミレイ、おりてくれ」
「くぉーっ!(判りました)」
ミレイが上空から、ぐぅん、と勢いよく降下するものだから、地面にぶつかっちゃう、とか心配したけど杞憂にすぎなかった。地上付近ではゆっくりと速度を落としている。身体が大きい割にはそれほど物音を立てない。レミナさんの小屋近くにある空き地へ静かに足をつけた。
「お疲れさま。お前もなにか食べてこいよ。あたいが呼ぶまでは遊んでいてもかまわないからな」
ラミアさんはミレイから降りると、そのほおをそっとなでた。
「くぉーっ!(では、お言葉に甘えまして行ってまいります)」
ミレイは空へとあがる。小屋の上空をひとまわりしたら、どこかへ飛んでいった。
「うん。なかなかいい相棒だ。さてと。あいつは小屋にいるのかな」
ラミアさんは右手に包みを持って小屋へと向かう。
(ラミアさん。またおにぎりを持ってきたんだ。レミナさんは料理が美味いそうだから、それをあてにしているんだな)
ラミアさんは小屋の入口にたどりつく。
とんとん。とんとん。
「ふぁい。いいから、勝手に入ってよ」「じゃあ、遠慮なく」
がちゃ。ラミアさんはドアを開けた。
レミナさんが住んでいるのは煙突つきの丸太小屋。小屋の中はそれほど広くない。ほとんど台所といっていい。窓際に調理場があり、その前には木製のテーブルと椅子が置かれている。小屋の奥には生活の匂いを感じる。テーブルから見えるところに寝床や戸棚、箪笥が鎮座している。更に奥まったところにはドアがついていて、中をのぞいてみたところ、洗面所やお風呂、洗濯場が設けられていた。狭い空間に無理矢理造った割には、ちゃんと仕切りがあるから拍手もの。ここもレミナさんが手を加えた結果らしい。
台所にレミナさんの姿があった。彼女の右手には、『へら』っていう、具材をかきまぜる道具が握られている。今はそれを手際よく動かし、底の浅い鍋で炒めものを造っている真っ最中。換気用の煙突があるものの、小屋の中にはお料理の匂いが漂っているみたい。ラミアさんが目をつむって鼻を、ひくひく、させている。
「美味そうじゃないか」
ごくっ。ラミアさんは生つばを飲みこむ。
「ねぇ、ラミアさん。茶瓶にお湯が沸いているから、お茶を用意してくれないかな」
「判ったよ、レミナ。あたいに任せな」
ラミアさんは浮き浮きした様子でお茶を淹れ始めた。テーブルにお茶の入った茶飲みが置かれる頃にはレミナさんの料理も終わり、炒めものやお吸いものが並べられた。
「ラミアさん。どうぞ、召しあがれ」
「ああ。じゃあ、早速。レミナ、ほら、おにぎりだ。お前の分も用意してある」
「ありがとう。時間がなかったから、保存してあったパンを使おうと思ったんだけど。ラミアさんが持ってきてくれたなら、それを頂こうかな」
「ああ、いいとも」
二人はにこにこしながらテーブルに着き、昼食を始める。
「へぇ。こりゃあいいや。味が抜群だ」
「そう? ありがとう。ちょっと焼きこがしちゃったから、気になっていたんだけど」
「全然大丈夫。これぐらいこげあとがついている方が、返って香ばしくなって食欲をそそられる」
「ラミアさん。ラミアさんが握ったこのおにぎりも、なかなか美味しいじゃない」
「いい米をもらったんだ。多めに造ってきたから、遠慮せずにどんどん食べてくれ」
むしゃむしゃ。ぱくぱく。
「美味い、美味い。ところでレミナ。家へは帰ったことがあるのか?」
「フーレの使い手になってからは全然。この小屋で寝泊まりしているよ。ラミアさんは?」
「あたいも、っていいたいところだけど、たまには帰るな。母親の手料理が食べたくなるんだ」
「母親の味かぁ。うんうん。判るよ、ラミアさん」
「あと、料理をもっと覚えたいし、うまく造れるようにもなりたいからっていうのもあるな。それには実家に帰って学ぶのが一番なんだ」
「実家とアーガの森を行ったり来たりか。大変だ、ラミアさんも。その点、あちきは小さい頃から台所にいたからね。家を出る前に大概の料理は覚えちゃったよ」
「おまけに器用だしな、お前は。あたいもアーガの使い手になる前に、もう少し料理ができるようにしておけばよかった。こうやって実家から離れた場所で生活している今、つくづくそう思うよ」
「まぁ、地道にこつこつとやることだね。あきらめる必要なんてない。それに、料理って奥が深いよ。やればやるほどうまくなるし、面白くなる」
「だといいけどな」
むしゃむしゃ。ぱくぱく。
「それでさぁ。ラミアさん、話は変わるんだけど、この前、……」
「ふむふむ。……へぇ、そんなことが」
食事に舌づつみを打ちながら、ラミアさんたちは会話を楽しんでいた。
(アタシも、あんな風にミアンと食事が楽しめたらなぁ)
アタシは霊体。食事はおろか、味わうことも匂いを嗅ぐこともできない。ただ見て想像するだけ。でも、ミアンは違う。化け猫っていう霊体動物でありながら実体波をまとっているため、アタシと違って食事を楽しむことができる。人間や実体を持つ生きもののように。
(人が住む場所ではアタシだけが『のけもの』みたい。つらいなぁ)
「あれっ? 今、気がついたんだけど、このお話のミーナって実体波が使えないんだ」
「そうみたいにゃ。ミーにゃんは使えるのにゃろ?」
「ミアン……。だから、さっきから一緒になって、ばくばく食べているんでしょうが!」
「そうにゃった。……ふぅ。食べている……かぁ。ふぅ。困ったにゃあ」
「全くぅ。一体、アタシと何百年つきあって……って、どうしたの? ミアン。さっきからため息ばっかり」
「今回は食べているところの話にゃろう? にゃから……、ふぅ」
「違うんじゃない? 親友同士のお喋りが中心で、食べるのはそのきっかけにあるだけだと思うわん」
「どっちでもいいにゃん。本当、困ったにゃあ」
「さっきから頭を抱えているけど、なにをそんなに」
「ウチらはさっき、食べたばかりにゃんよ」
「そうね。とはいっても、食べ物が持っていた霊力、つまり存在するのに必要な力は全部高速吸収しちゃったからね。既におなかの中は空っぽ。食べようと思えば食べられないこともないけど……、ああ。でも、当分はやめとくわん」
「ウチもそう思っていたのにゃん。だけどにゃ。野菜とお肉の炒めものを食べているくだりを見せられては……」
「また食欲がわいたと?」
「そういうことにゃん。霊体になっても『欲』というものは消えないものだにゃあ」
「そんなことをいったって、もうここにある食べ物は全部食べちゃったじゃない。道具だって、全部白いかごに入れて外に出したから、他にはもうなにもないわん。あきらめなさい、ミアン」
「ミーにゃんのいうとおりにゃ。あきらめ」
がさごそ。
「ミーにゃん! ドアのむこうに、にゃにかが! いってみるのにゃん!」
ずぼっ。
「ミアンったら、息せき切って走っていったけど。……多分、幻聴だわん」
ずぼっ。
「ミーにゃん! これが!」
「あら、『すてき』。焼きたての大きなお肉の『すてーき』と、つけあわせの野菜ね」
「ミーにゃん……。
(洒落のつもりなのかにゃあ? ウチはこういう時の対応が判らないのにゃん。ぱちぱちぱちっと拍手して、「うまいことをいうにゃあ」といえばいいのか、それとも、「『すてーき』か。ウチはまた『すてっき』っていったのかと思ったのにゃん」って話を拡大させるべきにゃのか)
……ううむ」」
「ミアンったら、なにを悩んでいるの?」
「ううん。なんでもないにゃよ。
(そうにゃ! 一番簡単な方法、「無視」でいこうにゃん!)
それじゃあ、頂きますにゃあん!」
むしゃむしゃむしゃむしゃ。
「食べすぎよ、ミアン。それにしても誰がこんな差しいれを。……甘やかしすぎだわん」
「といいつつ、ミーにゃんも食べ始めているじゃにゃいか。もぐもぐ」
「もぐもぐ。あたりまえだわん。ミアンが食べているんだもの。もぐもぐ」




