プロローグ『初めまして』
「ミーにゃん。一体ここはどこなんにゃろう?」
「さぁ。アタシにもさっぱり」
「そもそもミーにゃんが『天外魔境の中へ入ってみよう』なんて無茶を言ったのが始まりにゃんよ。責任をとって貰いたいものにゃ」
「ううっ。ごめんね、ミアン。ほら。『天外魔境』って、自分が願った世界へ行ける分岐点じゃない。なもんで、アタシが活躍する世界に行きたい、って祈っちゃったのよ」
「それにしては大きな白い本が、ぽつん、と置かれているだけなのにゃけれども」
「ねぇ、ミアン。ちょっとめくってみない?」
「ちょっと待つのにゃ。まさか、爆発でもしないにゃろうなぁ」
「ええと……。大丈夫。爆発はしなかったわん」
「ミーにゃん。ウチが『待て』と言っている間に、どうして開いたりするのにゃあ」
「まぁ、いいからいいから。なにも起きなかったんだし」
「相変わらずだなぁ。ミーにゃんは」
「あっ。ミアン」
「どうしたのかにゃ? 時限爆弾のスイッチでも入れてしまったのかにゃ?」
「なにを言ってんだか。そうじゃなくて、今、本の初めの方を見たんだけどね。なんかアタシが主人公っぽいのよ」
「……ろくな本じゃないにゃあ……」
「うん? なにか言った? ミアン」
「なんにも言わないにゃよ。まぁ、折角来たんだし、その本とやらを読ませて貰おうかにゃ」
「うん。一緒に読もう!」
「にゃににゃに。プロローグ? 一体なんのことにゃ?」
「物語の最初ってことでいいんじゃない。それより早く本文に入ろう」
「判っているにゃよ。さてさて、どんな物語なのかにゃ」
「ふふっ。楽しみ楽しみ」
プロローグ『初めまして』
ねぇ、知ってる? 惑星ウォーレスのこと。あの星の地上にも、ずううっと昔、人間や他の生きものが住んでいたんだって。それでね。ええと、……科学技術の発達や文化の向上? うぅん、なんだかよく判らないけどぉ。そんなもののおかげで、みんな豊かな生活を送っていた、なんて話がまことしやかに伝えられているわん。
どう? 信じる? それとも信じない?
それに、こんな話もあるわん。ウォーレスの人々が集まれば、必ずといっていいくらい話題にのぼった『不思議』があったそうなの。なんだと思う? ふふっ。教えてあげるわん。それはね。自分たちの上空に浮かぶ孤島のこと。雲よりも更に高いところにあって、誰にもうかがい知ることの許されない世界。いつしか、『あの島にも人が住んでいるんじゃないか』とか、『人だけじゃない。精霊や妖精も存在するよ』ってうわさするようになったみたいなの。
人々はその孤島をこう呼んだそうよ。
『天空の村』って。
「初めまして。アタシはミーナ。イオラの木に咲いている、花の妖精なの」
アタシは目の前に現われた女の子に自己紹介をした。その子は蝶類と同じ二枚翅を持ち、色は花の色と同じで白。大きさも、……そうね。花とさほど変わらない。身体部分は白く透きとおっているものの、人間の女の子をうんと小さくしたような姿。
その子の返事をアタシは待った。でもね。なにも喋ってくれない。いろいろな話をしてみた。それでも言葉を返してくれない。ただアタシの身体と口の動きを真似しているだけ。
(ふふっ。あたりまえよね。だって、湖に映った自分の姿なんだもの)
「ふぅ」
青とも緑ともつかない透きとおる水面を見ながら、アタシはため息をつく。
「ミアンがこの森にいた頃はなぁ。こんな独り芝居なんてやらなかったのにぃ」
なんかむしゃくしゃしてきた。足元に落ちている小さな石を蹴ってみる。水面に落ちる音がかすかに響くのと、水がわずかにはねるだけ。すぐに湖の中へと沈んじゃう。
(あぁあっ。つまんないなぁ)
アタシはもっと高いところから森を見ようと、翅を羽ばたかせた。
ここはイオラの森にある一番大きな広場。色とりどりの葉をつけた樹木が周りを囲んでいる。まるで防壁みたい。広場のほぼ真ん中には湖が横たわっている。風の力でわずかに波立つ水面が、朝日を浴びてとてもきれい。湖の周りには大きな岩が連なっている。岩のどれかに腰をおろして、水面を跳ねるお魚さんをながめることもよくある。アタシが立っていた岩も、その一つ。岩の後ろは野原となっていて、青々とした草の中には色鮮やかな花が咲いている。数は少ないものの、大きな樹木も根をおろしている。
もちろん、森の生きものたちもここを訪れる。この森をすみかとしているものばかりじゃなく、他の森から来るものもいる。ぴょんぴょん、と飛びまわっているものもいれば、木の枝に足をおろして素敵なさえずりを聴かせてくれるものもいる。湖の水を美味しそうに飲むものもいれば、木の上や地面に落ちている木の実を食べているものもいる。
これらはみな地面から見れば、ど迫力というか、大きすぎてなにがなんだか判らない。でも、高いところから見おろせば、なんとも、のどかな光景。恐怖などとは無縁の世界がアタシの目の前には拡がっている。
「ねぇ、ミーナ。早く外の世界へ行ってきたら?」
「えっ」
不意の言葉に、アタシは思わず後ろをふり向く。そこには『イオラ』という名前を持つ一本の大きな木が。縦に深い裂け目がある灰褐色の樹皮は、まるで鎧そのもの。最長老であるこの木には、木と同じ名前を持つ精霊が宿っている。ううん、精霊だけじゃない。その精霊が造りだした、あどけない笑顔の妖精も。
(その妖精っていうのが……、ふふっ。アタシなんだけどね)
「誰? 今、声をかけたのは」
「わたしよ、わたし」
言葉を返したのはイオラの木に咲いている一輪のお花さん。白い花びらがゆれている。
「でも……、アタシはあなた方を守る花の妖精だし……」
アタシが遠慮がちにいうと、今度はその横で咲いているお花さんが口を開いた。
「なにいっているのよ、ミーナ。朝からそんなしょんぼりした顔を見せられたら、こっちまで一日中暗い気持ちになっちゃうでしょ。いつもみたいにさっさと行きなさいよ」
「そうよ。なにかあればイオラが教えてくれるから。そしたら戻ってくればいいじゃない」
「行ってらっしゃいよ、ミーナ」
枝のあちらこちらから次々と声をかけてくるお花さんたち。それに対し、
「そんなにアタシを追いだしたいの?」とすねたような言葉を返した。
「もうミーナったら。そうじゃないって判っているくせに」
「さみしがり屋なのに強がってばかり」
「本当。甘えん坊なミーナちゃん」
「うっ」
アタシは思わず口ごもる。
(相変わらず、いいたい放題だわん。でも……間違っているわけじゃないしなぁ)
そう。知っている。お花さんたちがアタシを気づかってくれているのは。だって、アタシも『妖精』という姿をした、みんなと同じ花。イオラと同様、心がつながっている。みんなの姿を見れば、声を聴けば、すぐに判る。そのやさしく温かい心根が。
(ただ……それを認めるのが、ちょっと照れくさいな)
「……本当に行ってもいいの?」
アタシは恐る恐る聞いてみる。
「もちろんよ、ミーナ」
お花さんたちが全員、声をそろえて言葉を返してくれた。
「ありがとう、みんな」
なんか、ちょっぴりと涙が出そうな感じを覚えた。
アタシは遠くに目を向ける。
(さてと。お花さんたちも、ああいってくれるし、そろそろ出かけようかな)
いつの頃からだっけ。はっきりとは覚えていない。ミアンがこの森を去って、しばらく経ってからぐらいかも。アタシはふと森の外が気になりだした。だから、イオラに相談してみた。『ねぇ、森の外へ行ってもいい?』って。イオラは驚いたような表情を浮かべていた。今までそんなことをいった妖精は誰もいなかったみたい。何日かあとになって、『いいわよ、ミーナちゃん。行ってらっしゃい』ってお許しが出た。それからよ。少しずつ範囲を広げながら、村を散策するようになったのは。今では、それが日課となっている。散策というよりは、冒険といった方がいいかもね。だって、なにが起きるか予想もつかない世界だもの。それでもアタシはひるまない。むしろ、わくわくしちゃう。未知なるものを求めて、ただひたすら、他の森へ、人の住む場所へと飛んでいく。
「さぁ、今日はどんなことをまのあたりにするのかな。楽しみ楽しみ」
いつものように喜びいさんで羽ばたき始めた。きっとアタシが来るのを今か今かと待っている。行きたい方へと向かう風の流れが。
「ふふん。初っ端からアタシが出ているわん。どう? ミアン。格好いいでしょう?」
「じぃーっ」
「なによ、ミアン。黙ってアタシを薄目で見つめたりして。言いたいことがあるなら、さっさと言いなさい」
「さみしがり屋のミーにゃん」
ぐさっ!
「うっ!」
「強がりのミーにゃん」
ぐさっ! ぐさっ!
「うっ! そ、それ以上は言わないで。お願い……」
「甘えん坊のミーにゃん」
ぐさっ! ぐさっ! ぐさっ!
「……ミアン、もう駄目。アタシ、死んだわん」
「さてと。ミーにゃんをからかうのはこれくらいにして、と」
「えっ。もう今回の話についてのコメントはおしまいなの?」
「ミーにゃん。プロローグだけでは、まだどんな話になるかもさっぱりにゃよ。感想にゃんて期待する方が無理と言うものにゃ」
「言われてみれば確かに。じゃあ、コメントは次回からと言うことで。
……ねぇ、ミアン。なにやってんの? 首に巻いていた風呂敷なんか外したりして。それに、その中にはなにが入っているの?」
「それはにゃ」
ひらっ!
「これにゃあ!」
「うわぁ、お菓子がたくさん! でも、どうしてこんなに?」
「ミーにゃんが、どこか面白そうな場所に行きたいって言うから、帰るのには時間がかかると思って、ご主人様のネイルにゃんに手造りして貰ったのにゃん!」
「ミアンったら、手回しがよ過ぎるわん。……もちろん、アタシも食べていいのよね?」
「これから始まる話次第にゃよ。美味しかったら、一緒に食べてもいいにゃん」
「うわぁ。最初から、強烈なプレッシャーだわん。面白い話になっていきますように……」




