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「では、次に移ります」
と、第四十七問目が終わった。
さすがのルインもその量に辟易し、公募者たちの表情も少し崩れていた。
問答形式が往復で行われていたから次はマーベラスだろうと頭の隅で思っていたら突然自分の名を呼ばれた。
「……わたし、ですか?」
きょとんとした顔で男爵夫人を見た。
「はい。なんだかお暇そうな顔をしていましたから頭の体操にいかがと思いまして」
「そうですね。混ざるのも良い土産になるかもしれませんね」
チラっと横に視線を動かすが、小間使いの少女は静かに前を見ていた。
「えーと、なんでしたか?」
「主が間違ったことをしようとしています。貴方はどうしますか?」
「なにもしません」
即答だった。
男爵夫人もまさか即答で返ってくるとは思わなかったので、素できょとんとなった。
「……あ……え、っと、なにも、しないのですか……?」
「はい。なにもしません」
「……えーと、それはどうしてでしょうか?」
「その主は、こんな裏のある質問をする方だ、それを間違いとからない訳がない。わかってやるからにはきっと深い事情があるはず。ならば、その命に従うのが忠実な家来ってものでしょう」
男爵夫人や公募者たちはもちろんのこと、小間使いの少女までがルインを凝視した。
「……では、その間違いに気が付いていなかったら?」
「なにもしません」
またも即答だった。
「……し、しないのですか……?」
「はい、しません」
きっぱりとした態度と口調に困惑してしまい、落ち着かせるためにルク茶を口にした。
「……それはどうしてでしょうか?」
「間違いを間違いとわからないバカになにをいっても無駄です。ならば、その間違いでさっさと崩れてもらった方が早く次の仕官先に行けるというものです」
大広間が沈黙で満たされた。
誰もがルインの言葉に驚き、自分たちがなにをしているのかも忘れてルインを凝視する。
そんなことお構いなしのルインは、小間使いの少女に吹き出そうに空の茶器を振って見せた。
最初、その意味がわからず視線をさ迷わせていたが、ルインの「お代わり」で我に返り、直ぐにお茶を注いだ。
感謝をのべ、まだ自分を凝視する男爵夫人に先を促すように茶器を掲げて見せた。
それで気が付いた男爵夫人が次の質問に入り、公募者たちも動揺しながらも問答に返ったが、ちぐはぐな答えになっていた。
それでもここに集まっただけはあり、五〇問目からは動揺がなくなり、裏の探り合いになってきた。
……見てて楽しいものにはなったが、どんどん討論会化して行くな……。
そうではないああではない。自分はこうだ。その意見には賛同できない。などと、静かだが白熱する討論会を見ていると、また自分の名が上がった。
「また、わたしですか?」
「はい。不意にの方がより真実の答えが出ますからね」
「まあ、一理ありますね」
茶器をゆっくり卓に置き、男爵夫人に再度質問を求めた。
「主が貴方に誰かを殺せと命じました。貴方はどうしますか?」
「その両頬をぶっ叩いてやります」
考えていた答えと全然違ったが、心を落ち着かせてからの質問だったので動揺することはなかった。
「それはまた、過激ですこと」
不敬罪どころか反逆罪で首をはねられても文句がいえない行為である。
「道を踏み外そうとしているんです。正すにはそのくらいが丁度良い」
「しかし、その者は主人を殺そうと企んでいる。放置していてもよろしいので?」
「そのために騎士を選んでいるのだし、それが選ばれた者の仕事。ならば、各々の力で排除すればよろしい。見たところ、ここにいる方は優秀な方々ばかりだ。それぞれの得意分野を持っている。ちょっとやそっとの企みに遅れを取ることはないでしょう。まあ、邪道を歩むわたしなら後々困らない者を雇って殺させますがね」
「それもまた、過激ですこと」
「過激だろうと穏健だろうが人の負に理屈は通じない。説得や温情も届かない。ならば、どっとと道から退いてもらうだけです。どうせ相手も同じことを思っているのですからね」
言葉が出てこなかった。
余りにも常人離れしていて理解することができないのだ。
先程より長くて重い沈黙にルインは苦笑し、長椅子から立ち上がった。
「どうもわたしの言葉はお姫さまの試験にそぐわないようだ。やはり、外れていた方がよろしいでしょう」
そういって大広間を出て行ってしまった。
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読んでもらえることに感謝を。