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蒼星緑海  作者: ひらみ
4/21

翌日――学舎(まなびや)、屋上(おくじょう)






 太陽というものは誰であろうと別け隔てなく降り注ぐものである。

 別に入らないとか言ったところで太陽さんは聞き分けることもなく。

 燦然と燃えるような朝の光は当然のことながらわたしの頭上にもおこぼれを下さるわけで。

 夏もこれからという世間的にも微妙な時期なのに、本日のおひさまは気が早い。

 まるで夏本番を歌うようにギラギラとした輝きをくれるのだ。

 有り体に言ってすこしばかり暑い、夏までは幾ばくか時間もあるというのにこんな早くから本気だしてるとあとで息切れしないかと

 他人ごとならぬ、他日様ごとながら心配になってくる。

 太陽さんは手抜きを憶えるべきじゃないかってお話できるものなら是非進言したいところだ。

 手を当てて見上げれば、日は東から頭上側へと刻々と蠢く時間。

 徹夜明けの日差しというのは、一際眼球に焼き付いてくるもんだ。


「UVクリーム……買わないとなぁ」


 他人事のように呟くと自分の腕を撫でながら大きな欠伸をした。


「はぁ、眠ぅ……」


 時刻は明朝を迎える。人為らざる者の徘徊する丑三つ時は終わり、人が活動し始める時間になった。

 そして大仕事を終えたばかりの魔女、“坂守ユイ”の女子高生としての生活のはじまりでもある。

 して事は屋上。アスファルトを焦がす匂いばかりがする屋上を見渡しながら、こんな風に日差しが強いと夏時期限定でもいいので日差し避けでもおっ立ててほしいなんてことを思ってみた。


「いや、駄目か」


 そんなことしたら屋上ムーブメントなんてものが起こる可能性がある。

 人が居ないことが屋上としての価値であるというのに、人気が増えては本末転倒だ。そして困るのは自分である。

 屋上という場所は最も人を見張るのに適していながら、人の生活圏よりすこし外側に外れているのが素晴らしいのだ。

 最近はよく屋上を生徒に無料開放して、芝生を置いたり自動販売機を設置したり、日差しよけまで作ってくれているような学校もあるという。

 そこまですれば、もう屋上というスペースの意味がない。

 屋上は飽くまで日常に在りながら、少しだけズレた場所でなければ意味がない。

 そう、この上から見下ろす俯瞰は現実を僅かにズラすのだ。

 だから、屋上という空間はわたし達のような外れ者には適した空間であるわけだ。

 だから結局は現状維持が一番いい。

 快適になってしまえば歪みが生じる。在る形を変えるということは、現実を歪めるということに他ない。

 現代人に欠如した感覚はあえていうならそこだろう。


「とはいえ……はぁ」


 まるで意味のない自問自答に答えを出しつつ、わたしはいつものようにフェンスに背中を預けていた。

 腕時計を見れば午前7時、生真面目な部活動生ぐらいしか登校していないだろう校内でわたしは奇特なことに屋上に居座っている。

 理由は交々こもごも。昨日の派手にやらかした仕儀しぎの追求を避けるのと、この時間に登校を済ませたほうが都合が良いという面からだ。

 すみやかに迅速に。人に隠れて闇にまぎれて、が魔女のモットーである。

 それに対してわたしがやらかした今回の仕儀はその真逆。ド派手に爆破、爆砕の特撮顔負けの大一番である。

 “初仕事”とはいえ、これは無い。“アワ翁”も怒り心頭なことだろう。

 わざわざ地雷撤去はするつもりはない、地雷は可能な限り避けるのが賢いやり方だろう。

 そういう理由もあってかもうひとつの“仕事”をそこそこに済ませて、襷を手渡すと足早に学校へと向かったのだった。

 元々、自分の登校が早いためそれほど苦ではない。早起きはわたしのモットーである。

 こうして早めに学校へ向かっておけば人目に付くようなことが無いからだ。

“こういう仕事”をしているとなにかと敵も作りやすいし面倒ごとを背負い込みやすい。

 何事も人目を惹かないのが一番なのである。

 コンビニで買っておいた牛乳をストロー越しより飲みつつ、横目にて登校を始めてる生徒たちを一望した。

 見たところ生徒たちに特別目立つような変化はない。魔術的な形跡、痕跡もなければ、挙動の怪しい生徒もいない。

 いつも通り、本日も平常なり。

とのように早く登校するメリットはこういうところにもある。

 早めに張りこんでおくこと。些細であろうとも変化を見逃さない。

 魔女としての生活をするならまず身の回りの変化に気を配ることは当然である。

 それが特別な霊地でもある“清鐘”を預かる魔女の使命だ。

 とはいえ―――。

 夜以降の仕事明けより口を開かぬ“相棒”に痺れを切らしてしまう。

 溜息とともに根負けしたとこちら側より歩み寄ることにした。


「そろそろ口を聞いてくれてもいいんじゃない、はと」


 <ワン>


 名前と相槌のかみ合わないことこの上無いが、目に見えぬ相棒はちゃんと返事は返してくれるらしい。

 わたしは一つ深息をもらして顎を下げた。


「なんで今まで黙りっぱなしなのよ」


 <失礼。ユイのほうにも弁解の余地を残しておこうと思いましたので、あなたのタイミングを伺っていたのです>


 薄桃の唇を結んで眉を潜めてみせた。

 相変わらずいやがらせにも似たやり方をしてくれる相棒だこと。

 胸の宝石をひと摘みしてやると半眼にて睨みつけてやる。


「む~……そんなにマズってた、今回の戦いやりかた


 <私の知る限りですが……今回の怪異は生まれたてにしては強大でした。極東有数の霊地ということを鑑みても力の側面ではあれ以上の怪異は見たことがありません>


「んん? あら?」


 ほわぁ、としてしまう。相棒が珍しい飴を目の前に投げ込んでくれたせいである。

 だがこういう場合には二の言に毒が紛れ込むこともわたしは経験済みだ。


 <ですが“”の祓い、としてはあまりに悪手です。周囲の環境、生態系への影響もかなりあったことは云うに及びません>


 和らいだ顔を、すぐに苦飴を噛み砕いたように顰めた。

 昨日、自分がやらかした大捕物は戦争映画さながらの爆撃だったことは否め無い。

 なので“はと”が心配することは実に的を射ていた。


「おっしゃるとおりで。最小限にしようとは思ってたんだけどねぇ」


<ええ、あの強度の怪異ですから。まだ初心のユイであれば仕方がなかったと判断します。ですので今回の仕儀、次に見送る、という手打ちでどうでしょう>


「え? ほんと? 大丈夫っ?」


<あの偏屈翁がなんと申すかは別として、私としての評価はそこらに落ち着きます。むしろあの強度の怪異をよく祓いきったと言いたいところです>


「んん~……確かにむかぁ~し母さんに見せてもらった怪異なんて右手に収まる程度だった気がしたのにねぇ」


<近年の街としての変貌の影響もあるのでしょう。そこは翁と一度相談する必要がありそうですが>


「うん、そうね。今回の件もアワ翁のほうに話は通っているだろうし」


 わたしはぼんやりと空を見上げながら呟いた。


 この世界には魔女という隠された仕事がある。

それは世間一般で云われるような仕事とは違う。あえて近しい仕事を並べるなら猟師なんてとこだろうか。

 実は近年、オカルト業界に大変革が起きた。

 それは神秘という業のほとんどが一子相伝と定めている性質のためだろう。この業界、血が絶えるということもよくある話だ。

 魔術結社、陰陽道、精霊士、錬金術師にエトセトラエトセトラ、先細り久しい神秘の使い手たちは一大計画に打ってでた。

 わずかに残った使い手たちは互いで連携を取り合い、日々失われていく技術を世に残そうとし始めるのである。

 これがオカルト業界では有名な“幻想一郷げんそういちごう”である。

 そうしてより密度を極めるようになれば、誰がどのように、どうやって、鍛え上げた秘芸を残すのかという問題にぶつかる。

 そこで名乗りを上げたのが『賢人』たち。彼らの指示を基に作られた新制魔術協会が今ある『アカデミー(賢人結社)』というわけだ。

 賢人結社の名の元、あらゆる神秘はそこへ収集された。

 宗派も出地も無い。ただ神秘を飲み込む混沌の結社となったアカデミーは今やオカルト世界における政府と呼ぶにふさわしい。

 そこに向かうまでは色々なことはあれど、それはわたしが語ることでもない。だからあえて省略しておく。

 そしてオカルト政府である賢人結社により一定の条件を元に遣わせる仕事こそが『魔女』である。

 魔女は、その名を元に各地域の警邏的立場を獲得出来る。魔女の名の下であれば法の外にあることでも“ある程度”は自由を許されるわけだ。

 そのかわり、そのかわりだ―――。

 当然、それだけの権限を持つのであれば相応の制限存在する。

 魔女は世界より生み出される怪異という魔を滅する役目を担うのだ。

 そう――この世界は魔を孕む。

 理由なんて無い。元々、そうだったのだから仕方がないという他ない。

 宇宙開闢、地球誕生、人類生誕――どの時点での話というのも意味はない。

 世界自体、魔を生む要素が備わっており、それが生物を減殺するシステムがあるわけだ。

 特に人が密集する地域の魔は一際濃いという文献がある。

 確かに大都市になればなるほど、怪異の発生条件や強度は複雑多彩になると聞いたことがある。

じゃあどうすれば魔女になれるかというと……魔女に任する条件、これは――実は口に出すことも憚られる秘儀がある。

 こればかりは口が裂けてもいえない、墓場まで持ち込まれる秘密なのだ。

 秘密は守られなければならない。それが魔女を名乗ることの宿命だ。

 ただ条件をクリアし、魔女であるということが認められれば街の地精が治められる。

 地精の乱れは町の治世の乱れであり、人の心の乱れでもある。

 怪異の発生条件の多くはそれらの乱れが巻き起こすケースが多い。

 街を巡る霊脈、結界の保持。霊脈は人で言う血管、血流。結界は町の形を構成する皮膚である。

 魔女は様々に状況に巻き起こる乱れを正常な流れへと調律することが町の医者のような仕事になる。

 そして人の集まる町であろうとも、魔女がいれば怪異の発現を押さえ込めるというわけだ。

 正しく調律を行える魔女、ならば――という意味もこの場には重要なことではあるが。

この2年、この街には魔女がいなかった。

 理由は――まあ、ある。

 思い浮かぶのは振り払ってしまった憧憬だ。

 そのせいで町のみんなに迷惑をかけただろうし、怪異だってあんな風に溜り込んでたわけだ。


 <ユイ>


「……んっ?」


 察したように相棒が思考の海中よりわたしを表層へと引っ張りあげた。

 非科学的ではあるけど、いつもよりもおだやかに聞こえた声色に一つ上ずるような声で答える。


 <そろそろ時刻です。授業に遅れますよ>


 はとはいつも通り。機械的に音色を漏らす。


「あれ、もうそんな時間か。思いの外考えごとをし過ぎてたみたいだ」


 <そのようですね。さあ、急いでください>


「りょーかいっと」


<ああ、それともうひとつ>


「なに、どうしたのよ?」


<次の怪異が強大だろうとあの出力でぶつかるのは今回かぎりでお願いします>


「ああ……」


 言われるであろうと思ってたことだっただけに戯けるように片目を閉じてベロを小さく出した。

 昨日の最大出力を咎めているのだろう。

<あの時は一応の同意を示しましたが、今後そのようなことがないようにしてください>


「たしかに昨日の出力は少しだけ調子にノリ過ぎちゃったね。最近はずいぶんと調子がいいおかげで意識していなかったけど」


 わたしはポケットにいつも持ち歩いているL型の吸入器を取り出す。

 これはわたし特製、低密度の魔力因子と酸素を肺に送り込んで臓機能の活動を支援する役目にをする。

 本当にヤバイ時ように皮膚注射用のも持ち合わせているが心停止でも起こらないかぎりは使わない。


「……すぅ~……」


 定期的に炉心のようになっている心臓の調子を整えるためわたしは日に数度、吸入を行わなければならない。

 小さい頃、わたしは死にかけた。魔力の過剰増加で心臓がイカれかけ右半身不随に陥っていたのだ。けれどわたしは復調した、擬似的な右腕半身を移植することで普通に生活できるレベルまで戻ってこれたのだ。


<あなたの心臓に負荷をかければ死んでしまう。今回は運が良かっただけです>


「わかってる」


<いえ、事実としてユイは分かっていません。あなたの心臓は右手ワンドとの同期に拠って生命活動をしています>


「ん。そうね。右手がおじゃんになったらわたしもおじゃん。つまりこの魔術器官ワンドがわたしの命綱ってことよね」


<負荷をかければ心停止も有り得ます。戦闘は長くて3分を限度としてください>


「ん、りょーかい。もうしないようにする。それに3分も保てば決着は着くだろうし」


 そんなはずがないというのは、はともわたしも分かっている。

 わたしは生まれながらにして魔法使いとして欠陥品なのだ。最高級の親の遺伝子と因子を受け継いだ失敗作。

FRAGILE(フラジール)”の魔女とは賢人結社もよく考えたものだ。

 もやっ、とペンダントの焔が揺らぐのを見つめながら一度相棒を宙に放り投げた。

 重力に従い、放った速度と同様に落ちてくるとそれを掴んで階段へと向かう。

 屋上の外側を通って階段のほうへ向かおうとした時、

 微細な、

 ひどく虚ろにも思える違和感が放たれているのを感じて校庭のほうに振り返った。

 フェンス越しから校庭を見れば生徒の姿はすでにない。

それも当然だ、誰もが一限目にあるであろう授業に向けて交々と日常に耽っているのだろう。

 なのに背筋を指先で撫でられたような違和感に思わず振り返ってしまった。


「――……?」


 視界の隅にうつる怪訝の気。その見逃しそうなほど希薄な気配。

 注視するように視線を配れば校庭より外、ボロと見紛う外套を纏った姿があった。

 薄汚れたその姿はどこかの浮浪者のように見える。

 気になるところはこの街に浮浪者がいるという話を聞いた覚えがない。基本的に裕福な土地柄だ、そんな街にホームレスがいるなんて思えない。

 だとしたら最近迷い込んできた外部からの人……?

 元々、清鐘は宿場町が発展してできた土地だ、人知れず迷い込んで去っていくものだっている。

だがなぜこんな人通りの多いはずの住宅街、学園の周囲にいるのか?

 一瞬けげんそうに顎に手を当てて考え込んでみたが答えなど出るはずもな

い。

一度くびを振ると、昨日の高揚感が残留しているのだろうと考え、もう一度、吸入器を取り出し、口腔から吸入をすませた。


<……ユイ>


「ぁあ、ハイハイ。そうね、急がないとっ」


 多少気になるところではあったが、対象が殺気を孕んでいて今にも校内に踏み込んでくるような素振りもない。

 どうせいつものようにふらりと現れて消えるような迷い人だろう。そう考えると階段を蹴るようにして駆け下り、わたしは教室へと帰っていった。






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