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蒼星緑海  作者: ひらみ
3/21

進撃(つきすすみ)、突崩(つきくずす)

 <怪異との初対戦ファーストコンタクト。および初撃ファーストブリッド。――よく点けて『30点』でしょうか>


「お黙り“はと”。そもそもあなたの接触時間ミスが悪いんじゃない」

<想定される強度の怪異では無かった時点で、想定されている状況は覆るものだと予想しなかった貴女の失態です。

 先代であれば神木を破壊することなく処置できたことでしょう>

「ハイハイ、わたしが悪いのね。ハイハイ、わたしがわるーござんした。ハイゴメンナサイ、これでようござんすか」

<それもまた稚拙で幼稚な返答です。貴女への評価を著しく下方させる要因のひとつでしょう>

「――だ、大体…………。ん、いいわよ、もう」


 宝石はと音色こえにヒクリ、とこめかみを痙攣させるが喉元まで達した苛立ちの奔流を黙って下す。

 口げんかをするタイミングではないということが頭によぎれば、一呼吸の間に“次弾”の準備を開始した。


「けどさ」


 少女は首に下げたペンダント状の宝石を指で摘み上げると名称“はと”に訂正を求める。


「悪手だっただろうけど迎撃出来たことに関してはお褒め頂いてもよろしいのではないかしら?」

<……………………。>


<貴女の実力を鑑みて評価するならば、先ほどの迎撃はベストだったかと思います。瞬間であれだけの火力を捻出できる才能は特筆すべき点だと言えるでしょう>

「ん、うん。そうそう、そーいうの頼むわよ、そういうの」

 <ですが“封結パス”を通して右手の“魔杖化スタブ”動作の遅さがその美点を帳消しにしています>

「ぐぬ……うっさい。間に合ってるんだから100点で結構でしょうに」


 淡く揺れる灯火より伝わる声は如何様にも揺らがない。

 事実確認からの機械的に評する宝石に悪態を吐くとふんっ、と子供っぽく首を振った。

 死闘を終えた安堵もあるのだろう、いつもよりも不機嫌そうに“ユイ”と呼ばれた少女は鬱陶しそうに宝石を弾いた。

 当然のことながらチェーンで結ばれた宝石は胸元へと虚しく落ちる。


<心拍の問題はクリアしているようで>


「ああ、うん。昔ならあのレベル一発で使い物にならなくなるとこだけど、地獄の特訓が効いてるみたい。根性論ってあまり好きじゃないけど」


<根性論ほど無価値なものはありません。結論を導き出すのはあくまで数式です。それより外にある力は計算に組み込まれません>

「あら、そう。実際にそのオカルトを使ってるのが魔法使いわたしたちなんじゃない」

<すべて結果を導き出す過程を別の側面で補う法に我々が“魔法”と名付けただけです。道筋が違うだけ、結論は正着のものです>

「あーあー、そうでしたねぇ。…………なんで、動かない?」

 しきりに油断を誘うように喋っていたが敵手が動く気配がない。

 パラパラと撒き散らされた葉や木屑、バランスを失い倒壊する木々の音だけが無人の密林に響き渡った。


「一発、かまそうか?」

<それは推奨できません。貴女の身体を考えてあと二発が限度でしょう>

「失礼ね、昔と違って三発くらいはいけるわよ」

<どちらにせよ、許可できません。敵の動きが分からない以上は不用意な攻撃はこちらに損害を受ける可能性があります>

「だからってねぇ……」


 虚空の闇が満ちる密林。月明かりだけではあまりにも頼りなく乏しい。

 可視の魔法でも憶えておけば良かったなどと思いながらゆっくりと、正面を見据えたまま結界内から敵“着地地点”を探るように指先をしなやかに踊らせる。

コンソールを叩くようにヒラ、ヒラ、と白魚のように繊細な指先が動けば、次の瞬間、少女の表情に陰りが宿った。


「……いない」

<でしょうね>

「はっ!? どーして言わなかったの!?」


<採点は30点を伝えましたが。その多くは事後確認の怠りです――ユイ……“泥”怪異、生存確認を忘れていましたね>

「……ハ?」

<逃走中です>


 冷水をぶっかけられたように背筋が冷えていく。

 慌てたように振り返る場所には怪異が存在るべきであった気配が完全に消失くなっていた。






 予想外の迎撃によって湧き上がった感情は未知。

 知恵を持つ生命が不明の衝撃によりもたらされる空白である。

 産み落とされて間もない怪異が、感じたことのない一撃。

 誰が予想できただろうか?

 人類と敵対するシステムとして生を得て、人類を殺害するだけの機能を有し、人を減らすためだけに生態を兼ね備えた人類の殺害者マーダーを打倒する人間が存在するなど信じられようはずもない。

 信念。この生態にはもっとも遠くにあるはずの感覚ゆえに、人類の敵対者であるこの生物には理解を得ない。

 この躯にはそのような機能を搭載かねそなえられていないのだから。

 不明の事実はいまだに自身の身体に影響を与え続けている。

 未知の証明。

 内蔵きモノを示すことが出来ぬ故の悲運。

 自己矛盾による機能不全に陥った怪異きかいの次なる動作は自己崩壊オーバーロードの回避に起因した逃走だった。

 わからない、わからない。

 わからない、わからない。

 水風船が坂道を下るように我が身を疾走らせて不明の敵との距離をつき放す。

 知恵を得る生命の動作としてそれは正しい。

 だが逃走を内蔵もたぬ生命には、その行動すらも矛盾に類する。

 転がり続ける躯には先ほど付けられた傷など微塵も無い。

 柔軟自在のこの身は細胞単位より活動をする。

 故に散らされた細胞など足や生態の小指程度にも満たない。

 のだ、が。

 そのはずなのだ。

 だが、事実は現実を遙かに超越する。

 狩人として方向付けられた生命に狩られるという概念は無い。

 だが今―――、


 ワタシハ エタイモシラヌ“ナニカ” ニ カラレヨウトシテイル。


 転がり続ける表層越しより発する情念。

 怪異も自分自身に芽生えた感覚がなんであるかに気づいている。

 だが、考えてはいけない。

 口に上らせてはならない。

 その思考は逃走すべき身体を鈍らせる。

 その口上は現実を浸食する。

 念じるな、

 唱えるな、

 逃げろ。

 逃げろ、逃げろ。


 その一念のみが滑稽な形を有する生命を付き動かす。

 逃れればこの矛盾よりとき放たれる。

 矛盾から抜け出せばこの五体は十全を以て与えられし使命を果たすはずだ、と。

 自分自身は知っている、自覚する。

 アレは例外、この世界のことわりより外にあるモノ。

 言ってみれば自分にとても近しいバケモノのたぐいだと。

 かなわなければ逃走するしかない。動物として正しい知覚を経た自分はまた強くなるはずだ。

 その自覚は現実世界においてあまりに正しい知覚である。

 力持たぬモノならば力有るモノより避難をする行為は知恵を持つ動物の生存本能である。

 はじめて、自覚した生存本能。

『驚異』

 怪異は闇夜の道無き道を駆け抜ける。


――だが怪異よ。自身が知覚るべき事柄はその一点だけではない。

 人の身体を超越せし己を狩るナニカが、怪異より遅いと談じたその愚考、


――鋭い蒼が夜々に煌めいた。

  それは空からひらりと迷い込んだ一筋の流星の如く。


 矛盾は再び己の身を貫いた。


「URUaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッッ!!」


 初めて生物として荒々しい雄叫をまき散らす。

 それは痛みではない、痛覚などという不要機構は身体このみにはない。

 ただ届かぬだろうとした己の浅ましさ、その愚かしさにもたらされた思考の激苦。痛み持たぬ生命故の代価痛だ。

 青白い流星より削り散らされた五体は左腕ほどの容量に相当する。

 活動が阻害されるほどの致命傷ではない。

 細胞単位で生存する生命なら散ったものならまたより集めればいい、ただそれだけである。

 怪異が感じる驚異は、いま無惨に散らされた細胞たちのことではない。

 荒ぶる閃光を放ちて、目前へと舞い降りたあのナニカの存在それのことである。

 木々の編み目をかろやかに降りたソレは、無防備にも背中を向けている。

 いま直ちに攻撃を仕掛ければ小兵たる命などたやすく散らせるかもしれない。そう思えど怪異は金縛りにかかったように動くことが叶わない。

 まるで時が止まったかのよう。

 風すら吹かぬ深林は時の流れを消失させた。

 やがて、少女がその身を翻せば、

 沈み込んだ夜闇すらもほどけるように光を散らす。

 あれほど月を覆っていた雲すら、幻想の前に傅くように―――少女が、


 怪異を滅ぼす<魔女>がいま、ここに降臨した。


 「……ちょい」


 大気に融けるような美しい音色。

 闇夜にも負けぬ宝石を想わせる強い蒼瞳サファイヤ

 初夏の突き刺す風にたおやかに揺れ、天使のような燐光を放つ栗色の長髪。

 誰もが息を呑むような美少女。

 それがこれから怪異じしんを破滅させようとする正体だ。


「いちおー言っておくんだけど……あなたこれから倒します」


 <スベってます、ユイ>


「だれがウケ狙いで言ってるかっ、たわけ」


 不定形故かこちらの表情も解せぬ少女は怪異じぶんに向けて明確な殺人許可を提示する。

 だが喉に小骨でもつかえたような物言いは少女の不慣を伺えた。

 その場に似つかわぬ言葉尻を胸の宝石がツッコめば、直ちに少女が言い返した。

 少女はまた口をむぅ、とへの字にしたまま怪異じぶんを見ず言葉を漏らす。


「こういう状況。あなたはまあ、そのそんなナリなわけだし、人を害そうとするモノなんでしょ。わたしはそれを許容できる立場ではないわけで……」


 怪異は当然として少女自身がなにを言おうとしているかを理解できていない。頭を抱えて自身の経験測より適した言葉が上ってこないようだ。


 <ユイ、殺害証明は簡潔にハッキリと。そもそも怪異には貴女の発言を読み取る機能は付加されていないわけですが>


「うっさい。んぐぐ……こういうのは自分のためでもあるのよ。初仕事、人じゃないとはいえ初めてなんだから」


 <ヒトは『初』や『一度目』という体験や思想に執着があるようですが私にはいやはやまったくもって理解できませんね>


 美しいの顔が濁ったように歪められる。

 定例通りの回答に対し、一定量の怒りを越えてしまったため言葉を失っているように思えた。


「ともあれ。――わたしは“あなた”を殺めます。これはサカガミ ユイ、としてではなく清鐘せいしょうの魔女に連なる者の本義として、下す選択です」


 少女が語る意味の半分も理解に及ばない。ただわかることは魔女というヒト側の狩人が怪異じぶんを殺めようとする、という現実だけだ。


「ええと―――」


 当然、回答を持たぬ怪異じぶんに躊躇の姿勢を見せる少女ユイ

 語る機能すら持ちあわせていないのに少女は手順としてというだけでなく飽く迄、人間らしく振る舞うため、

 目の前に在る怪異じぶんを滅すると宣言したわけだ。

 実に人間らしい感性である。

 道徳に反すること、道徳として正しくはないということに決っする場合には必ず双方合意による了解を得るということ。

 人道に及ばぬ怪異じしんにすらそれを示す少女はよほど良い育ち方をしたのだろうということは予測するに足りた。

 人でありながら人道にもとる人間もいるというのにどこまで潔白であるつもりだろうか。

 脅威の術中ながら、目の前の見目麗しい美少女の内面の清廉さを嘲笑した。

 だが、そんな余暇も鈴を奏でるような残酷な一言が終わらせる。


<ユイ――超過時間ロスタイムに及んだ決着を>


「…………うぅん」


 変わらず平坦な口調ではあるが、宝石の発した言葉。

 当然、先ほどと同じく鈍い回答を漏らす。

 だが、決着を、という言葉は少女の決断させるだけに足りたらしい。

 少女の蒼瞳と声音に決意が宿る。


「――リョーカイッ」


 季節にして初夏、いまだ長袖のブラウスとセーターを纏う右手の袖を捲り挙げるようにすると、肘から腕までにかけて蒼白い燐光が奔り抜ける。

 毛細血管のように上下左右へ刻まれた幾何学模様から光を迸らせると少女が胆を発っした。


「魔女の銘に於いてねんずる、―――“回転”」


 キュイィィィィィィン、と一際高い音が鳴り響き始めれば幾何学模様を刻む腕が渦巻き始めた。


「―――“|烈風斬空(Les Arcs)”ッッ!!」


 五体が知れず蠢いた。それは先ほど獲得せし“驚異”という知覚。

 これだ。……この蒼白い旋風。

 これに怪異じぶんは屈したのだ。

 一寸前に見せ付けられたモノこそ、この嵐。


 少女が振りあげた右腕が大気を切裂き、巻き込むように旋転する。

 無論のことだが、右腕その物が回転をしているわけではない。

 腕を取り巻く幾何学模様である魔術式。

 現実を捻じ伏せ、物理を屈服させ、条理を覆す秘技こそが目の前で展開されている魔法という代物。

 そしてそれを行うは魔法使いコンセプターの御業である。

 回転は瞬く間に唸りを上げると周囲の草木までも巻き上げるほど強化されていく。

 人身であれば立っていることすら及ばぬほどの荒風。

 あの旋風はすべてを巻き込み、すべてを斬り裂く人知を超えた竜巻タイフーンだ。

 人が産み落とした異物だからこそ、そんな下らぬ思考ばかりが浮かんではあの恐ろしい風に蹴散らされる。

 


――しかと凝視よ、化外の者。

  あれが魔法、あれこそが魔女。

  これこそが魔風まほう使いである、と――。



 余波でしかないはずの風、荒々しく語る烈風が拳銃を弾く表層を容易く切り刻み、突風が野生よりも巧みに動く足を停止とどめる。

 少女の身が沈み込むと、膝より貯めこんだ力が爆発するように一気に迫る!

 自身の旋風すら加速に乗せた近接は目にも留まらぬ――!!

 叩きつけるように振るわれる拳こそ怪異じしんを滅ぼす死神の鎌であると雄弁に語っている。

 直撃は死である、と。

 動けぬ故、躯を凝固させる怪異じしんの五体。


「―――!? ……抵抗は無駄っ!!」


 振りかざした右腕が撃滅の唸りをもって振り下ろされれば、果物をミキサーにかけるかのように砕け散る躯片にくたい


 「G……UUU…………OOOOO……!」

 “いま出せる限りの全力全開、最固度状態にしても及ばぬというか魔女――!!”


 声帯を持たぬ五体より発する恨み言の念。

 我知ることか、と言うように無慈悲なる風撒き散らされる。

 刈り取られる五体。風が暴れる度、数万単位にも及ぶ細胞たちが死滅する。

 哀れ秒刻みすら満たぬ命達。

 一振りされれば人一人が形成するだけの細胞数が微塵に消し飛んでいく。

 数えることも虚しい。

 “ああ。ああぁ……”

 漏れる嘆息。溢れだす嘆念。

 

 かなわない。

 とてもかなわない。

 

 身体能力で勝るはずの怪異じしんが人の形をしたナニモノかに敗北する。

「ハァ―――!!」

裂帛と共に衝撃波のように発せられる魔風が拳と同時に炸裂すると五体が宙を舞いはね飛ばされる。

 端より見れば少女が拳だけで巨躯を吹き飛ばしたようにしか見えないかもしれない。

だが、あの魔を秘めた風には多くの魔法使いが羨むほどの魔力消費を重ねて、ぶつけられているのだ。

そんな一撃を受けとめて無事でいられるはずもない。

 二度、三度と泥団子が地面を跳ね転がるように吹き飛ぶ身体。

 ただ一度の攻撃でこれほどまでに実力の違いを見せつけられてしまった。


 ドクンッ!


 一撃にて怪異を跳ね飛ばした魔女しょうじょは返す刃に身を翻し、

右手に魔力を入念する。

念じ、唱え、またあのダイナマイトさながらの破壊力を秘めた魔風を装填するのだ。


 ドクンッ!


二度目の追撃。

それはこの固体にとって完全なる敗北を意味する。


 ドクンッ!


 心臓など在りもしないのに生き縋るためか、擬似的に五体が仮装の心拍音を作り上げる。

 それは何故か?

 決まっていよう。

 ―――それは生存本能への刺激だ。

 敗することを許されぬ絶対防衛に誓うための生存証明に等しい。


 “魔女”

 “魔女だ”

 “魔女めェ”

 “魔女の奴が”

 “魔女ォ、こぉんのビチグソがァ”  

 “魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女ォッ”

 “―――――魔女ォォォォッッッ!!!!” 


 生存を賭けた雄叫。

 沸き上がる怒りの類。

 怒りだ。憤怒、近寄るものを呪死させるほどの念が死にかけていた細胞に活力を与えた。


 ドクンドクンドクンドクンッ!


 仮想脈拍が破裂しそうなほど高まり、泥の表体よりと高熱が発する。

 周囲を溶かしながら、燃え盛る闘志を魔女への殺意に変換させていくと全身の目で“あのくそったれな小娘”を睨み付けた。

 細胞一つ一つが独立して生きる意思を発し、ぐつぐつと煮えたぎる殺意の釜になる。


“魔女魔女ッ、お前の好きにはァァァ、……GUUUUUUUUAAAAAaaaa!!!!”


 生存を訴えかけた身体。恐ろしい風を撒き散らす死神。

 右手スタブ装填を終える間、ものの一秒。右手を一度振りかぶると蒼光を纏う旋回が撒き散らされ、驚くような速度で自分へ向かってくる。

 “殺され、る……!”

 青白い稲妻をも巻き込み、右手に充填された暴力は自分を殺害するに足るとハッキリ自覚できた。

 

 ドクンドクンドクンドクンッ!

“――――まだ”


 ドクンドクンドクンドクンドクンドクンッ!


“終わり……………………じゃなァァァァァいィィィィ!!!”



      “ドクンッッ!!!”



 生死を別つ刹那の瞬間、怪異じぶん自身すら考え及ばぬ形態を発揮した。


 「…………ッ」


 少女の息遣いが詰まる。

 それはこの時点にて及んだ怪異の異常動作故の息継ぎ、あんまりな苦し紛れに対する苦言にも等しい。


“なによ……これ”


 ――その姿、まるで毬栗かウニか。

 この世界にて鋭利さのみに特化された形機構。

 荒々しさに抗するであろう手札ジョーカーの一手。

 |棘皮動物(HEDGEHOG)、この地上において防護することに長じた究極の一打と言っても過言ではない。

 限界突破オーバーロードに及んだ細胞たちが辿り着いた最強の迎撃手。

 これすらを破壊し尽くす者があるというのならば―――。

 

 「ぅぅ~~……“はとォ”―――!!」


 <ワン>


 「予定変更よっ、真っ向勝負――ッ!」


 <予定変更に意義はありません。ただ―――>


 そんな異常動作を見ても速度を緩めぬ魔女ユイ

 それどころか右腕の回転がさらに加速をすれば魔女ユイ自身より激しい発雷現象が発生し、蒼光を帯びた閃光へと変貌していく。

 加速は留まる所を識らず、蒼転は臨界を突破し遂には音の壁を撃ち抜く。


「は――――――」


 一つ先。次元の壁を突き破った瞬間、魔女の淡い唇に笑みが浮かんだ。

 右腕から流れ込む幻肢痛と脳髄シナプスから湧き出るドーパミン。

 逆転の芽を真っ向から圧し折ると決めた凶暴な決意。

 

「いぃっ、ち―――」


 今一度、地を踏みしめると撃鉄トリガーを起こすように地面を蹴る。


「にィ、ィの――――」


 ギシギシと限界まで引き絞られる引金、全身をバネのように跳ね上げると、大地を蹴りあげて発火させ、


「ギ――――――」


 歯軋りで食い千切らんばかりに全身を駆け廻る魔力マナ

 引き絞られた引金に存分に充填された蒼き弾丸まほうの塊。

 強大な怪異を見て思わずニヤつく大胆不敵さ――――!


「聞こえたわよ。終わりじゃないって。…………でも駄目」


 死に目にふっ飛ばす会話にしては外連味がない。だがダダッ滑りすらも加速にガッシリ乗せて―――


「あんたはここでお終いなの。その先は―――無いッ!!」


 禁忌を台無しにして、これからの法則を踏み散らす。

 人類最強にして、最先鋒を極めた裂帛の一手―――!


「ハァアァァァァァァ―――――!!!!」


 “無作無謀無茶”の三拍子、暴走特急を地で行く弾丸が兇器を極め尽くした個体に撃ち込まれる――――!

 棘が弾け飛び、青白い閃光となった竜巻が棘状の中心部に叩き付けられる!

 破裂。炸裂。

 弾け飛ぶ細胞と撒き散らされる蒼い閃光の束。

 またしても削り取られる躯。最善手を極めても届かぬのならば先程も思った通りということ。


 <――それはいつも通り、ということですよね、ユイ>


 目を覆わんばかりの閃光の中で宝石が呟く言葉が届いた。

 まるで強大な質量でも叩き付けられたように五体が大きく弾け飛んだ。

 先ほどまでとはまるで違う。ぶつけられた質量の質が倍以上にも及んでいると感じられた。

 破砕の衝撃は自身の中心部まで到達して内部から破壊の因子として細胞を殺し尽くしていく。

 繋ぎ止めようとすれど、この爆発的な効果に抵抗するだけの力はこの身には無い。

 ただ無力さを受け止めるだけの刹那。

 一秒、一秒が切り取られた時間のようにコマ送りになり、自分おのれと同化していた自分さいぼうが千切れ、剥かれ、死んでいく。

 そんな引き延ばされたような時間。

 思い浮かんだのは自分自身の全力に叩き伏せる奴ならばどういうモノかという疑問。


“全力全開、この衝動を破壊し尽くす者があるというのならば、よほど強いか、はたまた戯けた馬鹿か”


――いや、それも間違いだろう。

 その両方だ。

 先ほどよりも深く、穿つように放たれた一撃は体細胞の大半及ぶ量を殺し尽くした。

 砕け散った躯は宙をヒラリ、と虚しく舞っては飛び散って四散していく。

 烈風に巻き上げられる塵屑に等しい欠片たち。


 ああ――、そうか……。

 この場に及んでようやく自明の理を得た。

 初めて刻まれた衝撃からおそらく5分にも満たない時間でしかないないだろう。

 だが ようやく、やっと にして自身の身の上にある事柄に到達した。

 あの、初めての衝撃。……襲いかかった不明の空白。


 ああ、

 ああああああああ、

 あああああああああああ、


 おそろしい、おそろしい、おそろしい、おそろしい。

 おそろしいのだ。あの蒼、あの蒼光、あの旋風、形あるモノすべてを狩り取る魔旋風―――。

 それを自在にあやつる魔女その者が―――!!


 二度目の通打は、跳ねた躯をしこたま削り削ぐと、残り滓のような本体はようやく地面へと叩きつけられた。

 虚ろな五体で空を睨む。

 雲は散り、世界は燦然と輝く星々―――そして円形に象られた無貌の月

 またも自覚すべきではない感覚が這い上がるが、

 それよりも早く、

 死を囁く影が月明かりを遮った。


「謝らないわ―――」


 当然だろう、と声帯があるのなら答えたかもしれない。

 思えば完全なる敗北。思えば一撃目にして怪異じぶんは敗していたのだろう。

 恐怖は身を凍らせる。心を凍らせる。だとすれば恐怖を無自覚として受け取った怪異じしんが敗北するのは当然の結果だ。

 天女の如く舞う少女が右手の回転を糧に方向を定めると怪異じしんへと墜落ちてくる。

 大きく振りかざした右腕(せんぷう)は誤り無く怪異じぶんと世界を別つ一撃となるだろう。


「――――発ッ!!」


 ズンッ、と内臓なかみを抉る確かな一撃。

 斬り裂き進む最後の一撃は、初戟に受け止めた衝撃の再現に重なった。

 ただ違うことはそれを受け止めるだけの余分が怪異じぶんにはなく、


「…………さようなら。――ハァ!」


 ギュィィンッ、と一際高い音と切り裂く旋回が内部から一気に切り刻む。

 もはや抵抗するだけの力すら残されていない哀れな残滓が魔で律された風に消し飛ばされるという末路だけだった。


 自分が持たされた機能を果たせず、自分の機能外の動作をもたらされた惨めな結末。

 誰も知らず、誰も語らぬ、その顛末である。








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