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複合空間

作者:横江秋月
 部屋を出ていこうとして、エマリは最後にもう一度振り返って中を見回した。机の上の花瓶に目がとまった。花瓶には白いフリージアがいけてあったが、しおれて縁にだらしなくぶらさがっていた。彼は机のところまで戻った。その花は婚約者のマチコがくれたものだった。彼はちょっと感傷にひたり、それから花を抜き取ってごみ箱に捨てた。


 数時間後、そこから何光年も離れた実験場で、エマリは四方から報道用のライトをあてられながら目を細くして説明していた。
「従来の空間歪曲装置は、私たちのいる空間を曲げて無理に共有点をつくり、1点から1点に瞬時に移動させるものであります。これによって私たちは、宇宙船を使って何年もかけて目的地に行くのではなく、あっという間に目的地に到着することが可能になりました」
 効果を出すために、彼はちょっと間をおいた。
「しかし、その便利な装置にも、じつはいくつか欠点があります。第一に、同じ1つの空間がそれ自体交わるまで曲げるには、莫大なエネルギーが必要です。また、いちど曲がった空間を元どおり修正するのにだいぶ時間がかかりますし、事故を防ぐため1回に1ヵ所しか曲げることができません。そのため私たちは、何ヵ月も前から計画を立て、管制塔に予約しなければならないのです。これは非常に不便なことです。私は、誰もが思ったときにすぐこの装置を利用できたらと考えました。そしてついに、その解決法を発見したのです」
 観衆の後ろの方に、期待に満ちた目で彼を見つめるマチコの姿があった。彼はその方にちらりと目をやった。
「これはすでに周知の事実ですが、この宇宙に存在する空間は、私たちの住んでいるこの空間1つだけではありません。何万、何億、おそらくは無数の空間が、重なるように隣りあって存在しているのです。私は、これらの空間を利用して空間歪曲装置を改良できないかと考えました。そしてできあがったのが、この、特異点発生装置です」
 彼は実験場の中央に進み出ると、一同に彼の背丈ほどのこぢんまりした機械を見せた。
「この画面をご覧ください」
 機械の中央にモニターがあり、その画面上を白い平行線が何本か横に走っていた。
「この平行線は隣りあう空間を表しています。真ん中の赤い線が私たちの空間です。これは試作品なので10本しか白線が出ていませんが、装置を大きくすればいくらでも増やすことができます。さて、使用する空間を選びます」
 彼は慣れた手つきでモニター前のパネルを操作した。赤い線のすぐ上の白線が青に変わった。
「つぎに、移動する場所をセッティングします」
 さらに指を動かすと、赤い線上に2つ、青い線上に1つ、小さな光が現れて明滅しはじめた。
 彼は装置から離れた。
「さて、これで準備が整ったわけです。あとはスイッチ1つで、こちらの物体がいったん別の空間に移され、さらに元の空間の目的地に移されます。それが瞬時にして行われます」
 エマリはいちだんと声を張りあげた。
「今日、皆さんにお集まりいただいたのはほかでもありません。今からこの装置の、記念すべき第1回の試運転を行います。これまで動物実験では100パーセント成功してきました。今回は初めて人間が移動します。実験台は――私、エマリ・ハンバートです」
 観衆がどよめいた。エマリは満足げに見渡し、それから言った。
「どなたか、この栄誉を私と分かちあってくださる方はいらっしゃいませんか。私が合図したら、始動ボタンを押していただきたいのです」
 一転して観衆は静まり返った。するとそれをかきのけるようにして、1人の女性が前に進み出てきた。マチコだった。
「私でよろしければ」
 エマリは彼女を見つめた。彼女の目に不安はなかった。
「ありがとう。お願いします」
 彼は彼女にボタンを教えた。
「私がどうぞと言ったら、落ち着いて押してください。何も心配することはありませんから」
 彼は装置に接続された椅子に腰をおろした。2人の助手がベルトで彼の体を固定した。彼はちょっと身動きして具合よく椅子におさまると、マチコの方を向いて言った。
「どうぞ、ボタンを押してください」
 マチコはうなずいてボタンに手を伸ばした。そのときだった。
 いきなり床が大きく揺れ、人々は悲鳴を上げてよろめいた。
「地震だ」
「なんてことだ。この大事なときに」
「中止だ。実験は中止だ」
 恐慌状態に陥った観衆が出口に向かって殺到した。マチコは強く押されて前にのめった。その肩がボタンに当たり、装置のランプがいっせいに点灯した。
「ああっ」
 マチコは息をのみ、慌てて解除ボタンを探した。だがもう遅かった。
 エマリの体がたちまちエネルギーの膜に包まれた。画面の青い線がたわんで、その上の光と赤い線上の光が接触したかと思うと、次の瞬間には離れ、同時にエマリの姿もかき消すようになくなっていた。線上の光は明滅を続け、青い線がふたたびたわんで、こんどは赤い線上のもう一方の光と接触した。それから平行線に戻り、3つの小さな光が消え、青い線が白線に戻った。
 マチコはそれを、ただ呆然と見つめていた。


 エマリは視界がぼやけ、また元に戻るのを感じた。彼はベッドの上にいた。見慣れた自分の部屋の中だった。体のどこにも異状がないことを確かめると、彼は部屋のすみへ飛んでいって通信機のスイッチを入れた。マチコの顔が画面に大写しになった。
「エマリ」
 彼女は目を丸くして叫んだ。
「無事だったのね。今どこにいるの」
「うちだよ。僕の部屋さ。成功したんだ。実験はうまくいったんだよ」
 エマリは浮かれて言った。
「特異点発生装置は完璧だ。すぐにでも実用化できる――」
 マチコは実験場の通信機の前で崩れるようにしゃがみこんだ。
「よかった。もう駄目かと思った。――ね、エマリ。すぐそっちへ行くわ。空間歪曲装置の予約をしてあるの」
 通信機を切ってエマリはベッドに戻った。クッションのきいたマットに身を沈め、ほっと溜め息をついた。
 本当によかった。こっちこそもう駄目かと思ったよ。
 彼は部屋の中に視線を走らせ、ふと机の上の花瓶に目をとめた。しおれた白いフリージアが力なく頭を垂れていた。
 ああ、マチコのくれた花だ。もう駄目になっちゃったな。
 そのとたん彼はぎょっとして飛びあがった。彼は机に駆け寄り、両手をついてまじまじと花を見つめた。それからごみ箱をのぞいた。からだった。
 ばかな――
 マチコが入ってきて彼のそばに立った。
「エマリ、おめでとう。こんどは私たちの結婚式ね」
「失敗だ」
 エマリはつぶやいた。それからどんと拳で机を打った。
「実験は失敗だ。ここは僕が元いた空間じゃない」


【完】

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