08
「私のクエストは単純明快。シモンの洞窟からリードリーフをできるだけたくさん採取してきてください。品質と量に応じた報酬をお渡しします。ちなみにこのクエストは常時出していますから、紋章術の授業を受けている生徒が一緒なら何度でも受けられますよ。」
「何故、紋章術の授業を受けている生徒ならなのですか?」
「できる限り品質の良いものがほしいからです。」
サザーラの答えにアルティナは首を傾ける。
品質の良いものを求めるのは当然だ。
しかし、それがどうして紋章術の授業とつながるかがわからない。
そんなアルティナに気づいたガルディウスは、おずおずと口を開く。
「せ、先生は、魔導水の材料としてリードリーフを使いたい……んだと思う。」
「魔導水?」
「ガル君の言う通りです。武闘科の貴女には縁のないものですが、魔導水は紋章術で紋章を描くのによく使われる魔力のインクで、外遊魔力を集める力を持ったものなんです。リードリーフの性質は魔導水の材料として最適なんですが、扱いに注意しないとその性質が失われてしまうんです。魔導水は紋章術士の要とも言うべき魔道具ですから、紋章術を学んでいる生徒たちの方が品質の高いものを持ち帰ってくれます。」
サザーラの解説にアルティナは「なるほど」と頷き、しかしふと思い返して疑問を抱く。
「魔力のインクって……ガルってそんな魔道具使ってないわよね?」
ガルディウスとは何度か共闘したことがあり、何度もその魔法を目にしてきたアルティナだが、魔導水らしきものを使っていたところは一度も見たことがない。
「うっ……はい。そんなものがあるなんて、学院に来るまで知らなくて。」
「まあ、ガル君にとっては必要のないものですしね。」
一般的な紋章術の使い手には馴染みの深い魔導水だが、ガルディウスの紋章術は魔導水とは無縁だ。
「紋章術は『卓上魔術』なんて揶揄をされるような魔術ですから、実戦で使うために使い手が工夫をしているので、中には一見魔導水を使っているようには見えない場合もあります。けど、ガル君の場合は本当に使ってません。ガル君の術は異例中の異例と言うべきでしょうね。」
「す、すみません。」
「謝る必要はないですよ。ガル君は紋章術の授業で学院一位なんですから……実技に限りますけど。」
「ううっ、すみません。」
小さくなって震えているガルディウスに、アルティナは呆れる。
「謝る必要ないって言われてるのにどうして謝るのよ。」
「だって僕、筆記が……」
「酷いものです。実技はともかく、筆記の試験は人一倍といわず人十倍ぐらい頑張ってもらわないと……」
笑顔だがどことなく怖い雰囲気を醸し出しはじめたサザーラに、さらに小さくなるガルディウス。
「ガルの場合問題は読み書きなんだから、それさえなんとかすれば紋章術なら筆記も大丈夫でしょ?」
見かねてフォローしたアルティナに、サザーラは渋面を浮かべた。
「それがそうでもないんですよ。私はガル君を評価していますから、筆記の問題を特別に口頭でしてみたんです。」
「え?じゃあ問題なんて……」
「ガル君みたいな紋章術の使い方をするなら、紋章術を知り尽くして極めなければいけないと思ってたんですけど、どうやら違ったみたいで驚きました。」
「……ちょっとガル。まさか問題は字だけじゃなかったの!?」
「はい。僕、ちゃんと紋章術を勉強したことないのに勉強しようにも本もあんまり読めなくて……」
「じゃあどうやって紋章術を使ってたのよ?あいつに教わったんじゃなかったの?」
「教わったというか……見様見真似で……」
ガルディウスの返答に、アルティナは目を丸くする。
ありとあらゆる魔術の中でも特に、紋章術は複雑で難解な式を必要とすることで有名だ。
不人気の要因としてまず第一にその難解さが挙げられることは、魔法を一切使わず武闘のみで戦うアルティナさえも知っている。
それを――
「理屈もわからず適当に使ってたわけ?」
「て、適当って……まあ、そうなんですけど。……ううっ。」
「ガル君はあらゆる基礎をすっ飛ばして、いきなり超応用を使ってるんです。」
「ご主人様にも、『基礎を学んで来い』って……」
「……それで学院に入れられたわけ?」
「は、はい。」
「…………ただの口実だと思ってたけど、あいつにしては至極まっとうな判断だったわけね。」